家族と厄災 / 信田さよ子

感染症、災害、原発事故。予期せぬ非常事態は、家族関係に何をもたらすのか。 新しい物事を生みだすのではなく、いずれおとずれる限界を前倒しで呼びよせているとしたら……。 家族のなかの最も弱い立場の人々と接してきた臨床心理士が、「家族におけるディスタンス」をめぐって希望の糸をたぐる。

親を許せという大合唱

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25年後のデジャヴ

 先日テレビに出演する機会があった。NHK「クローズアップ現代+」という30分番組で、タイトルは「親を捨ててもいいですか? 虐待・束縛をこえて」だった。今回の出演依頼を引き受けたのは、かなり微妙な、言い換えれば本質的な問いをはらむテーマだと思ったからだ。「親を捨ててもいいか」とは、答えが決まっている問いである。「人を殺していいか」という問いに似ている。つまり、答えはNO(否)でなければならないのだ。

 反語的に問うことで、答えをさらに強化する方法ともいえる。つまり、どんなことがあろうとやっぱり親でしょ、捨てたいと思うかもしれないけれど親は親でしょ、という論法を強める役割を果たすのだ。NHKとしては落としどころをそう考えているのかもしれない、そう思った。私は番組の終了間際に、キャスターの問いに対して「親を許さなくてもいい」とコメントした。

 このタイトルは、放映終了後twitterのトレンドにはいったほど話題になった。もちろん出演した私からすればうれしいことだった。でも同時に25年前とそれほど変わってないことに軽いショックを受けた。


 1996年7月、私は50歳にして人生初の著書『「アダルト・チルドレン」完全理解』(三五館)を出版した。この本を出版したときのブームともいえる反響と、今回の「親を捨ててもいいですか」という言葉のtwitterでのトレンド入りには、共通点がある。それは両方とも「親の加害性」「親から被害を受けたこと」を正面から扱っているところだ。

 SNS上の反応はほぼ90%が好意的で、そのうちの多くが「泣いた」「涙が出た」「ポロっと涙が出た」「泣きそうになった」というものだった。中には「救われた」「よくぞ言ってくれた」というツイートもあった。

 これはデジャヴである。『「アダルト・チルドレン」完全理解』の出版後、AC(アダルトチルドレン)という言葉がひとつの引き金になり、日本でも「虐待」という言葉が広がり、親から虐待を受けた体験記(その多くがアメリカの本の翻訳だった)などがけっこう売れた。

 ほぼ1年間毎日のように手紙が届いた。かなりの人たちが本を読んで泣いた、涙が止まらなかったと書いている。当時はインターネットやメールが普及し始めたばかりで、まだ多くの人が手紙というツールを使って感想を送ってくれたのだ。直筆で丁寧に書かれた感想は長いものだと便箋に10枚以上ぎっしりと書かれていた。それらすべてに共通していたのが以下の3点である。

①アダルトチルドレンという言葉によって生まれて初めて親から受けた仕打ちについて言葉にできた。これまでは自分が悪い、自分のせいではないかとずっと苦しんできた。
②ACだと自覚することで、これまでの自分の人生がジグソーパズルのピースがはまるように整理される思いだ。
③親から受けたことを初めて書くので読んでほしい(生育歴を詳述)。

 それらの手紙を、段ボール箱いっぱいになるほどの数だったが、私は全部読んだ。最初はていねいに返事を書いていたのだが、あまりに大変なので途中からやめてしまった。当然のことかもしれないが、私の返事に対する応答は一通もなかった。その人たちはたぶん書かずにいられなかったのだろうし、書いたらそれだけで何かが解決したと思ったのだろう。著者である私との双方向的なコミュニケーションが期待されていたわけではないのだ。

 だが、手紙に記された3つのことは、その後何冊も本を出すことになる私にとって、大きな示唆を与えてくれるものになった。

 それから25年を経た2021年のNHKテレビの反応があまりに似ていることに驚く。言い方を変えれば、今でもこれほど多くの人が親との関係に複雑な思いを抱えているということに驚いたのだ。デジャヴと書いたのも納得していただけたのではないだろうか。四半世紀を経てほとんど変わらないことをどうとらえたらいいのだろう。

「常識は変わらない」

 ここでひとつのエピソードを紹介しよう。ACが一種の流行語のようにしてメディアでも取り上げられたこともあって、1996年当時の私は日本中にAC(アダルトチルドレン)という言葉が広がったと考えてしまった。

 講演依頼も多く、原宿カウンセリングセンターを立ち上げたばかりということもあり、頼まれればどんな遠いところにも講演に出かけ、ACについて話した。子どもは親を支えて生きる、親は子どもを支配するものだという内容の講演を聞いた人は全員それに賛同してくれると思っていた。それは一種の傲慢な思い込みだったのだが、当時の私はそう信じていたのだ。

 2000年代の初め、九州の某県を講演で訪れることがあった。終了後主催者と懇談した際、ACという言葉を講演で初めて知ったという発言を聞いて驚いてしまった。ACが流行語になってから6年以上経っているのに知らないとは……という思いが表情に出たらしい。主催団体の男性は、皮肉なのか自嘲なのかわからない薄い笑みを浮かべて、「ひとつの言葉が東京から届くのに、10年はかかりますよ」と言った。その場面を今でも思い出すことができる。

 インターネットをとおして情報伝達は瞬時に可能になる、東京も地方都市も区別はない、もう一瞬で伝わるし、本なんてネットで注文すれば2日で届く、そう考えていた私にとって、その言葉は衝撃だった。

 今になって思うのは、10年かかるというあの言葉は、「どんなに東京で新しいことを言っても江戸時代から続いている常識は変わりませんよ」という宣言だったのではないか、そのことのやんわりとした言い換えだったのではないか、と思う。つまり彼が言いたかったのは、あなたがどんなに熱く語ろうと家族の常識なんて変わりませんよ、ということだった。そして今回改めて、彼の言うとおりだったと思い知らされた。

 私は甘かった。日本の変わらなさ、日本という国の手ごわさを見くびっていたのである。

加害と呼ぶことを許す言葉

 日本のドラマの多くが、許せないはずの親を許した子どもをなぜか褒めたたえ、時にはそんな場面で泣いたりする。その情景は、ひどいことを親からされました、でもね、死に目に会えたとき、やっぱりお母さんって言葉が出たんですよ、そしたら母が亡くなる前に僕の手を握り返してくれた気がしたんです……(涙)

 といった具合である。

 たしかに許せない行為に対して、ぎりぎりまで苦しんだ人がそれを許したときに、多くはそれを寛大さや素晴らしさととらえ肯定的に評価するということはある。聖書にある「右の頬を打たれたら左の頬をも」という一節のように、許せないからこそ許すことがもたらす宗教的価値があり、それを否定するものではない。

 しかし親子の場合はそれと同列に考えられるだろうか。近代家族についてここで述べる余裕もないが、戦後の核家族化の進行とプライバシー重視の傾向が強まることで、わずか3人から4人の家族が、子どもにとっては世界となっている。近所で自由に遊ぶこともできず、隣の家の人がすぐに覗けるわけでもない。狭いコンクリートでさえぎられ、隣人との交流もないなかで、親が世界の支配者となり、子どもはその世界から逃れられないのである。同時に家族から放逐されることは、地球外に放りだされることに等しい。

 そんな中で親が生きる手段に子どもを用いることはしばしば起きる。貧困や抑圧を抱え、子どもをすべてのうっ憤のはけ口にすること、もっとも素直に言うことをきく存在を思い通りに支配すること、つまり感情のごみ箱や、時には話題になった映画『MOTHER マザー』(大森立嗣監督)のようにお金を得る手段にすることまで起きる。

 子どもはボコボコに殴られ、あるいは人格を完膚なきまでに否定され、しかも「親から嫌われるくらいだから、世の中の誰もお前なんか愛してくれないよ」「あんたは結婚したら絶対に不幸になるから」と呪いをかけられて成長するのである。

 ACは、それらの呪いを解き、親からされたことを虐待や暴力と呼ぶことを許す言葉なのだ。まずその人たちは親の行為を加害・暴力・虐待と呼ぶことを「許され」なければならない。

 ところが、それは決して許されないのである。奇妙なまでの頑なさで許さないのはいったい誰なのか? 特定の人物、集団を見いだすことは難しい。たとえばそれは「常識」なのかもしれない。おとなになることは親を許すこと、成熟した人間は親を許して最後は穏やかに見送るもの、という人間観を共有しないと親族や知人とは会話できないことになっている。それが「常識」だ。


 私はいつもカウンセリングでそれを「マジョリティ」と呼んでいる。世の中の人との付き合い、ちょっとした会話、テレビドラマのあらすじ、といった言説の中に満ち溢れているのが、マジョリティ(常識)である。

 「だって、親じゃないの」「いいかげんにおとなになりなさいよ」「どんな親でも親は親」といった言葉にそれは現れる。20歳を過ぎて、時には60歳を過ぎていても、「親のあの行為は虐待だったんだ」などと言おうものなら大変なことになる。まるで山火事をみつけたように、寄ってたかって鎮火しようとするのだ。そう、まるで革命やレジスタンスを鎮圧しようとするかのように。

あやまろうとしない親

 そもそも許しは、自発的なものだ。許せる感じになったり、ああ許してもいいかと思える、その結果が「許すこと」になる。そのためにはまず、加害者(ひどいことをした人)が「あやまること」(謝罪)が必要になる。

 ところが家族は謝罪が必要ない集団と思われている。最近はDVでも、謝罪することが増えている(あやまったうえで、「許さないとはどういうことだ」と逆切れするも増えているのだが)。

 では親子はどうか。

 親が子にあやまるには相当の覚悟がいる。「お母(父)さんが悪かった、ごめんね」と言えるほど立派な親は少ないはずだ。たいてい「言うことをきかない子どもが悪い」として、あやまるどころかさらにひどい扱いをする。

 じつはこのことが多くの子どもに多大な影響を与えている。たとえば父親からさんざん殴られた子どもは「自分が悪いから殴られた」「これはしつけだ」と思うしかないのだ。カウンセラーとして強く思うのは、「親は絶対に子どもを殴ってはいけない」ということだ。

 いかなる理由があろうと殴ってはいけない。あえてそう書かなければならないほど、多くの人たちが親から殴られて育っているのだ。

 美しいキャリアをもつ起業した女性やエリート官僚の男性が、ふるまいや着こなしからは決してうかがいしれない被虐待経験を持っていることは珍しくない。

 虐待が社会的地位やお金を手にしても逃れられないほどの深い影響を与えてしまうことは知られている。これについてはいくつかの専門書を読んでほしい。

 問題は、それほどの加害行為の主体である親が、被害を与えた子どもに対してあやまらないどころか「虐待の自覚」もなく、親だから介護してもらって当然と思って老後を生きていることだ。


 親が認知症になる前に、子どもであるその人たちはあやまってもらう必要がある。家を一歩出たら、自分では良かれと思って(悪意なく)やったことが相手を深く傷つけたとしても、あやまることが当たり前ではないか。

 そんな常識から除外されているのが親子関係である。そして、日本のマジョリティ(常識)はそれを支持している。親子関係の特権化、聖域化がなぜここまで維持・支持されてきたのか? と思わされる。

 その人たちは多くを望んでいるわけではない。そんなに苦しい思いをさせて悪かった、ごめんね、というひとことだけを望んでいるのだ。しかしそのような言葉が親から発せられることは、きわめて稀である。

 そんな親の介護を迫られたら、そんな親のめんどうをみるしかない立場に追いやられたら、「捨てたくなる」と思うだろう。こういう追い詰められた状況で発せられるのが「親を捨ててもいいですか?」という呻くようなひとことなのだ。

戦うべき相手

 25年経った今、再び同じような感慨を抱く人たちが膨大に日本中にいるということ。

 これは何を表しているのだろう。

 おそらく、マジョリティが支えているのは、この国の根幹にある家族の常識である。国破れて山河在り、と言われるが、山河とは実は「お母さん」なのである。しわだらけのお母さんが田舎の一軒家で息子の帰省を待っている、というありえないファンタジー、肉じゃがイコール「おふくろの味」という象徴……。何があっても母はあたたかく子をむかえる存在であり続けるだろうという幻想が息づいている。

 これらが家族の常識を支え、この国を支えているのだ。秩序の根幹にあるのは決して父ではない。日本の根幹にあるのは母である。

 だから、AC(アダルトチルドレン)と自認した人たちが、親からされた行為を加害・虐待と呼ぶことを厳しく鎮圧する。それは危険だからだ。マジョリティの根っこにある親子(中でも母子)の常識を破壊しかねない。鎮圧と書いたが、それほどまでの圧力から透けて見えるのは、常識を崩れさせてはいけないという必死の姿勢である。「親を許せ」「親を悪く言うなんて」という大合唱は、あからさまな抑圧ではないだろうか。

 子どもであるその人たちの願いは実にささやかなものである。あやまってほしい、親を捨てたい、親から受けたのは虐待だった、とせめて言葉にしたいだけなのだ。そのささやかさに対して、「許せ」という大合唱が巻きおこる。だが声高に叫ぶ人たちは、すでにその人たちが長い間罪悪感を抱えてきたことを知っているのだろうか。

 外から流れてくる合唱ではなく、その人たちの頭の中で、絶えず「親を許せ」という声が聞こえるほどに内面化されているのである。

 「毒親」などと呼ぶまえに、私たちは知らなければならない。毒なのは親ではない。被害を受けた、親を捨てたい、親を許せない、という言葉を禁じるこの国の常識(マジョリティ)こそ毒であると。戦う相手を間違えてはいけない、そう思う。

 

 

 

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。