音で世界を感じる旅 LISTEN. 千年後に伝えたい音を求めて / 山口智子

地の果てのように感じられる遠い地に響く音が、なぜかとても懐かしく感じられることがある。世界の民族音楽を伝える映像ライブラリー「LISTEN.」を自らディレクションする俳優の山口智子。大地に根づいた音楽から感じる「生」のエネルギー、心に残った人々との出会い……。旅によって生まれた音と魂との共鳴を綴る、音の千夜一夜。

新大陸に生きる、アフリカの鼓動

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© Twin Planet

LISTEN.

聴いて 感じて 浸る
未来へ紡ぐ「音」のタイムカプセル

美しい音にいざなわれ、2010年から10年をかけて26カ国を巡り、250曲を収録。
50時間を超す音源と20,000枚の写真を記録し、31の映像物語が生まれた。
最初の5年間のエピソードをまとめた、
映画版「THE LISTEN PROJECT ~THE FIRST FIVE YEARS~」は、
世界の映画祭で上映され、日本公開企画中。
https://the-listen-project.com/jp/

LISTEN.初のアルバム”IN A QUIET PLACE”
(iTune Store、Spotify、amazon music、bandcamp アイコンをクリックしてください)
https://the-listen-project.com/jp/music/item/520-in-a-quiet-place-music-from-the-listen-project-vol-1-j

日々の心をあらわす歌

 まずは、「ガリフナ(Garifuna people、複数形Garinagu)」とは何か?という話から。
 17世紀、アフリカからアメリカ大陸に向かった奴隷船が、中米のカリブ海、セント・ビンセント島沖で嵐に遭い難破しました。命からがら島に流れ着いた奴隷たちは、その地の先住民に助けられ、やがて先住民とアフリカ人が融合し、「ガリフナ」と呼ばれる民族が生まれます。やがて植民地時代を経て、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグアなどに定住を強いられてきました。ガリフナの深い歴史から生まれた独特の言葉や音楽文化は、苦難を越えて今に受け継がれ、世界無形遺産になっています。
 今回は、中米ベリーズのガリフナ音楽の旅です。

-ベリーズって、ほとんど未知の国です。

 中米ユカタン半島の付け根、カリブ海に面する日本の四国くらいの小さな国ですが、ジャングル奥深くには、多くのマヤ遺跡や階段ピラミッドが遺り、紀元前から古代文明の繁栄の地でした。

© Tomoko Yamaguchi



 べリーズのガリフナ民族は、人口の約7パーセントといわれています。
 高温多湿の亜熱帯気候で、私は滞在時に暑さでヘロヘロにのびていましたが、地元の皆さんは暑さの中でも毎日しっかり働いて、激しい民族ダンスも繰り広げるし、素晴らしい歌も生み出す。本当にすごいパワーだなと思いました。

© Peter Rakossy/Twin Planet



 LISTEN.では酷暑の中で、キャッサバという芋を粉にしたものを、大きな薄焼きせんべいみたいに焼く作業をしながら、女たちが手に手をとって歌うワーキングソングを撮影させていただきました。



© Twin Planet



 2013年リリースの、「ガリフナ・コレクティブ(Garifuna Collective)」による「AYO」というアルバムでは、LISTEN.撮影時の我々のカメラマンの写真が、CDジャケットを飾らせていただいています。

© Peter Rakossy/Twin Planet



 まず私たちは撮影前にロケハンでベリーズを訪れ、ガリフナ音楽を世界に発信してきたイヴァン・デュラン(Ivan Duran)というプロデューサーに会いました。LISTEN.撮影を申し込むと、「今、新しいアルバムのレコーディングを計画しているところだから、LISTEN.撮影と絡めることはできないか」というアイディアが持ち上がりました。そこで、LISTEN.撮影期間に我々スタッフの宿泊コテージにもう1部屋を借り、そこにレコーディングシステムを組んで、メンバーを集めて録音を行いました。レコーディング風景を撮影しながら、地元の人々を集めた野外カフェでのコンサートも開き、アルバムを完成させる過程を追いながら、LISTEN.エピソードが形になりました。



© Twin Planet



 亀の甲羅をドラムにしたり、巨大魚の歯をドライバーで擦ったり、素朴な楽器も使うアフリカっぽいリズム。ガリフナ民族の言葉で歌われ、庶民の中で伝えられてきたガリフナ・ミュージックは、民衆の日々の心の声であり、悲しみや嘆きや喜びの歌であり、労働歌であり、人生を綴る日記であり……。
 ガリフナ音楽の魅力を初めて世界に広めたのが、プロデューサーであるイヴァン・ドゥランです。彼は、ギターでアルバムにも参加しています。彼はヨーロッパからベリーズに移り住んできた家に生まれ、ベリーズでの暮らしの中でガリフナ音楽に強烈に魅せられ、ストーントゥリー・レコード(Stonetree Records)というレーベルを立ち上げます。イヴァンとともにこのムーブメントの中心となったのが、アンディ・パラシオ(Andy Palacio)というミュージシャンです。
 アンディはもと高校教師で、ベリーズの大衆音楽「プンタ・ロック」のアーティストとして一斉を風靡し、2007年にはWOMEX(ワールド・ミュージック・エキスポ)アワード、その他、ユネスコ平和大賞、BBCワールドミュージックアワードを受賞し、世界的に注目を集めました。彼はベリーズの古老たちを訪ねて歌を採集し、ドラムやギターを加えてアレンジし、今の時代の音楽として、ガリフナを世界に発信しました。

-ワールド・ミュージック界に、ガリフナの名をしっかりと刻んだわけですね。

 ところが「さあここからだ!」という矢先、2008年に突然、アンディ・パラシオは47歳の若さで、心臓発作で亡くなってしまいます。アンディとともに未来を目指したイヴァンやガリフナの仲間たちは、悲しみの底に突き落とされます。
 しかし、そこから6年を経て再び彼らは立ち上がり、アンディの意思を継ぐ「ガリフナ・コレクティブ(Garifuna Collective)」を結集し、新しいアルバムを完成させました。
 アルバムのタイトルは「AYO」という曲から始まります。AYOはガリフナ語で「さよなら」。過去の悲しみへの決別とともに、新たな出発の決意を込めた作品でもあるのです。



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神様がくれた歌とギター

 ベリーズの音楽には、19世紀にスペインから入ってきたギターをつま弾き歌う流れもあります。
 ポール・ナボール(Paul Nabor)は1930年生まれで、ギター弾き語りスタイルの伝説の古老。
 アンディ・パラシオは、ポール・ナボールを敬愛し、彼からたくさん曲を学んだそうです。映画の『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』みたいに、アンディのコンサートで共演も果たしています。



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 波音がすぐそこに聞こえる桟橋で、ポール・ナボールはまず精霊に酒杯を捧げ、そして歌い出しました。
 タイムカプセル・クエスチョンの答えは……。
「私が未来に遺せるものはこのギターと歌。神様がくれたものだから」

-人生から生まれる、素朴で力強い歌は深く心にしみますね。

 次を担う世代も生まれています。オウレリオ・マルティネス(Aurelio Martinez)。
 彼もアンディ・パラシオやレジェンド達の心を受け継ぎ、ガリフナ音楽のプロとして、世界に向けてチャレンジするミュージシャンです。
 LISTEN.では、今はニューヨークに住む彼のお母さんと一緒に撮影させていただきました。お母さんはプロの歌手ではありませんが、やはりガリフナの歌を継承し、オウレリオにその宝を伝えました。お母さんの言葉も素敵でした。
「ガリフナの歌は、人生の喜び、悲しみ、苦しみ、全て暮らしのリフレクション。今も毎日、数年前に亡くなった天国の夫に向けて、“愛してるわ”と歌っているの」



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プエルトリコへ

次は 中米の島国プエルトリコに息づくアフリカのリズム、「Bomba(ボンバ)」です。



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 ラファエル・セペダ(Rafael Cepeda)が確立した「ボンバ」を受け継ぐ、ファミリーの演奏と歌とダンスです。やはりボンバのルーツは、かつて植民地時代に、アフリカからアメリカ大陸に運ばれた奴隷に遡ります。奴隷たちは、砂糖プランテーションでの過酷な労働の狭間に、ドラムで故郷西アフリカのリズムを刻み、夜通し踊り明かしたと言います。言葉も禁じられた奴隷にとって、激しいドラムは互いに心を交わす会話であり、祖先たちの魂のシンボル。脈々と受け継がれ今に息づく、アフリカの命の鼓動です。
 ボンバでは、全てをリードするのはドラムです。ドラムの即興のリズムに応え、パワフルなダンスが繰り広げられ、コール・アンド・レスポンスで形作られていきます。
 男性はパナマ帽を被り白シャツに白パンツ、女性は白いペチコートをはためかせて踊ります。踊り手や歌い手たちは、ドラムに尊敬の念を表すために、ダンス中にドラムの前にひざまずき、ドラムにキスをします。

-白い衣装には、どんな意味があるのですか?

 プランテーションでの奴隷たちの労働着であった白服を纏うことで、奴隷制度を生んだ西欧文化への反骨精神を表しているといいます。奴隷であっても誇り高く生きた祖先への尊敬の念、自分たちのルーツへのプライドです。
 奴隷たちは、故郷の地から遠く運ばれ、アフリカの言葉も信じる神も禁じられました。その中で彼らは太鼓の音に心を託し、奴隷の仲間同士だけに通じる秘密のリズムで、気持ちを伝え合い生きぬいてきたのです。
 考えてみると、奴隷貿易の時代に終止符を打ってからまだ約150年です。人間が同じ人間を捉えて売買するというとんでもない事実が、つい最近までまかり通っていたことを思うと、本当に心が痛みます。
 時を経て、人間はちゃんと過ちから学び進化できているのでしょうか? 苦難の時代に生きた人々の思いが刻まれた「音」を通して、私たちはまず、「知る」ことから始めなければいけませんよね。気高き反骨の滾るリズムを体と心で受け止めて、決して繰り返してはいけない人間の罪を忘れてはいけない。歌やダンスという魂の表現は、たとえ時間はかかろうと、必ず世界を善へと導く力となると私は信じます。彼らが伝えてきたリズムに潜む闘志に学びながら、この地球の平和を、私たち自身で担っていかなくては!

ー本当に、世界にはまだまだ知らないことがありすぎて、悔しくなります。

「知る」ことで、今まで自分には無関係だと思っていたことが、一気に身近に感じられますよね。LISTEN.は、今まで知らなかった多くの物語の扉を開け続ける旅です。遥かな地の音楽や言葉を改めて知り、美しいな、かっこいいな、素敵だなと感動することで、世界に肉親や親友がどんどん増えていくような温かい気持ちになれます。世界のニュースで、彼らの元気な姿を見れば嬉しくなるし、悲しい事件には本当に心が痛みます。
 この世界を良くするために、自分に一体何ができるのか?
 漠然としすぎて何から始めたら良いかわからないけれど、でもせめて「知る」ことから始めて、世界にまだまだはびこる理不尽な不幸や生身の痛みを、自分の心で感じていきたいと思います。


 プエルトリコといえば忘れてはならないものに、「サルサ(Salsa)」があります。もちろん、ボンバもその発祥に大きな影響を与えています。いろいろなものが混在したスペイン語の「ソース」という意味から、サルサと名付けられました。
 アフリカ やスペインの影響を受けた、キューバの「ソン」という音楽が深く関わっているといわれます。マンボやチャチャチャなどの要素も入り混じり、1960年代、ニューヨークに住むキューバ移民やプエルトリコ移民の、ストリートダンスから始まったとされています。
「サルサ」が形作られたのが合衆国であるという歴史が、ちょっと意外で面白いです。1959年、キューバ革命で合衆国とキューバの国交が断絶すると、ニューヨークからキューバ楽団の姿は消え、代わりにプエルトリコ系のミュージシャンが増えて、ラテンアメリカの様々な要素が入り混じったサルサが形作られました。そして70年代になると今度は逆に、ニューヨークからラテンアメリカ諸国へと、サルサとして里帰りを果たすのです。



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 LISTEN.ではプエルトリコのサルサ教室を撮影させていただきましたが、小さな子供の頃から当たり前に、暮らしの中でサルサに触れながら育つ環境は、とても素敵だなと思いました。年長者が小さい子の面倒を見て踊りを教え、男性がリードしながら女性を美しく回転させるダンスの技を学ぶ。踊りを通して、男性が女性を優しく守るマナーが自然と体に染み込んで、パートナー同士、心を開いて互いの魅力を引き出し合う。サルサで笑い、爽快な汗をかいて心の淀みを浄化する。サルサは、素晴らしい情操教育だと思います。年季の入った老夫婦が、ぴったりと息を合わせて踊るサルサは国宝ものでシビれます。あんな風に夫婦で年を重ねられたら! 永遠の憧れです。



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 ティト&タマラ・オルトス(Tito & Tamara Ortos)も、そんな素敵なご夫婦。キラキラ輝く二人のサルサに惚れ惚れと見とれ、時間を忘れました。サルサは、私たちのこの身体を究極の芸術品へと高める、誇り高きアートなのだと思います。
ティトの言葉――。
「ダンスは“コミュニケーション”。たとえ違う言語を話す相手でも、サルサで心が通じ合う」

 人間は様々な過ちを犯すけれど、理不尽な歴史の中でも逆境を生きぬき、苦難をバネとし、時代を越えて私たちの心を打つ音楽やダンスを生み出してきました。歌い踊り命の躍動を炸裂させながら前進して行く限り、神様もまだ人間を見捨てず、見守り続けてくれるかも? 
 私たちが生きるこの大変革の時代も、越えるべき壁は立ちはだかるけれど、ただ打ちひしがれて消え失せるのでは悲しすぎる。未来への希望を導く美しさを、これからの日本文化からも生み出していきたいと切に願うのですが……皆さんはいかがですか?

 次回は北極圏へ。大自然と一つになる音楽。



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LISTEN.初のアルバム”IN A QUIET PLACE”
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