家族と厄災 / 信田さよ子

感染症、災害、原発事故。予期せぬ非常事態は、家族関係に何をもたらすのか。 新しい物事を生みだすのではなく、いずれおとずれる限界を前倒しで呼びよせているとしたら……。 家族のなかの最も弱い立場の人々と接してきた臨床心理士が、「家族におけるディスタンス」をめぐって希望の糸をたぐる。

「君を尊重するよ(正しいのはいつも俺だけど)」

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孤立無援の日々

 夫は今日も在宅だ。正確には在宅勤務をしている。あれが勤務とは思えないが。

 緊急事態宣言発出後、私はほとんど在宅勤務もなく、車で出勤している。外回りが中心なのでしかたがないのだが。製薬会社と医療機関とをつなぐという新しい業態は、競合会社がないぶんどんどん忙しさが増している。

 大手保険会社勤務の夫は58歳。子会社出向だけは免れたが、もうこれ以上の出世は望めないことが明らかだ。さらに昨年春以降の経済の冷え込みが影響し、業績悪化に伴う給与と賞与の減額が相次いでいる。

 夫の会社は代々勤めることが珍しくない、従業員にとっていわば世襲会社のようなものだった。私の父が同じ会社に勤めていたので、私も大学卒業後なんとなく勤務し、そこで夫と知り合い、社内恋愛で結婚した。縁故採用が多いためか社風がゆるいところは悪くなかったが、娘の出産を機に退社した。

 父が定年前にすい臓がんであっというまに亡くなり、その3年後に母も亡くなった。帰るべき実家が無くなってしまったのだが、それは介護の心配も無くなるということであり、私にとっては自由を意味した。しかしその後起きたことは、正直今でも私の人生に深い影響を与えている。

 一人娘の麻友が思春期以降私に暴言を吐くようになったのだ。よくある不登校や非行といった表立った問題行動ではなく、家族の中で、それも私に向けてだけ、「あなたの言うとおりにしていたら私は死ぬよ」と叫び、家事を手伝うどころか、私を顎で使い、登下校の車の送迎をさせるなど、まるで奴隷になれと言わんばかりの態度を繰り返した。暴力こそなかったものの、家の中は荒れ放題だった。

 夫は口先だけで「ママにそんな言葉づかいはやめろよ~」と言うだけで、ちょっとおもしろい演劇を見るような態度は変わらなかった。当時からすでに、毎晩酔っ払って遅い時間に帰ってくる日々だった。交際費を使って銀座の飲食店に入り浸り、泥酔して帰宅した後は、必ずリビングのソファに背広姿のまま眠りこけてしまうのだった。そんな夫を寝室まで連れていくのに、私はへとへとになってしまうのだった。


 外部から見て目立った問題行動のなかった娘に困り果てていたことは、誰にも理解されるはずがないと思っていた。だからカウンセリングや教育相談を利用したこともなかった。専門家から、母である自分が責められるのではないかという怖れもあった。しかし13年飼った犬が亡くなったことがきっかけになった。悲嘆にくれながら、どこにも今の自分の思いを聞いてくれる場所がないこと、自分に耳を傾けてくれる存在がいないことに気が付き、カウンセリングに行くことにした。

 それからしばらくして、新しく違う犬種の犬を飼うことにした。同時に自分の考えをもっとはっきり娘に伝えることにした。娘との格闘の日々は7年余り続き、最後は「出ていく!」、「出ていきなさい!」で幕が下りた。娘は今都心のマンションで、同じ会社の、なんでも娘の言うとおりにしてくれる、バツイチ10歳年上の男性と暮らしている。どんな生活を送っているのか尋ねたことはないが、娘は最近、まるで何もなかったかのようにLINEで連絡をくれるようになった。

 最近自分が娘との生活でどれほど傷ついていたか、それをどれほど長い間否認してきたかに気づかされた。でも、それはカウンセリングを続けることで、私の中でやがて整理できるだろう。娘の今後がどうなっていくのかはまったく予想もつかないが、少なくとも以前のようなことだけは繰り返さないでいられると思う。

在宅勤務の夫

 そこにもっと大きな問題として浮上したのが、夫との関係である。

 結婚以来、父親と正反対である夫には失望の連続だった。それでも、夫が役職にあったこと、私が仕事に対して自信がなかったこともあり、なんとか耐えることができた。娘の問題に必死だったことも、夫婦関係から目を逸らす役割を果たした。今から思えば、夫が協力してくれるという期待を持ったことすらなかった。何より、夫は家にいる時間が少なかった。顔を合わせる時間も短く、夫が帰宅するときはたいてい酒に酔っていた。夫の言動を気にすることなく歳月だけが過ぎ去った。


 だが、昨年来のコロナ禍で、それらがすべてひっくり返ってしまった。毎日夫は自宅にいる。ときどき出勤する日もあるが、ずっと自宅にいる。ノートパソコンを開いてリビングを占領しているが、もともとスマホも使いこなせないほどだから、おそらくオンラインの業務でもお客さん状態ではないだろうか。うろうろとリビングを動き回り、決まった時間だけPC画面を眺めているのだ。

 コロナの感染拡大が叫ばれるまでは、私が6時半に起きて犬の散歩、掃除、朝食づくり、夫を車で駅に送りそのまま出勤という生活だった。今では私のほうが仕事に出て、夫は自宅にいる立場へと反転してしまった。

 もともと私の仕事などに関心がない夫だったので、仕事や給与について尋ねられたことはなかった。そもそも私が働くことを「許してやっている」のは自分だと思い、おそらくアルバイトに毛が生えたくらいだとバカにしていたに違いない。私も、夫の給与や小遣いについて文句など言ったことはなかった。それは、父も自分も勤めていた会社だったことも影響している。

妻の納税額に衝撃

 在宅勤務が始まってしばらくして、スマホや手帳を出しっ放しにしておいても目もくれなかった夫が、突然私の納税額を聞いてきた。私の業績が評価されて給与が上がっていたことなど、夫は知るはずもない。隠す必要もないのでだいたいの額を伝えたとたん、これまで見せたことのないギョッとした表情になった。もちろんすぐ普段の顔つきにもどったが。

 なぜそんな質問をしたのか、理由を考えてみた。お気楽に会社に行き、夜は行きつけの店で飲んで帰宅するという夫の生活が、コロナ禍で切断されてしまったからだろう。定年まで10年を切り、おまけに管理職路線から外れてしまった現実が、否が応でも突き付けられる。オンラインだって周囲の力を借りてなんとか付ついていくほかない自分の姿を、日々PCの画面上で眺めることになる。夫は、これまでそんな不安や挫折感を、酒を飲むことで解消してきた。声を掛ければ、交際費のおこぼれを期待してついてくる部下は何人もいた。しかし、昨年の緊急事態宣言以降、それもできなくなってしまった。

 飲んで「憂さを晴らす」ことが最大の楽しみだった夫が、日々自宅で過ごすという未経験の世界に投げ込まれたことになる。老後の生活というものが自分にも訪れるという現実は、夫をさらに不安にさせたのだろう。それで、初めて妻の収入も知っておこうと思ったのだ。私という人間ではなく、収入への関心だったことが、少しだけ残念だったが。


 私の納税額は夫のそれを上回っていた。想定外の事態にショックを受けただろう夫は、毎晩食器を洗うようになった。そればかりか洗濯物を取りこんで、畳むようになった。理由を尋ねたわけではないが、たぶん理由は私の収入の多さだったろう。私は手伝ってくれる夫に、感謝だけは伝えるようにした。

 もともと夫は、私に対して口数が少なく、口を開けば、抑圧的ではないものの、責任逃れの発言しかしなかった。

 父はお世辞にもやさしい人ではなかったけど、いざというときには頼りになったし、理不尽なことを許さないという芯のある人だった。夫がやさしい人に思えたのは、父と正反対だったからだ。私の発言に頷いてくれたのは、やさしさではなく単に責任逃れのためだったということがわかったのは、娘が生まれてからだ。すべては遅すぎた。

「君が望むなら」の本当の意味

 家事を手伝うようになった夫は、口数が増え口調まで変わった。気持ち悪いほど丁寧な言葉遣いをするのだが、でも夫の考えそのものが変わったわけではない。

 「おはよう」「朝ごはんは何が食べられるのかな?」「今夜のメニューは何かなあ」……

 こう言われると、なぜか腹立たしくなる。お茶碗を洗い、洗濯物を取りこんで畳む夫は、食事のメニューを考えるわけでもなく、炊事をするわけでもない。

 「あなたも毎日家にいるのですから、今夜の献立くらい考えてください」と伝えると、「君が考えてほしいのなら、君が何を食べたいかを伝えてくれればいいのに」「スーパーで買ってきてほしいものがあれば、メモしておいてくれればいいのに」と言う。
 
 私が左足首を捻挫したとき「犬の散歩をお願いします」と頼むと、「君がやってほしいって頼むのならよろこんで犬の散歩に行くよ」「散歩のコースを前もって書いてくれればいいのに。別に散歩がいやだなんて言ったことはないし」。

 こんなやりとりをしていると、私がすべて悪いことになってしまう。私が頼むからするのであって、これまでそれをしなかったのは、私が頼まなかったからだし、事前に情報を伝えなかったからだ。夫が言外ににおわせて意味しているのは、こういうことなのだ。私は夫にこう伝える。

 「あなたは自分からしようと思ったことはないのですか? 家事だって犬の散歩だって、すべて私に言われてやっているのでしょうか。あなたの言い方だと私が頼まなければ何もしないということになりませんか」

 私はいつも、できるだけ冷静に、論理的に話すようにしている。極力誤解を防ぐために、そうしているのだ。丁寧な口調も、夫へのあきらめと期待に引き裂かれそうになる自分をなんとか奮い立たせるためだった。

 夫の返答はこうだ。

 「なるほど、君の意見はわかった。でも、それは君がそう思っているということだけで、君がすべて正しいということにはならないでしょ。僕はそう思わないから。これは僕の意見だけど」

責任転嫁と定義権の収奪

 マスクをつけたマサコさんは、ここまでを一気に話した。何度か来談しているが、決して感情的になることなく、むしろ自分の経験も含めて皮肉めいた口調で語るのが彼女の特徴だった。おそらく、毎日夫と暮らすためには、ある種の諧謔が不可欠だったのだろう。政治に国民が絶望すると、いっせいに為政者を戯画化して笑いの対象とするように。彼女は、カウンセリングの場で夫のことをそうやって笑い、私もいっしょに笑った。しかし笑いながら、カウンセラーとして夫の言葉についてきちんと解説することが必要だと思った。そうしないとこの夫の話術にはまってしまうからだ。

 責任転嫁の話法は、日本のあちらこちらに溢れている。責任転嫁をするのは、常に力の強い者であることは強調しておきたい。彼らは自分より弱い者たちに責任転嫁をしておきながら、その人たちが責任転嫁することは決して許さない。あなたが選んだのではないかと自己責任を強調することで、弱者のほうが追い詰められてしまうのだ。

 「人のせいにするんじゃない」という説教は、親から子には許されるが、その逆はタブーだ。AC(アダルト・チルドレン)という言葉が日本で広がった1996年には、多くの評論家や専門家が、「それは親のせいにする言葉だ、親のせいにするなんて自立していない証拠だ」といっせいに批判したことを思い出す。


 ここでマサコさんの夫の言葉をみてみよう。

 巧妙に自己決定を避けている話法であることを示すのが、「~してくれたらよかったのに」「~すればいいのに」という言葉だ。

 犬の散歩に行かなかったのは、妻が頼まなかったから。頼んでくれたらよかったのに、という論法である。

 ここで連想するのは、近年おなじみの、政治家による「謝罪のイベント」である。前々首相が大々的に展開してそれが一般化したのではないかと思っているのだが、どうだろう。

 「もし皆様にご迷惑をおかけしたとしたら、お詫びもうしあげます」というアレである。つまり国民が迷惑に思っているからお詫びをするのであって迷惑に思わなければいいだけのことだ、という開き直りである。彼らは国民の大多数は自分の味方だ、批判してくるのはごく一部の人間だと本気で思っているのではないか。だから、表向きあやまっているポーズさえとっておけば、批判はすぐに収まるはずだとふんでいる。国民をなめているとしか思えないこの責任逃れの話法は、家族の中では夫から妻へ、親から子へ当たり前のように使用されるようになった。

 おそらく、あからさまな抑圧・命令がハラスメントや暴力として指弾されるようになって、巧妙にそこをくぐりぬけるために、使用されるようになったのだろう。

 もうひとつ、後段の夫の言葉にも問題点がある。

 「それはあなたの意見でしょ、あくまであなた個人の主観的な見方であって、自分はそれに与しません」という話法の前提に注目しなければならない。

 これを「定義権の収奪」と呼びたい。それは「定義権はもともと自分にある。あなたの主張はちゃんと聞くが、それは極めて主観的で間違っている。そう判断できるのは私だけだ。あなたがどう思おうと正しいかどうか決めるのは私だ」という主張だ。

 これも手が込んでいる。あたかも相手においしいお菓子を与えるかに見えて、さっと奪い返してしまう。相手にはこんなおいしいお菓子を食べる権利なんかないのだから、という筋立てである。


 マサコさんの夫が用いた責任転嫁と定義権の収奪の話法は、なぜたちが悪いのだろう。それは表向き、相手の権利・主張を尊重しているかに見えるからだ。彼は、たぶん周囲の人たちからはやさしくていい夫と思われているに違いない。

 そんな状況にあれば、夫への違和感を募らせるマサコさんのほうが悪いという評価に落ち着くことになる。

 この二点をマサコさんに伝えると、彼女は目を輝かせて頷いた。後者について、私はこう提案した。この話法の上を行くのはとても難しいので、もしこの話法を夫が用いたら、「あなたの主張はよくわかりました。今おっしゃったことはあなたの意見なんですね」とボールを打ち返しましょう、と。

予期せぬ力関係の変化

 二か月後のカウンセリングでマサコさんから聞かされたのは、夫の話法がすっかり鳴りを潜めたということだった。彼女が手ぐすねを引いて、夫の論法に巻き込まれないために準備していたにもかかわらず、である。かわりに不遜な態度が復活した。 

 「夫は母親が大好きなんですよ。いつも『あんたはすごい』と持ち上げてくれますので。夫が言ってほしいことを言ってくれるのは、義母だけなんですよ。夫の妹が義母の近くに住んで、いずれめんどうをみると言ってたんですが、義妹と義母が決裂しちゃったんですね」

 コロナ禍は、マサコさんの義妹一家を直撃した。二人の子どもを有名私立大付属高校に通わせていたのだが、義妹のアルバイト先のシフトがほとんど入らなくなり、おまけに彼女の夫の経営するアパレル会社が倒産したのだという。

 義妹は、困った挙句に実家の両親を頼ろうとしたが、義父母は、世間体が何より大切な人たちだった。倒産した娘一家を救うよりも、長男を持ち上げて老後を息子に頼ることを選んだ。まがりなりにも一流会社勤務の長男にすり寄って、娘一家を捨てたのである。

 こうしてマサコさんの夫は、再び親の期待通りの自慢の長男という地位を獲得した。自分より妻のほうが収入があること、会社では昇進コースから外れたこと、そんな不安からなんとか妻との関係を形だけでもつなぎとめたいと思った。だが彼なりの家事分担の努力は、もう必要なくなったのである。その途端、夫の口調は前に戻った。「洗濯物、入れといてやったぞ」「今夜はひさしぶりに、煮魚が食べて~な」といった具合に。

 しかし、カウンセリングで夫の話法の正体を知ったマサコさんは、その変化に動じなかった。むしろいろいろなことがわかりやすくなって、すっきりしたほどだ。

 それに、夫の受け皿として実家が機能することがわかり、楽になった。いざとなれば、夫には広い実家に戻ってもらえる。

 マサコさんは細々と貯蓄を続けていたが、収入が今より減ることがないなら、小さなオフィスを借りることもできるだろう。そうすれば、仕事のためにという口実で、合法的な別居ができるのかもしれない、そんな希望が現実味を帯びてきた。

 夫にとって、残されたのは両親(なかでも母親)にとって「自慢の息子」であるという勲章だけなのだ。それを支えに生きるしかない夫、「使い物にならなくなった」娘から長男に乗り換える義母。彼らの思惑どおりに事が進むことを、ニコニコして後押しすれば、マサコさんはいい妻・いい嫁になれるだろう。この三者ウィンウィンの関係の中で、今後夫との生活をどうしていくのかを考えていくだろう。


 長期化するコロナ禍は、まるで長引く鈍痛のような影響を日本中の家族に与えた。コロナに感染しなくても、暴力をふるわれなくても、マサコさんのように否が応でも夫の実像を突き付けられる女性は多かったはずだ。耐えられたものが耐えられなくなる。こんなふうに限界を呈する夫婦がどれだけ多いことだろう。言い換えれば、日本の夫婦は夫が家にいないことで、顔を合わせる時間が少ないことで、崩壊を免れていたことになる。

 いっぽうで、マサコさんの義妹一家のように、コロナ禍に直撃され、倒産・失職した人たちは膨大な数にのぼるはずだ。経済力の喪失は、そのまま家族の力関係を大きく揺るがすことになる。このような変動は、目に見える悲劇ではないものの、まちがいなくコロナ禍という厄災がもたらしたものだと思う。

 

 

 

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