日々のきのこ / 飯沢耕太郎

20年ほど前に突如、きのこ熱に浮かされた著者。以来、内外の文献を渉猟し、切手やグッズを買いもとめ、折につけ山に分け入る日々をおくる。そんな「きのこハカセの異常な愛情」がほとばしる貴重なコレクションを、ビジュアルとともに紹介。はまったら抜けられない魅惑の世界がここに!

ジョン・ケージと『マッシュルーム・ブック』

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 東京・恵比寿にあるアート関係の洋書専門書店、POSTの中島祐介さんから、こんなメールが来た。

 ―こんにちは、POSTの中島です。今日は新入荷の本のご案内でメールさせていただきました。ジョン・ケージのきのこの本です。
 http://atelier-editions.com/store/john-cage-a-mycological-foray
 きっとご興味お持ちいただけるのではないかと思うので、今度ぜひ見にいらしてください。―

 POSTにはいい写真集もたくさん置いてあるので、そちらを購入することが多いが、実はお目当てはきのこ関係の洋書である。中島さんはそれをよく知っているので、「ジョン・ケージのきのこの本」が入荷したと知らせてくれたのだ。さっそく店に行って、2020年に出版されたそのJohn Cage, A Mycological Foray, Atelier Éditionsを買い求めたのはいうまでもない。

 20世紀以降の現代音楽に革命をもたらした作曲家、ジョン・ケージが筋金入りのきのこ愛好家マイコフィリアであることを、ご存知の方も多いのではないかと思う。彼は1954年に、ニューヨーク近郊のロックランド郡ストーニー・ポイントに移住した。住居の周囲の森にはきのこがたくさん生えていて、ケージは次第にその生態に興味を抱くようになる。きのこたちの、亜種が多く、類、門、綱のような整然とした分類から逸脱するようなあり方、一本一本がそれぞれ微妙に違っている驚くべき多様性などが、ちょうど偶然性や不確定性といった概念を音楽に持ち込もうとしていたケージに強いインスピレーションを与えたのだ。だがそれ以上に、彼は多種多様なきのこを採集し、それを食べることに大きな歓びを感じていたのではないだろうか。


John Cage, A Mycological Foray, Atelier Éditionsより

 ケージは実際に毒きのこに「あたった」こともあったようだ。ダニエル・シャルルとの対話をまとめた『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』(John Cage, Pour les oiseaux, Belfond, 1976[日本語訳]青山マミ訳、青土社、1982年)には、こんな話が紹介されている。

 ある日ヴァーモントの森で朝の散歩をしていて、ふだんは火を通してから食べていた毒茸を食べたところ、中毒を起こしたのです。そのとき私は朝からなにも食べていなかったし、茸はなまだった。中毒は十二時間のあいだ続きました。でも友人達にあまり心配しないようにと言うことができたのです。それが致死的な茸ではないことを知っていましたから。

 そんな事件もあったが、ケージのきのこ熱はどんどん高まっていった。1958年、ケージはイタリア放送協会からの招待でミラノに4ヵ月間滞在した。このとき、彼はテレビのクイズ番組「いちかばちか」(Lascia o Raddoppia)に数週間にわたって出演する。きのこについての質問に答え続け、最終的に「五百万リラの賞金並びに〈最も好感を与える競争者〉賞」を獲得した。本格的な菌学(mycology)の研究も開始し、ついには1962年に、仲間たちとニューヨーク菌学会を設立してその創立会員となった。

 ケージのきのこ熱のハイライトといえるのが、1972年に、テキスタイル・デザイナーできのこ画の名手でもあるロイス・ロング、菌学者のアレグザンダー・H・スミスとの共著として刊行された『マッシュルーム・ブック』(John Cage, Lois Long, Alexander H. Smith, Mushroom Book, Hollanders Workshop, New York)である。限定75部で刊行された、縦60センチ近くある大判のポートフォリオの『マッシュルーム・ブック』は、ロングが実際にナラタケ、エノキタケ、アミガサタケ、ヒトヨタケなど15種類のきのこを観察して描いた繊細で華麗な石版画に、スミスが詳細な解説をつけている。ケージのテキストは、その間に挟まれた薄い和紙に印刷されているのだが、5種類の石版画用の鉛筆で、びっしりと重ねるように書かれているのでとても読みにくい。その最初のパートは次のようなものだ。

マイタケにバター、香辛料を加え、蓋をして柔らかくなるまで熱する
ワイルドライスを20分炊いて最後に塩を加え、混ぜ合わせる

実際に雷の袋を満たすように、電気的に処理されたジョイスの「十の雷鳴」
実際に雨の袋を満たすように、弦楽器が星座表を奏でる
(雨はテクノロジーの歴史をさし示す物質の上に降り注ぐ)
(マクルーハン)降ることのない最後の雨
(風の楽器)すなわち、現在の瞬間
音楽は自然に変容する

 飛躍の多い言葉の連なりは、あまりにも詩的すぎて、意味を判読するのがむずかしいが、最後にこんな素敵なメッセージが記されている。

 もし望むならば、錯綜する石版の印刷物から特定のテキストを見つけだすことができるだろう。あたかも晩夏や秋の森の中で、きのこを探すときのように。

 こうしてみると、『マッシュルーム・ブック』は、ケージが、愛するきのこたちに対して捧げたオマージュとして作られていることがわかってくる。彼の著作には珍しく、少部数の稀覯本として刊行されていることも、きのこたちへの特別な思いを示しているともいえそうだ。

 この『マッシュルーム・ブック』、僕が知る限り、日本国内で所蔵しているのは国立くにたち音楽大学の図書館だけである。一度だけ展覧会に出品するためにお借りして、ページをめくったことがあるのだが、その造本・印刷の美しさとクオリティの高さに驚嘆した。素晴らしい内容だが、限定本なので、たぶん覆刻はむずかしいと思っていた。ところが、なんとPOSTの中島さんが教えてくれた新刊の『A Mycological Foray(菌学の襲撃)』と題する2冊組のアンソロジーには、その『マッシュルーム・ブック』が入っているのだ。ただ、さすがにオリジナル本のように、石版画をそのまま使うわけにはいかなかったようで、サイズを縮小し、二つに折り畳んで中箱におさめている。それでも、丁寧な印刷なので、オリジナルの雰囲気はよく伝わってくる。きのことケージの深い関係を示すような写真、エッセイが収録された別冊も、なかなか充実した内容だ。こうなると日本語版もほしいところだが、どこかの出版社がチャレンジしてくれないだろうか。

MUSIC TODAY 18号 1993年 表紙

同誌より。©JAMES KLOSTY

 ところで、これまで見てきたように、きのこ愛好家としてのケージは多彩な活動を展開しているのだが、ちょっと残念なことに、きのこを直接テーマにするような曲は残っていない。むろん、あの「沈黙」を音楽に取り込んだ「4分33秒」(1952年)、作曲家や演奏家にも次にどんな音が響いてくるのかがわからないプリペアド・ピアノの曲などは、その偶有性において「きのこ的」であるといえるだろう。だが、『マッシュルーム・ブック』ならぬ「マッシュルーム・ソング」や「マッシュルーム・ミュージック」が実際にあってもよかったのではないかと思う。

 それでも、ケージの頭の中には、将来的に「きのこの音楽」を作曲してみようという構想があったようだ。それを証明するのが、1954年に書いて、著書『サイレンス』(John Cage, Silence, Wesleyan University Press,1961[日本語版]柿沼敏江訳、水声社、1996年)におさめた「音楽愛好家たちの野外採集の友」と題する文章である。このやや人を食った調子の短いエッセイで、彼はきのこと音楽とのかかわりについて楽しげに書き綴っている。

 もっと大事なのは、現代のキノコが直面している問題が何であるかを見極めることだ。まず手始めに、どの音がキノコの成長を促進するかを明らかにすることを提案しよう。キノコが実際に自分で音を出すのかどうか。ほどよく小さな羽を持つ虫がピッツィカート音を出すために、ある種のキノコの襞が用いられるのかどうか。また、小さい虫たちがヤマドリタケの軸に這い入ったときに、それは管楽器として用いられるのかどうか。胞子は大きさも形もきわめてさまざまで、その数たるや数えきれないほどだが、これが地面に落ちるときにガムランのような音響を出さないものなのか。そして最後に、ひそやかに存在するのではないかと私が思っているこうした発展性のある行為がすべて、われわれの劇場にテクノロジーを通して持ち込まれ、増幅され、拡大されて、最終的にわれわれの楽しみをより興味深いものにできないのかどうか。

 きのこを楽器のように使用することで、それらが発するさまざまな音を「テクノロジーを通して」増幅し、劇場の中で響かせるというこのアイディアはきわめて魅力的なものだが、それを半世紀以上経って実際に作品化したのが、アイルランド出身のマイケル・プライムである。やはりケージと同様にきのこ愛好家で、ロンドンのキューガーデン植物園で菌学のコースを受講したこともあったプライムの「ハ、ハ! ユア・マッシュルームズ・ハブ・ゴーン?」(Michael Prime, Ha, Ha! Your Mushrooms Have Gone?, 2005)は、樹や地面に生えているきのこに電極をつなぎ、彼らが発する生体電気のパターンをスピーカーで増幅して会場に流すという作品である。きのこたちは会場の環境の変化や観客の出入りに反応して、彼らが発する「音楽」を微妙に変化させていくのだ。

 この作品は、日本でも展示されたことがある。2007年に東京・新宿のNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で開催された「サイレント・ダイアローグ 見えないコミュニケーション」展に出品されたのだ。このとき使われたのは、榾木ほたぎから生えているシイタケである。本当なら、ケージが言及しているヤマドリタケのような、野生のきのこを使ってほしかったところだが、会期中ずっと管理をするのはむずかしかったのだろう。とても残念なことに、僕はその展示を見逃してしまった。もしまた機会があったら、ぜひどこかで、実際に「きのこの音楽」を体験してみたいと思っている。

 

 

 
*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。