日々のきのこ / 飯沢耕太郎

20年ほど前に突如、きのこ熱に浮かされた著者。以来、内外の文献を渉猟し、切手やグッズを買いもとめ、折につけ山に分け入る日々をおくる。そんな「きのこハカセの異常な愛情」がほとばしる貴重なコレクションを、ビジュアルとともに紹介。はまったら抜けられない魅惑の世界がここに!

渡辺隆次さんの「胞子紋の世界展」

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 6月の初めに新潟に出かけてきた。当地の砂丘館ギャラリーで開催された「渡辺隆次 胞子紋の世界展」(2021年5月27日~7月11日)を見るためである。

 渡辺さんのお名前と画業をはじめて目にしたのは、『きのこの絵本』(ちくま文庫、1990年)だった。『きのこの絵本』は八ヶ岳山麓にアトリエを構える彼が、「梅雨から晩夏へ」、そして「秋、冬、ふたたび春へ」と四季を通じて周囲の森を探索しつつ採取したキツネタケ、ムジナタケからキクラゲ、ハルシメジに至る42種類のきのこを巡るエッセイと、自身がスケッチしたきのこ画をおさめた画文集である。1977年に山梨県日野春の山里に住みつくまでは、ほとんどきのこには興味がなかった彼が、次第にその不可思議な存在に惹かれるようになり、ついには「キノコ狂い」への道を歩むに至るまでを記した文章も素晴らしい。だが、なんといってもページを彩る水彩画の数々が魅力的だ。

 同書の「あとがき」によれば、それらの水彩画は、書き下ろしの文庫本のために描いたものではなく、「二年ほど前から、キノコ狩りの際にはアトリエまで持ち帰り、眼と手を凝らし、写生をはじめた」ものだという。「そのうちの多くのキノコは、もう翌年からは余程の幸運でもなければ、出会うこともない種類のもの」だ。つまり「一期一会」。『きのこの絵本』所収の水彩画には、「この姿を残しておかねば」という切迫した感情があふれており、それが一本一本を、さまざまな角度から丁寧に描き分けることにつながってくる。それは、やはり「キノコ狂い」の現代音楽作曲家、ジョン・ケージの「茸を知れば知るほど、それを識別する自信が薄れていくんです。一本一本が違っていますから。それぞれの茸がそれ本来のものであり、それ自らの中心にあるのです」(ジョン・ケージ/ダニエル・シャルル、青山マミ訳『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』青土社、1982年)という言葉にも通じるものだろう。

『きのこの絵本』渡辺隆次 ちくま文庫 1990年

 だが、渡辺さんはその頃から、きのこの「写生」とは違ったタイプの作品も制作しはじめていた。『きのこの絵本』にはこんなエピソードが記されている。渡辺さんは、ある日、森の入り口の「舗装路へり」に株立ちしていたハタケシメジを採ってきて、黒い食卓の上に一晩、置き放しにしたことがあった。

 翌朝、持ち上げてみると、傘裏のヒダから舞い落ちた白い胞子が、黒い食卓の表に不思議な紋様をつくっている。緻密なヒダそのまま、白いエッジ状の放射線をくっきり残すもの。あるいはまた、閉め切った室内で、胞子が微かな空気の流れを映す、遠い彼方の星雲のようなグラデーション。キノコによって一夜うちに描き出された、思いがけない造形(胞子紋――sporeprint――)を眼前に、ぼくはしばし呆然とした。

 どうやら、この時テーブルの上に胞子紋を描き出したきのこは、ハタケシメジではなく、同じキシメジ科で白色の胞子紋を持つシモフリシメジだったようだ。その「夜明けにつづく夢のように美しい胞子紋」に衝撃を受けた渡辺さんは、さまざまなきのこを採ってきては、台紙の上に置いてみるようになった。きのこの種類によっては、黒い台紙では映えないものがある。キシメジ科、べニタケ科、テングタケ科のきのこの胞子は白いものが多いので、黒か濃い色の台紙を使う。フウセンタケ科の胞子は褐色なので、白か淡い色の台紙。イグチ科のきのこは、オリーブ色、檸檬色、ピンク色など変化に富んでいるので、その色に合わせた紙を選ばなければならない。こうして、採取したきのこの種類が増えるにつれて「あやしい世界の花弁や、妖精たちの可愛らしい唇、瞳」を思わせる胞子紋の作品が数を増していった。

『森の天界図像 渡辺隆次きのこ画文集』大日本絵画 2021年

渡辺隆次「わがイコン・7」『森の天界図像』より

 胞子紋を単独でモチーフにする作品だけではない。自作の石板画 リトグラフにきのこの傘を伏せ、紋を添えて作品化することも始めた。その偶然の表現効果によって、旧作が新たな生命を得て蘇ってくる。また、胞子紋を印した台紙に植物や昆虫などを描き加えたり、葉っぱに絵の具をつけて転写したりするようにもなった。スパッタリング(網の目をブラシでこすって絵の具を撒き散らす技法)を使って、胞子紋と自然界のさまざまなイメージを融合させることもある。胞子紋との出会いは、明らかに渡辺さんの画家としてのあり方に大きな影響を及ぼしていったように見える。

 僕は『きのこの絵本』より前の渡辺さんの画業についてはよく知らない。だが、今回の「胞子紋の世界展」にあわせて刊行された画文集『森の天界図像 わがイコン 胞子紋』(大日本絵画、2021年)におさめられた、砂丘館館長の大倉宏さんのテキストによれば、東京・銀座の青木画廊での初個展(1966年)から、きのこたちと出会う1970年代後半までの渡辺さんの作風は、「微細な意味不明の形象で隙間なくおおわれた画面は力強く、蠱惑的で、少し息苦しい」ものだったようだ。同書には、渡辺さんの代表作の一つで、ケルトの装飾写本の図像を取り入れた「青の書」(1986年)の図版も掲載されているが、その細かな線と厳密なフォルムで構成された大作も、やはりやや神経質で「少し息苦しい」ものに感じる。

 それと比較すると、胞子紋の作品はまさに融通無碍、いい意味で成り行きまかせで作られている。きのこたちが本来持つ、何が次に出てくるかわからない偶有性、彼らにかかわる者たちを時に戸惑わせ、時に喜ばせ、思いがけない場所に連れて行くようなその力を、渡辺さんはどんどん作品に取り込んでいくようになった。今回の「胞子紋の世界展」には、2020年に制作された新作シリーズも含まれているが、そのタイトルは「わがイコン」である。イコンというのは「聖なる図像」という意味だが、作品には言葉から連想されるようないかめしさはまったくない。むしろいまの渡辺さんにとって、きのことその図像は、自然界をともに遊び戯れて過ごす、楽しい仲間たちなのではないだろうか。

「渡辺隆次 胞子紋の世界展」(砂丘館ギャラリー)会場

 展覧会が催された新潟市西大畑町の砂丘館は、日本銀行新潟支店の支店長の役宅として1933(昭和8)年に建造された、敷地面積523坪、木造2階建、蔵つきの日本家屋である。裏の砂丘を越えれば、日本海の荒波が打ち寄せる海岸が広がり、近くには坂口安吾の旧居もある。渡辺隆次さんの「胞子紋の世界展」は、1階の座敷、居間、茶の間、その奥の蔵、さらに2階の客間、次の間を全部使って開催されていた。ちなみに、大倉宏さんの話では「砂丘館の庭にはよくきのこが生えてくる」のだそうだ。

 渡辺さんの作品を展覧会の形で見るのは初めてなので、1階の展示からゆっくりと時間をかけて部屋を巡っていった。胞子紋の作品は見れば見るほど面白い。きのこの傘の裏の形状は大きく分けると2種類ある。シイタケを思い出していただければいいのだが、多くのきのこは、胞子を形成する担子器が密生する部分がヒダ状になっている。だが、ヤマドリタケやヤマイグチのように、菅孔と呼ばれる細かな穴になっているものもある。渡辺さんの作品には、チチアワタケのような菅孔のあるきのこを使ったものもあるが、どちらかといえば、ヒダのあるきのこをモチーフとしたものの方が、数も多いし、魅力的に思える。

 何といっても、中心から外側に放射線状に伸びるフォルムが、妖しくも美しい。渡辺さん本人は『森の天界図像 わがイコン 胞子紋』に寄せた「わがイコン 胞子紋」で、「胞子紋のフォルムには、なぜか既視感デジャビュがある」と書いている。今回の展覧会にもいくつか出品されていたのだが、胞子紋を直接使わない作品の中にも、「求心的シンメトリーという構図」のフォルムがたびたび登場していたのだ。渡辺さんはそれを「人の祈りのシルエットとして自然な姿かもしれない」と解釈するのだが、たしかにそういう見方もできそうだ。だが、それ以上に、これはちょっとあからさますぎる言い方かもしれないが、きのこの傘の裏のヒダ状のフォルムは女性性器的なのではないだろうか。きのこの形状を男性性器に喩える言い方はよくされるが、きのこは本来、男性/女性の二項対立的な分類を超越した両性具有的な存在だと思う。それをよく示しているのが、傘の裏のヒダが繊細に重なり合う形状で、視覚的にも触覚的にもエロチックとしかいいようがない。胞子紋のフォルムは、その様態を見事に写しとっている。それらはもしかすると、あの懐かしいぬくもりを持つ母親の胎内への入り口の役目も果たしているのかもしれない。

 砂丘館の2階には、二曲三双の「貼雑はりまぜ屏風」が展示してあった。そこに貼られているのは、あの『きのこの絵本』に掲載されたきのこたちの写生画である。これは嬉しかった。あらためてそれらのスケッチを見ると、きのこ狩りの収穫を目の前にして、その一本一本に目を凝らし、嬉々として絵筆を取っている渡辺さんの姿が浮かんでくる。屏風仕立てにしただけでなく、絵と絵の隙間には、胞子紋を付け加えたり、スパッタリングで紅葉などの植物の葉の形を浮かび上がらせたりする装飾を加えている。この屏風に限らず、渡辺さんはいったん出来あがった作品に、さらに手を加え続けているのだという。時には市販のシールのようなものも貼ることがあると聞いて驚いてしまったが、それもまた彼の遊び心のあらわれといえるだろう。

「貼雑屏風」と著者

 渡辺さんにはもう一つ、きのこをテーマにした大作がある。1998~2003年に制作された山梨県甲府市の武田神社・菱和りょうわ殿の天井画である。このパネル数120枚に及ぶ天井画の依頼を受けた時、渡辺さんは最初断ろうと思ったようだ。天井画のような装飾画を描くのは、普通は日本画家だし、大学の講師としての仕事もあって期間内に仕上げるのはむずかしいと思ったからだ。だが、神社側からの熱心な依頼があり、条件つきで引き受けることにした。その条件とは「この地上におけるいのちの三大柱、すなわち植物、動物、菌類による生命循環の永続性」を踏まえて、「甲斐八珍果」(江戸時代、甲斐の国で栽培されていた代表的な8種の果物)をはじめとする草木禽獣のほかに「甲斐のきのこ」34種を描くというものだ。この提案が神社の「権禰宜ごんねぎさん」「宮司さん」の英断でそのまま採用され、渡辺さんは菱和殿の天井画を、それから5年余りの歳月をかけて完成させた。

武田神社菱和殿天井画の一部

『花づくし実づくし―武田神社菱和殿天井画〈二〉木馬書館 2002年

 『花づくし実づくし 甲斐のきのこ 武田神社菱和殿天井画〈二〉』(木馬書館、2002年)に全34枚、37種が収録されたこの天井画には、胞子紋の作品や『きのこの絵本』のスケッチとはまた違う、渡辺さんの画家としての優れた造形力と、「きのこ愛」の深さがよくあらわれている。それぞれのきのこを緻密に観察して、その色、形状、質感を精密に写しとるだけでなく、円形に囲った枠の中にきっちりと、だが躍動感を保ったままおさめていくデザイン力が、驚くべき視覚的効果を生んでいるのだ。この天井画もずっと見たかったのだが、昨年12月に機会があって武田神社を訪れ、ちょうど赤ちゃんのお七夜の神事が催されていた合間に、特別に拝観させていただいた。むろん、その素晴らしさに感動したのはいうまでもない。武田神社は、滋賀県栗東市のくさびら神社(きのこを神体として祀る珍しい神社)とともに、いまやきのこマニアにとっての聖地の一つといえるだろう。

 

 

 

 
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