日々のきのこ / 飯沢耕太郎

20年ほど前に突如、きのこ熱に浮かされた著者。以来、内外の文献を渉猟し、切手やグッズを買いもとめ、折につけ山に分け入る日々をおくる。そんな「きのこハカセの異常な愛情」がほとばしる貴重なコレクションを、ビジュアルとともに紹介。はまったら抜けられない魅惑の世界がここに!

『マタンゴ』は何度でも復活する!

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  夏になると『マタンゴ』のことを思い出す。別に秋でも冬でもかまわないと思うのだが、たぶん夏が季節的にぴったりしているのではないだろうか。この映画=物語の舞台が常夏の南の島であることもあずかっているかもしれない。

 『マタンゴ』は1963年公開の東宝映画である。監督・本多猪四郎、特撮監督・円谷英二――この二人の名前を聞いて「なるほど」と思う方もおられるだろう。本多と円谷といえば、あの名作『ゴジラ』(1954年)以来、『大怪獣バラン』(1958年)、『モスラ』(1961年)、『キングコング対ゴジラ』(1962年)と、数々の怪獣映画を共同で制作してきた名コンビである。怪獣映画だけでなく『美女と液体人間』(1958年)、『ガス人間第一号』(1960年)という「変身人間シリーズ」も制作しており、『マタンゴ』はその第三作にあたる。

 この『マタンゴ』、当時映画を観た観客、特に少年・少女たちにトラウマ的なショックを与えたようだ。その怖さを伝える証言も多い。たとえば、のちに『マタンゴ』の続編にあたるSFホラー小説『マタンゴ 最後の逆襲』(角川ホラー文庫、2012年)を発表する作家の吉村達也もその一人で、「映画を見終えたあと、アイスクリームを買おうと小銭を取り出す指先が、恐怖の余韻で小刻みに震えて止まらなかった」という。後述するように、この映画ではきのこが決定的な役割を果たすのだが、その後、きのこがまったく食べられなくなったという話もよく聞く。当時は二本立て上映が普通だったが、『マタンゴ』と併映されたのは、なんと加山雄三・星由里子主演の『ハワイの若大将』だった。同じく南の島を舞台にしているとはいえ、この落差も凄すぎる。それも、恐怖を増幅させる一因になったのではないだろうか。

『マタンゴ』東宝特撮映画DVDコレクション 東宝株式会社

 有名な映画なので、既にご存知の方も多いと思うが、簡単にストーリーを記しておくことにしよう。青年社長、その愛人のクラブ歌手、取り巻きの小説家、ヨットの艇長、下働きの漁師の息子、大学助教授のその婚約者の男女7人が、豪華な外洋ヨットで航海に乗り出す。ところが大嵐でマストが折れ、無線機も壊れて、数日後に南海の孤島に漂着することになる。島にはカビときのこに覆われた難破船が座礁していたが、なぜか乗組員の姿はどこにも見えない。航海日誌によれば、水爆実験による放射能の影響を調査に来て、突然変異による巨大なきのこを発見したのだという。

 7人のクルーは、石炭酸で消毒して船内に住み始めるが、やがて、食糧の配給や男女関係のもつれで争いが起こる。そんな時、身長2メートルを超す、全身がきのこに覆われた怪人が姿をあらわす。どうやら、難波船の乗組員たちは、ジャングルに自生するマタンゴと呼ばれるきのこを食べたことで「キノコ人間」に変身してしまったようなのだ。食料がいよいよ尽きて、とうとう小説家が禁断のきのこに手を出す。社長とクラブ歌手もジャングルに向かい、一人、また一人と「キノコ人間」への道を歩む者が増えてくる。最後に残された大学助教授は、ヨットを修理して島を脱出し、ようやく救助されるのだが……。ということで、結末は書かないでおこう。実は、ラストにとんでもないどんでん返しが待ち構えているのだ。

 この『マタンゴ』のクレジットには「原案/星新一・福島正実 ウィリアム・ホプキンズ『闇の声』より」と記されている。「ウィリアム・ホプキンズ」というのは誤記で、本当はウィリアム・ホープ・ホジスンの『夜の声』(William Hope Hodgeson, The Voice in the Night, 1907)が原作にあたる小説である。ホジスンは、海洋小説、怪奇小説で知られた作家で、『夜の声』も、スクーナーで北太平洋を航海中に、霧の中からボートに乗って出現した老人の語る不思議な話を題材にしている。

 乗っていた船が大嵐で沈没した老人と婚約者は、いかだで脱出してとある島に漂着する。そこには「灰色のキノコのようなもの」で覆われた帆船が浮かんでいた。食料が少なくなり、ついに彼女がきのこを口にしてしまう。彼は船を逃げ出し、「キノコの密生地」に足を踏み入れるが、そこで「人間の形に異様に似かよっている」きのこの群れに遭遇する。恐怖のあまり逃げ出そうとすると、その腕のようなものが触れた。そこには甘い味が残り、老人は「非人間的な欲望」に突き動かされてきのこを貪り食らう。彼もまた「キノコ人間」になるという運命を受け入れざるを得なくなったのだ。スクーナーの乗員からわずかな食料を得た老人は、ボートで島に引き返していく。霧が一瞬晴れ、太陽の一条の光が彼の姿を照らし出す。「大きな、灰色の上下するスポンジ――のようなもの」が、ふたたび霧の中に消えていこうとしていた。

 映画のクレジットには「原案/星新一・福島正実」とあるが、人気作家の星新一は名前を提供しただけで、実質的にホジスンの『夜の声』を『マタンゴ』に翻案したのは、『SFマガジン』誌の編集長でもあった福島正実のようだ。彼は映画の公開に合わせて、ノベライズ版の『マタンゴ』を『笑の泉』(1963年8月号)に掲載している。それを読むと、映画では出しきれなかった男女の関係や、極限状況でのぎりぎりの感情のもつれが見事に描き出されており、「大人の小説」としての完成度も高い。ホジスンの原本も、格調の高い、幻想的な描写が素晴らしいが、それを現代の、より生々しい若い男女の物語に置き換えた福島の手腕が冴えわたっている。

『怪獣総進撃』怪獣小説全集1 出版芸術社 福島正実著「マタンゴ」収録

 もう一つ、なぜ『マタンゴ』が観客に圧倒的な恐怖をもたらしたのかという点で見逃せないのは、人間がきのこに変身するという設定が、当時大きなインパクトを持っていたということだ。本多猪四郎、円谷英二のコンビが、1954年に『ゴジラ』を制作していることに注目すべきだろう。ゴジラは海底に潜んでいたジュラ紀の巨大生物が、水爆実験で安住の地を追われ、口から放射線を発する怪獣となって東京を襲うという設定だった。『ゴジラ』が公開された1954年には、ビキニ環礁でおこなわれた水爆実験による「死の灰」で、第五福竜丸の乗組員が被爆するという事件が起こっており、放射能の恐怖は、1945年8月の広島・長崎への原爆投下の記憶と共振してより高まっていた。

『怪獣総進撃』より 小松崎茂によるマタンゴ決定稿

 その約10年後に公開された『マタンゴ』でも、『ゴジラ』と同様に放射能によるきのこの突然変異が強調されている。「キノコ人間」に変身した男女の顔や体がきのこ化していく描写は、原子爆弾の熱線によって生じたケロイド状の火傷を連想させる。また、「マタンゴ」たちの形状は、残されたスケッチなどを見ても、明らかに「きのこ雲」に似せて作られている。敗戦から20年近い1963年でも、まだ原爆投下の恐怖は色濃く残っていたのではないだろうか。それが、多くの人々が持つマイコフォビア(きのこ恐怖症)の感情が下地になって発現したということは、十分に考えられそうだ。

 『マタンゴ』のトラウマ的な衝撃には、実はもう一つ重要なファクターがある。ヨットのオーナーである青年社長の愛人のクラブ歌手を演じた女優、水野久美の存在である。水野は『妖星ゴラス』(1962年)、『怪獣大戦争』(1965年)など、東宝の怪獣・特撮映画によく出演しており、ヒロイン役として人気があった。『マタンゴ』では、本人も「あれは大好き!」と語っているように乗りに乗った演技を見せる。この映画ではきのこを食べた男性は、すぐにグロテスクな姿に変身してしまうのに、女性は手足がきのこ化しているにもかかわらず、妖艶さを増すように描かれているのだ。そんな彼女が、きのこを手に「美味しいわよ」と迫ってくる姿には、ゾクゾクするようなエロチシズムあり、当時映画を見た小・中学生にとっては、あまりにも刺激が強かったのではないだろうか。恐怖とエロチシズムの合体こそが、「マタンゴ・ショック」の正体だったのだ。

『別冊映画秘宝 東宝特撮女優大全集』洋泉社MOOKより

 その「マタンゴ・ショック」は一過性のものではなかった。漫画、小説、音楽など、さまざまなジャンルの創作者たちが、『マタンゴ』に触発され、作品を発表していった。既に映画公開後すぐに、石ノ森章太郎が『少年』1963年9月号の「まんが祭り第一会場」として、コミカライズ版の「マタンゴ」を掲載している。わずか18ページという短さが残念だが、ストーリーを的確にまとめており、キャラクター(映画とは少し違う)の描き分けもうまくいっていた。

石ノ森章太郎『歯車』角川ホラー文庫 「マタンゴ」が収録されている

 1980年代以降になると、かつて少年の頃に『マタンゴ』を見た世代が、その影響を形にし始める。橋本治は『EDI』(1984年9月号、12月号)に「マタンゴを喰ったな」とその続編の「更にマタンゴを喰ったな」を発表している。「日本の南方三十キロのところにある名もない小島」で発生したマタンゴが、海上自衛隊の駆逐艦に胞子を飛ばして繁殖を開始し、竹芝桟橋から東京湾に上陸して、ゴジラの進路を辿るように東京中に広がっていく。注目すべきなのは「体中がムズ痒くなって来て、ボーッと、ニキビのような湿疹が全身に浮き上がって来て」という描写が、当時のエイズ蔓延と重ね合わせて書かれていることだ。ここでは、かつての放射能の恐怖が「エイズ=マタンゴ説」に置き換えられている。

 ロックバンド、筋肉少女帯のリーダーの大槻ケンヂも「マタンゴ・ショック」を体験した一人である。アルバム『とろろの脳髄伝説』(ナゴムレコード、1985年)に収録され、『筋肉少女帯 ナゴム全曲集』(ETC、1990年)に再録された「マタンゴ」は、同バンドの初期の傑作といえるだろう。「呪いの館に行っちゃいけねえ」の連呼から始まる曲は、途中から転調する。

 すべからくすべての人が/庭にキノコを植えたら/キノコ人間になってしまった/タマミちゃんが目立たなくなるからいいね/お気に入りのドレスを着せて/パーティにも行けるからいいね
 いくら脳髄の出来が良くてもキノコ人間じゃねぇ
 それでも行くというのなら/俺を振り切り行くのなら/キノコの顔に気をつけて/タパタパ胞子を振り蒔くよ
 マタンゴ マタンゴ マタンゴ

 ここに登場する「タマミちゃん」というのは、楳図かずおが1967年に『少女フレンド』に連載した「赤んぼ少女」に出てくる、醜く、異常に悪賢い赤ん坊キャラである。ここにも、『マタンゴ』と同様に、当時の子供たちにトラウマ的な恐怖を植えつけた怪奇漫画のキャラクターと、「タパタパ胞子を振り蒔く」マイコフォビア的なきのこイメージとの合体が見られる。

 その後、前述した吉村達也の『マタンゴ 最後の逆襲』が出るわけだが、それでもその「逆襲」はまだ完全に終わっていないのではないかという気がする。『マタンゴの』登場人物たちを、「都市伝説研究会」の7人の大学生、高校生に置き換え、復活した「巨大マタンゴ」集団と宇宙空間を股にかけて戦うという『マタンゴ 最後の逆襲』の設定は、けれん味たっぷりで面白いのだが、その胞子は、いろいろな場所に新たな菌糸体を発生させるべく、機会をうかがっているのではないだろうか。ふたたび、三たびと復活し、さらに増殖していく『マタンゴ』を見てみたいものだ。

 

 

 

 
*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。