しるものひと口 / 木村衣有子

誰かと囲んだ食卓のなかにあった「しるもの」をひと口飲めば、その時の記憶が蘇る。 時に優しく、時に苦味を伴う、そんな「しるもの」のお話。 著者の意欲作『しるもの読物』の続編が、連作短編として登場します。

ダブルピースと強炭酸水

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 写真の上で、ダブルピースをしている人を見るといつも感じ入ってしまう。ダブルピースには二種あるゆえに。
 いわゆる、キャラ、そのままの、心からのダブルピース。
 照れ隠しに、思い切ってえいっと蟹になるダブルピース。
 でもどちらの場合もその人らしい表情になるから、ダブルピースってすごいなと、ぼくは思う。
 ぼくは写真を撮られるのが好きでない。
 写真を撮られるのが苦手、だという気持ちを表明することそのものが苦手なのだ。もちろん、ダブルピースをするような度胸もないし。
 証明写真としてのポートレートではなくて、くだけていてかまわない、言うならば、個性のあらわれている、自己紹介用のポートレートが必要な局面が、ごくたまにある。ぼくは、かつての彼女が撮ってくれた写真を提出することにしている。我ながら、いけしゃあしゃあと。たしかに、ずいぶん鮮度が違ってきているのは認めよう。とはいえ、いたいけな幼時の姿、たとえば七五三の記念写真なんかを使っている人よりは厚顔無恥ではなかろう。
 いつぞや、ヒノに、同じような局面ではどんな写真を貼り付けることにしているか訊ねると、以前の恋人が撮ったものだというのだった。つまり同志だった。ぼくと知り合う前の、そのヒノのポートレートを見せてもらうと、今、ぱっと誰かに撮ってもらったほうがよいのでは、と、思わざるを得なかった。撮られたときから今までに流れた時を巻き戻しても、いや、むしろ今のヒノの顔つきのほうが脂っ気を失ったぶんだけ飄々とした雰囲気を醸し出していて、よいのでは。
 とはいえ、そのポートレートを使い続けているヒノの姿勢には大いに共感する。

 ダブルピースから、思い出される人がいる。
 十数年前の話になる。ぼくは20代前半で、とある会の会員だった。会には同い年の男がいた。みんなには名字+君づけで呼ばれていた。辰野君、と。ぼくは名字を呼び捨てにされていたのだが。
 その会のメンバーは女性のほうがやや多かった。年の頃はぼくと辰野君が最年少、最年長でも三十路越えしたばかりだった。なにかしらの記念に集合写真を撮った折、その最年長の女の人がとったポーズに辰野君が難癖をつけたのをおぼえている。
 30過ぎてダブルピースはないわあ。
 その彼の言葉は、退会してから、ぼくの耳の中に幾度も響いた。
 当時、言われた当人は、え〜、というふうに受け流してそれきりだったはず。ないのか? ほんとうに? などと、一言さしはさむような人はその場にはいなかった、ぼくを含めて。
 その女の人は辰野君と会の仲間内でも比較的なかよしだった。だから辰野君の一言は単なる軽口として響いたのはたしかだったが、辰野君が誰かを腐したとき、周りにいる人たちはなんとなく押し黙ってしまいがちなのも、ほんとうだった。
 辰野君は、ぼくも含めた男たちにもそういう言葉を投げかけなかったわけではない。たまたまぼくはその場に居合わせなかったのか、ただぼんやりしていただけなのか、ダブルピースのように台詞まで記憶してはいなかった。そもそもぼく自身は辰野君にそんなようなことを言われたおぼえはなかった。
 あと、ぼくよりわずかに年長で、みんなの輪からしばしば外れがちな女の子に、空気読もうや、と、言っていたのも耳にした。しかも幾度も。そう、辰野君は会のメンバーでただひとり、西の言葉を喋った。ぼくが行ったことのなかった、なんなら今でもそうである、土地の言葉を。
 その女の子は、会のみんなからは名字+さんづけで、森田さん、と呼ばれていた。森田さんは会の他のメンバーよりも物怖じしない質だった。ヒノほどではないが。そのせいもあるのかもしれない。
 さらにいえば、森田さんはその頃、ぼくを好いていたはずだ。体勢として基本的に受け身であるぼくだから、はっきりわかる。森田さんは、ぼくにぐっと身を寄せるなどはしなくて、視線ばかりを一直線に向けてくる。たまに目が合う。ただそれだけ。
 悪い気はしなかった。
 というのも、当時のぼくには彼女がいた。
 それだから、森田さんから控えめに寄せられる好意を、大げさに拒むことなく、曖昧に打ち消すことができていた酷薄なぼくだった。視線を感じながら、たとえば彼女がいなかったら、と、想像もしなかったのだからなおのこと。
 彼女の存在は、会の中ではおおっぴらに話すことはなかったけれど、内緒にしていたわけでなく、森田さんも薄々気付いていたって、なんら不思議はなかったが。

 会のみんなで、日帰りドライブに出かけた春の日があった。
 そのときぼくのいた街ではだいたい、そう、東京と同じくらいのタイミングでソメイヨシノが咲く。次に、近所にあったマクドナルドの前の大きな木の、風変わりな色の桜が咲く。白色の花びらに緑色の線がぼかしたように入っていた。「御衣黄」という品種であるとは当時は知らなかった。あっけらかんとした赤色と黄色のマクドナルドの店舗の無機質な明るさに覆い被さるように、満開の花はまぶしくて、それだから後から名前を調べてみる気にもなったのだった。さらにその次に咲いた八重桜が、花散らしの雨に打たれた翌日だった。そもそもどの桜も開花が例年より遅いとニュースでは言われていた年で、集合時間の朝6時の空気もそれなりに冷たかった。でも、あったかいのみものを欲するほどじゃない。
 数台の乗用車に分かれて乗って、ぼくと森田さんと辰野君の3人はたまたま、ある一台の後部座席に肩寄せ合って乗ることになった。森田さんは真ん中。こんなに距離が物理的に縮まるのははじめてだったが、森田さんの横顔を覗くと、存外どこ吹く風という表情で、むしろぼくのほうがどぎまぎしてしまっていた。森田さんからは、ぼくの当時の彼女とは別種の甘めの香り、甘さが幼さを引き出す系統の香りが立ち上った。香りがぼくを平常心に引き戻した。ぼくが羽織っていた上着には彼女が飼っている猫の白色の毛がありありとくっついていたけれど、森田さんが着ていたパーカは淡黄色だったから、毛が少々移ってもわからないはず、などと、ぼんやり思うなどした。
 車が走り出してしばらくして、ぼくは持参したペットボトルの強炭酸水を取り出して、蓋を開けた。当時のぼくは強炭酸水を今よりも愛飲していたもので。ぷしっ、と、ぼくの手元で音がしたのとほぼ同じタイミングで、辰野君は持参のお菓子の紙箱をぺりりと開けた。ちらと横目で盗み見ると、なにかしらビスケットのようだった。
 森田さんはなにかたべもののみものを取り出す代わりに、これまででいちばん近い距離でぼくの目を見て、一口ちょうだい、と、言った。言いながら、ぼくのペットボトルに手を伸ばさんばかりの雰囲気をかもしだしてきた。
 ぼくの返答の前に、辰野君が口を開いた。
 森田さん、欲しがりやなあ。
 それから辰野君は、手にしたお菓子の箱を差し出して、あげようか、と、森田さんに言った。別に辰野君はけちでもなかったはずだが、彼にしては珍しい行動だなあ、との印象を持ったのはおぼえている。
 辰野君に、森田さんは言った。
 いらない。
 そして森田さんは両手をパーカのおなかのところのポケットにつっこんで、目をつぶった。
 その後の車内の出来事についてはもうおぼえていないというのがほんとうだ。辰野君は、寝たふりをした森田さんに、空気読もうや、と言ったか言わなかったかどうかも。
 ぼくは、その年、夏になる前にとある理由から退会し、時を同じくして、彼女と別れた。そう、ぼくの写真を撮ってくれた彼女と。