死ぬまで生きる日記 / 土門蘭

日常生活はほとんど支障なく送れる。「楽しい」や「嬉しい」、「おもしろい」といった感情もちゃんと味わえる。それなのに、ほぼ毎日「死にたい」と思うのはなぜだろう? カウンセラーや周囲との対話を通して不可思議な自己を見つめた1年間の記録。

『「死にたい」と感じてもいいのだと、自分を許してあげてください』

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 私の担当のカウンセラーは、本田さん(仮名)という。

 彼女とは昨年の4月に出会い、それ以来定期的にセッションしている。
 初めてのカウンセラーが彼女だったので、私は彼女のやり方以外のカウンセリングを知らない。だから、本田さんが他のカウンセラーに比べてどうなのか、変わっているのか普通なのか、私にはさっぱりわからない。

 彼女を選んだのは、こう言ってはなんだが「なんとなく」だった。
 オンラインカウンセリングのサービスに登録すると、いろんなカウンセラーが候補に挙がってくる。一人ひとり紹介文や取得資格を見てみるものの内容はさほど変わらず、どの方もいいような、あるいはどの方も違うような気がして、誰にお願いすべきなのかよくわからなかった。

 これは自分の中で条件を絞ったほうがいいなと思い、まず「同年代で同性の方にしよう」と決めた。それから何を話しても怒ったり説教したりしないような(カウンセラーはそんなことしないと思うが)、優しそうな雰囲気の方がいい。遠慮なく気兼ねなく話せて、こちらが緊張しないような。

 そんなことを考えていたら、本田さんの紹介文が目に留まった。30代の女性で、臨床心理士と公認心理師の資格をお持ちだという。写真に写る顔つきや雰囲気がなんとなく優しそうに見えたのと、そろそろ考えるのに疲れてきたのもあり、「この人にお願いしてみようかな」と思った。

 スクロールしていくと、「漠然と慢性的な虚無感を抱えていらっしゃる方も、まずはお話をお聞かせください」という言葉が目に入った。私はそのままスクロールし、彼女のスケジュールが空いている約1週間後にカウンセリングの予約を入れた。


 カウンセリングと言っても、何をするのかよくわからない。「死にたい」という気持ちがずっと続いているのだと言えば、向こうがいろいろ質問をして話を深掘りしてくれるのだろうか。プロなのだから、私が心配することでもないのだろうか。

 そんなことを思いながら、私は手帳に「10:00 本田さん」と書き込んだ。カウンセリングの日までの1週間が途方もなく長いように感じたが、とりあえずその日までは生きていようと思う。そういう日が一日増えて、ちょっと心強い。

 昔から、「とりあえずその日までは生きていよう」という日を作るようにしている。死ぬ予定は入れないようにしているが、生きる予定を入れないとどこに向かえばいいのかわからず不安になるので、最低1個は常に「その日までは生きる」ための予定を入れている。それは例えば、好きな作家の展覧会だったり、好きな漫画家の新刊の発売日だったり、好きな人と会って話す約束だったりする。

 もしかしたらカウンセリングも「その日」にできるかもしれない、とふと思った。そうなるといいな、と。年をとるたび「その日」のバリエーションが減っていたので、新しい「その日」が増えそうな予感は私にとってはいいことだった。

 でも、なるべく期待しないようにしておこう。同時にそういうことも思う。「その日」が思ったよりも良くない一日になってしまうと、反動でものすごく憂鬱になってしまうから、期待をしないようにもしている。
 だから、本田さんにも期待しないでおいた。もしかしたら変な人かもしれないし、まったく合わないかもしれないし……。

 失礼な話だけど、カウンセリングを受けるまではそんなふうにして自分の気持ちを宥めていた。


 と思っていたら当日、コロナの影響で保育園から登園自粛要請が出て、急遽3歳の次男の面倒を家で見ないといけなくなった。それがわかったのは前日の夕方。保育園の貼り紙の前で、「えっ」と声が出る。カウンセリングはおろか、子守では仕事だってままならない。

 キャンセルした方がいいのだろうかと迷ったものの、一刻も早くカウンセリングを受けたくて、結局そうできなかった。期待しないでおこうと思いながらも、すでにかなり期待していることに気づく。心待ちにしていた「その日」が先になるのが、とてもしんどかった。

 それで当日、次男にはリビングのテレビで彼の好きな仮面ライダーの番組を観せることにし、私はリビングの外の廊下にパソコンを持ち出して、そこで話すことにした。
 「お母さんはここで仕事をしてるから、テレビを観ててね」
 と言うと、次男は「うん」と素直に答える。ドキドキしながら廊下に座り込み、ノートパソコンを膝の上に乗せながら、時間が来るのを待った。

 10時ちょうど。Zoomの通話ボタンを押す。
 「こんにちは」
 画面に映った本田さんが言い、「こんにちは」と私も返事をする。
 本田さんは黒髪ショートカットの色白で、おっとりと優しそうな顔つきをしていた。紹介ページに載っていた写真の通りだ。背景は白く塗りつぶされているので、どこにいるのかはよくわからない。
 「カウンセラーの本田です。よろしくお願いいたします」
 そう自己紹介する声は思っていたよりも低く、少しゆったりめに話す。

 それを受け、私もついフルネームで自己紹介しそうになったが、慌てて口をつぐんだ。失礼かと思ったけれど、名乗らずに「よろしくお願いします」とだけ言う。登録は「R」とイニシャルだけにしていたので、本田さんが
 「Rさんですか」
 と言った。「はい」とだけ、返事をする。

 本名を明かさなかったのは、私を特定されないようにするためだった。私の名前で検索すれば、これまでに書いてきた様々な文章がインターネット上に出てくる。それらの仕事と、自分がこれから話すことが、彼女の中で、もっと言えば誰かの中で結びついてほしくなかった。
 カウンセリングでは、これまで人に言えなかった汚い感情も、恥ずかしい過去も、洗いざらい全部言おうと決めていた。でも言葉にして誰かと共有してしまうと、その誰かの目が私の文章を監視しているような気がしてしまう。「本当はみっともないのに格好つけてる」とか「いい子ぶっている」とか。実際にはそう思われることはないにしても、そんな目を自分の中に作ってしまうことは避けたかった。

 ここでの話は、ここだけの話。私の日常生活には入れさせない。
 そう決心していたので、とてもドキドキしていた。この人は大丈夫だろうか、私を傷つけたりしないだろうか、私が私だってバレないだろうか。有名人でもないのにそう思いながら、相当疑心暗鬼になっている自分に気づいてびっくりする。

 「お顔を拝見することはできませんか?」
 と本田さんが言った。名前はもちろん、顔も出していなかったのだ。ビデオをオフにしているので、真っ黒い画像の横に本田さんの顔だけが映っている。
 顔を見た方がカウンセリングしやすいのだろうなと思いつつも、「すみませんが今回はこれで……」とお願いした。本田さんは理由も聞かず、「わかりました」とにこやかに受け入れてくれた。

 そのうえでさらに私は、
 「ここで話したことは、どこにも漏れないですか?」
 と確認をした。
 「たとえば運営母体にも、この会話の記録は共有されたりしないのでしょうか」
 本田さんはほとんど間髪入れず「どこにも漏れないので大丈夫です」と答えた。
 「ここでの会話は、私とRさん以外には共有されません。それからカウンセラーには守秘義務があるので、ここでの会話をどこかに報告するとか漏洩するということもありません」

 それを聞いて少し安心したが、「ただ」と本田さんが続けた。
 「ただ、たとえばRさんが自傷しているとか法律を犯しているとか、生命が危険に晒されたり法が犯されていると私が判断した場合のみ、然るべき機関に報告することはございます」
 「生命と法律……」
 そのラインは超えていないと思いつつも、急に自信がなくなった。本当に私は、そのラインを超えていないだろうか? 改めて聞かれるとよくわからなくなって、手のひらがビリビリしてくる。ストレスを感じると、手が痺れるのだ。悪いことはしていないはずなのに、ここでの話が漏れるかもしれないと思うと、何だか不安になってしまう。

 おかしい、と思った。カウンセリングはまだ始まってもいないのに、私がすでにちょっとおかしい。
 普段の私はこんなではない。そりゃあ「死にたい」とは毎日思うけれど、普段はこんなに他人に対して疑心暗鬼ではないし、自分に対して「もしかして犯罪者なのでは」と疑うこともない。
 本当のことを言おうと思うだけでこんなふうになるんだなと、心のどこかでその変化に感心する。普段の私はきっと、鎧を着ている気にでもなっているんだろう。今はきっと、それを脱ごうとしているということなのだ。

 本田さんはその不安を感じ取ったのか、すぐに「その場合にはちゃんと言いますので、大丈夫です」と言ってくれた。「黙って報告するようなことはしません。なので、安心して話をしてください」と。

 要するに私は、本田さんのことをまったく信用していなかったのだ。
 そして、自分自身のことも。


 「それから、実は今日子供がいるんです」
 私がそう言うと、本田さんはその時初めてちょっと驚いたような顔をした。
 「保育園がコロナで休みになってしまって」
 そう言うと彼女は「それは大変ですね」と言い、延期を提案してくれた。
 「お子さんがそばにいると言いにくいこともあるかと思いますし、もしよかったら別の日にしますか?」
 でも、私はその提案を断った。
 「できたら今日やりたいんです。本田さんさえよろしければ」
 すると本田さんは「もちろんです、わかりました」とにこやかに言った。切羽詰まっているように聞こえてしまったかもしれないな、と思う。

 実際、私はその時かなり切羽詰まっていた。「死にたい」という気持ちの濃度は日によって変動するのだけど、そのころは数日に渡って濃くなっていて、だからカウンセリングの日が延期されるのも耐えられなかった。

 そういったことは特に珍しくない。気分の変動の理由も、あるようでない。そのころコロナで仕事がほとんどキャンセルになったことも、結果収入がかつてないほど落ち込んだことも、要件を満たさず給付金の対象から外れたことも、保育園から「エッセンシャルワーカー以外の親御さんは子供を登園させることを自粛してほしい」と頼まれたことも、辛いことではあるけれど、理由のようで理由ではなかった。だから「死にたい」と思うわけではないのだ。

 逆に言えば、そのことが私には問題なのだった。濃度が上がる理由がわからない。予測もできないし、コントロールもできない。理由がわかれば対処もできるものを、それがわからないから苦労している。特に何もないのに急に「死にたい」と強く思う時があるのは、一体なぜなのか。

 私はそのことを本田さんに伝えるために、「発作」と表現した。
 「『死にたい』という気持ちが、子供の頃からずっとまとわりついているのだけど、それが時々強くなるんです。まるで発作みたいに」
 「そして今、その渦中にいるんですね?」
 「はい」
 「理由はよくわからないのですね」
 「はい。だから、その理由を知りたくて。そしてどうにかこの『死にたい』という気持ちをなくすことができないかなと思って、カウンセリングを受けることにしました」

 ドアの向こうにいる次男に聞こえないよう、でも本田さんにはちゃんと聞こえるように声の大きさを加減しながら言う。緊張で、喉が締め付けられる感じがする。でも、ちゃんと言わなくてはいけないことがまずは言えた気がして、ホッとしていた。

 「わかりました。お子さんがいて話しにくいかもしれませんが、ゆっくりお話をうかがえたらと思います。でも無理はなさらずに」
 「はい」
 「最初にうかがいたいのですが、自傷行為の経験はありますか?」
 「それはないです。それは禁止しているので」
 「禁止?」
 「はい。『死にたい』と思っても、絶対に自分を傷つけない、自分で死なないってことだけは固く決めているので」
 「そうですか。それを聞いて、少し安心しました」

 本田さんは少しだけ笑顔を見せた。真っ黒い私の画面を見て、彼女はどんなふうに感じているのだろうと、薄暗くひんやりとした廊下の上で思う。

 そんなふうにして、カウンセリングは始まった。次男はドアの向こうで、熱心に仮面ライダーを観ている。


 「どういう時に、その発作は起こりやすいのでしょう?」
 私の基本情報を押さえたあと、まず、本田さんはそんな質問をした。

 「朝起きた時が一番多い気がします」
 「朝なんですね。夜ではなくて?」
 「夜も眠れない時はしんどいけれど、一番しんどいのは朝が来た時ですね」
 「その時はどんな気持ちでしょうか」
 「不安です、すごく」
 「不安?」
 「誰かが私のことを怒っているんじゃないかなって、起きてすぐに携帯を見てしまいます。寝ている間に、怒りのメールが来ているんじゃないかと」

 なるほど、と本田さんは言う。こんなことを人に話すのは、これが初めてだった。

 「そういったことが、これまでにあったんですか?」
 「ないです。怒るような相手も、怒られるような事件もない。それでもいつも、誰かが私のことを怒っているんじゃないか、と不安になります」
 「そういったメールが来ていないことを確認しても、その不安はおさまりませんか?」
 「おさまらないですね。これからそういうメールや電話が来るかもしれないし、これから誰かを怒らせるかもしれない。この一日を問題なくやり過ごせるだろうか、と不安でしかたなくて、そういう時『死にたい』と思います。逆に言えば、問題なく一日を終えられた夜は安心しているかもしれません。それでも、また朝が来るのだと思うと気分が落ち込むのですが」

 話しながら、本当にそうだろうか、と思う。夜もよく落ち込んでいるような気がするし、誰かを怒らせるかもしれないと思う瞬間以外もよく落ち込んでいるよな、と思う。それですぐに「それ以外でもよく起きますけど……本当になんでもない時に突然起こったり」と付け加えた。よくわからなくなってくる。

 「その発作は、子供の頃からずっと続いているのですか?」
 「はい。自覚したのは10歳の頃からなので、25年くらいですかね」
 「それは辛いですよね」
 「そうですね、辛いですね」
 「そういう話ができる人は、周りにいらっしゃいますか? 弱音を吐けるような」
 「『死にたい』ということは思っていても口には出しません。周りを傷つけてしまうから」
 「周りを傷つける?」

 その時ふと、ドアの向こうの次男のことが気になった。3歳だから話している内容はわからないかもしれない。でも、聞こえていたら嫌だなと思った。

 「『死にたい』と言うと、周りの人は自分が否定されたような気持ちになるんじゃないかなと思うんです。一緒にいるのにどうしてって。周りの人を傷つけるのではないか、迷惑をかけるのではないか、失礼に当たるのではないかと思って、言えません」
 「失礼にあたる」
 本田さんはつぶやいた。
 「ということは、『死にたい』と感じてはいけない、と思っているのでしょうか」

 そう聞かれた時、急にグッと胸が詰まった。声を出そうとしたけれど、喉が締め付けられてしまって出ない。その代わりに、涙が出た。返事をしようとしたら声が震えた。
 「はい。そうですね」
 私は、嗚咽を漏らしながら答える。
 「『死にたい』と感じてはいけない、と思っています」


 「Rさんの場合は、二重苦になっているように感じます」
 本田さんがそう言った。
 「『死にたい』と感じるだけでも辛いのに、そう感じてはいけないのだと思うことで、余計辛くなっているのではないかと」
 はい、と私は小さく答える。
 「まずは『死にたい』と感じてもいいのだと、自分を許してあげてください。その上で、なぜそう感じるのかを一緒に考えていけたらいいなと思うのですが、どうでしょう」
 私はまた、はい、と答える。
 「いいと思います」
 本田さんは、「それはよかったです」と笑った。

 パソコンの右上に表示された時刻を見ると、もうすぐカウンセリングの時間が終わることがわかった。あっという間で、びっくりする。45分で話せることなんて、たかが知れているのだなと思う。
 でもその45分間で、私の心の様子はずいぶん変わったような気がした。喉は相変わらず締め付けられた感覚だが、何だか胸のあたりが軽い。

 「これまではおひとりで悩まれて、辛かったと思います。でも、ここでは安心してなんでも話してください。パートナーとして、一緒にその感情のありかを探していけたらと思っています」

 パートナー。
 私はその言葉に、驚いてしまった。この人は、顔も名前も隠している私のパートナーになるのだという。ずっとひとりで抱え込んできたこの感情に、一緒に向かい合ってくれるのだと。
 もうひとりで悩まなくてもいいのかな、と思う。もしそうならすごいことだな、と。

 「はい、よろしくお願いします」
 そう言って、Zoomチャットを切った。リビングに入る前に顔を洗ったのだが、ドアを開けると次男がこっちを向いて「泣いてるの?」と聞いてきたので、「泣いてないよ」と答えた。


 「自立は、依存先を増やすこと」という言葉がある。脳性麻痺の障害を持ちながら、小児科医や研究者として活動している熊谷晋一郎さんの言葉だ。

 今日私は、本田さんと出会い、「依存先」を増やすことに成功したのではないのだろうか、と次の予約をしながらその言葉を思い出した。次のセッションは翌週だ。当分の間は週1でやってみましょうと本田さんと話している。

 ふと新しくタブを開き、熊谷さんの言葉を検索してみると、その言葉に続きがあることを初めて知った。
 「自立は、依存先を増やすこと。希望は、絶望を分かち合うこと」
 それを見て、「そうか」と思わずつぶやいた。わたしは今日、自分の絶望を彼女に少しずつ手渡していった。だからだんだんと、胸のあたりが軽くなっていったように感じたのだ。

 依存も、絶望の共有も、距離の近い限られた人としかできないことだと思っていた。でも、もしかしたらそうじゃないかもしれない。顔も名前も明かしていない初対面の相手でも、そういうことができるのかもしれない。もちろん期待しすぎてはいけないけれど、本田さんとのやりとりは私に、新しい希望を見せてくれた。

 カウンセリング後のアンケートに、「パートナーと言ってもらえて嬉しかったです」と書いて送信する。それから手帳の翌週の欄に「10:00 本田さん」と書き込んだ。とりあえずその日までは生きていようと思いながら。

 

 

高山なおみ『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』(文藝春秋 2009年)

このエッセイを読むと、いつも涙が止まらなくなる。どうしてこの人はこんな無防備で柔らかな心で生きられるのかと不思議でたまらず、人ごとながら恐ろしくなるくらいだ。
プロローグに「ひとはなんで、悲しい時でもたべものを食べられるんだろう」とある。彼女もまた、父親の死の間際にぱくぱくとものを食べていたという。ひとは生きるために食べる。私の場合、悲しい時にはものを食べられなくなるから、つい「死にたい」と思ってしまうのかもしれないなと思う。

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。