死ぬまで生きる日記 / 土門蘭

日常生活はほとんど支障なく送れる。「楽しい」や「嬉しい」、「おもしろい」といった感情もちゃんと味わえる。それなのに、ほぼ毎日「死にたい」と思うのはなぜだろう? カウンセラーや周囲との対話を通して不可思議な自己を見つめた1年間の記録。

『肯定も否定もせずに、ただ感情に寄り添ってみてください』

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 「他人の関与しない『条件なし』の幸せについて、リストアップしてみてはいかがでしょうか」

 連休初日の午後、前回のカウンセリングで出された宿題を携えて近所の喫茶店に行った。「条件なし」の幸せを、本田さんは「自己満足」とも言っていた。改めて考えてみると、自分の幸せってほとんどが自己顕示欲や承認欲求が満たされる時に限られていたかもしれないと思う。他人に言われたことやされたことだけで、一喜一憂していた。そんな私に、自分一人で幸せになれる瞬間なんてあるんだろうか?

 本田さんいわく、「自己満足リスト」はささやかなことでいいらしい。はたから見たら「なんだそんなこと」と思われるようなものでも、自分が気持ち良くなったり嬉しくなることならなんでもいいと言う。それで喫茶店でコーヒーを飲みながら、メモ帳を広げてみた。一日のうちで自分が「気持ち良い」とか「嬉しい」と思う時って、どんな時だろう?

 うーんと小さくうなりながらも、書き出してみる。

  • お風呂にゆっくりつかる
  • ストレッチをする

 まず出てきたのがこの2つだった。身体を温めたりほぐしたりする時間が、私は好きだ。たいてい、仕事が終わった後の夜にこの2つをしている。その次にすることとして「眠る」という単語も頭に浮かんだが、不眠気味なので「眠る」のは今の私にとって苦痛の部類に入るなと思った。それで、

  • 洗い立てのシーツに寝そべる

 と書いた。これは嘘ではない。うんうん頷きながら、ぽつぽつと思いついたことを「自分にとって幸せな瞬間かどうか」確かめ書き込んでいく。適当なことや嘘を書いたら、そのリストの威力が落ちるような気がしたのだ。なんとなく、これからこのリストが自分を変えるためのお守りになるような気がしていたので、手を抜きたくなかった。

 さらに考え、書き込んでいく。

  • 喫茶店でコーヒーを飲む

 これも好きだな、と思う。今まさにやっていることだけれど、喫茶店にいるという状況もかなり好きだ。コーヒーの香りを嗅ぎながら、仕事や家事から離れる時間はほっとする。
 また、「食べる」という単語も浮かんだのだけれど、私は胃腸が弱く食欲もあまりない方なので、食べること自体はそんなに好きではないなと思い直した。でも、

  • 食パンにバターと蜂蜜を乗せて食べる

 ことは好きだ。私の一番好きな食べ物で、土日の朝ごはんには必ず用意するものだ。それで、その通りにメモ帳に書いた。

 その後もいくつか書き出した。実際に書いたリストは以下の通り。

  • 好きな音楽を聴く
  • ピアノの音を聴く
  • 写真を見る
  • 花を飾る
  • 良い匂いを嗅ぐ
  • 洗い立ての綿素材の服を着る
  • おもしろい漫画を読む
  • すばらしい映画を観る
  • 川辺を歩く
  • 海を見る
  • ビールを飲む

 こんなところだろうか。
 箇条書きが連なったリストを見ながら、「結構あるものだな」と思った。「おもしろい漫画」とか「すばらしい映画」とか、出会いの偶然性に左右される項目もあり少し甘い気がするが、数えてみたら全部で16個。小さくても幸せになれる方法が16個もあるというのは、なんとも心強いことだった。しかも、そのどれもが実行しようと思えばすぐにでもできそうなのもいい。

 多分、まだ思いついていないだけで他にもあるだろう。思いついたらまた足してみよう。そう思うと、なんだか励まされる気持ちだった。幸せになれる方法がこれからも増えていくなんて、心強いことだなとしみじみ思う。

 要は、自分がそれらを知っているかどうかなのだ。自分が幸せになる方法を、自分で知っているかどうか。


 ちょっとした万能感を覚え、もっと他にもないだろうかと欲張る気持ちが生まれた。

 それで喫茶店の雑誌コーナーへと向かい、京都のカフェ特集の冊子を手に取った。「喫茶店でコーヒーを飲む」というリスト項目のために、行く喫茶店のバリエーションを増やすのはどうかと思ったのだ。自分が住む街・京都にお気に入りのお店が増えれば、その分幸せになれる確率は上がる。

 それで、席に戻ってページをめくった。とても良いアイデアだと思ったのに、その時ふと、自分の感情の変化に気がついた。ページをめくるうちに、心に暗雲が立ち込めるような感覚になったのである。

 「あれ? これ見るの、なんかいやかも……」

 いつもなら気がつかなかった感情だと思う。自分では雑誌を見るのが好きな方だと思っていたし、実際に買ったり手にしたりすることも多かったから。だけど、「自己満足リスト」を作る上で自分の感情をよくよく観察していたからか、この時初めて、感情の変化に気がついた。考えてみれば、前からこの気持ちはあった気がする。私が無視していただけで。

 特に「行こうと思えば行ける範囲にある素敵なお店」とか「買おうと思えば買える範囲の価格設定の素敵なもの」を目にすると、なんと言うのか「見なけりゃ良かった」という気持ちになるのだ。嫉妬ややっかみではない。どちらかというと、焦燥や不安感に近い。何なんだろう、この気持ち?

 私は雑誌を閉じ、「雑誌を読むと少し辛い気持ちになる?」とノートの端の方に書き込んだ。連休が明けてからのカウンセリングで、本田さんにも話してみようと思ったのだ。それがなぜなのか、一緒に考えてくれるかもしれない。そう思うと、苦手だとか苦痛だと感じることも、興味深いトピックスとして捉えることができ、救われる気持ちだった。自分についての発見や疑問を話せる人がいるって良いことだな、と思う。

 とりあえず今年のゴールデンウィークは、この「自己満足リスト」を参考にしながら過ごすことにしよう。何をすればいいかわからなくなったら、「死にたい」とまた思ってしまったら、このリストに書かれていることをすればいい。一人でも楽しめるし、家族も巻き込めば、一緒に楽しむことだってできるかもしれない。

 ゴールデンウィークの過ごし方の指針が定まった気がしてほっとした。良かった。なんとかなりそうだ。私は席を立って、お会計を済ませる。


 3回目のカウンセリングは、連休明けの金曜日に行われた。約10日ぶりなので、少し緊張していた。

 本田さんが相変わらずの笑顔で、
 「連休はいかがでしたか?」
 と言う。
 「なんとか乗り越えられた気がします」
 と答えると、「それは良かったです」と本田さんが頷いた。

 「連休の初日に、『自己満足リスト』を作ったんです」
 「そうですか、いかがでしたか?」
 「今、チャットで送っても良いですか?」
 「はい、ぜひ」

 チャットにリストを貼り付けて送ると、本田さんが「たくさん作ったんですね」と感心してくれた。まるで宿題を褒められた子供のように、ちょっと嬉しくなる。

 「それで、このリストにあることを連休中にやってみたんです。暇ができるとすぐに不安になって発作が起きそうになるので、そうなる前にこのリストにあることをしてみようと思って」
 「はい、はい。良いですね」
 「結構、うまくいったように思います。コロナで出かけたりはできなかったけれど、家でできることはいろいろしました。観たかった映画を観たり、シーツを洗ったり、自分の好物を料理してみたり、最終日には初めて子供とお菓子作りもしてみたりして……」
 「素晴らしい」
 本田さんがまた褒めてくれる。でも、話しながら喉が締め付けられる感覚がした。私はなんとか自然体を装いながら、声を振り絞る。

 「良い連休だったと思います。発作もなんとか受け流せたというか。でも、連休明けの翌日から……昨日から結構ひどくて。休み中に発作を起こさないように気を張りすぎて、疲れてしまったのかもしれません」

 連休が終わった木曜、さっそく朝に発作が起きた。早朝に目が覚めた途端「死にたい」という気持ちに襲われ、眠たくもないのにベッドの上で動けなくなってしまった。でも、仕事があるので起きないといけない。重たい心身を引きずるようにして1日を過ごした。また発作が出てしまった、と思い、情けない気持ちになった。

 「今日はどうですか?」
 ちょっと涙が出そうになったことに、本田さんが気づいたらしい。心配そうな顔をしている。
 「今日もちょっとしんどいですね。朝もだいぶ気分が落ち込んでいました。でもカウンセリングがあるからか、昨日よりはましです。明日からまた土日だと思うと、不安と疲れが出てくるのですが……」
 「また発作が起きるかもしれないと思うと、不安ですか?」
 「そうですね。不安です。それでビクビクして、疲れるって感じです」

 話しながら、厄介なことだなぁと思う。「死にたい」という気持ちから逃れようと必死なのだけど、自分の中にあるものだから逃れることはできない。自分の中にあるものなのにコントロールできない。自分で自分を傷つけ、自分で自分を恐れ、ひとりで疲労困憊している。

 自分で自分を傷つけても何も良いことがないのに、どうしてこんなことを繰り返しているんだろうな、と話しながらうんざりした。


 「あの、ちょっと気になることがあるんですけど」
 カウンセリングの45分は、長いようで短い。私はさっそく、連休初日に見つけた違和感について話してみることにした。

 「『自己満足リスト』を作る時に、気づいたことがあったんです。雑誌を見ると、素敵なカフェやレストランとか、洋服やアクセサリーが紹介されていたりしますよね」
 「はい、はい」
 「そういうのを見て、『いいな、行きたいな』とか『欲しいな』とか思うことがあるんですけど、それに手が届いて本当に実現できそうだとなると、なんだか急に不安になるんです」
 「不安になる?」
 「はい。焦るっていうか、落ち着かないっていうか……なんか居た堪れなくなってしまって。それで雑誌を閉じて、見なかったことにしてしまうんですね」
 「へえー」
 「それってなんでなんだろう?って不思議で。今まで気づかなかったけれど、これまでもそうだったなって思ったんです」

 すると本田さんが、
 「おもしろいですね」
 と言った。「そのことについて、もう少しお話をうかがえますか?」と。
 「例えば、実際にそのカフェやレストランに行ってみたら、その気持ちっておさまるのでしょうか?」
 そう尋ねられ、私は「いいえ」と答える。

 「私も、そう思って振り返ってみたんです。雑誌を見て『行ってみたい』と思ったレストランへ、実際に行ってみたこともあります。そこで美味しいものを食べて幸せなはずなんですけど、味をほとんど覚えていないんですよね。早食いしてしまったり、味わわずに食べてしまったりしているなと思いました。なんか……怖いっていうか」
 「怖い?」
 「はい。美味しいとか、素敵な場所だとか、実感することが怖いんだと思います」

 その時ふと、思い出したことがあった。
 「そういえば、子供の頃に父親にディズニーランドに連れて行ってもらったことがあるんですけど」
 「はい」
 「ずっと憧れていた場所ではあったんです。でも、行けると思ってなくて。父親がその気になって本当に連れて行ってくれた時は、嬉しいというよりもすごく怖かったですね。ディズニーランドに着いた瞬間に我慢できなくなって、『早く帰ろう』と大泣きしました。父親は当然のことながら、『せっかく高い交通費と入場料を払ったのに』と怒ってました。なんか、あの時の気持ちと似てる気がするなぁ」

 「とても興味深いですね」
 と、本田さんが言った。そして、
 「人間は本能的に、『幸せ』に対して恐怖を感じるのだそうですよ」
 と続けた。
 「へえー!」と私はびっくりする。「それはなんでなんですか?」
 「『幸せ』を失うのが怖いから、苦痛だからです。Rさんが素敵なレストランやディズニーランドで恐れているのは、そこにある『幸せ』を実感することなのではないでしょうか」

 そう言われて、私はますますびっくりした。でもそれと同時に、ものすごく腑に落ちてしまった。
 確かに私は「幸せ」になるのが怖い。もし一度でもそれを味わってしまったら、それが失われることに耐えられないと思ってしまうからだ。特に「お金」や「移動距離」など、労力をかけなくてはいけない「幸せ」はとても怖い。失うのがより恐ろしくなるからだろう。そう考えると、私の「自己満足リスト」が労力をかけずに手に入れられるものばかりなのも頷ける。

 「『幸せ』を失うことへの防衛本能が強すぎて、『幸せ』な状況自体を恐れているのかもしれません。ストッパーをかけている、と言うのでしょうか」
 と、本田さんが言った。

 「自分が『幸せ』になることに、自分でブレーキをかけている?」
 「そういうことですね」
 「なんでそんな馬鹿げたことを……とも思うのですが、それはものすごく心当たりがあります」

 思い返してみれば、これまでに何度もそういうことがあった。
 恋人とのデート中には帰った後のことを考えて暗くなっていたし、子供が小さくて可愛い時には成長して反抗期になった時のことを考えて暗くなっていた。満開の桜はすぐに散るから見ていて辛くなるし、欲しい物や服に出会うと「汚すと嫌だから」と最初から買うのを諦めていた。仕事で成功しても、「あれがだめだった」「次はこうしないと」といつもダメ出しをしている。

 よく人に「どうしてそんなにネガティブなの」と言われていた。「あなたはないものねだりだね」とも。でも、ないものねだりなわけではないのだ。「幸せ」がなくなるのが怖い。それなら最初から「幸せ」などない方がいいと思ってしまう。

 そう話すと、本田さんは頷いた。
 「人の脳は、ポジティブなことよりネガティブなことの方が記憶に残りやすくなっています。自然界では少しのリスクが生死に直結するから、楽観的になって油断しないよう、リスクヘッジとしてそういう脳の構造になっているんですね」

 「なるほど……」と言いつつも、私は言葉を返す。
 「だけど文明が発達して、物理的には人間が安心して暮らせる今、生死に直結するリスクってそんなにないですよね? レストランで美味しいものを食べて油断していたって、別にライオンに襲われるわけじゃないですし」
 「その通りです」
 本田さんはにっこり笑う。
 「Rさんのおっしゃる通り、この防衛本能は現代にあまりマッチしていません。むしろ『幸せ』に対してストッパーをかける行為自体が、Rさんを傷つけている」
 私はうんうんと頷く。
 「その防衛本能を和らげることって、できるんでしょうか?」


 私のそんな質問に対し、本田さんは「できると思います」と答えた。そして、具体的にできそうなことを教えてくれた。

 「まず、先ほども話した通り、人はポジティブなことよりネガティブなことの方が記憶に残りやすくなっているので、ポジティブなことを記憶に残すことが重要です」
 「ポジティブなことを記憶に残す……?」
 「つまり、『幸せ』を認識するということですね。『幸せ』って、『不幸』より認識しにくいんですよ。だからこそ、『幸せ』を言葉にして捉えることで、確証・確信を得ることが大事なんです」
 「『自己満足リスト』は、その一環でしょうか?」
 「まさにそうですね。自分がどんな時間を『幸せ』だと感じているのか、紙に書き出すことで発見できたのではないでしょうか」

 確かにそうだ。それまでは特に「幸せ」だとは思っていなかったけれど、言葉にして書くことで脳がそれを「幸せ」だと認識できた気がする。おかげで、私は1日の中で「幸せだな」と思える時間が増えた。
 「1日の終わりに『今日あったいいこと』をリストにするのもいいですね。振り返り『幸せだった』と認識することで、その記憶を定着させることができます」

 そしてもう1つ、と本田さんは言った。
 「今回Rさんが素晴らしかったのは、ご自身が雑誌を見ている時に辛い気持ちになる、ということに気がついたことです。その感情を無視するでもなく否定するでもなく、きちんと受け止めこの場に持ってきてくださったことは、とてもいいことだと思います」
 そう言われたのは嬉しかったが、そんなに大したことだろうか、と思う。感情を認識するなんて簡単なことだと思うけれど……。それが顔に出ていたのだろう、本田さんはこう続けた。

 「自分の感情をそのまま受け入れる、ということは、なかなかできるものではありません。思い込みや効率化から、感情を無視してしまうシーンはたくさんあります。でもRさんは、ご自分は『幸せ』に恐怖を感じているのだ、と知ることができました。これからは『幸せ』を認識するとともに、『幸せへの恐怖』もまた認識してみてください」
 「恐怖も、認識するんですか?」
 「はい。ポジティブな感情もネガティブな感情も、全部自分で受け止めてあげるんです。例えば『今幸せだと思っているんだね』とか、『今幸せを怖がっているんだね』とか、自分が感じていることを言葉にして、声をかけてあげる感じです」

 本田さんはこれを「マザーリング」というのだと言った。
 「マザーリング?」
 「赤ちゃんが泣いている時、お母さんってよくこんなことを言いませんか? 『よしよし、お腹が空いたね』とか『眠たいね』とか。そのように、赤ちゃんの感情を代弁してあげること。肯定も否定もせずに、ただ言語化して寄り添うことを『マザーリング』と呼ぶんです」

 初めて聞いた言葉だったので、へえーと私は感心した。
 「つまり課題を言語化して、解決に導くってことですか?」
 本田さんは、「いえ」と首を振った。
 「マザーリングの目的は、課題解決ではありません。感情の受容です」
 「感情の受容」
 「はい。解決するでもなく、批評するでもない。よしよしとあやすのに近いですね。ただただ感情を受け入れて寄り添う。それがマザーリングです」

 「でも……」と私は困惑した。
 「感情を受け入れたとしても、何も解決しないんじゃないでしょうか。例えば恐怖や不安などネガティブな感情を受容したとしても、それに対して何か行動を起こさなくては何も変わらないのではないかなって……」

 すると本田さんは少し笑って、「そんなこともありません」と言った。
 「確かに、Rさんが置かれている状況は変わりません。でも、『自分が自分に受け入れられた』という感覚は、とても深い安心感を与えてくれます。自分の感情を否定したり変えようとするのではなく、ありのままを絶対的に肯定する存在に、自分自身がなること。それが、Rさんが目指していらっしゃる『自分が自分の“お母さん”になる』ことにも繋がっているように思います」


 カウンセリングが終わりに近づき、
 「また次回までにやっておくべき宿題が欲しいのですが」
 と言うと、「では」と本田さんが挙げてくれた。

 「どういう場面で『幸せ』を恐れてしまうかをリストアップする、というのはどうでしょう? そして、その場面に立ち合ったらマザーリングをしてみるというのは?」

 いいですね、と私は答えた。できるかどうかわからないけれど、やってみたいと思った。
 「ただ、受け入れたらいいんですよね。怖いね、不安だね、っていうふうに?」
 「そうです。それだけやってみてください」
 難しいことではないような気がする。それなら私もできるかもしれない。私は手帳に、その宿題を書き込んだ。

 「なんだか今日は、大きな発見をしたように思います」
 最後に、本田さんにそう言った。
 「これまでは『どうにかしないと』っていつも思っていたんです。恐怖や不安や焦燥感など、ネガティブな感情は行動をして解決していかないといけないんだって」
 「はい」
 「でも、解決しないでただ認める、っていうやり方もあるんですね」

 本田さんはにっこり笑って「そうですね」と言った。
 「感情を否定するのではなく、ただ受け入れること。それをぜひやってみてください。大切な赤ちゃんに、『そんなこと言っても仕方ないだろう』なんて説教しないですよね。かわいい赤ちゃんをあやすように、ご自身を扱ってみてください」

 Zoomリンクを切り、一度伸びをする。
 今朝方まで胸の中にあった不安感が、ほぐされて柔らかくなっているような気がした。どんな感情も受け入れていい、無理矢理変えなくていい、ここにあってもいいのだとわかったからかもしれない。

 もしもネガティブな感情がまた出てきたら、赤ちゃんを抱くようにその気持ちを抱きかかえてみよう。
 そう思ってふと鏡を見ると、晴れ晴れとした表情の自分の顔が見えた。まるで思い切り泣いた後の赤ん坊のような。

 

 

池辺葵『プリンセスメゾン』全6巻(小学館)

気持ちが本当に落ち込んでしまった時。何もやる気がなくなって、でも何もしないのも辛い時。私はいつも池辺葵さんの漫画を読む。彼女の作品は常に優しい光で満ちている。だけど暖かいというのではない。まるで冬の朝のように清潔で美しい。『プリンセスメゾン』は、孤独を抱いて生きる、何名もの女性の物語。凛として生きる一人ひとりのことが、私は心から好きだ。読み終わるといつも、「私もこうありたい」と思って、少し立ち直っている。

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。