死ぬまで生きる日記 / 土門蘭

日常生活はほとんど支障なく送れる。「楽しい」や「嬉しい」、「おもしろい」といった感情もちゃんと味わえる。それなのに、ほぼ毎日「死にたい」と思うのはなぜだろう? カウンセラーや周囲との対話を通して不可思議な自己を見つめた1年間の記録。

『「過去」は変えられなくても、捉え直すことはできます』

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 「私はずっと、日本人になりたかったんです」

 カウンセリングで、これまでずっと押し込んできた感情を吐き出したからだろう。その日の夜はずっと涙が止まらず、家でしくしく泣き続けていた。

 「どうしたの?」と家族に当然聞かれたが、特に何が悲しいわけでも悔しいわけでもない。
 ただ、ずっと涙だけが流れ出る。心のダムに大きな穴が空いたかのように、そこから涙が止めどなく溢れ出ていく。
 でもそれは、自分の中からゴミのようなものがどんどん流れ出ていくようで、悪い気はしなかった。

 泣いてばかりいても困らせるだけなので、カウンセリングで話した内容を、家族とも共有した。夫も9歳の長男も黙って「うんうん」と聞き入れ、慰めるようなことは何も言わないでくれた。何を言うべきか思いつかなかったからかもしれないが、私にとってはありがたいことだ。カウンセラーの本田さんの慰めの言葉にカチンと来てしまった時、自分の中にまだ「誰にもわかってもらえない」という怒りや恨みがこんなにも残っているのだということに気がついた。そういう思いは、もう誰にも向けたくない。

 ただ、自分の弱さを認められたのはとても大きなことだった。
 これまで私はずっと「自分でなんとかしなくては」と考えてきた。あらゆる苦悩や不満を、誰かのせいではなく自分のせいにばかりしてきた。
 それは、自分を信じていなかったからではない。自分以外の誰も信じていなかったからなのだと、カウンセリングを受けながら気がついた。

 あらゆる不満や苦悩を他者のせいにすると、他者が変わってくれることを期待するしかない。
 そんなことは私にはできなかった。これまで何度もその期待は裏切られてきたし、その度に傷ついた。期待すること自体が間違っていて、自分が変わるしかないのだと思う方が、よほど建設的だった。

 だから私は、自分の弱さを認められなかった。私にとって、自分の弱さはあらゆる苦悩や不満の原因であり、克服すべきものだった。

 でも今回、カウンセリングで初めて弱さをさらけ出すことができた。それはこれまでになかった、とても大きな変化だと思う。

 なぜだろう。本田さんを信じるようになったということなのだろうか。
 そう考えてみたが、違う気がした。私はまだ本田さんを信じていない。ほんの少しぶつかるだけで簡単に傷ついてしまうので、傷つく前に距離を取ってしまう。彼女の何気ない一言にすぐ牙を剥きそうになったように。

 それでもさらけ出せるようになったのはなぜなのか、と考えて、多分、自分が自分に心を開くようになってきたからだろうなと思った。

 「死にたい」
 子供の頃から、長くそう思ってきた自分。
 私にとって、自分という存在はもっとも身近で、もっとも大きな矛盾だった。
 なぜ「自分」というものは、常に「死にたい」と思いながらも生き続けているんだろう。こんなにも一所懸命生きようとしているのに、ずっと死にたがっているんだろう。

 他者の手を借りてまで、その矛盾をこじ開けようとしている自分に、自分が心を開き始めたのかもしれない。
 私の中に、もう一人の私がいる気がする。なんとなく、あの「弱い自分」は私ではないような気がするのだ。今こうして涙を流し続けている私も。

 その日はいつもより早めにベッドに入ることにした。布団の中に入ってからも涙は全然止まらなくて、枕がみるみる濡れていく。
 「ああ、明日は目が腫れちゃうな」
 と思う。

 でも、好きなだけ泣いたらいいさ。気が済むまで泣けばいい。
 心に空いた穴から、今後何が出てきても構わない。それがきっと、矛盾の謎を解き明かす鍵になるはずだから。私はドアを開けて、その先を見てみたいのだ。

 そんなふうに腹を括った私に対し、涙を流し続ける私が寄り添う。
 二人はそれぞれ目を閉じて、私は久しぶりによく眠った。


 カウンセリングを受け始めてから1月、2月と経つうちに、明らかに変化してきたことがある。
 「死にたい」と思う頻度が減ってきたとか、揺り戻しこそあれ明るくなってきたというのもあるけれど、もう一つの大きな変化は、人と話す時にあまり緊張しなくなったことだった。

 私はおしゃべりな方で、友達とお茶をしたりお酒を飲んだりしながら会話するのが好きだし、インタビューの仕事もしているので、インタビュアーとして人と話すことも多い。
 それでもずっと、人と話す時には緊張していた。楽しいのだけど、相手のことをつい気にしすぎてしまう。相手の顔色、動作、言葉、一つひとつに敏感に反応し、別れた後にはどっと疲れが出て寝込んでしまうこともよくあった。楽しくおしゃべりした後なのに、「あんなことを言って相手は呆れていないだろうか」「不快にさせていないだろうか」と気を揉んでしまう。

 だけど、カウンセリングを始めてから、人と話す時にあまり緊張しなくなっていることに気がついた。沈黙してもドキドキしなくなったし、「自分ばかり話しすぎていないだろうか」とバランスを取ろうとすることもなくなった。別れた後も、疲れて寝込んだり、不安になってそわそわしたりすることも少なくなった。

 「自分のことを喋るのに慣れてきたのかな」
 そのことについて友人に話した時、「そうかもね」と言われた。
 「『人に自分のことを喋ってもいいんだな』って、体でわかってきたんじゃない?」と。

 「もちろん、そのためにお金を払っているんだろうけれど、嫌々聞いているかどうかって雰囲気でわかるじゃない。カウンセラーさんが親身になってくれているから、蘭ちゃんも心が開いてきたんだよ」

 確かにそうかもしれない。まだ完全に信じられてはいないけれど、心のドアはより多く開けられるようになったんだろう。それで、ここまで開けて大丈夫だという塩梅も少しずつわかってきたのかもしれない。

 「それにしても、小さい頃大変だったんだね」
 カウンセリングの内容を、その親しい友人にも共有していたので、彼女は感想を述べてくれた。「蘭ちゃんって明るいから、そういう過去があるってわかんなかったなー」と。私は笑ってうなずく。

 すると友人は、言葉を選びつつも、こんなことを言った。
 「でも聞いてて思ったんだけど、蘭ちゃんってきっと、お母さんに愛されて育ったんだろうね」
 「え?」
 私は、予想外の言葉に驚いた。

 「だって『もっと強くならないと』って、自信がないと思えないよ」
 「そうかな? 自信がないから、ずっと強くなりたいと思い続けていたんだけど……」
 「でも、『強くなろう』と思うのって、強くなれると信じているからだよね。それって、お母さんが蘭ちゃんを信じてくれていたからじゃないのかなぁ」

 そう言われて、「そんな見方があるのか」と驚いた。私が強くなろうとし続けていたのは、自分に自信があったから……
 その時ふと、昔の母のことを思い出した。母は、私が良い成績をとってきたり、運動会で一番をとったりすると、大袈裟なほど私を褒めた。中学の時、美術の授業で宗教画の模写を描いたことがあったのだが、それがとても上手だと言い、母は自分のスナックにそれを飾った。その絵は今も、店に飾られている。

 母は私をよく褒めた。私はその賞賛を浴びながら育った。友人の言う自信は、そこで身についたのかもしれない。

 「確かに、愛されていたかも」

 そう言うと友人は「そうでしょう?」と笑った。
 「蘭ちゃんは、強くなろうとするくらいには強いんだよ。それは、ちゃんと愛されてきたからじゃないかな」

 母は自分にとって、守るべき存在だった。母よりもしっかりして、自立しないといけないと思い込んでいた。
 だけど、子供の私に実際何を守ることができたんだろう。友人に言われて初めて気づいた。守らなくてはと思っていた私は、その前に母に守られていたはずだったのに。

 「そう考えると、愛されていた心当たりがいくつかあるかも」
 友人は「他にはどんな?」と聞いてくれた。
 「毎日遅くまで働いていたのは、私の学費のためだったし。私が必要だというものは、不自由ないように買ってくれていたし。やりたいことを邪魔するようなことは、絶対しないでいてくれていたし」
 「うんうん」
 「差別を受けたり、言葉でのやりとりがうまくできなかったり、ひとりぼっちの時間が長かったのは確かだけど……」
 「うん」
 「それとは関係ないところで、愛されてはいたのかもね」
 友人は、微笑んでうなずく。

 「きっと蘭ちゃんはずっと寂しかったんだと思う。他の家の子のように、お母さんに頼ることも甘えることもできなくて。でも、違う形でお母さんは愛してくれてたんじゃないかなとも思うんだよね。蘭ちゃんが求めていたものとは違う形で、お母さんはずっと与え続けてくれてたんじゃないかなって」

 それから友人は、自分の家族のことを教えてくれた。

 「実は私自身、最近そう思うことがあったんだ。母とは小さい頃から気が合わなくて、『どうしてこの人はこんなことを言うんだろう』と思うようなことばかりだった。嫌いっていうか、不可解っていうか。だから、甘えたり頼ったり、私もできなくって。だけど、母はずっとご飯を作ってくれていて、私が『美味しい』って言ったものを、今でも覚えて作り続けてくれてるんだよね。この間実家に帰った時にようやく、『ああ、これが彼女の愛情表現なのか』って気づいてさ」
 「うん」
 「蘭ちゃん家の複雑さに比べたら、そんなに苦労もしていないと思う。でも、うちですらそうなんだから、蘭ちゃん家にもそういう、『愛情表現のすれ違い』みたいなものがあったんじゃないかなって」
 「うん」
 「その愛情表現を、もう一度記憶の中で見つけられたらいいかもしれないよね。振り返ってみて、『あれは愛情だったのかもな』って」

 気づくと私は涙ぐんでいて、友人は少し慌てたようだった。
 「ごめん。傷つけるようなこと言ったかな?」
 私は首を振って、違う、と答える。これは感動してるんだよ、と。

 「すごくいい考えだね。そうしてみる」
 そう言うと、友人は安心したように笑った。

 多分これも、友人の愛情表現なのだろう。そういう目で見ると、割と愛ってそこかしこにあるのかもしれないな、と思った。


 次のカウンセリングでそんな話を本田さんにしたら、
 「とてもいいですね」
 とうなずいてくれた。

 「他にも、記憶の中の愛情表現は見つかりましたか?」
 と言われ、いくつか挙げる。
 私が好きだと言ったプルコギ(韓国の肉料理)を何度も作ってくれたこと、シャンプーや石鹸など肌に触れるものはなるべく良いものを使わせてくれたこと、大学進学とともに家を出てからはよく電話をくれたり、いろんな食べ物を送ってくれたこと。本田さんは黙ってうなずいている。

 「改めてそれらを『愛情表現だったんだ』と認識すると、なんだ、結構私だって愛されてたんだなって思ったんです。私は彼女からちゃんと何かをもらってたんだなって。単純ですけど」
 本田さんは微笑みながら首を振る。私は照れ笑いをしつつも、そのまま続けた。

 「あと、自分が求める形以外の愛情は、『愛情』だと認識できていなかったんだなって思いました。自分の穴を埋めるような形の愛情ばかり求めていて、それ以外の愛情はスルーしてたなって。でも思い返してみれば、あれもこれも愛情だったのかなと、ようやく認識できたというか」

 本田さんがうなずいて
 「みんな、自分の穴を埋めたくて必死なんです」
 と言った。

 「その穴を埋めてくれる他人……つまり愛情を、必死で求めています。でもね、その穴にパズルのようにぴったりはまる愛情ってないんです。なぜなら、人と人は違うから。これだけ話していても、私はRさんの穴を完全に理解することはできないし、見当違いなものを差し出すことだってあると思います」

 前回のカウンセリングのことを言っているのだろうかと思い、少し気まずくなりながらも、本田さんの他のクライエントのことを想像した。私の他には、どんなクライエントがいるんだろう。その人たちの心の穴は、どんな大きさでどんな形なんだろう。みんなそれぞれ、非常にユニークな形をしているに違いない。

 「自分の心の穴は、自分にしか埋めることはできません。その穴を埋めるには、まず形を確かめないといけないんです」

 多分このカウンセリングが「穴の形を確かめる」時間なのだろうなと思う。

 私が人ときちんと話せるようになってきたのは、その穴のことを徐々に知りつつあるからなのかもしれない。
 自分の中にはこんな穴があるのだとわかることは、「こんなの消えやしない」という諦めとともに、「あるんだから仕方ない」という安らぎも与えてくれる。


 本田さんは続けて、こんなことを言った。
 「以前私は『Rさんは自罰的なところがある』と言いましたね。ずっと今の自分を否定し続けている、と」
 「おっしゃってましたね」
 「それはなぜなのだろうとずっと考えていたのですが、今のお話を聞いて思ったことがあります」
 「えっ、はい」
 突然のことに少しドキッとする。本田さんは真面目な顔でこう続けた。

 「過去・現在・未来は、繋がっているものです。過去があるから今があり、今があるから未来がある。でももしかしたらRさんの中では、『過去の自分』と『今の自分』がうまく繋がっていないのではないでしょうか」

 それを聞いて、私は「え?」と一瞬考え込んだ。
 「過去の自分」と「今の自分」が繋がっていない、とは?
 黙り込んだ私に、本田さんはこう説明する。

 「Rさんは『今の自分』を常に否定することで、『未来の自分』へと成長しようとされています。つまり『過去の自分』のことを、まるで悪いものや罪であるように感じていらっしゃるのではないかなと。Rさんの中で『良いもの』としてあるのは『未来の自分』だけなのではないでしょうか」

 ああ、と私は唸った。「過去の自分」を悪いもののように感じる。確かにそれには心当たりがあった。

 「そうですね。そうかも。そういえば私、『過去』って全部嫌いなんです。嫌だったことも嬉しいことも、思い出しても仕方ないから思い出したくなくて。だって、変えられないじゃないですか?」
 「はい」
 「だったら、『未来』を見た方がいい。変えられない『過去』を思い出すよりも、変えられる『未来』を見ながら生きた方が建設的だって思うんです」

 「そうですね。『過去』を変えられないのは確かです」
 でも、と本田さんは言った。
 「『未来』はそれだけで独立してあるものではありません。『過去』『現在』と結びついているものです。だから『過去』『現在』を否定してしまうRさんは、どんな『未来の自分』になっても気が済まないのではないかと……」

 それを聞いて、私は思わず笑ってしまった。見事に言語化されて、確かにその通りだと思ったから。
 「そうですね。それってほんと、キリがないですね」
 笑いながら言った。「でも、じゃあ、どうすればいいんでしょう」

 本田さんが、真面目な顔で返す。
 「でも、『過去』は変えられなくても、捉え直すことはできますよね? ご友人に勧められて、『過去』に『愛情表現』を見つけたように」

 私は、友人との会話を思い出す。あの時、心が慰められたことを。
 過去の中にも良いものがあったのだと、思い出させてもらえたことを。

 「『過去』をもう一度違う視点から見て、違う解釈をすることはできます。その時、別の意味が『過去』に付与される。そうすると『現在』の解釈も少し変わるはずなんです」
 「……『過去』から新しい意味が生まれるってことですか?」

 そう、と本田さんは力強く頷いた。

 「ご友人に教わられたように、これからも『過去』を捉え直す作業をしてみてはいかがでしょうか。だからと言って、無理にこじつけをして、『良い過去だった』と思い込むのではありません。『あの過去があったから今の自分があるのだ』と、減点ではなく加点方式で『過去』を捉え直すのはどうかな、ということです」
 「加点方式……」
 「はい。『なかった』ものではなく、『あった』ものに目を向けてみるんです」

 その時ふと、「ないものねだり」という言葉が頭に浮かんだ。
 私はずっと「あるもの」よりも「ないもの」に目を向け続けていた。自分の足が踏み締めてきた土地よりも、未開の土地にばかり目を向けて、そこに「未来」を見出していた。
 でももしかしたら、と、私はこれまで踏み締めてきた土地を振り返る。こっちの方に、望んでいた「未来」があるのかも?

 「だけどそれって、具体的にどうすればいいんでしょう」
 そう尋ねると、本田さんは「Rさんはご自分の部屋はありますか?」と言った。私は「あります」と答える。

 「そこに、人からもらったものはないでしょうか。ご家族からプレゼントされたもの、ご友人から贈られたもの、写真でも手紙でも、なんでも構いません」
 「あ、はい。いろいろとあるはずです」
 「それらを一つひとつ手にとって、確認してみてはどうでしょう。これをくれた時、その人はRさんに何を伝えたかったのか。どんな気持ちを渡したかったのか。一つひとつの贈り物に、もう一度意味を見出してみるんです」

 私は、友人からもらったブローチについて考える。かつてとても仲の良かった友達。あの時はすごく近しい仲だったのに、気づけば今は疎遠になっている……
 その時心が小さく痛み、舌打ちをしたくなる気分になった。だから嫌なのだ。過去はかつてのものだから、思い出したって意味がない。

 私は「でも」と言い返す。
 「でも、それって『過去』の愛情ですよね? 今はその人の中に、そんな愛情なくなっているかもしれない。消えてしまった『過去』を思い出すのって、寂しいことじゃありませんか?」

 すると本田さんは「いえ」と即答した。
 「いえ、『過去』は消えません。『過去』は、Rさんの中に蓄積されるものだからです。それがRさんの『現在』なんです」

 過去は消えずに、蓄積される。私は、本田さんの言葉を頭の中で繰り返す。

 「だから、あの時はあったけど今はもうないんだな、なんて悲しむことはないんですよ。その『過去』は、Rさんの一部になっているんですから」

 私はすぐ近くの棚の上に飾っている、細い花瓶に目をやった。
 それは長男がかつて選んでくれた私への誕生日プレゼントで、長男は「お母さんに似合うと思って」と照れ臭そうに手渡してくれた。

 こういうものが確かに過去にあったのだ、と思う。
 私が歩んできた道の上に、確かに小さな花は咲いていた。もう枯れていると思って目を逸らしてきたけれど、「咲いていた」という事実自体はずっと消えない。

 その花を、これからもう一度確認しにいきなさい、ということなのだろう。どんな色で、どんな形で、どんな想いが込められていたのか。それを思い出させてくれるものが、私の部屋にきっといくつかあるはずだから。

 時計を見ると、カウンセリングが終わる時間だった。
 「ではまた、次の時間に」
 そう言ってZoomを切り、私はふうとため息をつく。

 立ち上がり、花瓶に手を伸ばした。ひんやりとした、滑らかな感触が手に伝わる。
 顔を近づけると、ガラスの中にキラキラと光る気泡が見えて、私はそれをとても綺麗だと思った。

 

 

岸政彦『断片的なものの社会学』(朝日出版社 2015年)

「一方に『在日コリアンという経験』があり、他方に『日本人という経験』があるのではない。一方に『在日コリアンという経験』があり、そして他方に、『そもそも民族というものについて何も経験せず、それについて考えることもない』人びとがいるのである。
 そして、このことこそ、『普通である』ということなのだ。それについて何も経験せず、何も考えなくてよい人びとが、普通の人びとなのである」

この本を読んで、ああ私は「日本人」ではなく「普通」になりたかったのだなと思って少し泣いた。
社会学とは個人の「経験」を採集することで全体の傾向を論じるものだと思っていたが、この本には全体に溶け込むことのない、いびつなガラスの欠片のような個人の「経験」が描かれていて、読むと時々怪我をする。
それらはどれも個人の生活史でありながら、非常に小説的でもある。自分の「経験」もそうなのかもしれないと思うと、読んでいて不思議と慰められる。

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。