死ぬまで生きる日記 / 土門蘭

日常生活はほとんど支障なく送れる。「楽しい」や「嬉しい」、「おもしろい」といった感情もちゃんと味わえる。それなのに、ほぼ毎日「死にたい」と思うのはなぜだろう? カウンセラーや周囲との対話を通して不可思議な自己を見つめた1年間の記録。

居心地の良いように「火星」を作り替えていけばいい

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 「死にたい」という言葉を、「帰りたい」という言葉に置き換えてから、自分自身に少しずつ変化が見られるようになった。

 発作が起きる時、これまでは「死にたい」の先には生きるか死ぬかしかなかった。
 何が起こるかわからない不安な道か、先に何もない無の道か。その二つの道の分かれ目に立たされ、でもどちらにも行きたくなく、嵐が過ぎるまでうずくまるように、発作が治まるのを待つことしかできなかった。

 でも「死にたい」の代替語を見つけてからは、生きるか死ぬかの二択の他に、「帰る」という選択肢ができた。とりあえず、帰る。どこに? 火星に。どのようにして? 文章を書くことによって。文章を書けば、そこに自分だけの星が浮かび上がる。だから、なんでもいいから書いてみようよ。

 私は、嵐吹きすさぶ岐路から離れ、落ち着いて文章を書ける静かな場所へ移動する。穴ぐらのような場所で雨宿りをしながら、一人でコツコツと文章を書く。誰に宛てるでもない、誰に読まれるでもない文章を、母星の言葉で書き連ねる。すると、ノートやパソコンの液晶画面に私の星が立ち上がる。さらに手を動かして書き続けていると、少しずつ、その星の中に身を置いているような気持ちになり、私は、「帰りたい」という自分の願いが小さく叶ったことを知る。

 気がつくと嵐は通り過ぎていて、私はまた岐路に立つ。そして、見通しがある程度良くなった「生きる」道を選んで歩き始める。さっきよりは、怖くない。怖くなったら穴ぐらに入って、火星に一時的に逃げたらいいのだと知ったから。

 代替語が見つかって一番良かったのは、このように、自分の願いや欲求に応えられるようになったことだ。
 これまでは「死にたい」という自分の思いに対して、否定したり無視したりすることしかできずにとても辛かったけれど、今は「帰りたい」という欲求に行動を通して応えることができる。

 書こう。なんでもいいから書こう。
 私がかつて出会った作品、つまり、さまざまな地球外の星たち。あんな星を、私も作るんだ。

 私は「死にたい」の先に、「新しい星」という自由の領域を見出した。
 その発見は私にとって、とても大きな救いになった。


 以来、発作が起こるのをそれほど恐れなくなった。
 発作が起きたらどうしたらいいのか、わかるようになったからだ。対処法がわかったので、来るなら来い、と思うくらいになった。すると不思議なことに、「死にたい」という気持ちになること自体が徐々に減っていったのだ。

 カウンセリングを始めた頃はほとんど毎日「死にたい」と思っていたけれど、本田さんと話を始めてから月日が流れるうちに、どんどんその頻度が落ちていった。3日に1度、1週間に1度とどんどん減っていって、この頃は2週間に1度ほどになった。

 もちろん、だからと言って、発作にすぐにうまく対処できるようになったわけではない。「死にたい」という感情に呑まれて、「帰りたい」という言葉をうまく思い出せずに苦しんだりもする。それでも「また本田さんにこのことを話せばいい」と思うと、次のカウンセリングまでは生き延びようと思う。

 「書く」か「話す」か。
 とにかく「言葉にする」ことで、私は生き続けているんだと思う。


 「死にたい」と思う頻度が下がるにつれ、身近な人には「表情が明るくなったね」「元気になったね」と言われるようになった。

 特に私の変化に反応したのは長男だ。
 10歳の長男は、生まれた時からずっと情緒不安定な私を間近で見ている。発作が起きると理由もなくさめざめと泣いたり、起きていることも眠ることもできずベッドでただ寝込んでいたりする私に、彼はその度「大丈夫?」「元気出してね」「休んでいていいからね」と声をかけ、そばで見守っていてくれた。5歳の次男が不安がり始めると、彼が弟の気を逸らせて安心させてもくれた。

 子供に負担や心配をかけるなんて母親として失格だと何度も思ったし、こんな自分ではなくもっと陽気で強い人が母親だったら彼にとってどんなにいいだろう、と考えたこともたくさんある。
 心療内科で診てもらおうと思ったのも、カウンセリングを受けようと思ったのも、子供たちの存在が一番大きかった。大人はパートナーや友人を選ぶことができるが、子供は親を選べない。私が彼らを押しつぶしてしまう前に、私自身が変わるしかないのだと、強く思っていた。

 「お母さん、最近明るくなったね」
 初めて私の変化に気づいたのは、長男だったように思う。
 「本当?」
 「うん。前よりよく笑うようになった」
 「前はあまり笑わなかった?」
 「そうやな。なんか元気がなかった。いつも疲れてたし」

 確かに私はいつも疲れていた。発作が来るのを常に恐れ、そして発作によって自分が取り乱すのを恐れていた。だからいつも緊張していたし、不安だった。

 「でも今は、なんか楽しそう」
 と長男が言う。
 「そうかな?」
 「うん、最近は休みの日に『どっか遊びに行こう』とか『なんか映画観よう』ってよく言うやん。あれ、俺嬉しいねん。お母さんが楽しそうだと、嬉しいねん」

 それ以降も、長男は私の変化に気づくたびに声をかけてくれる。
 「顔つきが穏やかになった」
 「リラックスしている」
 「アクティブになった」
 そんなふうに言葉を変えては、表現する。そして最後に必ず「お母さんが楽しそうだと嬉しい」と言うのだ。まるで、その変化が気のせいでないことを確かめるように。

 長男も、私がカウンセリングを受けていることを知っている。
 そこで話したことも時々話すのだが、ある時、幼少期の振り返りをした内容を彼に伝えると、こんなことを言った。
 「お母さんは子供の頃、ほんまに寂しい思いをしたんやな」
 そして、「俺はそんな経験したことはないけど、お母さんの辛い気持ちは想像できる気がするよ」と言った。

 その瞬間、自分が一気に10歳の頃に引き戻されるような感覚があった。10歳と10歳の子供同士が、リビングで向き合って話しているような。それはすごく不思議な感覚で、私はなんだか恥ずかしくなり、長男から目を逸らした。いつの間に彼はこんなに大きくなったんだろう? そして私は、いつまであの頃の不安を引きずっているんだろう?

 私が初めて「死にたい」と思ったのは、今の彼と同じ10歳の時だ。算数の授業中に、教室の窓から飛び降りたいと強く思った。それ以来ずっと、この気持ちが染み付いて消えない。外側は年相応に変わっていったけれど、私の心の奥底はあの頃から何も変わっていない。

 子育てにおいて一番怖かったのは、私と同じこの気持ちを、子供も持つのではないか、ということだった。もし、私のせいでそうなったらどうしよう。自分のことも手に負えない私が、彼に何をしてあげられるんだろう。皆目見当もつかなくて、考えるだけで怖くなった。

 その日、ずっと聞きたくて聞けなかった質問を初めてした。
 「廉太郎は、『死にたい』と思うことってある?」
 ドキドキしながら返事を待っていると、彼はううんと首を振り、
 「俺は一度もない。生きるのがめちゃくちゃ楽しいもん」
 と笑顔で言った。

 私はその答えを聞いて、心からほっとした。
 「それならよかった、安心した」

 本当によかった。私に似なくてよかった。
 そう思うと同時に、彼は地球人なんだなと思った。私がずっと憧れ続け、劣等感を抱き続けてきた、れっきとした地球人なんだと。そんな人が自分から生まれるなんて、なんだか不思議な気持ちでもあった。

 「でも、お母さんが『死にたい』って思うのはわかる気がするよ」
 最後に長男がそんなことを言ったので驚いた。「そんなに寂しい思いをしたんなら、『死にたい』って思うのも当然だと思う」と言う。

 「俺は『死にたい』って思ったことはないけれど、お母さんがそう思うのはわかる気がする。だから、そう思ってもいいと思う」

 それを聞いて私は、つい泣きそうになった。
 地球人だとか火星人だとか、区別をして壁を作っていた私の心を、彼の想像力がいとも易々と抱きこんでくれたのを感じたからだ。なんだか自分がとてもちっぽけな気がして、彼に対して恥ずかしく、また心から感謝する気持ちも湧いた。

 でも泣くと長男がまた心配するので、我慢して「ありがとうね、本当に」とだけ言った。長男は、何で感謝されているのかわからないような顔で首をかしげた。

 「死にたい」と思う私を受け入れてくれてありがとう。
 その時私は、確実に10歳の自分だった。


 次のカウンセリングは本田さんの
 「Rさんにとって火星ってどんなところですか?」
 という質問から始まった。
 「地球はどんなところで、火星はどんなところなのか。Rさんにとっては、その2つの場所にどんな違いがあるのでしょうか」

 私はちょっと考えてから、
 「地球は……自分以外の人がいっぱいいますね」
 と言った。「なんか、当たり前のことを言っているようですけど」と笑いながら続ける。

 「地球には他人がいっぱいいるんだけど、常識とか共通認識とか枠組みの中で、ゆるくみんな繋がっているような気がします。例えば家族とか、夫婦とか、仕事仲間とか、友達とかの関係性それぞれに、見えないルールがある感じ。そのルールがわからないと、うまくそこで過ごせないっていうか」
 「はい、はい」
 「私は幼い頃、そのルールがわかりませんでした。転校したての小学校で、ルールや所属や構成がよくわからない運動会にいきなり参加しているような。地球ってそういうイメージ。それは『社会』という言葉の持つイメージと、だいぶ近いような気がします」
 「社会、ですか」
 「はい。だから『ちゃんとしなくちゃ』ってすごく思うんです。この人はちゃんとどこかに属していて、ルールを知っているんだと思われるように、ちゃんとしなくてはと」

 本田さんは「なるほど……」とつぶやいてから、「では、火星はどうでしょう?」と尋ねた。

 「火星には、誰もいないですね」
 「誰もいない。Rさん以外?」
 「はい。私しかいない」
 「地球には海や緑や人の住む家などがありますが、火星はどうですか?」
 「火星は……そういうのもないです。ゴツゴツとした岩しかない。小さな湖や、数本の樹はあるかもしれないけど」
 「結構、寂しい風景ですね?」
 「そうですね。寂しいところです。静かで、寒々しい風景。そこに小さくて質素な家があって、私がひとり住んでいる感じでしょうか」
 「『星の王子様』のような……?」
 「ああ、そのイメージは近いかもしれません。剥き出しの硬そうな地面の上に、ひとりの王子様が立っているような絵があるじゃないですか? まさにそんな感じです」
 「なるほど。そこは、住みやすいですか?」

 住みやすいかどうか?
 そんなことは考えたことがなかったけれど、私は「住みやすくはないですね」と答えた。

 「物質的に住みやすいのは、確実に地球の方です。火星は荒んでいますし、昼はまだマシとしても夜は寒いんです。あと、暗くなるのが早い」
 もちろん、実際の火星環境のことではない。これは私の中の「火星」の風景だ。

 「地球にあるような、おいしいものも娯楽もない。ただただ、静かなんです」
 「そこにいるのは辛いですか?」
 「いえ、辛くはないです。息がしやすいし、寂しくないし」
 「寂しくない?」
 「はい。だってここはひとりだから。地球は人がいっぱいいるので、寂しいです」

 うーん、と本田さんが考え込む。
 「Rさんは、幼い頃、『火星にいる仲間にレポートするために地球にいるのだ』と思っていたとおっしゃっていました」
 「はい」
 「でも、火星には仲間がいないんですね」
 「はい。でもそれは、子供の頃からわかっていた気がします。火星には私以外の人はいないけれど、火星という場所はある。そして私は、時々無性にそこに帰りたくなる」
 「息がしやすいから」
 「そうです。息がしやすいから」

 なんて頼りない話だろう、と思う。全部私の心象風景で、こんなことは誰にも話したことがないから、内容に矛盾もあるだろう。だけど、イメージを共有し続けることが大事だと言った本田さんの言葉を思い出しながら、あれこれと話し続けた。

 本田さんは、そんな私の話を吸い込むように小さく唸った。
 「興味深いですね」
 そう言って、私の目を見る。
 「つまり、Rさんにとって地球が『集団』とか『社会』なのだとしたら、火星は『個人』『ひとり』だということですね」


 「あの、少し思ったんですけどね」
 本田さんが切り出した。

 「Rさんにとっての『火星』って、アイデンティティなんじゃないかなって思ったんです」
 「アイデンティティ」
 「はい。アイデンティティって、『自分は自分だ』と思うことです。自我同一性とも言います」
 「ああ……確かに、火星にいる時にはそんなふうに感じられるような気がします」

 自分は自分だ。
 火星では、疑う余地のないほどそう感じる。だってひとりぼっちだから。
 それを「アイデンティティ」と言ってもおかしくないかもしれない。私が私であるために、帰り着く場所。原点のような場所。
 その場所が荒涼としたイメージであるのは、幼い頃の家庭環境も関係するのかもしれないけれど、そこが息がしやすく落ち着く場所であることもまた事実なのだ。

 「でも、Rさんはずっとそこにいたいのですか? 地球には二度と帰りたくない、と思うのでしょうか」
 「いや……そんなこともないですね。ひとりでばかりいても、なんだかつまらないし。それに、地球には大事な人がいます。その人のところに帰ろうって思う。書くのをやめて生活に戻るときは、いつもそんな気持ちです」

 地球に対しても「帰る」という言葉を使ったのが、自分でも意外だった。本田さんはその言葉に気づいているのかいないのか、ちょっとだけ微笑む。「そうですよね」と言って。
 そして、
 「地球と火星、どちらかだけに定住しなくていいと思うんです」
 と言った。

 「地球にはおいしいものや娯楽があって、大事な人もいるって、さっきRさんおっしゃいましたよね。友達もいるし、家族もいるし、仕事もある。悪いことばっかりじゃないと思うんです」
 「はい、それはもちろん、その通りです」
 「でも、ずっと地球にいるとそれはそれで疲れてしまうから、時々火星に帰りたくなる。誰もいない、自分だけの場所に。そして火星にいると、なんとなくまた地球が恋しくなる」
 「はい、はい」
 「その繰り返しでいいと思うんです。地球に定住しなくても、火星に定住しなくてもいい。まるで遊びに行くように、行ったり来たりしたらいいんじゃないでしょうか」

 なるほど、と私は答える。
 地球に馴染まなくてはいけないとか、火星に帰りたいとか思い詰めていたけれど、もっとカジュアルに行き来することもできるのかもしれない。なんだか目から鱗だ。

 「多分、Rさんは、自分のことを『火星人』だと思われていますよね。それに対して、地球で生きやすそうにしているのは『地球人』だと」

 そうも言われて、長男のことを考えた。「死にたい」と思ったことなんて一度もないと言う彼に、私は安堵の気持ちを持ちつつも、「この子は地球人なんだなぁ」と疎外感を覚えたのも事実だった。
 私は、本田さんの言葉に頷く。すると彼女はこんなふうに続けた。

 「でもね、生粋の地球人なんて、実はいないんじゃないでしょうか。みんな宇宙の中を漂っている宇宙人で、たまたま地球にいるだけなのではないでしょうか。中には地球が性に合っている人もいるでしょうし、地球人に擬態している人もいる。それは、外から見ただけではきっとわからないことだと思うんです。Rさんだって、地球で生まれて地球で育って、外から見れば地球人ですよね?」

 「確かに」
 と、私は笑ってしまった。
 地球人とか火星人とか単純な二項対立で考えて、自ら他人と距離を置いている。これもまた、一つの差別だよなぁと思う。長男はそんな私を、想像力でまるっと抱きこんでくれたというのに。

 「みんな、宇宙人なのかな」
 思わずそうつぶやいた。

 「宇宙規模で見れば、そうですよ」
 「みんな、『ひとり』だってことですね」
 「そうです。みんな『ひとり』なんです。みんな『宇宙人』で、たまたま地球にいるだけなんです」

 本田さんがそう繰り返した瞬間、目の前の彼女の輪郭がはっきりしたように見えた。
 自分が「ひとり」であるように、他者もみんな「ひとり」である。本田さんだって、長男だって、友人たちだって。

 「自覚をしているか、していないかだけの違いです」
 そう言って、本田さんはくっきりと笑った。

 「ひとり」なのは私ひとりじゃない。また、そのことに気がついた瞬間だった。今度はもっと、大きな範囲で。


 「それから」
 と本田さんが続けた。
 「Rさんの火星は、すでにあるものではなく、今後も作られていくものなのではないでしょうか」

 「作られていくもの?」
 「はい。アイデンティティがもともとオリジナルなものではなく、他者との関わりの中から作られていくように、Rさんの火星もまた、どんどん編集されていくものではないかなと思うんです。コラージュと言ってもいいかもしれませんね」
 「コラージュ……」

 本田さんは「つまり、『星作り』ですね」と言って微笑んだ。
 「火星はRさんの居場所です。誰にも侵されない、一人だけの場所です。その場所を、より居心地良くすることってできると思うんですよ」

 それを聞いて、なんだか少しだけワクワクしてきた。
 「……例えば、花を植えてみたり?」
 本田さんはちょっと目を丸くして、それからまたにっこり笑う。
 「はい、Rさんが花を好きなのであれば」
 私は、口元に手を当てて考え込んだ。
 「今の火星のイメージは、荒涼としているけど、このイメージ自体変えていけるってことですね」
 「その通りです。Rさんの居場所は、Rさんが居心地の良いように作り替えていけばいいのだと思います。地球は、その素材を集めるのにちょうどいい星だと思います」

 確かに、地球にはおいしいものや美しいもの、楽しいものがいくつもある。そして、大事な人とのたくさんの思い出も。
 「どんどん盗めばいいと思います。そうすればますます、Rさんの星は豊かなものになるはずです」
 楽しそうに本田さんは言う。

 「Rさんにとって『書く』とはそういうことなのではないですか?」


 カウンセリングが終わった後、久しぶりに親しい友人と会ってお茶をした。
 やっぱり彼女も私のことを「変わった」と言い、どこがと聞くと「前のあなたは、生きるか死ぬかの両極端だった」と教えてくれた。

 「いつもギリギリのところにいるようで緊張感が漂っていたけど、今はちょっと力が抜けている気がするね」

 もしかしたら力が抜けたのは、「生きる」でも「死ぬ」でもない領域を見つけたからかもしれないな、と思った。
 この地球でうまくいかないのなら、ここからいなくなるしかないのだと思っていたけれど、一旦火星に帰ればいいのだと気がついた。そして、よりこの火星の居心地が良くなるように、せっせと星作りをしたらいいのだと。地球の美しいもの、良いものを持ち帰り、自分の星をより豊かにするために。

 そんな火星に帰っている間、私は「生きている」でも「死んでいる」でもない。
 ただ、地球から少しの間不在となる。そして、ひとりぼっちで星を耕す。あらゆる関係性、あらゆるしがらみから自由になった場所で、地球から持ち帰った「良いもの」を植えるのだ。

 星作りに、終わりはない。私の命がある限り。
 そんな場所があるという事実は、私をこれまでにないほど安心させてくれる。

 

 

武田百合子『富士日記』(中公文庫 1997年)

武田百合子さんの文章は恐ろしい。透明で尖ったガラスのかけらのようだと思う。飾り気がないのに美しく、うっかりすると指の先を怪我するような。『富士日記』は、夫の武田泰淳や娘の花と富士山麓の別荘で過ごす日々を描いた日記。彼女は「朝ひる夜」と食べたものを記録しているが、それを眺めていると、人は死ぬまでただ食べて動き感じるのみなのだな、と思う。決して複雑ではないが、いつも新しく美しい。ここに描かれている「生」は、彼女の文章そのものだ。

「ズボンと靴を拭いているうちに、私はズボンにつかまって泣いた。泣いたら、朝ごはんを吐いてしまったので、また、そのげろも拭いた」

これは、朝方冷たくあしらってしまった夫が、死ぬのではないかと思うくらい危険な目に遭った時の日記。この日彼女は、献立を書いていない。食べられなかったのか、書くのを忘れていたのか。でも、また次の日からはなんでもないように別の1日が始まる。その粛々とした時間と文章の流れに、私はいつも心が洗われるような気持ちになる。

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。