みんなの〈青春〉 / 石岡学

「あの頃はよかった」と空を仰ぐ熟年から、「アオハルか!」と即座につっこみたくなる中高生まで。青春という言葉には、世代を問わず、人をうずうずさせる不思議な力が宿っている。理想の自分。かけがえのない人生の1ページ……。そんなイメージがいつの世も生き続けているのは、一体なぜなのか。大衆意識の源にせまるユニークな現代文化考。

アンチという名の王道をゆく

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 今回は、青春ダークサイド特集の2回目である。いや、ダークサイドというとかっこよすぎるので、「地味で中途半端な青春特集」と言った方がいいだろう。ドラマチックな達成も挫折もない、そんな青春をめぐる語りに、もう少しスポットを当てていきたい。

 前回のラストでは、その導入として、みうらじゅんの青春語りを取り上げた。自分の青春時代は中途半端だったとしばしば語るみうらだが、そうであるならば青春について取り立てて語るべきことはないはずだ。にもかかわらず、なぜ彼は青春について多くを語ろうとするのだろうか。そんな疑問を最後に提示した。これがみうらじゅんだけに固有の感覚であるならば、それが彼の個性なのだということで済ませられる話だろう。しかし、今回見ていくように、同様の青春語りは、みうら以外の人物からも少なからず発信されてきている。そうであるならば、それは一定の社会性をもった感覚に根ざしたものだといえる。連載初期の回で述べたように、この連載全体を貫く大前提には、「青春は普遍的なものでない」という認識がある。普遍的なものでないということは、時代や社会の状況によって影響され、変化するということだ。それは、青春が社会の期待や欲望を反映しているということでもある。そういうことに興味がある私としては、一定の社会性をもった感覚が意味するものが何なのか、やはりぜひとも追究してみたいと思うわけである。

「青春っぽい青春」はハードルが高い

 本題の前に、少し前の回で書いたことをおさらいしておきたい。具体的には、望ましい青春のイメージについてである。

 大衆化する前の「かつての青春」は、義務教育後の上級学校に進学するチャンスを享受した男子だけに許された、希望と不安に彩られた時期の謂いであった。「青春らしさ」とは、大志や野望を抱き、挫折し、それを乗り越えていくことだとされていた。若気の至り、と端的に言ってしまってもいい。近代主義的な色彩を濃厚に帯び、特に文学と政治に結びつけられていたこの青春イメージは、1970年前後の「政治の季節」の終焉と大衆教育社会(苅谷1995)の到来によって、次第に説得力を失っていく。代わって、ドラマやヒットソングで表象される青春のイメージは、等身大の何気ない日常の中で展開される友情や恋愛といった、個人レベルの出来事に結びついていった。特に21世紀以降は、中学・高校を中心とした学校生活の平凡な日常的風景が、「青春っぽさ」の中心的イメージを形成するようになった。

 「青春らしさ」と「青春っぽさ」は、その内実はかなり違うもののように思えるが、望ましい青春の基準になっているという意味では、同じことである。ただ、かつての青春は、社会階級・階層と関連していた点が重要だろう。上級学校に進学し、学生時代という青春を送ることができるかどうかは、学力云々以前に地域や経済格差によって大きく規定されていた(戦前であれば、さらに性による差異も加わる)。逆に言えば、望ましい青春を享受できないことの原因を社会に求めやすかった時代だったともいえる1

 そのような時代の方が楽だったというわけではもちろんないが、しかし、高校時代を過ごすこと自体が全く特別のことではなくなった1970年代以降、望ましい青春を送ることへのハードルはむしろ上がったともいえる。なぜなら、青春っぽい青春を送ることができるか否かが、個人要因に帰せられるようになったからである。「高校生である」という点において均質化・平準化された集団であるがゆえに、個々人のキャラ――優等生・ガリ勉・体育会系・ヤンキー・ギャル系・オタク系(最近であれば陰キャ2)など――による立ち位置の微細な違いが前景化してくる。そして、その立ち位置の違いによって、望ましい青春への距離もある程度決まってしまうのだ3

 前回取り上げたみうらじゅんの語りは、そのような状況を背景とした「中途半端な青春」のありようを端的に示している例だろう。1958年生まれで1970年代に中高時代を送ったみうらは、世代的には割と先進的な感覚の持ち主だったのかもしれない。この感覚は、これ以降に中高時代を送った世代にとっては、非常に実感をもって受け止められるものだと思う。

 というわけで、まずはみうらと同世代の人物たちの語りから見ていくことにしよう。

地味な青春は描かれない?

 みうらじゅんが自身の高校時代に題材をとって書いた小説が、『色即ぜねれいしょん』(2004年)である。その映画化(2009年)に際して監督をつとめたのは、みうらの盟友といってもいい同世代の田口トモロヲ(1957年生まれ)であった4。田口は、この作品を撮るにあたっての思いを、次のように語っている(「映画界の徹底研究 監督・俳優 田口トモロヲ『色即ぜねれいしょん』」『創』2009年7月号)。

 “文化系「クローズZERO」”を作んなきゃいけないなって思って。そういうメインストリームの青春ものとは全然違いますからね(笑)。きっと青春物語としては、サイドウェイな話で、今までなかったと思うんです。いわゆる「童貞青春もの」っていろいろありましたけど(笑)、やっぱり劇中の2時間の間に童貞を卒業したりとかするけれど、わずか半年の間じゃ、そんなに人は変わらない。ただ学校と家しか知らなかった少年が、ちょっと外の世界の人たちと触れ合うことによって、半歩以下くらいだけ自己実現に向けて踏み出せたっていう物語が、いいなぁと思うんです。それをまた大声で人に言わない感じが、文(ママ)系の青春なんですね。すっごい力強いメッセージを出す原作だったり、映画だったりじゃないので、そこがいいなと。

 田口はここで、『色即ぜねれいしょん』に描かれた青春は「メインストリームの青春」ではない、としている。その意味は、テーマ設定もさることながら、物語を通して主人公が劇的な成長を遂げるわけではなく、メッセージ性を強く打ち出さない点にあるという。つまり、その逆の劇的な物語、成長物語が「メインストリームの青春」ということになるだろう。地味な青春のありようを描いたこの作品は、そのような意味で、田口にとって「ベタじゃない青春」として捉えられていることがわかる。


 もう一人同世代の、今度は女性の語りに目を向けてみよう。1958年生まれの作家・姫野カオルコの『青春とは、』(2020年)をめぐってである。作品自体は最近発表されたものだが、描かれているのは1970年代の滋賀県に住む高校生の群像である。明示されているわけではないが、同県出身の姫野自身の高校時代をモデルとしたものだと考えて間違いないだろう。

 詳細を述べることは控えたいが、この作品で描かれている高校生活も、基本的には地味なものである。姫野自身、「青春小説というと、胸がキューンとするような恋愛や汗がきらめくスポコンを想像する方が多いのではないでしょうか。本書はそんな期待に応える小説ではない」と、読者に向けて釘を刺している(「著者は語る『胸キュンも、きらめく汗もない。けれど…』青春小説から零れ落ちていたもの 『青春とは、』姫野カオルコ」『週刊文春』2021年2月11日号)。

 興味深いのは、描かれたこの地味な高校生活に対する姫野の評価である。「胸キュンな恋愛話も部活の熱い話も出てこない、片田舎の公立校の放送部員の地味~な日常の話ですが、数から言ったら何もない方が断然多数派で、〈フツウな青春〉だろうと思う」(「ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け 姫野カオルコ」『週刊ポスト』2020年12月18日号。〈フツウな青春〉は原文ママ)という語りからは、何もない地味な青春こそが多数派の普通の青春であるという認識がうかがえる。だが一方で、姫野は「『登場人物を取り巻く環境や性格付けなど、今までの青春小説からこぼれ落ちていたものが描かれているのがいいですね』という感想をいただいて、その言葉が嬉しかったです」とも語っている(前出「著者は語る」)。地味な青春こそが普通の青春であるにも関わらず、それは「今までの青春小説からこぼれ落ちていた」のであり、それを描こうとした意図をくみ取ってもらえたことが喜ばしいというのである。

 この認識のありようは、先に見た田口トモロヲとほぼ同じだろう。地味な青春は普通である、にもかかわらずそれが描かれることは少ない、だからそれを描いたことに作品の価値がある――そういう認識である。いわば、青春の実態が映画や小説ではあまり描かれない(と思われている)ことへの、ある種のアンチテーゼがここで主張されているのだ。

「底辺女子高生」の憂鬱?

 もう少し後の世代にも目を移してみたい。取り上げてみたいのは、2000年代に精力的に作品を発表していた作家・豊島ミホ(1982年生まれ)である。

 秋田県湯沢市出身の豊島は、いわゆる青春小説をメインフィールドとする作家であるが、自身の高校・大学時代の経験をそのベースとしている趣が強い5。2007年に映画化もされた『檸檬のころ』(2005年)はおそらく最も人気を集めた作品の一つであるが、これは作者自身がいうように高校生活の明るい面を強調したもので、どちらかといえば青春小説の「王道」寄りの作品である。連載第3回でみたように、2000年代の中ごろは、部活を中心とした高校生の日常を描く「NEO青春モノ」が流行っていた時期である。それもあって、この作品は一定の人気を得たのかもしれない。

 しかし、豊島がこの作品を書いた動機は、必ずしも「爽やかな青春を描きたい」というものではなかったようである。「基本的に青春小説ってムカつくんですよ、私。こんなのは恵まれた人間の恵まれた青春じゃないかって」と語っている記事で、豊島は『檸檬のころ』執筆の動機を次のように言っている(瀧晴巳「今月のBOOKMARK②EX 『リテイク・シックスティーン』豊島ミホ」『ダ・ヴィンチ』2010年1月号)。

 私の高校時代に読まれていた青春小説は、主人公が一匹狼的で周りからちょっと浮いてて、でもカッコイイという設定のものが多かったんです。それに反発とまではいかないけど“こんなんムリだよ〜”と思うから。こんなふうじゃない、カッコ悪い孤独みたいなものを書いてみたい気持ちがあって。そう思って書いたのが『檸檬のころ』だったんです。

 やはりここにも、先に見た田口トモロヲや姫野カオルコに連なる認識がみられる。すなわち、フィクションで描かれる青春へのカウンターとして、カッコ悪いリアルな青春を描いてみたいという欲望である。大学生のキャンパスライフを題材とした『神田川デイズ』(2007年)についても同様で、豊島は「最初から爽やかな物語にするつもりはありませんでした」と語り、その背景には、「大学時代から作家活動をはじめた」ため「普通の大学生のようにキャンパスライフを満喫していない」ことがあったという(「BOOKかっこ悪くても愛しい、大学生たちの青春グラフィティ 豊島ミホ『神田川デイズ』 大学がつまらなかった人にこそ読んで欲しい!」『OZmagazine』2007年6月11日号)。

 そして、「自分が高校生のときは“青春”だと思ってなかったんですよ。こんな暗い高校時代じゃ、私の青春は中学時代に終わったんだ、って」(「BOOK 豊島ミホ『檸檬のころ』」『OZmagazine』2005年4月25日号)と語る豊島の、ある意味本領発揮とも言える作品が、エッセイ集『底辺女子高生』(2006年)である。なかなか刺激的なタイトルだが、そこに込められた意味について豊島は次のように語っている(「BOOK 全国の地味女子高生に贈るほろ苦い青春エッセイ集 豊島ミホ『底辺女子高生』」『OZmagazine』2006年8月21日号)。

 文字通り、それよりも下がないという意味です。地味なだけじゃなくて、勉強もできないし、運動もできなきゃ、男子と口もきけない。本当にそんな高校時代だったんですよ。その中から、明るい面をもとにして書いた小説が『檸檬のころ』で、暗い面を明るく笑えるエッセイにしたのがこの本、『底辺女子高生』です。“裏檸檬”という感じでしょうか。高校時代に、彼氏がいなかった人にぜひ読んでいただきたいです(笑)

 しかし、私自身は実際にこの『底辺女子高生』を読んでみて、地味で底辺の高校生活だとはどうしても思えなかった。ネタバレになるので詳しくは書けないが、家出や寮生活のエピソードなど、これはこれで十分に「青春っぽい」ではないかというのが、率直な読後感である。特に、補習に補習を重ねてようやく迎えた豊島のためだけの卒業式のシーンなどは、正直読んでいて目頭が熱くなった。もちろん、それは豊島の筆致によるところも大きいだろう。だが、高校時代特に破天荒なこともせず笑える話も泣けるエピソードもない6 私のような人間からすると、豊島は立派に青春していたように思えてならない。

 とはいえ、別にそのことで豊島に文句を言うつもりなどない。ここで重要なのは、それでも豊島自身はそれが「底辺」の「地味」な青春だったと認識している点である。と同時に、田口や姫野と同様、その地味な青春は描きたいこと、もっといえば描くべきこととして捉えられている。そのベースにあるのが、世に氾濫する青春イメージへの懐疑なのである。

地味だからこそ価値がある⁉

 地味な青春をめぐる語りを、もう少しだけみていくことにしよう。

 相沢沙呼(1983年生まれ)は、10代を主人公にした学園小説を多く書いている作家のひとりである。学園ものに題材を多く求める理由については、次のように語っている(「著者インタビュー 相沢沙呼」『小説TRIPPER』2012年春号)。

 一つには自分が学生の頃、うまく生きていけず、悩みや苦しみがたくさんあった。その経験を形にしておきたいという気持ちが強いんです。もう一つは、小説の、特にエンターテインメントの分野で書かれる青春の中では、登場人物が十代には思えないほど大人びていて、格好いいことが多い。でもそれは、僕が知っている“青春”ってものとはどうも違うなあと感じることがあって。

 記事ではこの語りを受けて、「自分の考える、もっと情けなく、リアルな青春を物語にしたいという気持ちが強く、青春小説を書き続けることに格別の思いがあるのだという」とまとめられている。

 あるいは、「安易な成長を描かない作風でデビュー時から注目を集めた」という作家・阿川せんり(1988年生まれ)も、「小説やマンガでは、自分には何もないと悩む主人公が夢中になれる何かに出(ママ)って成長する物語が王道。でも、私の中には『もし何にも出(ママ)えなかったらどうするんだい?』という素朴な疑問があります」と語る(「Entertainment News 阿川せんり『ウチらは悪くないのです。』」『anan』2019年3月27日号)。この記事では、阿川の小説『ウチらは悪くないのです。』について、「何者かにならなきゃいけない、恋愛くらいしなくちゃいけない、とがんじがらめになっている人にエールを贈るような一冊」とも書かれているが、これは注目すべき指摘だと思う。ここでいう「何者かにならなきゃいけない」「恋愛しなくちゃいけない」は、まさに輝ける青春イメージそのものであり、それに「がんじがらめになっている人」が少なからず存在するからこそ、このような作品は救いになると言っているからだ。阿川はさらに、「大人になってから『学生時代に、もっと青春しておけばよかった』と言う人がいるけれど、そんなふうに記憶を上書きする必要はあるのかなと。友人と一緒だった他愛ない時間とかが『それなりに楽しかった』なら思い出上等。そんな青春があってもいいじゃないかと思うんです」とも語っている。ここに見られるのもやはり、地味な青春の肯定による、青春イメージの「王道」に対するアンチテーゼであることは明らかだろう。

 最後に、2020年に公開された映画『君が世界のはじまり』をめぐって、出演した金子大地(1996年生まれ)と松本穂香(1997年生まれ)が、それぞれ「青春を美化したような作品ではなく、よく青春ものの作品で描かれるようなキャラクターではない人たちの葛藤を描いていて、今までにない映画だと思いました」「青春ドラマというと、野球とか運動部を描くものが多いけど、この映画はそこじゃない、なにか目標に向かって頑張る人たちの話ではなく、ただちょっと閉じ込められている人たち、窮屈な気持ちをもつ子たちのお話」と語っていることをあげておこう(小林亜紀「松本穂香と金子大地が生きた“美化していない”青春」『キネマ旬報』1843、2020年7月23日号)。ここでもやはり、「ベタじゃない青春」が描かれていることに作品の価値が求められていることがわかる。


 だいぶしつこく同様の語りをみてきたが、それは、このような語りにしばしば遭遇することに、私はどうも違和感を覚えてしまうからである。違和感とは、地味な青春は本当に描かれることが少ないのか、ということである。

 思い返してみれば、90年代に入るころから、青春表象においては等身大の若者を描くことが主流化していった。そして、友情や恋愛といった個人の人間関係にフォーカスする青春の描き方は、政治や革命への志向性を抱え込んでいた「かつての青春」に比べ、当初はたわいもないこととも思われていた(第3回参照)。そういう意味では、友情や恋愛、ましてや部活や学校生活の日常など、すべて「地味」なことと言えなくもない。

 いやしかし、だからこそ「青春っぽい青春」を送れるかどうかという問題が、大きな意味を持つのである。社会変革や立身出世など、達成すべき将来の目標が設定できるのであれば、そのために現在を犠牲にすることも有意義でありうる。しかし、そういったリアリティが失われたからこそ青春は現在志向になったのであり、青春時代の意味や輝きをあとから挽回することが不可能(と思われるよう)になったのである。だから、「輝かしい青春」のイメージは、当事者たちに「学生時代に実現・達成しなければならないこと」として、必要以上のプレッシャーを与えているのではないか。そのことが、実際以上に「地味な青春は等閑視されている」という認識を生み出しているのではないか、とも考えられるのである。

 次回はこの点をもっと掘り下げて、地味で中途半端な青春にせよ、輝かしい青春にせよ、青春を描きたいという欲望の深奥にあるものは何かについて解き明かすことができればと思っている。

 

 

【参考文献】
知念渉、2017、「〈インキャラ〉とは何か」『教育社会学研究』第100集、pp.325-345
福間良明、2017、『「働く青年」と教養の戦後史』、筑摩書房
――――、2020、『「勤労青年」の教養文化史』、岩波書店
苅谷剛彦、1995、『大衆教育社会のゆくえ』、中央公論社
佐藤卓己、2017、『青年の主張』、河出書房新社
 

 

 

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。

  1. このあたりの問題については、佐藤(2017)、福間(2017)(2020)などを参照されたい。
  2. 「陰キャ」「陽キャ」は、もともとは「陰キャラ」「陽キャラ」という俗語だったものがさらに短縮されるようになった言葉である。俗語のため明確な定義はなく、個々人がもつ雰囲気として「暗い」「明るい」ことを意味しているが、しばしばそれは趣味や気質に関連づけられて判断されている。具体的には、「同性だけでつるんでいる」「オタク気質」「インドア派」は陰キャに分類され、「異性の友人や恋人がいる」「ノリがいい」「スポーツ好き」などは陽キャに分類される。この問題に関する数少ない学術研究として、知念(2017)がある。
  3. このあたりを巧みかつ繊細に描写して注目されたのが、朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』(2010年)だろう。なお、このような状況は現在ではしばしば「スクールカースト」と表現されるが、筆者はあまりこの表現が好きではない。当事者にとっては変更不可能なカーストのように認識されるのかもしれないが、カーストと違って学校の人間関係など時限付きのものに過ぎないからだ。日本には高校が5000校以上あるのだから、「学年で一番面白いやつ」や「学年で一番可愛い子」は全国に何千人もいる。所詮その程度のことである。
  4. みうらと田口の関係については、たとえば「(逆風満帆)俳優・田口トモロヲ(上)親友なかった青春時代」(『朝日新聞』2009年8月22日)などを参照されたい。
  5. 豊島は秋田県立横手高校、早稲田大学の出身である。
  6. 何かないか思い出そうと頑張ってみたのだが、本当に何もない。体育の授業や人間関係のもつれなど、ただ単に苦々しい思い出ならあるが、笑いにも涙にも結びつきそうにない(実は「底辺男子高生」だったのか?!)。強いてあげれば、神戸に住んでいた高校2年生の冬に阪神・淡路大震災に遭い、半年ほど通常の高校生活に戻れなかったことぐらいだが、それも青春特有の思い出というのはちょっと違う気がする(色々と人生観に影響を受けたとは思うが)。