みんなの〈青春〉 / 石岡学

「あの頃はよかった」と空を仰ぐ熟年から、「アオハルか!」と即座につっこみたくなる中高生まで。青春という言葉には、世代を問わず、人をうずうずさせる不思議な力が宿っている。理想の自分。かけがえのない人生の1ページ……。そんなイメージがいつの世も生き続けているのは、一体なぜなのか。大衆意識の源にせまるユニークな現代文化考。

大人の結論――それでいいじゃないか、の心

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 第5回からお送りしてきた「青春ダークサイド特集」を、今回で一区切りにしようと思う。

 これまで、「地味で暗い青春」や「中途半端な青春」についての語りをいろいろと見てきたわけだが、その中で大きく二つの疑問が浮かび上がってきた。一つは、なぜ取り立てて何もなかったはずの中途半端な青春について、語ったり描いたりしたがる人が少なからずいるのか、という疑問である。もう一つは、暗く地味な青春は実際にはごくありふれたリアルな青春だと考えられている一方で、コンテンツとしてはあまり描かれないと思われているが、本当にそうなのかという疑問である。

 勘の鋭い読者の中には、これまでの回の記述のうちに、その答えと思しきものが垣間見えていることに気づかれた方もいるかもしれない。今回は、改めてこの二つの疑問にある程度はっきりした答えを示すことで、青春ダークサイド特集の締めくくりにしたいと思う。

反動から生まれる表現

 話の順番としては、二つ目の疑問から考えていく方がわかりやすいだろう。地味で暗い青春は本当に描かれることが少ないのか、という問題の方である。

 学術的に答えるのなら、厳密な手続きを踏んで計量分析をすべきところなのかもしれない。しかし、私も読者のみなさんも、そんなことにはあまり関心がないと思う。それに、この問題にとって重要なのは、実際の数の多少にかかわらず、どういうイメージが青春の「主流」「王道」だと認識されているか、その印象の方にある。

 すでに再三指摘してきたように、高度成長期以降における青春の「主流」「王道」とは、学生生活が充実していることの一点に尽きる。逆にいえば、何らかの意味で学生生活に不足な点があれば、いとも簡単にそれは「暗くて地味な青春」という評価につながってしまう。だから、ここでの「主流」「王道」とは、それが「標準」であることを必ずしも意味しない。

 実際、前回(第6回)のラストにも書いたように、「青春っぽい」ことに関わるミッションを全てクリアしていくことは、なかなか難儀である。たとえば、彼氏・彼女ができなかった、部活で記憶に残るような出来事がなかった、クラスの中で居心地が悪かった……などなど、このうちどれか一つにでも該当していたら(仮に他の要素はクリアしていても)、本人としては「暗くて地味な青春」と認識されてしまう可能性があるのだ。

 たとえば、「青春ポップ・デュオ」をコンセプトに掲げて活動していたバンド「Baby&CIDER≡」1 が、そのようなコンセプトを掲げた理由について語っている次のインタビューを見てみよう(「三十路の青春こんにちは」『音楽と人』2003年5月号)。

――まあ、そんなステキな青春ポップ・デュオなんですけど。そんな2人の学生生活はどんなものだったんですかね?
かせきさいだぁ「いい思い出あるわけないですよ! ないから、こういうことを僕らはやってるわけで」
――そうなんです! これはやはり満たされなかった学生生活へのリベンジが含まれているのではないかと。
かせきさいだぁ「含まれてますよ! だってね、学生をエンジョイしたヤツはこんなことやらないよ。そのまんま社会人になって、それをまたエンジョイするんでしょ。僕にはそんな思い出……、とにかくなかった」
ワタナベイビー「ないですねえ!」
――悲しい2人だなー。
ワタナベイビー「そういう青春の風景に僕はいませんでしたからねぇ(しみじみ)」
かせきさいだぁ「僕はね、わりと昔からひとりでいたんですね。学校ではみんなと仲良くやってるけど、学校終わったら、ひとりになって。自分の興味あるものをどんどん掘り下げるのが好きだったから」

 「学校ではみんなと仲良くやってる」と語っていることから、学生生活はそれなりに順調だったはずである。「自分の興味あるものをどんどん掘り下げる」のも、時間に余裕がある青春時代ならではの姿のように、筆者には思える。しかし、二人の認識においては、満たされた学生生活の思い出はなく、「青春の風景に僕はいませんでした」ということになっている。そのような青春に対する欠損の感情が、彼らを「青春ポップ・デュオ」というコンセプトに駆り立てたというのである。


 この話と共通する点の多い、ミュージシャンのハナエ(1994年生まれ)の声に耳を傾けてみよう(神田桂一「犬とキャラバンと祝祭と 第3回 ハナエ」『週刊金曜日』2014年1月24日号)。同年代と趣味が合わず「変な子扱い」され、「超目立たない、教室の隅っこで喋らなくて、超地味な女の子」だったという彼女は、「学校が超嫌い」で「学校に行きたくない、という思いがエネルギーになっていましたね」と話す。では、そのエネルギーは具体的にどこへ向かうのだろうか。

 私の青春は、なんだろう。でんぱ組.incのライブとかに行くと超青春だ! とか思いますけど。もしかしたら私の創作モチベーションは青春を取り戻したいということなのかもしれない。ライブで、みんなで集まって楽しいねっていうことをやったことがなかったので。イベントをやると、みんな同じものを体感して揃って楽しんでくれる。歌うことによって青春を取り戻したいってことはあると思います。

 この語りには、青春に対するコンプレックスが絶妙に表れている。地味で「変な子」だった自身の学生時代は、今の創作モチベーションにつながっているという意味では、否定されていない。しかし、そのモチベーションの向かう先は「みんな同じものを体感して揃って楽し」むことであり、それは「青春を取り戻」すことだと表現されている。ということは、地味で暗かった学生時代は、やはりそれ自体では肯定されるものではないのである2(それにしても、19歳で「青春を取り戻したい」という発言が出てくるのは驚きだ。青春が年齢ではなく「学生時代」と強固に結び付けられていることの証だろう)。

 さらにもう一人、作家の雨宮処凛(1975年生まれ)のケースも見ておこう(雨宮処凛「最後の読書 不発の青春だったけれど」『週刊朝日』2015年9月11日号)。雨宮は、自身の小説『バンギャル ア ゴーゴー』(2006年)について、「自分の体験をベースにはしている」ものの、実際の自分にはなかった「私の理想の青春」を描いたものだという。

 私の青春は悔いだらけで、親友もなく、記憶に残るような恋もなく、いつもお金がなくて、とにかく不発で終わった。追っかけはしていたものの、主役はステージの上のミュージシャンであり、ライブハウスにいる年上の綺麗なお姉さんたち。私はいつも、ライブハウスの隅で膝を抱え、家を出る前に「ライブなんか行かないで勉強しなさい!」「絶対行く!」と大喧嘩して出てきたお母さんの顔を思い浮かべ、「家に帰ったら怒られるんだろうな……」と溜め息をついていた。そんな青春。

 だからこそ、「不発じゃない青春」を描いた。書きながら、「これって自分の自分による自分のための小説だな」と思った。そう、その時、漠然と思ったのだ。私、死ぬ前、きっとこれ読み返すだろうな、と。

 雨宮がこの作品を書いた動機も、不発だった自身の青春への後悔であった。そこから、その後悔の念は、「理想の青春」を表現することに向かっているのである。

 もう多くの説明は要すまい。ここに取り上げた三つの事例に共通してみられるのは、「青春っぽくない青春」を過ごした(と自己認識している)者たちが、その欠落を埋めるため「青春っぽさ」の表現・発信に方向づけられる様子なのである3。これは、第5回連載で指摘した「ギャップを埋めるための青春消費」に通じる志向性といっていいだろう。

王道あっての「欠落」

 
 しかし、考えてみると少し不思議である。前回までにみた、みうらじゅんや田口トモロヲ、豊島ミホらは、地味で暗い青春を送ったという自己認識ゆえに、それをありのままに表現する方へ向かっていった。前節でみた三者の方向性は、これらと正反対に分岐しているわけである。何がこのような分岐をもたらすのか、それは今のところはわからない。しかし重要なことは、青春への欠落意識が「青春を描きたい」という表現欲求に結びつくとき、それは「青春っぽさ」をなぞる方向にも、それに異を唱える方向にも、どちらにも進みうるという点である。

 そもそも、「青春っぽい青春」を送った者にとって、もう一度それを表現したいと思うような欲求が沸き上がることはおそらくないだろう。この点について、劇作家の岩松了(1952年生まれ)は、次のように語っている(「CLiQUE ANNEX STAGE 岩松了プロデュース公演VOL.4『センター街』」『クリーク』1995年4月5日号)。

 頑張っている姿をそのまま見せて平気な人間と、恥ずかしいから頑張ってないように見せようとする人間がいる。青春の盛りを生きたって言う人は、きっと平気な人だと思いますね(笑)。僕は恥ずかしいほうだったから、青春を過ごしたって意識がない。でも、そういう人間こそ、青春の姿をちゃんと描ける立場にいるとも思うんですよ。

 青春を描きたがるのは、いつも「青春を過ごしたって意識がない」者なのだ。そのようなある種の「欠落」意識は、先行する「主流」「王道」の青春イメージとの比較対照によってもたらされたものであるといっていい。つまり、「地味で暗い青春はあまり描かれない」という認識は「主流」「王道」の青春イメージの裏にぴったりと貼りついていて、それとワンセットの前提としてはじめから存在しているのだ。そのうえで、「自分の青春には何かが欠落していた」という認識から新たに生み出される青春表象は、王道イメージをなぞるものとそれに反旗を翻すものとに分かれる。結果として、「欠落した青春」という意識に端を発した表現の一部は、先行する王道の青春イメージの補強につながってしまうのである。このことは、「欠落した青春」に正面から向き合いたい(?)と考える陣営からは、「裏切り」「寝返り」のように映じるのではないだろうか。そして、そのことによって、「地味で暗い青春は描かれない」という認識がますます強化されていくのではないだろうか。

 これが、地味で暗い青春についての語りや表現は決して少なくないにもかかわらず、「それはあまり描かれない」という認識、いや錯覚を生み出してしまう理由だと、筆者は考えている。

あの頃に戻れないからこそ

 
 実は、これで第1の疑問の方にも半分は答えたことになる。つまり、地味で中途半端な青春についての語りや表現というのは、そういった語りや表現が少ないという感覚(錯覚)に端を発する、いわば反発心の発露であるということだ。

 では残りの半分は何だろうか。それは、欠落を埋めたいというより、それも含めてありのままを「あれが青春だったのだ」と懐古しつつ、青春を再体験・再発見したいという表現欲求である。要するにこれは、時間の経過に伴う認識の変化に基づくものだといってよい。

 例として、小説『夜のピクニック』(2004年)の映画化にあたって、原作者の恩田陸(1964年生まれ)と映画監督の長澤雅彦(1965年生まれ)が行った対談をみてみよう(「『夜のピクニック』の世界 映画化特別対談 恩田陸(原作者)×長澤雅彦(映画監督)」『野性時代』2006年10月号)。この作品は、恩田の母校である茨城県立水戸第一高校の伝統行事「歩く会」(生徒が一昼夜かけて70キロを歩き切る行事)を題材としたものである4

 両者は、「僕の青春は暗かったですからね。何もいいことがなかった。野球をやっていたけれど甲子園に出たわけでもなく、大恋愛をしたわけでもなく、あー青春しとくんだった、というのが実感です」(長澤)、「実際の青春て、かなりみっともないしみすぼらしいもの」(恩田)というように、青春とは暗く地味なものだという認識を共有する。しかしそのうえで、「でも、何もなかったことが逆によかったなぁと今になって思うんですよ」(長澤)、「あとで思い返すとあれが青春だった、って思う」(恩田)というように、そのような暗くみすぼらしい時代こそ青春だったのだ、と意味づける。そして、そのような青春を肯定的に捉えられるようになるのが「大人になる」ことであり、青春をめぐるコンテンツはそのような「大人」にとってこそ必要なのだ、と次のように語り合う。

恩田 私は、自分がティーンエイジャーだった頃は特に、青春を描いたドラマや映画、小説が大嫌いだったんです。でも、大人になるにつれて嫌悪感も薄れていって、最近は、むしろ大人のために必要なのだと思うようになりました。振り返る、というほどうしろ向きではないんですけど、そういう作品には青春時代を通り過ぎた今だからこそわかる要素がすごくあって、それを確認するためのものだから、当事者にとっては全然必要ないんですよね。
長澤 まさにその通りだと思います。青春小説や映画を大人が欲することは、振り返りではないんですよね。劇場に来ると、その2時間はいろんなことを考えずに、人生のある時間を棚上げして物語の世界に入っていけるし、小説を読んでるときも、電車の中だろうがなんだろうが物語の中で生きてる自分を疑似体験できる。そういう意味では、現実に青春を生きてる人にはいらないもので。もちろん、10代の人たちにも観たり読んでもらって、自分の今はどうだろう? と思ってもらえれば幸せなんだけど、やっぱり青春て、大人が失ってしまったもの、もう手に入れられないものなんです。で、そういうものを何か形にしたいという思いが表現の原動力になると思うから、この映画を観る人たちにも、そういうところを感じて浸ってもらえるといいなぁと思います。

 恩田の発言からは、青春コンテンツを嫌いそれに反発することも、ある意味青春らしい反応であることがうかがえる5。似たようなことは、別の対談で朝井リョウも「自分が現役の高校生だった頃は、清涼飲料水のCMとか見て、制服を着た男子や女子の爽やかなワンシーンを『はいはい、大人の作りモノね』と冷めた目で見ていたのに、最近はなんかキュンとするんですよね」と語っていた6。青春時代が安心して懐古できるようになったからこそ、ありのままの青春を表現し、消費することが可能になるのである。


 青春コンテンツが、このように大人の消費によって支えられていることについては、「ハンカチ王子」と呼ばれた斎藤佑樹(1988年生まれ)や『冬のソナタ』のペ・ヨンジュン(1972年生まれ)がブームとなっていた2006年に、スポーツジャーナリストの二宮清純(1960年生まれ)が興味深いことを語っている(はらの結梨「2006年下半期ヒット・ビジネスのキーワード、それは「青春」だった!」『DIME』2006年10月17日号)。

――一連の報道を見ていると、同世代の人からよりも、大人たちが騒いでいる気がするのですが…。
「人間は、失ったものに対する思い入れが強いもの。とくにわれわれの世代は、スポ根もので育った世代。アニメでは『巨人の星』や『あしたのジョー』が。青春ドラマでも、何かしらスポーツをしていた。その頃から、“青春は美しい、二度と戻らないものだ”と深く洗脳を受けてきたから、彼らの生き方には、近しいものを感じますね。ヨン様好きのおばさまが斎藤くんに夢中になるのは、自分の失った美しい過去への憧れだと思うんです。彼女たちにとって斎藤くんは、純白の10代を端的に取り戻してくれる存在になっている」

 青春ドラマやスポ根アニメによって「“青春は美しい、二度と戻らないものだ”と深く洗脳を受けてきた」という発言は、まさにこの連載で述べてきたことを裏書きしてくれる。そして、そのような「洗脳」を受けながら青春時代を通過したからこそ、大人になってから青春を消費したがるのである。安心して青春を消費できるのは、ある意味、当事者に戻ることが絶対に不可能であればこそということもできる。

それもまたよし、の境地

 これまで多くの語りをみてきたように、当事者である中学生や高校生にとって、自分たちの現実の日常生活は、地味で中途半端だと感じられることも多い。しかし、大人になると、そのことも含めて青春はそれ自体キラキラ輝いたもののように懐古される。地味で暗く中途半端な青春を語りたい・描きたいという欲望は、大人になって初めて、自分だって十分青春を送ったじゃないか、と言ってみたくなる境地に至ったからこそ生まれるのではないだろうか。

 とはいえ、大人が「若いっていいね~」と軽い気持ちで口走って、若者を不快にさせてしまうことがあるが、地味でも十分青春だったんだ!などとてらいもなく言うことも、これと相通じるものがある。もしかして、これがまた青春への屈折した思いを若者に抱かせ、次の青春コンテンツを生み出す原動力に変換されるのかもしれない――などと考えてしまうが、話が終わらなくなりそうなので、このあたりでとどめておくことにしよう。

 というわけで、青春ダークサイド特集をここらで終えることにしたい。が、十分に掘り下げられなかった点や話がうまくまとめきれない部分が残されてしまったというのが、正直な思いである。おそらく、筆者自身が「青春」をテーマにしようと思い立った動機と直接絡んでいて、うまく対象化しきれなかったせいもあるような気がする。このあたり、今後の研究課題とさせていただきたい(と、ひとまず逃げてしまっても葛藤を覚えないのは、たぶん大人になった証拠)。

【参考文献】
宇野常寛、2008、『ゼロ年代の想像力』早川書房

 

 

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。

  1. 読み方は「べいびーあんどさいだぁ」。ホフディランとしての活動を休止中だったワタナベイビーと、ヒップホップアーティストのかせきさいだぁ≡(現・かせきさいだぁ)の二人により、2001年に結成された(ともに1968年生まれ)。
  2. 「青春っぽさ」に対する憧れを素直に表出できないこのようなコンプレックスのありようは、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006年)で描かれたそれにかなり近い。この点について、詳細は宇野(2008)を参照。
  3. おニャン子クラブから48系グループ(AKB48など)、近年の坂道系グループ(乃木坂46など)に至るまで、作詞家として繰り返し青春イメージを量産し続ける秋元康も、これと同様である。秋元は高校在学中に放送作家としてデビューしそのまま業界人となったため、自身の中では「17歳で止まったまま」青春がスッポリ抜け落ちているという(大貫真之介「過去の発言から考える 秋元康はなぜ青春高校3年C組を生んだのか」『EX大衆』2020年2月号)。筆者は以前から、秋元が描く青春イメージは妄想的で現実感に乏しいと感じていたのだが、その理由はどうやらこのあたりにありそうだ。
  4. 私の通っていた中高にも、32キロを5時間以内に踏破する「強歩会」という行事があった。実態はマラソン大会なので走ることが自明視されていたが、筆者は「“強歩”だから歩いても文句ないやろ」というスタンスで徒歩を貫き、最下位でゴールしたことがある。その年の体育の成績評価でこれ見よがしに学年最低点を付けられたことも、私の暗黒の青春を彩る一コマである(いや、暗黒だから彩りはない)。
  5. 青春時代に、「その言葉に含まれる、明るく輝かしいイメージと、ただ単に若いというだけが取り柄で、実際には地味で、暗い日々を送るだけの現実との乖離に、常に居心地の悪さを感じていた」という作家の八本正幸(1958年生まれ)は、メディアが描く青春イメージに反発・反抗していた若かりし頃の思いを自身のサイトに綴ったところ、10歳以上年下の者から「それは立派な青春ですよ」と突っ込まれたという(八本正幸「『キズナドラマ』と童貞ボーイの上京物語」『中洲通信』2005年7月号)。
  6. 「最新『青春エンタメ』研究 柚木麻子×朝井リョウ」(『anan』2013年9月25日号)。もっとも、当時24歳だった朝井は続けて「狙って作られた青春像に、素直に乗ってしまう自分が許せない(笑)」とも言っており、青春イメージを受容することへの葛藤が表れていて面白い。