家族と厄災 / 信田さよ子

感染症、災害、原発事故。予期せぬ非常事態は、家族関係に何をもたらすのか。 新しい物事を生みだすのではなく、いずれおとずれる限界を前倒しで呼びよせているとしたら……。 家族のなかの最も弱い立場の人々と接してきた臨床心理士が、「家族におけるディスタンス」をめぐって希望の糸をたぐる。

うしろ向きであることの意味

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「未来志向」という強迫

 2021年はどんな年になるのだろう。あちこちでそっとためらいがちに「おめでとう」という言葉が交わされる年明けとなった。

 さて今回は、2回にわたり述べてきたひとりの女性の物語を出発点として、いくつかの視点について述べてみたいと思う。

 ここまでお読みになった皆さんには、記憶というものの不思議さと不可解さが伝わったのではないかと思う。私は、「振り返ってみれば」という言葉が好きだ。何かというと、振り返ってみればと前置きして語ったり書いたりしてきた。いつも過去に問いかけながら仕事をしてきたように思う。

 たぶんずっと若かった20代のころからそうだった。もちろん私が学生だった1970年代は、とにかく歴史の知識がなければ友人関係からおちこぼれてしまうという時代だった。団塊の世代の学生にとっては、歴史観を持つことがデフォルトだったといえる。当時、女性の4年制大学進学率は5%前後でしかなかったことを思うと、デフォルトなどという表現はおこがましいかもしれないが。

 1985年、ドイツ連邦第6代大統領であったヴァイツゼッカー氏が演説で述べた次の一説はあまりに有名である。「過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる」。

 それから35年が過ぎた今、未来志向、前向きに、絶えず顔を挙げて未来を見つめる、といった言葉の数々に、多くの人たちは強迫されているのではないか。過去のことを語ると「うしろ向き」と批判され、執念深いとかマイナス思考とか言われる。過去の経験にとらわれるのはいけないこと、究極のネガティブ思考だとも批判される。そのために苦しみ、自分を責める人も多い。

whyからhowへ

 歴史学者の加藤陽子さんが、著書『戦争まで――歴史を決めた交渉と日本の失敗』(朝日出版社、2016年)で紀伊國屋じんぶん大賞を受賞した。2017年3月、その記念講演「歴史(学)にできることは何か」において次のように語っている。

 「古代ギリシアでは、過去と現在は、我々の前方にあって、見ることができるけれども、未来は、我々の後方にあって、見ることができない、と考えられていたといいます。ならば、未来は前方にはないのだと思い定め、歴史学の視点からものを見る観方をお話しできればよいと考えています」

 これを聞いたときに、ずっとカウンセリングで考えてきたことがここにある、と思った。未来など見ることができないのだ、未来は後方うしろにしかないと。

 コロナ禍でも同じではないか。過去のデータ、これまでの感染状況や経験、過去の集積であるエビデンスに拠らなければ、収束(終息)の未来など見えてこないはずだ。


 おそらく現在の風潮の背景には、アメリカを中心とした新自由主義的主体の称揚があるだろう。流動化する社会を生き抜く人間は、柔軟であり、自分で選択し、その結果の責任を負うべきだという人間像は、どこか計算と学習で成りたつAIを連想させる。

 それに大きく加担しているのが心理学の研究である。現在の心理学・精神医学の潮目が変わったのは、アメリカの精神医学会の診断基準であるDSM‐Ⅲが登場した1980年である。

 簡単に言えば、ホワイwhy(なぜ)からハウhow(どのようにして)へのシフトである。なぜこのような症状が出現するかを探るのではなく、どのようにすれば症状が出現しなくなるかという方法探索への転換だ。精神医学では「操作的診断」と呼ぶ。

 これを契機に、精神分析に代表されるそこに至る個人の経験、内的世界の構造を探るという流れは、メインロードではなくなった。21世紀を迎え、臨床心理学や心理学では、認知行動療法に代表される非精神分析的方法論が席捲するようになった。

 これは企業で働く人々のビジネスマインドの醸成にもつながる。自己啓発本などを見れば、どれほど「肯定」「未来」「選択」「決断」が重要視されるかが一目瞭然だ。多くの人たちは、ひたすらフォーマット化された思考法に従い、課題遂行に励む。

 しかしそこからこぼれ落ちるものがある。それは「なぜ?」という問いかけであり、自分をとらえて離さない過去の経験である。トラウマという言葉はそのようにして、新自由主義的な主体偏重の中から、隙間を埋めるようにして多くの人たちに受け入れられてきたのである。

ナラティヴセラピー

 私が1996年にAC(アダルト・チルドレン)に関する本『「アダルト・チルドレン」完全理解』(三五館)を上梓したときには、そのような背景はまだ見えていなかった。そして多くの人たちがなぜACという言葉に惹かれるのかも、わからなかった。時代の空気というものがほんとうにあるのかと思っていたが、ACという言葉が1996年に流行語に近い広がりを見せたことは、その存在をどこか信じさせるものだった。

 同時期に、「自己とは自己についての物語である」という、ナラティヴセラピーの基本となる考えに触れたとき、どこかで救われる思いがしたことを覚えている。


 初めてこの言葉を知った方もいるだろうが、ナラティヴセラピーは、1990年代半ばに日本でも注目されるようになった精神療法の一種である。主として家族療法に携わっていた専門家によって研修会が実施され、関連書が翻訳された。詳細な解説は別の機会に譲るが、自己とか自分という実体があるわけではなく、どのように自分を他者に説明するか、語るか、というナラティヴによって、自分がつくられる(構成される)という考え方である。

 これを社会構成主義と呼ぶが、当時はこれがポストモダンの思想の延長としてとらえられ、一種の相対主義のように誤解されたことも事実だ。歴史はどう語るかであって、何か歴史の真実があるわけではない、といった歴史相対主義と同じ文脈で語られることもあった。

 それから25年(四半世紀)が過ぎ、再びナラティヴという言葉に焦点が当てられるようになり、ナラティヴ・アプローチが注目されるようになっている。私が1996年に『「アダルト・チルドレン」完全理解』を出版した際には、ACと自認した人たちの「回復」とは何かを考える際に、ナラティヴという言葉は大きな示唆を与えてくれた。自分を支配していたドミナント(支配的)ストーリーから、別の新しい(オルタナティヴ)ストーリーへとナラティヴを変更する(語り直す)ことが回復につながると考えたのである。

 1995年から開始し、現在まで続行している、原宿カウンセリングセンターにおけるACと自認した女性たちのグループカウンセリングでは、10回ごとに生育歴(ストーリー)を発表する。当時の私は、自分の生育歴がドミナントからオルタナティヴなものに変わることが回復だと考えていた。「自分についての物語が変わる」=「自分が変わる」というナラティヴセラピーの考えに出会ったことは、その考えに対する根拠が与えられたような気がしたのである。

 それまでの、アルコール依存症の人たちのカウンセリングにおいて、自助グループでの語りの変化に大きな意味があることを体験的に知っていたことも大きかった。


 今でも覚えているひとりの男性がいる。当時35歳の彼は、3か月断酒しては再飲酒するということを繰り返していた。カウンセリングでそんな自分のことを「意志が弱くて酒に逃げていたのです。親の期待を裏切ってばかりいたので、なんとか断酒して親に恩返ししたいです、早く結婚して孫の顔を見せたいです」と語っていた。高学歴で公務員だった彼は、母親と2人暮らしだった。

 彼に自助グループ(A.A=アルコホーリクス・アノニマス)を勧めたところ、毎日のようにミーティングに参加するようになった。そのころから変化が起きた。

 中高一貫校に通っていたころに、誰にも気づかれなかったけれど2年間ほど万引きが止まらなかったことや、こっそり自傷行為をしていたことを思い出した。そして、母の希望の源泉としての自分が、いったいなぜこんなアルコール依存症になってしまったのかが、しだいに理解できる気がした。グループで必死に今日1日酒をやめようとする人たちの姿に触れ、飲酒していたころの自分を正直に語る言葉を聞いているうちに、これまでの自分がどれほど苦しかったのかが言葉にできるようになったのだ。母の期待に沿って生きてきたが、それは自分の人生とは思えず、アルコールに酔っている時間だけが生きているという感覚を与えてくれた、と。

 このように自分のストーリーが語れるようになって、彼は初めて1年間断酒する(酒を手放す)ことができたのである。

 ナラティヴセラピーの考え方に触れた時から、それがどういうことなのかがわかる気がした。自分の経験を語ることの意味、カウンセリングにおいてクライエントが語る言葉を物語として聞くことの意味が、ナラティヴセラピーと共通していることを知ったのである。

トラウマの再発見

 1996年当時、すでにトラウマという言葉はACとつなげて用いられていた。親からトラウマを受けた人がACである、親からの虐待というトラウマを癒すことが回復である、といった文脈で語られることに、私は抵抗を覚えていた。それはアメリカで1980年代に流行した「トラウマの癒し」のワークの流れに対する抵抗だったと思う。何度かそのようなワークショップにも参加したが、どこか宗教的で救済を求めるようなあの雰囲気に違和感をおぼえたのである。

 そこでは、過去に得られなかった経験をロールプレーやサイコドラマによって「再現」して、泣いたり抱き合ったりする場面が見られた。親に抱きしめられて「大切に思ってるよ」と言ってほしかったという参加者に対して、じゃそれをここでやってみましょう、といった具合に。例外なく涙と感動の場面が展開されるたびに、それが目的なのだろうか? と思ったのである。

 90年代後半の私は、トラウマは心の傷であるとして、手当や一時いっときの感動によって癒すことができると考える「装置」に対して、いぶかしんだり距離を置いていたのである。

 しかし2000年代に入ってトラウマの研究が一気に進み、日本でも「日本トラウマティック・ストレス学会」ができた。そしてEMDR(「眼球運動による脱感作および再処理法」の略称)やPE(持続エクスポージャー療法)に始まる数々のトラウマ治療の方法が実施されるようになったことが、私にも大きな影響を与えた。

 感情を表出するというより、記憶にターゲットを当てたさまざまな方法によって、トラウマ記憶に伴う衝撃や回避を低減化し、わかりやすく言えば馴化じゅんか(慣れさせる)を目的とする科学的な方法論が、かつての違和感や抵抗感を払拭したのである。

 またカウンセリングにおいても、性被害者やDV被害者とのかかわりから多くを学ぶことになった。ストーリーを語るというナラティヴセラピーには、膨大な記憶のメカニズムが組み込まれていることを知った。

 多くの人たちは、危機に直面するたびに、その人なりに命を長らえるために(生き延びるために)さまざまな方法・スキルを用いている。そのこと自体の価値判断はいったん保留しなければならない、つまり肯定されなければならないのだ。上記の男性のストーリーも、そのように理解することができよう。

「渦中」の危機と「その後」の危機

 今、これを首都圏(1都3県)に緊急事態宣言が出される前日に書いている。アルコール消毒とマスク着用の徹底以外に、もともと夜の飲食などとは縁遠い私たちはどうすればよいのだろう。

 注意深く見ると、もうすぐ1年を迎えようとするコロナの影響が表面化しつつある気がする。わずかに裂け目の入った日常から、それまで見えなかったものが顕在化し、地中に埋められていた種が一気に芽吹く。

 先日発表された速報値によれば、2020年10月の女性の自殺者は852人で昨年の2倍近くにのぼった。コロナ禍による女性の雇用不安定化と貧困化が背景にあるのではないかというのが多くのメディアによる解説だが、それだけでは10月に激増し11月から減少に転じたことの説明がつかない。それに自殺者の多くが40代以上の中高年女性であることにも注目すべきだろう。


 この現象をトラウマの視点から考えてみよう。

 2018年WHOが公表した国際疾病分類(ICD‐11)に、C-PTSD(複合的トラウマ後ストレス障害)が加えられた。一過性のトラウマに加えて、DVや虐待のような長期にわたり反復されたトラウマによる障害が正式に認められた。

 昨年4月の緊急事態宣言から現在に至るまでのコロナ禍は、われわれに長期反復的なトラウマを与えたのではないか。21世紀になって飛躍的に進歩したトラウマ研究は、現実的な生命の危機が去ってから、トラウマの影響が顕在化することを明らかにした。大きな災害からの復興後に自殺者が相次いだのと同じ構造である。このコロナ禍で私たちが味わっているのは、長期にわたるトラウマ経験なのかもしれないという考え方もできる。

 感染拡大が少し収まり、街にも活気が戻りつつあったのが10月だったことに気づく。4月から8月までの感染拡大という「渦中の危機」を必死で生き抜いた人が、心身の状態や将来を見つめる余裕ができた10月に「その後の危機」に襲われた、こう考えると自殺者の増加が説明できるのではないだろうか。

 渦中の危機は目に見えるが、思い出すこともできないほど過酷な記憶(トラウマ)は長期にわたりその人を蝕み続け、その影響はうつ状態やアルコール依存として表れたりすることは、もっと知られてもいい。目に見える「渦中の危機」に比べて、その人の心の中で起きる「その後の危機」は周囲の理解を得られず、時には甘えていると誤解されて本人を追い詰めてしまうからだ。

 トラウマがなかなか理解されないのは、表面的な危機が去ってから初めて影響が明らかになるというメカニズムにある。まさに今私たちが直面しているコロナの危機とも、それは深くつながっている。

 くにさんは「親からの被害=トラウマ」という視点によって自分の経験を言葉にし、ストーリーとして語ることができた。過去をどのような言葉で語るか、どのような視点でとらえるかが、どれほど重要かは強調し過ぎることはない。

 うしろ向きが批判され未来志向が強制されるとき、おそらく未来はないのだ。「くにさん」のように、自分をとらえて離さない過去を、時間がかかったとしても見つめつづけなければ、未来もなく、新たに歩を進めることもできないと思う。

 

 

 

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。