未整理な人類 どうにもとまらない私たち / インベカヲリ★

人間は不可解な生き物だ。理屈にあわないことに、御しがたい衝動をおぼえることがある。逸脱、過剰、不合理……。私たちの本質は、わりきれなさにあるのではないか? 気鋭の写真家・ノンフィクション作家が、〈理性の空白〉に広がる心象風景をつづるエッセイ。

寝顔の発見

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 共感されたことは一度もないが、私はテレビとか映画とか遊園地とかゲームといったエンターテインメントが嫌いだ。さあ、楽しめ、ここで驚け、ここで笑え、と作り手の意図した通りに感情を動かされるサービスの一切が苦手なのだ。乗せられることにシラケるのか、時間を消費するだけのプレイが苦痛なのか、世の中の波に飲み込まれることへの嫌悪なのか、自分でもよく分からないが、これをひっくるめて「消費活動が嫌い」と言ったりもする。
 さて、そんな私がYouTubeは見ている。ここ1年間ほど夢中になって見ているのが、韓国の女の子たちがやっている「モッパン」だ。モッパンとは、人が食べている姿を撮影した映像のことである。日本の大食い系YouTuberとの違いは、早食いや大食いを競ったりはしないところだろう。韓国のモッパンは、ただただ美味しそうに食べているのと、咀嚼音を売りにしているところが特徴だ。これが不思議なくらい、まったく飽きずに見ていられる。
 韓国人だけでなく、私はパンダが食べている映像もよく見ている。正面からのアップで、竹やニンジンをバリバリ食べている映像が、ショート動画でよくアップされている。とはいえ動物は動くので、なかなか見たいアングルで止まってくれない。よく撮れても、せいぜい30秒くらいだ。もしも人間のように10分間ほど同じ角度から竹を食べ続けてくれるパンダの映像があったら、これも延々見ていられるだろうと思う。
 YouTubeには、ひたすら誰かが何かをしている系の映像が多い。雨の音だったり、ハイヒールで歩く音や、パソコンのキーボードを打つ音、あるいは喫茶店の雑音を録音して流すなど、シンプルな映像がいろいろアップされている。これらは、テレビには絶対にないものだ。
 もちろん撮りっぱなしではなく、映像を面白くするために様々な工夫はされているが、テレビ番組ほどのあざとさはない。私は完璧に調理された作品より、できるだけ生に近い情報であればあるほど好きなのだと思う。フィクションよりノンフィクション。記事で読むより、本人から直接聞くほうが楽しい。だから例えば、喫茶店で隣の人が喋っている会話などもよく聞いている。
 私の通っているカフェ・ベローチェは、最近はそうでもないが、昔はわりと尖がっていた。隣に座っている学校の給食調理員だという女性が「私だってこの仕事長いし、命を狙われたことだってあるわよ」と話していたり、隣に座る老人集団の全員が、オウム真理教に子どもが洗脳されて困っている親たちだったこともある。あるいは、隣の席で、退行催眠によるトラウマ治療が始まったこともあった。こういうことがあると、ついつい聞き入ってしまう。
 人の話を聞くということで言えば、これまで一番刺激的だったのは、知人から貰った音声データだ。何人かで集まって会食をしたとき、帰宅後に参加していた夫婦から送られてきたものである。再生すると、参加者の一人に対する悪口を夫婦で延々語り合っている声が入っていた。なぜそれを録音したのかも、なぜ私に送ってきたのかも不明だが、とにかくこれが面白かった。人の生々しい本音や裏の顔を、そのまま閉じ込めて真空パックしたかのようだ。日本中から、こうした秘密の会話だけを集めたらどれだけ楽しいだろうかと思う。
 そう考えると、もしも私が男性に生まれていたら、盗撮や盗聴にハマっていたのではないかと思わなくもない。


 
 誰もがカメラ付き携帯を持つようになってから、盗撮は一気にメジャーな性犯罪となったようだ。取り押さえられる盗撮犯の映像を見ていると、ほとんどがどこにでもいる若者やサラリーマンなので驚く。彼らの行動を見ていると、私は昆虫採集を思い出す。レアな虫を捕まえて、カゴに入れ、みんなに見せびらかして満足する。性とは遠いところにあるような気がしてならない。
 そして、ここ最近立て続けに起きた盗撮事件に、私はついに人類の進化を感じた。

 2023年8月19日、横浜・中華街にあるホテル「ローズホテル横浜」で、男性従業員(21歳)が、マスターキーを使って客室に侵入し、宿泊客の寝顔を盗撮していたとして逮捕されたのだ。男は、男女が宿泊する部屋に侵入したが、男性がスマートフォンのライトに気づき通報したため、駆け付けた警察官によって取り押さえられた。男のスマートフォンには、宿泊客とみられる複数の女性の寝顔などを映した画像や動画が残されていたという。

 衝撃である。「好きな人の寝顔が見たい」というのはよく聞くが、そこから「好きな人の」が外され、「寝顔」それ自体が対象となったのだ。「女性の寝顔」なら「知らない人」でもいいというところまで、欲望がジャンプしたのである。性のあり方に、新ジャンルとして「寝顔」が発見されたとも言える。つまり、生身の肉体ではなく、概念に欲望しているということだ。
 
 その数日前にも、おかしな事件は起きた。
 2023年8月14日、ミツバチ製品の開発・通信販売を手がける「山田養蜂場」の専務取締役の男(33歳)が、パパ活で知り合った女性に指示し、入浴施設で複数の女性を盗撮させ、計14万円の報酬を渡していたことが発覚し逮捕されたのだ。

 14万円も支払えるならいくらでも買春ができるのに、パパ活で知り合った女性と性行為をするわけでもなく、わざわざ盗撮を頼んだのである。彼にとっては、目の前の女性よりも、画像や動画が良かったということだ。

 これはどういうことだろう。なぜ、欲望が迂回するのだろう。しかし、考えてみれば人類の行く末として当たり前なのかもしれない。これだけアダルト動画が蔓延し、巧妙に人間そっくりに作ったリアルドールまであり、AI技術によって、美少女や幼女のヌードグラビアまで生み出せてしまう時代だ。生身の人間からは、どんどん遠ざかっているのは間違いない。
 彼らの生活史の中には、既にそうしたものが蓄積されている。漫画をどれだけ読んで、インターネットをどれくらいやって、SNSをどれくらい使って、電話をどれだけかけて──、という体験から、快楽や好奇心の範囲が決まっていくはずだ。その結果として、人間の感覚が拡張されていたとしてもおかしくない。
 「他者の肉体」という思い通りにならない存在は、もはや忌避されているのだろう。倒錯した性欲の裏には、人間嫌いがあるのか。宇宙というのは、何者かの意思によって動かされているという説があるから、人口爆発を抑えるため、人類は生殖をしなくなるほうに向っているのかもしれない。


 
 人類滅亡リスクというものを研究している人たちがいるらしい。私は、自分が生きている間にそうした場面に立ち会えるほど、自分がラッキーな人間だとは思っていない。せいぜい富士山の噴火が起きるくらいか。
 だが、もしも明日、人類が滅亡すると言われても、私は明日の締め切りのために原稿を書いてしまいそうだ。世の中はそんな人ばかりではないだろうか。脳内にインプットされた優先順位は、なかなか書き換えられないものなのだ。

 地下鉄サリン事件が起きたとき、倒れている人を素通りして会社へ行く人の姿をニュースで見て、怒っているジャーナリストがいたらしい。確かに、倫理的に考えれば、そこは素通りするべきではないだろう。でも、実際にその場に居合わせて、電車が止まっていたら、どうやって会社に行くかで頭がいっぱいになるのではないか。 
 ロシアでプリゴジン氏によるクーデターが起きそうになったとき、物々しい街の雰囲気の中で、いつも通り家の前を掃き掃除している女性の姿がカメラに映り、ネット上で話題になっていた。こんなときでも、いつものように生活できるのかと皆驚いたのである。だが、果たして状況に合わせて臨機応変に動ける人がどれだけいるだろう。
 私はフリーランスで、カレンダーはほとんど関係ないが、それでも土日はなんとなく休んだほうがいい気がしてきてしまう。夜は寝ないといけない気がするし、昼間は起きていないといけない気がしている。
 ある知人が、「国から休む日を決められる筋合いはない」と言って、土日という概念に怒っていたことがあった。私は考えたこともなかったので、なんて聡明な人だろうと思った。
 当たり前を壊して、ゼロから自分で決めるなんてこと、とてもできる気がしない。


  
 なんだかんだ言って、結局私はマジョリティに入るし、入りたい人間だろうと思っている。私は流行を追いかけないし、仕事でテーマを選ぶ際も、ブームになってしまったジャンルは避けているほどだ。その理由は、マジョリティとしての自信からくるものだろうと思っている。すなわち、私が考えて興味を持っていることは、ブームになっていなくても、100万人くらいは考えて興味を持っていることだ、と思っているのである。

 例えば幽霊。幽霊は怖い、当然、人間より怖い。よく、「死んだ人よりも、生きた人間のほうがよっぽど怖いよ」と言う人がいるけれど、あれは〝世間をよく知っている自分″をアピールするためのマウンティングだと思っている。どう考えても幽霊のほうが怖いだろう。目に見えない存在で、しかも死者だ。人間とは違う能力を使えるのだから、何をしてくるか分からない。人間と違い、相手の出方を予測することも不可能ではないか。

 ところで私は、幽霊も怖いが、辛いものも苦手だ。より正確には、辛い食べ物を、辛さを減らして食べるのが好きなタイプだ。こうして考えた場合、「怖い」と「辛い」は、どちらが勝つのだろう。
 例えば深夜の心霊スポットへ行って、激辛ラーメンを食べたとする。そのとき妙な物音がしたり、この世のものではないものを目撃してしまったりした場合、「怖い」という感情と「辛い」という感情では、どちらがより頭の中を占めるのだろう。怖いより、辛いことで頭がいっぱいになるのか、辛いより怖いことのほうでパニックになるのか。あるいは特異な体験によって、人類の感覚が広がり「怖辛い」という新しいジャンルが生まれるかもしれない。楽しいとか美味しいとか面白いなどのように、「あれは怖辛かったね~」などの感情が発見されてもおかしくはない。自分ではやりたくないので、ぜひ誰かに実験して欲しい。
 欲望の在り方に「寝顔」が発見されたくらいだから、感情に新たなジャンルが生まれてもおかしくないだろうと思う。

 

 

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。

 

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