無垢の歌 大江健三郎と子供たちの物語 / 野崎歓

大江健三郎の文学において、子供はときに危機にさらされ、不条理な世界を一身に受けとめる存在として描かれる。なぜ物語の少年少女たちは、かくも鮮烈な印象を残し、ひときわ輝きをはなつのか。大人が失ってしまったものと、“チャイルドライク”な作家の本質にせまる、まったく新しい大江健三郎論。

赤んぼうの敵

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本当の主人公

 『個人的な体験』(1964年)の主人公「バード」は、27歳の予備校教師である。これはバードが経験するおよそ一週間の物語であり、大江文学にとって画期をなす小説とみなされている。

 まず最初に、バードに対し強く抗議する人物の証言を紹介したい。その人物とはほかでもない、脳に障害を負って生まれてきた彼の赤んぼうである。父親は全編をとおし、チャーリー・パーカーを彷彿とさせるその粋なあだ名で呼ばれているのに、赤んぼうは延々と名なしのままである。もちろん、抗議といっても赤んぼうには言葉を発することなどできない。唯一、13章からなる小説の第12章において、泣き声が紹介されているのみだ。

 そこまでの状況を簡単に説明しておこう。バードは赤んぼう誕生直後から、昔なじみの女友だち・火見子の部屋で数日間を過ごし、厄介な赤んぼうをどうすべきか煩悶しつつ、ウィスキーに酔い、セックスの快楽に溺れた。ついに赤んぼうの命を闇に葬り去る決心をし、赤んぼうを預けてあった大学付属病院から連れ去る。そして火見子ともども、彼女の知る怪しげな「堕胎医」のもとに、彼女の愛車である深紅のオープンカーで運んでいくのである。

 ふと見ると赤んぼうは顔が真っ赤で、窒息しかけているかのような様子だ。バードは恐慌にとらえられ、揺りかごを揺すぶる。すると赤んぼうは突然、大声で泣きわめき始めた。

 「ほんの一センチほどの糸きれのように硬く閉じた眼はまったく乾かせたまま、小刻みに身震いしながら、果てしなく、アイ、アイ、アイ、イヤー、イヤー、イヤー、イエー、イエ、イエ、イエー、と赤んぼうは泣きたてた。バードは恐慌からのがれたとたんに、こんどは叫びたてる赤んぼうの薔薇色ばらいろの唇をてのひらおおってしまおうとして、新しい恐慌の感情とともにそれを危うく抑制した。」

 その強烈な泣き声を聞いて火見子は、赤んぼうの泣き声は「いろんな意味を含んでいるような」気がするといい、バードは「われわれにそれを聴きとる能力がなくてさいわいだよ」と不安げにいうのだった。

 しかし、そこまで小説を読んできて、赤んぼうの身の上に同情をそそられた読者ならばわかるはずだ。赤んぼうは泣いているのではない。訴えているのだ。そのいわんとするところを翻訳するのは無茶な話とはいえ、おおよそ以下のような訴えではないだろうか。

 (ぼくをこれからどうしようっていうの? こんなド派手な車に乗せて、いったいどこに連れていくつもり? だいたい、パパは何を考えてるのさ。ぼくが生まれてからろくに会いに来なかったし、ぜんぜん嬉しそうでもない。名前だって考えてくれてなかったでしょ? おばあちゃんも少しも喜んでないみたいだね。それに、いったいぼくのママはどこにいるのさ? 一度もおっぱいを飲ませてもらっていないし、病院ではミルクさえもらえずに砂糖水だけ飲まされてたんだぞ。それもパパのさしがねだったんじゃないかな。いいかげんがまんの限界だ。ぼくがせっかく生まれてきたというのに、みんな無責任すぎるんだよ。でもぼくは負けないぞ、イエ、イエ、イエー!)

 そんなアピールが、ひしひしと感じ取れる。そこまでひとことの発言権も与えられず、たまりにたまっていた不満を、赤んぼうは爆発させている。パパとなったバードの周章狼狽や、バードと火見子の交情は、大江文学が初期において迎えた一つのピークといっていいほどの雄弁な筆遣い――得意の動物の比喩も満載――で描かれているのに対し、赤んぼうの描写はそそくさとすまされていた。だが、読者は逃走迷路にはまりこんだかのようなバードの姿をとおして、小説の真の主人公は赤んぼうであるとひそかに感じずにはいられない。赤んぼう自身、叫び声とともについにその事実を訴え出た。うっちゃられている赤んぼうこそが小説全体の中心であり、大人たちの実相は赤んぼうとの関係をとおしてあぶり出されるのだ。

生殺与奪の権

 赤んぼうを主人公とみなしてこの小説を読むときにあらわになるのは、大人たちが赤んぼうの生命をどうにでもできると思い込んでいる様子である。生殺与奪の権を握っていることを少しも疑っていない。せいぜい、ひょっとして法的な責任を問われることになるのではないかという危惧から、赤んぼうの息の根を止めるのをためらう程度なのである。

 その最たる者はバード本人である。何しろ「家族のおり」に入れられることを嫌って、新婚早々、四週間ぶっとおしでウィスキーを飲み続け「乱酔」したというご仁だから、赤んぼうと向かい合う覚悟などできていない。頭部に異常ありと告げられると、完全に腰が引けてしまう。


 周囲の人間もまったく、褒められたものではない。まず医者たちがそろいもそろってひどすぎる。赤んぼうが生まれた病院の肥満した院長は、駆けつけたバードにパイプ片手に応対して「まず、現物を見ますか?」と大声でいう。そして「出てきたときにはわたしも驚いたから!」といって「子供じみたクスクス笑いをもらした」。まさにチャイルディッシュな、医師失格の院長である。赤んぼうは男だったか女だったかと訊ねられて「どうだったかな、忘れちゃったなあ」と答えるいいかげんさだ。

 その部下である若い「義眼の医者」は、バードと同世代ということもあって多少バードに同情した様子を見せつつ、「この赤ちゃんは早く死ぬほうがいいだろうと思いますね」などと言い出す。バードが「それで、苦しいのでしょうか?」と尋ねると、この医者は――大江の作品タイトルを仄めかすかのように――「ぼくらの世代?」ととぼけた答えを返す。そして「植物的な赤んぼう」は苦しみや痛みも感じないはずだと主張する。大学付属病院でも、やはり「若い医者」が「直接に手をくだして、赤んぼうを殺してしまうことはできないよ」と「バード」に釘を刺しながらも、「ミルクの量を塩梅あんばいしてみよう」と提案し、赤んぼうを衰弱死させる片棒をかつごうとする。

 バードの義母までもが、赤んぼうをさっさと厄介ばらいしたがっている。娘には真相を伏せたまま、義母は バードに「赤ちゃんが心臓の病気でくなったことにして」すべてを丸く収めようと提案する。そして赤んぼうがなかなか死なないと「早く処置してもらえないのでしょうか?」と苛立ちをあらわにさえする。

 さらにまた、バードの義父の態度も複雑な思いを誘う。義父はバードの大学時代の恩師だが、定年後、国立大学から私立大学に移って教授をしている。研究室に訪ねていったバードを、彼は「若い助教授」たちに囲まれて「ロッキング・チェア」に坐ったまま迎え入れる。そして赤んぼうは脳ヘルニアで明日明後日には死ぬだろうというバードの報告を聞く。

 「ロッキング・チェアの背が壁につかえて完全には回りきらないので教授はバードに対していくらか斜めにむかっている。その白髪にかざられたライオンみたいに巨きく立派な顔の飴色あめいろの皮膚が静かに着実にみるみる朱色に染っていった。」

 バードは義父に、赤んぼうを見ましたかと訊ねられ、「ちょうどアポリネールみたいに頭に繃帯ほうたいをまいていました」と答える。ベルエポックの詩人アポリネールは第一次大戦に志願して参戦し、流れ弾を受けて頭に負傷した。その直後に撮られた頭部に繃帯を巻いた詩人のポートレート写真は、フランス文学に興味をもつ人間ならばきっと目にしたことのあるものだ。

 「『アポリネールみたいに、頭に繃帯をまいて』と教授はちょっとした冗談を聞いたとでもいうように反芻はんすうした、それからバードにむかってというよりは、むしろ三人の助教授たちに対して『まあ、生れてこないより生れてくるほうがよかったかどうか、はっきりとはわからない時代なんだから』」

 この義父=教授が、風貌からして渡辺一夫をモデルにしていることは、当時の読者には明白だったろう(白髪の渡辺の写真は、アポリネールの写真以上に多くの人々の目に触れていたはずだ)。渡辺は1962年に東大を退官し立教大学に移っている。加えて後年の読者は、大江が息子誕生の報告をしに訪ねた際、東大在職時より待遇のよくなった渡辺が「ウィンザー・チェアの揺り椅子」に座っていたこと、大江の話を聞いて「先生の立派な横顔のみならず、首筋までみるみる赤く染ったこと」も情報として知っている(『恢復する家族』1995年)。

 つまり大江のもっとも尊敬する学者の姿を下敷きにしながら、『個人的な体験』の教授はむしろ、赤んぼうに対する大人たちの同情や共感の欠如を具現する人物になっているのだ。義父=教授が血も涙もない人間だというわけではない。顔を朱色に染めたのは、こみあげてくる感情をぐっと抑えたことを示している。しかしあくまで余裕綽々しゃくしゃくの態度を崩さず、時代の悪さをめぐる一般論でお茶を濁す応対ぶりは、不誠実というのは言葉が強すぎるとしても、いささか期待外れなものではないだろうか。

 孫の境遇を嘆き悲しんでもいいところ、センチメンタルな表情を決して窺わせない義父=教授の貴族的な威厳は、バードに赤んぼうをあきらめることをそれとなく促している。卓越した学知と品格を備えながら、彼の言葉は人間としての心の温かさを伝えるものではない。

 さらにバードが「黄金の女」とまで評価する火見子もまた、生殺与奪の権利の行使を彼に強く働きかける。「赤んぼうは揺籠ゆりかごのなかで殺したほうがいい」というウィリアム・ブレイクの詩句を教えて、嬰児殺しの可能性をバードに示唆したのは火見子なのである。

 老いも若きも、男も女も、いずれもが高い知性と教養の持ち主たちでありながら、あっさり赤んぼうに見切りをつけようとする冷ややかさにおいて何と共通していることか。みんな赤んぼうの敵だとさえいっていい。バード自身もその一人だ。しかし自分こそは「赤んぼうの真の敵、生涯の最初で最大の敵」だとみなす「罪障感」により、かろうじてバードは他の大人たちと一線を画している。ぎりぎりのところで「堕胎医」の手から赤んぼうを取り戻し、手術を受けさせようと決意したバードに、火見子は「この世界にとってまったく無意味な存在をひとつ生きのびさせることになるだけよ」と翻意を迫る。バードは「それはぼく自身のためだ。ぼくが逃げまわりつづける男であることをめるためだ」と答える。

 彼のせりふには「男」らしさにこだわりすぎの気配も感じられる。だが、赤んぼうを救うか見殺しにするかに自分の人生の「意味」がかかっていることに彼は思い至る。そうした痛切な、もっぱら「個人的」な認識に徹することで、彼は赤んぼう、そして自分自身を救うのである。

 もちろん、今この作品を読む者としては、自分一人で決めないで、産科のベッドに寝かされたままの妻のもとにさっさと赴き、二人でよく話し合うべきだと思わずにはいられないのだけれど。

三島由紀夫は批判する

 ともあれ、逃げまわった末にバードは改心をとげた。長引いた青春との訣別と、赤んぼうの救済とがぴたりと一致する。「自由」が失われるのと引き換えに、「忍耐」を旨とする暮らしが始まる。バード自身が新しく生まれ出ようとする作品のクライマックス部分には、読者を強く揺さぶる力がある。優れた小説のもつ力としかいいようがない。

 だが刊行時には、それに続く幕切れが批判に晒された。三島由紀夫は「巻を措くあたはず、夜を徹して讀了した」「近ごろのだらけた小説のなかでは、鶏群の一鶴」と持ち上げながら、「ラストでがつかりした」と忌憚のない感想を記している(「すばらしい技掚、しかし……――大江健三郎氏の書下し『個人的な体験』」「週刊讀書人」1964年9月14日)。

 バードが赤んぼうを救いに「堕胎医」のもとに一人で向かったところで、テクストは「* *」(アステリスク)で区切られる。そのあとに後日談がエピローグ風に綴られる。手術を受けて命を取りとめた赤んぼうは母親の腕に抱かれ、義父、義母、バードがそれをにこやかに取り囲む。義父が「きみにはもう、バードという子供っぽい渾名あだなは似合わない」という。そしてバードは「忍耐」への思いを新たにする。

 そのハッピーエンディングが三島をいたく失望させた。「不具の赤ん坊の誕生といふ異常な設定」が「人間性への根源的な問ひかけを可能にする」。そんな作品のあり方自体、あまりに「納得しやすく、甚だわかりやすく、もっと意地わるく言へば、同情を呼びやす」いものだと三島には感じられた。小説の末尾では「ニヒリストたることをあまりに性急に拒否しようとする大江氏が顔を出し(……)逆効果を呈してゐる」。そして三島は、「暗いシナリオに『明るい結末を與へなくちやいかんよ』と命令する映畫會社の重役みたいなものが氏の心に住んでゐるのではあるまいか?」と皮肉混じりに、しかし真剣に問いかける。

 三島のみではない。この作品が新潮社文学賞を受賞した際には、「道徳小説」であり「文学的には意味がない」(中島健蔵)、「大江氏の宗教的あるいは道徳的怠慢ぶり」(亀井勝一郎)といったずいぶん強烈な言葉が、選者である先輩格の文学者たちから浴びせられたのだった。また小谷野敦によれば、江藤淳は「ほぼ全否定に近い書評」を週刊誌に書いた(『江藤淳と大江健三郎』)。小谷野自身は当時のそうした「否定的な評価ぶりは理解しづらい」と書き、「おそらく男の文学者は家庭から逃げたがっているため、家庭へ帰るという結末が嫌だったのだろう」と推測している。さらに、一昨年刊行された『大江健三郎とその時代――戦後に選ばれた小説家』で、著者山本昭宏は「『個人的な体験』の結末はハッピーエンドではなく、また『エンド』でもない」と分析している。「傍観者的立場から脱出するために、自己欺瞞的な能動性へ走り込み、あえなく失敗するというのが大江の初期小説の特徴だった。しかし、『個人的な体験』では、世界のなかで受動的であるしかない主体のあり方を『バード』を通して描いたのだ。」

にび色の瞳をしたきみ

 おそらく現在の読者の多くにとって、『個人的な体験』が発表された当時の高名な人たちによる酷評は行き過ぎと感じられるだろう。文学者たるもの、ニヒリストの道を貫徹せずしてどうする、道徳など犬に食わせてしまえとでもいった調子の時代だったようにさえ思えてくる。不自由な、偏った文学観ではないか。

 とりわけ、三島の短いながら、彼らしく威勢のいい評は刺激的なだけに反省を促してくれる。「不具の赤ん坊の誕生といふ異常な設定」。そう三島は端的に要約した。しかし本当にそうなのだろうか。作中で「脳の内容がはみだしてしまった」「かわいそうな、みじめな赤んぼう」が、怪物扱いされているのは確かだ。何やら幻想的な姿かたちをまとわされた赤んぼうが、バードの心に悪夢のように取りつくという演出なのである。


 とはいえ考えてみれば、いわゆる五体満足で生まれてきた赤んぼうであろうとも、生まれ落ちたそのときには到底独り立ちできる状態ではない。あらゆる人間は極度に未熟な存在として生誕するほかなく、ただちに手を差し伸べなければ生き永らえることができない。いずれもみな等しく「かわいそうな、惨めな赤んぼう」なのである。この小説のように、手術が必要というような重大な症状を呈していなくとも、たえず医者に診てもらう必要があることに変わりはない。いずれにせよ赤んぼうとはとてつもなく手のかかるしろものだ。「不具」や「異常」がなくとも育児を放棄したくなる親がいることは、ひんぱんにニュースで報道されているとおりだ。そしてまた、「正常」に成長していくとしても、親は自分の子供と周囲の子供や、自分の頭のなかの勝手な理想像と比較して、自分の子供に何かしら不備なところ、不満な部分を見出し、哀れんだり気に病んだりすることをやめられない。

 つまり三島によれば「異常な設定」であるにせよ、そしてまた大江自身、異常さを強調してはいるものの、『個人的な体験』が描く出産直後の赤んぼうをめぐる状況は、実のところ必ずしも異常ではない。むしろ出産なる一大事をめぐって一般に「体験」される事柄なのではないかとさえ思える。さらにいえば、「不具の赤ん坊」という決めつけ方も、われわれがいま経験しつつある認識の変化の中では、あまりに時代がかった言い回しと感じられる。障害者とは、社会によって過度に差異化され、固定されたカテゴリーなのではないかという問いが、今日、人々の考えに重要なインパクトを及ぼしつつある。

 あらゆる「障害」を十把ひとからげにして扱いがちな風潮に異議を唱えるアメリカの画家にして作家、スナウラ・テイラーの言葉が刺激的だ。彼女は「不具」のレッテルをあえてわが身に引き受け、こう宣言する。

 「わたしは、自分を堂々と障害者として認めるのにためらいがあった。けれども、ときがつにつれて、不具かたわは次第に自分のアイデンティティの一部になっていった。障害者の研究者や活動家、そして芸術家たちにとって、不具はひとつのアクションに、意味を根源的に変容させる方途ほうとになっている。わたしたちは不具の時間、不具の空間、不具の文化、不具の理論について語るのだ。」(『荷を引く獣たち――動物の解放と障害者の解放』今津有梨訳)

 自らの息子・光を大きな発想源として紡がれていく大江作品の根底には、テイラーの批判するような「健常者中心主義」からの解放に向けた想像力が脈打っている。もちろん、大江が完全に時代の制約を逃れていたとはいえない。正常と異常、健全と障害を分断する線は彼の作品においても、随所にまざまざと引かれている。とはいえ、光をモデルとして生み出された大江作品の登場人物は、そんな線引きをふみこえて、読む者の固定観念を一新してくれるような魅力を発揮する。

 そうした文脈でとらえ直すならば、「障害をもった息子との共生」という主題自体も、いまや相対化して読んでいいのではないだろうか。障害の有無にかかわらず「共生」は困難で、しかも大切だ。そして子供の有無にかかわらず、人間は他者、そして自分自身と「共生」できなければ壊れてしまう。それもまた、大江作品が忍耐強く語り続けることだ。


 もう一度、『個人的な体験』の最後に戻りたい。三島のいうような、暗いシナリオに無理に与えられた明るい結末とは思えないのである。何事もなかったかのような一家だんらんの様子は気恥ずかしく、居心地悪さを秘めてもいる。注目したいのは最後の赤んぼうの描写だ。バードは赤んぼうの瞳に自分の顔を映してみようする。

 「赤んぼうの眼の鏡は、澄みわたった深いにび色をしてバードをうつしだしたが、それはあまりにも微細で、バードは自分の新しい顔を確かめることができなかった。」

 「にび色」に驚かされる。灰色、ねずみ色に近いのだろうが、いわば正体不明な色である。のちの作品には、春先、「まだ柔らかに鈍色にびいろの若芽が出たのみの、柘榴ざくろの枝」(「火をめぐらす鳥」1991年)という描写が見出されもするから、萌え出る生命を宿した色ととらえていいのだろうか。とはいえその瞳は、バードに対して無反応であり、無関心ささえ漂わせている。

 (ハッピーエンドだなんだといってほしくないな、大人のあらゆる意味づけは安易なんだよ)と赤んぼうはいいたいのではないかーーなどという翻訳もまた、にび色の瞳を前にしては無効とされそうだ。赤んぼうとは一個の他者である。その実存は文学の言葉をもってしてもとらえがたい。そこから小説家の新たな苦悩が始まった。

 

 

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。