
Photo Tomoko Sasaki
今回は前回に引き続き、音楽ライターの渡辺志保さんにお話を伺っていく。
前編では、USのシーンを中心に、戦争や暴力をラップがどのように表現し、抗い、誰が、どこから語りうるのかを考えてきた。BLM運動やマックルモア「HIND’S HALL」、DJ Khaledの沈黙をめぐる話から見えてきたのは、戦争に向き合う言葉は、ラッパーが何を言うかだけでなく、その人がどのような立場に置かれ、どのようなリスクを引き受けながら、どのように応答しうるかという問題と切り離せないことだ。そして、戦争を語ることにも語らないことにも、それぞれの困難があることだった。
後編では、こうした問題意識をふまえながら、日本のラップシーンについて聞いていく。日本語ラップで、戦争がどのように語られているのか。あるいは、直接語られていないように見えるとき、そこでは何が、どのように語られているのか。渡辺さんの話を通して、日本語ラップにおける場所、生活、歴史という主題と、そして戦争との距離について考えていく。
日本のラップシーン――「半径5メートル」のラップ
渡辺:「日本のラップシーンにおいても、ここ数年でパレスチナやウクライナのことに言及する若い人がすごく増えたかというと、そうではないとも感じます。やっぱりラップってコミュニティの音楽だから、アメリカのストリートの若いラッパーも、日本で今すごくストリーミング再生されてるラッパーも、ラップする内容は「半径5メートル」のようになってしまう。でも逆に、そうした日常のリリックにおいて、自然と海外の紛争に目をむける描写や社会に対する不満が現れていると「そういうことだよね」とも感じます。
現在のラップシーンで支持を集めるラッパーたちの多くは、「家族、仲間、地元」など、自分の生活に近い題材を曲の中で取り上げている。これは日本のラップに限らず、アメリカのストリートのラップにも共通する特徴だという。渡辺さんは、そうした感覚を「半径5メートル」と表現する。これはラップが、抽象的な理念や主張を語る前に、自分がどこで生きて誰と過ごし、何を見ているのかを言葉にする音楽だということを端的に表しているといえる。
この点についてポピュラー文化研究者の岩下朋世(2020)も、ヒップホップにとって「リアルである」ことが重要な格率であり、そのためラップソングには、自分自身を主題とする「自己紹介」に属するトピックが多いことを指摘している。日本の若いラッパーたちのあいだで、パレスチナやウクライナについて直接言及する楽曲が大きく増えているわけではないとしても、イコール戦争への関心が薄いということではないだろう。それよりも、そこにはこうしたラップの表現形式に特有の、リアリティの感覚が関わっているのではないか。そう考えると、自分の生活圏や身体感覚から離れた出来事を、いきなり自分の言葉として語ることには、ラップにおいて特有の難しさがあるのかもしれない。
もちろん、それは日本語ラップが社会や政治と切り離されているという意味ではない。むしろ、ラップが「半径5メートル」の生活を言葉にする表現だからこそ、そこにはラッパーを取り巻く切実な生活状況が刻み込まれる。その言葉は、本人にとっては日常の一部であっても、あとから聴けば、その時代の空気や社会の歪みを伝えるものにもなるだろう。それなら、戦争について直接歌っていなくても、ラップの言葉のなかにはその時の社会の状態や暴力の痕跡が現れるのではないか。
タイミー、缶詰、カップ麺
この連載では、これまでRHYMESTERやTHA BLUE HERBの楽曲を通して、ラップの言葉がどのように戦争を表現してきたのかを考えてきた。そこでは、戦争という大きな主題が、生活から切り離された遠い出来事として語られているのではなかった。地元、生活、身体感覚、個人の記憶といった、ローカルな場所に根差した言葉を起点にしながら、そこから社会や歴史へと視野が広がっていく。ラップでは、こうした接続がどのように生まれるのか。渡辺さんに尋ねてみた。
渡辺:(大きな主題でも)スッと入ってきますよね。そこがラップの表現力なんじゃないかと思います。若手ラッパーであるElle1の「働かない」という曲で、リリックに「Paydy、メルカリの支払いが苦しい」とか「メッセで呼ばれてたタイミーorシェアフルさん」という箇所がって。本人にしてみればPaidyで後払いをしたりとか隙間時間をタイミーなんかで埋めて日銭を稼いだりことは普通だと思うし、同世代のリスナーは疑問すら持たない描写だと思うんですけど、逆に私にとっては少し衝撃的でした。いずれも、今の日本の雇用状況や経済事情をめぐる恵まれない状況が出ているなと思って。すごく現代的ですよね。
直接的な政治的、社会的な言及がなくとも、それを十年後に聞いた時に、「あ、この時代ってマジでタイミーとかみんなやってたよね」「あの時めっちゃ円安で、本当に大変だったよね」「米もなくて」とか、そういうことを思い出す。だからそれでいいのかなとも思うんです。若い子のリアルが、今そうなんだと思う。
今「PASSO」って曲が流行ってる27AM2というラッパーがいますが、彼の「Frozen Car」は「キョクヨーの缶詰めで 満たされない腹に日清のカップ麺」、「家じゃ1人またこの景色 畳上にネギマ ボンジリ」という描写があって、その暮らしのやるせなさとか、さもしさみたいな感じはすごく強烈な情景描写になっていると思います。
ラップが自分の生活圏を具体的に語る表現というのは、これまでのお話にもあった通りだ。「リアルなラッパー」でいるためには、自分がどこで、どのような日常を送っているのかを言葉にすることが重要な意味を持つ。だからこそ、フリマアプリやアルバイトアプリ、部屋で食べるパックの惣菜のような、ごく具体的なものがリリックになる。
メディア研究者のマレー・フォーマン(2012)は、ラップにおける場所やローカリティへの強い関心について、それは単に生活圏を描写するものではなく、その場所がどのように生きられて、意味付けられているのかを示すものだと論じている。つまり、歌詞に出てくる地名や生活風景は物語の背景ではなく、それはラッパーの社会的経験が具体的なかたちをとって現れる地点であり、そこから、その人がどのような環境や条件のなかで生きているのかを読み取ることができる。この視点から考えると、「半径5メートル」のリリックは、社会から切り離された私的な言葉ではなく、生活の細部を通して、その時代の働き方や消費の感覚まで伝える言葉でもある。「タイミー」という固有名は、単なるアプリ名にとどまらず、隙間時間に仕事を探して、数千円単位で収入を得るような働き方を日常の一部としていることが表れている。缶詰やカップ麺、畳の上の焼き鳥などの描写にも、安く、手早く、ひとりで夜を終えるような生活の様子が感じ取れる。もちろんラップは、社会問題を説明するための音楽ではない。しかし、ラッパーが自分の生活をリアルに語ろうとするとき、その生活を成り立たせている社会の条件も、おのずと言葉のなかに写り込んでいる。
フッド(地元)の記憶
「半径5メートル」の生活を語るラップは、戦争のような大きな主題をどのように表現しうるのだろう。地元の風景や土地の記憶にまつわる具体的な言葉を通して、戦争の記憶がラップのなかで立ち上がることはあるのだろうか。ローカルな場所と歴史が交差する楽曲について尋ねると、渡辺さんは、広島のラッパーZAO3 の「鉄板えれじい」を挙げた。
渡辺:私はこの曲が本当にずっと好きで、「戦争とラップ」をテーマにした曲としても真っ先に思い浮かびました。自分が被爆地である広島で生まれ育ったこと、そのローカルの食文化であるお好み焼き、『はだしのゲン』のネタも散りばめて、そこには朝鮮人被爆者の名前も出てくる。アメリカに占領されていたっていうことも、うまく忍ばせていて「でも負けんぞ」って。とはいえ、広島出身だから、長崎出身だから、戦争をテーマにしなきゃいけないというのも違うと思うし、ラップしたくなったらそういうことをラップしてくださいねって思っています。
ZAO「鉄板えれじい」の歌詞は、被爆の惨状や戦争の暴力を直接的に告発するものではない。この曲では、被爆地・広島というフッドの記憶と現在の日常が、お好み焼きというローカルな食文化を通して結びついている。
アメリカ兵にチョコレートやガムを求める子供の声や、しゃれこうべを売るような描写からは、占領下の権力関係や戦後の生活の厳しさが、切実でありながらユーモラスに描かれている。一見すると明快な表現でありながら、そこでは、現在の「半径5メートル」の生活から1945年の戦争を想起させるための、複雑な回路が組み立てられている。
被爆、焼け野原、占領、復興から、曲は鉄板の上に具材をのせ、お好み焼きを焼く現在の広島へと戻っていく。しかし、その日常は、戦争の記憶から切り離されたものではない。一見ばらばらに見える具材が、鉄板の上でやがてひとつにまとまっていく様子が歌われる。そこには、戦時下で「非国民」と呼ばれた人びとへのまなざし、戦後の被爆者差別、さらに現在にも残る人種や出自への差別意識が、表面上は見えにくくされながら社会に残っていることへの示唆を読み取ることができる。お好み焼きが「まあるく収まる」ように見えることは、異なるものが調和するという明るい比喩であると同時に、対立や差別が覆い隠されてしまう危うさも含んでいる。そして最後に「こんな歌の裏にある『非日常』」と示されることで、お好み焼きという身近な食文化の背後に、被爆と戦後の記憶が折り込まれていることが見えてくる。
広島の被爆の記憶は、しばしば「日本人の被害」と語られがちだが、この曲では朝鮮人被爆者の存在も取りこぼしていない。広島をラップすることがひとつの視点から語ることに閉じず、この土地に重なる複数の記憶に触れるものになっている。
被爆と戦後の記憶から、現在の日常へ。そして、その背後にある「非日常」の戦争の記憶へ。さらには、見落とされてきた朝鮮人被爆者の記憶へ。記憶の循環をたどるこの曲を、渡辺さんは「戦争とラップをテーマにした時の理想的なアンサー」と評している。
ただし、渡辺さんは同時に、広島出身だから、長崎出身だからといって、戦争や原爆について歌うべきだということではないし、そのように語ることを強いるのは間違っているとも強調している。出身地が「語る義務」になるのではなく、その土地で生きてきたなかで、戦争の記憶や風景に自分自身が触れ、それが日々の生活や身体感覚と結びついたとき、言葉が立ち上がり、ラップのなかに戦争が現れる4。
広島の記憶――被害、加害、そしてつながり
渡辺さんは広島市で生まれ、親の転勤により4年間東京で過ごしたのち、小学4年生のときに広島へ戻り、高校卒業まで同地で育った。広島では、学校や地域の平和教育を通して、被爆者の体験や原爆の記憶に触れる機会が多くあった。そのなかで、広島はしばしば「被爆した場所」として、被爆者が「被害を受けた存在」として強く位置づけられてきた。その一方で、日本が戦争で担った加害者としての側面についての認識は十分に育まれてこなかったのではないかと振り返る。
被爆者は単に「原爆被害を受けた存在」であるだけでなく、戦後社会のなかで沈黙や差別を強いられてきた存在でもある。占領期には原爆被害を語ることが制限され、戦後も放射線への無理解から、被爆者は結婚や就職をめぐる偏見にさらされてきた。そうした歴史をふまえたうえで、渡辺さんが印象的な出来事として挙げたのが、1960年代にマルコムXと被爆者団体がニューヨークのハーレムで出会ったことだ5。渡辺さんはこのことを、人種差別に抗い続けた黒人指導者と、原爆の惨禍を生き延びた被爆者たちとのあいだで精神的な共鳴がうまれていた場面6と受け止め、被爆三世として「誇らしく感じた」という。
広島の記憶は、一面的な被害の物語に収まるものではない。そこには、被爆の経験だけでなく、その背後にある日本軍による加害の歴史、そして抑圧された人びとが国境を越えてつながってきた記憶も重なっている。
このように広島の記憶を複数の視点から捉えることは、渡辺さんのヒップホップへの向き合い方にもつながっている。ヒップホップは、黒人文化を重要な基盤としつつ、多民族的なコミュニティのなかで形成された表現文化である7。なかでもラップは、いまでは世界各地で、それぞれの場所や自分たちの経験を語る音楽表現として用いられている。その文化に支えられ、自分の言葉や生き方を響かせていくとき、そこにはどのような表現や社会との関係が生まれるのか。
自分の場所から応答する
視点を現在に戻し渡辺さんは、深刻化する戦争のなかで苦しむ人々に対して、国境を超えた連帯を、ラップを通して形成しているKNEECAP8の活動について語った。
渡辺:KNEECAPはアイルランドの3人組ラップユニットです。今のアイルランドってアイルランド語(ゲール語)をしゃべる人がほとんどいないのだそうです。イギリスに占領されて、ほとんどの人が英語をしゃべる中、アイルランド語を守ろう、植民地化されてきた自分たちの地元を守ろう、というスタンスでラップをしているんです。それがパレスチナの連帯につながっていて。不法に占領されているパレスチナの地をみんなで守ろうっていう連帯の気持ちを表明して、それが彼らの活動の原動力になっている。それゆえにアメリカでのアーティストビザが取り消されたりとか、他のフェスの出演がキャンセルになったりもしていて。裁判沙汰になってもなお、自分たちの主張をラップし続けている姿からは、ヒップホップが持つ可能性やエネルギーを非常に強く感じます。戦うためのヒップホップというか。ヒップホップのカルチャーをアメリカのブラック・コミュニティから他の場所へスライドしたとき、その精神性がこうやって受け継がれているんだ、ということにもハッとさせられました。
アイルランドは中世以降、イングランドによる長い支配を受けてきた。土地の収奪や入植、宗教的差別、英語中心の教育や行政を通して、アイルランド語やカトリック文化は周縁化されていく。20世紀初頭の独立運動を経てアイルランド自由国が成立したものの、北アイルランドはイギリス領として残った。以後、アイルランド島はアイルランド共和国と北アイルランドに分かれ、北アイルランド内部でも、イギリスとの結びつきを重視する立場と、アイルランド統一を求める立場の対立が続いてきた。
KNEECAPは、北アイルランドのベルファストを拠点に活動するラップグループである。彼らは支配の歴史のなかで消えかけていたアイルランド語と英語を交えながらラップする。
他国による支配と抑圧の記憶の中で育ってきた彼らが「半径5メートル」からラップするのは、ドラッグが横行する日常やパーティーの情景だけではない。イギリスの支配体制や政治への激しい抗議、言語統制への抵抗、そしてパレスチナとの連帯もまた、その言葉の射程に含まれている。政治的な圧力を受けながらも、彼らはイスラエル批判とパレスチナ支持を繰り返し主張し続けている。
もちろんKNEECAPは、パレスチナへの攻撃を直接体験した当事者ではない。しかし、自分たちの経験から生まれた「言葉」が、彼らとパレスチナをつないでいる。長く禁じられてきたアイルランド語でラップすること自体が、その言語の存在を社会に知らしめ、失われかけたルーツに息を吹き込む行為であり、自由と権利を求める彼らの主張そのものでもある。そして彼らの「半径5メートル」の視界には、同じく抑圧と暴力に苦しむパレスチナの姿が映っている。
ラップは、自分の場所から語る表現である。しかし、その「自分の場所」は、閉じた生活圏だけを意味するわけではない。自分自身の経験を通して、別の場所で苦しむ人びとへの応答が生まれることがある。渡辺さんがKNEECAPに「ヒップホップが持つ可能性とかエネルギー」を見るのは、この点に関わっているのだろう。
被爆者団体とマルコムXの出会いをめぐる話にも、国境や立場を越えて、抑圧を経験してきた人びとが出会う契機があった。KNEECAPの表現もまた、自分たちの歴史を抱えながら、別の場所の不当さに声を向けている。その活動には批判もある9が、渡辺さんが「戦うためのヒップホップ」と呼ぶ在り方は、自己表現と抵抗が分かちがたく結びついたラップの実践であり、自分たちの考えを社会に投げかける営みとなっている。
渡辺さんはさらに、パレスチナのラッパーたちを描いた2008年のドキュメンタリー映画『自由と壁とヒップホップ』(原題:Slingshot Hip Hop)10にも触れた。この映画では、イスラエルとパレスチナの対立を背景に、ラッパーたちが自分たちの信念や置かれた現実を、ラップによって表現しようとする姿が描かれている。
ここまで見てきたように、アメリカのコミュニティから生まれたヒップホップは、誕生から半世紀を経た現在も、世界各地で異なる境遇にある人びとの表現手段になっている。渡辺さんは、そのことを、戦うためのツールであり、人びとの「心の中の灯火」のようなものとして捉えている。
そしてそれは、紛争や抑圧のただなかにいる人びとだけのものではない。日々暖かい布団で眠り、温かい食事に困らない暮らしを送る渡辺さん自身も、ヒップホップは働くためのモチベーションであり、人生の大きな糧になってきたという。渡辺さんはヒップホップを、単なる音楽ジャンルではなく、さまざまな場所や立場の人びとをつなぐ「共通言語」として受け止めている。
学びをやめないということ
先に見たように、ヒップホップは、黒人やラティーノの若者たちが集まる都市コミュニティのなかで形成されてきた文化である。その文化を別の場所で受け取り、聴き、語り、あるいは研究対象とするとき、私たちはその背景にある歴史や経験とも関わることになる。最後に、文化の盗用とリスペクトの問題について尋ねた。
渡辺:やはり彼らのことをよく知ろうという態度、勤勉と言ったら大げさかもしれないけれど、そういう態度が求め続けられるのではないかと思います。自分の家じゃないんだから「お邪魔します」という気持ちで、しかるべき態度で過ごすというか。この点に関しては、私自身20年ぐらいずっと考え続けていることでもあります。「リスペクトしています」という態度って、別に数値化できるものでも、可視化できるものでもない。「ヒップホップリスペクト金メダル」があるわけでもない。だから、相手にそれが伝わるまで続けていくしかないとはすごく思います。アメリカで現地の人と話すときに「私はヒップホップを20年ぐらい聴いていて、あなたたちのカルチャーをリスペクトしてます」と言って、もちろん喜んでくれる人もたくさんいるけど、「俺たちの何を知ってるの?」って思う人もいるわけです。そう言われたときにどう答えることができるのかを考えるのは、自分の実体験から大事にしていることです。
これは別にヒップホップだけじゃなくて、世界中のカルチャー、文化、歴史に全て言えることだと思うんですけど、自分が当事者になることは100%できない。だからこそ学びをやめないっていうことが、本当に、本当に大事だと思うんですね。
渡辺さんの言葉は、ヒップホップを聴き、関わり続けてきた経験について語りながら、戦争や抑圧の歴史に触れることへもつながるものだ。音楽は、言語や国境を越えて、遠く離れた場所にいる人びとの経験を私たちの前に届けることがある。ラップもまた、パレスチナやアイルランド、広島、そしてそれぞれの生活の場所を結びつける表現として響いてきた。
だがそのつながりは、遠い他者の痛みを安心して受け取るためのものではないはずだ。ラップを通して届く声の、その先にある現実を見ようとしなければ、私たちは彼らの経験や物語を、感動や共感の対象として消費するだけになる。
誰が、どこから、戦争をラップするのか。この問いは、ラッパーだけに向けられるものではない。その言葉を受け取る側もまた、自分がどこに立っているのかを問われている。
当事者ではない、その距離を抱えたまま、それでも知ろうとし続けること。渡辺さんがヒップホップに強く惹かれ、20年以上聴き続けてきたなかで辿り着いた「学びをやめない」という言葉は、ヒップホップの背後にある歴史や、その文化をつくってきた人びとの経験を、わかったことにせず、自分がどこからその文化に関わっているのかを問い続ける態度を示している。それは同時に、戦争について語る声をどのように受け止めるのかという、私たち自身の態度にも向けられている。
渡辺志保(わたなべ・しほ)PROFILE
音楽ライター。広島市出身。ヒップホップを専門領域とし、これまでにケンドリック・ラマー、エイサップ・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、コモンら国内外のアーティストへのインタビューを多数執筆するほか、歌詞対訳なども手がける。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)がある。block.fm「INSIDE OUT」などを始めラジオMCとしても活躍する。
文献
Forman, Murray, 2012, “‘Represent’: Race, Space, and Place in Rap Music,” Murray Forman. and Mark Anthony Neal eds., That’s the Joint!: The Hip-Hop Studies Reader, 2nd ed., New York and London: Routledge, 248–269.
岩下朋世『キャラがリアルになるとき――2次元、2・5次元、そのさきのキャラクター論』青土社
ディスコグラフィ
27AM, 2026,”Frozen Car”, Rich Squads.
KNEECAP,2026,”FENIAN”,Heavenly Records.
Elle、2026、「働かない」
ZAO、2014、「鉄板えれじぃ」
- 2005年千葉県生まれのラッパー。地元・稲毛区を拠点に活動し、等身大の日常を切り取ったリリックと、メロディアスなフロウを特徴とする。
- 神奈川県川崎市出身のラッパー。 ABEMAのオーディション番組「RAPSTAR 2025」(ABEMA)に出演し、注目を集める。 2026年4月に3曲入り の 1st シングル「 Frozen Car 」をリリース。
- ラッパー。2003年に地元である広島で活動をスタート。2013年に1stアルバム『CUT』をリリース。「鉄板えれじぃ」は翌2014年に発表。
- 渡辺さんは、これまで日本語ラップのなかで広島や長崎について歌われることは多くなかったと述べている。そのため、春ねむりとDARTHREIDERがそれぞれ近年発表したアルバムで原爆や広島、長崎に触れていたことを、広島出身者として印象深く受け止め、「広島のことをありがとう」という気持ちになったという。
- 1964年、広島・長崎の被爆者団体がニューヨークを訪問した際、日系アメリカ人公民権運動家のユリ・コウチヤマが自宅アパートでレセプションを開催し、そこにマルコムXを招いたという。
- マルコムXは人種差別にさらされ続けた当事者でありながら、原爆を製造し、広島・長崎へ投下したアメリカ社会に生きる人物でもあった。彼と被爆者団体の会合の詳細をここでたどることはできないが、渡辺さんの語りに即していえば、この出会いには、日本とアメリカという地理的な隔たりに加え、原爆投下国と被爆地という非対称な位置関係をまたいで、抑圧を経験してきた人びとがつながった場面でもあったといえる。
- ップホップは、DJ、MC(ラップ)、ブレイクダンス、グラフィティを主要な構成要素とする表現文化であり、1970年代前半に、アメリカ・ニューヨーク市サウス・ブロンクスで、アフリカ系アメリカ人やプエルトリコ系など多民族の若者によって形成された。
- 2017年に北アイルランド・ベルファストで結成。メンバーはMo Chara(モ・チャラ)、Móglaí Bap(モグライ・バップ)、DJ Próvaí(DJプロヴィ)の3人。メンバー自身が出演した反自伝的映画『Kneecap』(2024)が公開され、サンダンス映画祭でプレミア上映されるなど高い評価を得る。2025年、コーチェラやグラストンベリーなどの野外フェスでのパフォーマンス中にイスラエルを批判して物議を醸した。
- KNEECAPの発言や過激なパフォーマンスには、その政治的立場を含めて、さまざまな受け止め方がある。本稿は、彼らの政治的立場の当否を判断するものではなく、ラップという表現形式が、植民地支配の記憶や政治的対立といった状況を引き受けながら、社会に向けて声を発する表現として用いられている点に着目するものである。
- パレスチナのヒップホップ・ムーブメントを取り上げた長編ドキュメンタリー。ヒップホップと出会った若者たちが、音楽によって自分たちを分かつ壁を乗り越えようとする姿を描く。監督は自身もバレスチナにルーツを持つ女性監督ジャッキー・リーム・サッローム。


