しるものひと口 / 木村衣有子

誰かと囲んだ食卓のなかにあった「しるもの」をひと口飲めば、その時の記憶が蘇る。 時に優しく、時に苦味を伴う、そんな「しるもの」のお話。 著者の意欲作『しるもの読物』の続編が、連作短編として登場します。

雨中デートとスープカレー

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 誰かとふたりで会うことを。
 ヒノはそこで言葉を切った。
 「会うことを」
 とりあえず、ぼくは唱和した。言い終えて、合唱してるみたいだなと思った。
 ヒノは、こう言い直した。
 誰かとふたりで会う状況を全部、デート、って言い表したりする?
 ぼくは、否、と答えた。
 デートしてることになってることがあってさっ。
 ヒノがなにを言いたいのかわからなかった。しかし、示されたiPhoneの画面をよく見てみれば合点がいった。
 知り合いの女の人が、喫茶店にてヒノとふたりでコーヒーを飲んだほんのいっとき、テーブルの向かい側にヒノがちらっと写り込んだ写真に、デート、という文言を添えてSNSに投稿したのだそうだ。その人はヒノよりやや年若いという、ぼくと同い年くらいかもしれない。かなり前に仕事上でお世話になったという人の後輩、だという。ふたりで話す機会はそれ以前にもあったはずだが、その人がSNSにずいぶん真剣に向き合うようになったのはここ1年くらいだとも。デートという言葉は、その人との会話の中には登場しなかったという。
 その人とのあいだに恋情はなく、むしろ友情の手前だし。デートだなんて言われると、むやみにふんわりしちゃうよねっ。
 「そもそも、デートっていう言葉自体、ふんわり使ってるんじゃない、その人は」
 と言いながら、ぼくははっとした。
 「もしかしたらなんらかのアリバイなんじゃない?」
 ヒノはふふっと笑い、その発想はなかった、と言い、スレてるねっ、と付け加えた。ヒノにとって、デートという言葉は、純度が高いものなのだろう。
 「楽しかったらすなわちデートって言いがちなんだ、きっとその人は」
 まんざらでもないという表情を浮かべたヒノだった。
 ぼくとヒノ、ふたりきりで会っていても、なんなら今もそういう状況だけれど、デート、じゃない。

 ヒノとお喋りした日もだったけれど、このところ、毎日のように雨が降っている。
 急ぎではないけれど、今日の午後のうちには済ましておかなければいけない用事があって、ぼくは歩いて向かっていた。雨は止みつつあり、ぼくは折りたたみ傘をたたもうかと迷いつつも、とりあえずさしたまま歩き続けていた。つい先程までは折りたたみ傘では太刀打ちできないくらい激しく降っていて、ぼくは、見知らぬ家の軒先を勝手に借りて雨宿りしていた。雨中、無理に前進することなかれ。ヒノもそう言っていたし、小止みになるまではほんの数分間ではあったけれど、これくらい降っていたら、不審がられず、許されるはずだと確信をもって。とはいえカーテンを閉めた窓の向こうに人気は感じられなかった。
 大通りに出る。ぼくの前を、男女ふたりが歩いていた。ふたりとも、傘はさしていなかった。手に持ってもいない。たぶん同い年くらい。
 女性のいでたちは、白半袖Tシャツの上に黒色のキャミソール的なものを重ねている。女の子、と呼ばれる年頃だとこういう重ね着のためのキャミソールは得てしてウエストを隠さないくらい丈が短いものだけれど、この人の場合はそれよりぐっと長めで、裾は控えめな金魚のひれくらいにひらひらしていた。ボトムはデニムのズボン。足元は、裸足に黒色のぺったりしたサンダル。華奢、というよりむしろ簡素なつくり、とはいえビーサン以上ではあるものの、いかにも雨に弱そうで、どうしてこんな日に履いてきたんだろうとお節介なことを思ってしまう。足がびしゃびしゃになってもあとでタオルで拭けばいいや、というタイプにはどうもみえない、と、さらにお節介に空想する。
 男のほうは、クリーム色のシャツと、それとお揃いの短パンというセットアップを身につけていた。
 女性の半身ほど先を歩いている男は、振り返ってなにか語りかけた。内容はわからないが、女性が返事をしなかったのは、わかった。それと、女性が機嫌を損ねているのも。雨の日でなくとも、よくある光景。既視感のある、齟齬。
 程なくして、男は、女性のほうをまた振り返り、なにかを指差した。とはいえ、そこで立ち止まることも歩みを緩めることもなく、先へ行くのだった。女性は、背中から察するには、無反応だった。なんだろう、と、ぼくもそちらを見る。
 スープカレーの店の看板だった。極太のフォントで記された店の名には見覚えがあった。でも、この場所だったか? 店があるのは。というのも、ぼくが前職時代に会った人に、よかったら行ってやって、と、薦められた店だった。けれど場所はここではなかったはず。支店だろうか。
 その人は、僕が知るかぎり周りの誰にでも下の名前で、みなとさん、と呼ばれていた。眼鏡をかけていて、肩の下まで伸ばした髪を後ろでひとつにくくり、その結び目に届きはしないもののずいぶん長くはある前髪は額の真ん中でぴょんと分かれて、顔の輪郭を縁取っていた。みなとさんの旧い友人が一生懸命つくっているお米が、縁あってその店で使われているから、と。
 店名はみなとさんの名字と同じだった。けれど、同じなのはたまたまで赤の他人で、と、みなとさんはゆったりと微笑んで言った。赤の他人、というきっぱり突き放すような言葉に似合わないにこやかさが相まって印象に残ったのだった。そして、ぼくは二つ返事で出かけていって、同じ看板で、ここではない場所にある店で、スープカレーをたべた。そのはずだけれど、いきさつは思い出せても、味については思い出せない。カレーもだけど、お米の味も。
 スープカレーははじめてたべたわけじゃなかったし、札幌名物だということも知っていた。鶏もも肉、なす、ブロッコリー、にんじんなど、具はみんな大ぶりで、ボウルのような器に満たされたスープに肩まで浸かっている。どの具もスープと一緒に煮込まれてはおらず、輪郭をきっちり保ったまま浸かっている様は、思い出せるような、スープカレーの最大公約数のイメージをただ頭の中に浮かべているような。他のカレーの味わいと、印象が混ざってしまっているのかもしれない。
 みなとさんとも、長らく顔を合わせていない。互いに、よい印象を持っていたにちがいなく、なんなら、デート、と呼ばれるくらいの楽しさがふたりのあいだにあるようになっても不思議ではなかったのに、その場その場ですっと引っ掛けておくだけの、S字フックみたいな関係性で、それっきり。

 男は再び、女性のほうを振り返って言った。
 歩こう!
 走る車がいても、その声は大きく明るく、ぼくの耳にも届いた。女性はまた、なにも返事をしない。
 男は、もしかしたら女性より年下かもしれない。きっと上ではない。互いに気を遣い合わないところからして、よくもわるくも長い付き合いなのではなかろうか。
 そうやって、ふたりの関係性に思いを馳せている自分がふとばかみたいに思えてきて、ぼくは歩幅を大きくし、ふたりを追い越したのだけれど、程なくして信号待ちで追い付かれた。
 ぼくとふたりは、横一列に並んで、横断歩道を渡った。信号待ちのインターバルがあったから、女性ももう男の後ろについて歩いてはいなかった。横断歩道を渡り切ったところには地下鉄の入口がある。ふたりはそこにおりていった。後ろ姿を見やると、手を繋いでいた。なあんだ。デートだなあ。
 繋いだ手と手は、所詮、S字フックなのだろうか。あるいは、カラビナか。どのみち、ぼくは誰かと久しく手を繋いでいない。