しるものひと口 / 木村衣有子

誰かと囲んだ食卓のなかにあった「しるもの」をひと口飲めば、その時の記憶が蘇る。 時に優しく、時に苦味を伴う、そんな「しるもの」のお話。 著者の意欲作『しるもの読物』の続編が、連作短編として登場します。

女のドトール

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 ドトールに、ヒノといる。ぼくはブレンドコーヒーを注文した。ヒノも。わたしはいつもブレンドだよっ、と、ヒノはぼくの顔をのぞきこんで言った。ドトールでコーヒーっていうとさ、ブレンドひとつしかないのが潔いよねっ、真実はいつもひとつ!
 のみものいろいろあるでしょ、と、ぼくは返そうとしてやめた。冷たいのみものを好まず、ミルクや砂糖のあらかじめ入っていないコーヒーを求めるヒノにとっては、そうかもね。エスプレッソとアメリカンの存在意義についてはこの際、気付かなかったことにする。
 コーヒーの豆をあれやこれや選べない場所だからこその清々しさも、ある。
 たとえば、恋人がいなくて困ることは幾つもある、ありすぎるけれど、そのうちのひとつは、違う味ののみものをひと口ずつ味見し合えない悲しみである。いっそ、いないなら、味見を楽しむ可能性も失われていたほうがせいせいする。たとえば、ケーキみたいな固体なら、口をつける前にフォークで割って分け合っておけるから、いいんだけど。
 そうはいっても、今日はヒノもぼくものみものしか注文していない。
 今日のドトールのブレンドコーヒーはおいしい。
 今日は、注文したとき、すぐにコーヒーが出て来ず、席で待つ時間があった。待った甲斐がある。というよりむしろ、待ってもいいからいつもこの味がいい。思うに、つくりおきのブレンドコーヒーがちょうどなくなり、新たに淹れたからおいしい、という単純なことなのだ。ならば、単純に、待ちたいよね、ぼくはそう思う。
 ドトールにはぼくは、どこの駅前にもあるスタンダードなコーヒーショップ、というイメージをずうっと抱いていた。こないだ、日本ではスタバの軒数のほうがもはやドトールより多い、と、知り、つくづく驚いた。10年くらい前まではドトールのほうが多かったものの、今となってはスタバはドトールの倍程の数があるのだという。待ち合わせといえばドトールだった一時期があったから、その頃の印象がぼくにはしみついているのだろう。どこにでもある、と。
 そうヒノに話すと、早速彼女はiPhoneを取り出して検索をした。ドトールのオフィシャルサイトにある、日本地図の上には、ふたつの空白地帯があると言い、ぼくに示す。滋賀県と徳島県にはドトールがないのだった(※)。なんということだろう。
 どこにでもあるっていうのは驕りだったねっ。
 「ありそうな雰囲気が、あるからさ!」
 おとなしく言いくるめられておけばいい話題だったかもしれないのに、ちょっとだけ、ぼくはむきになってしまった。ヒノは、あるある、と、すげなく返す。

 ヒノとぼくの隣席にいた女ふたり客が店を出ていった。その向こうにいたひとり客も少し間を置いて、出ていった。やっぱり女の人だった。
 すると、ぼくの席からの視界は不意に開けて、このドトールの1階フロア全体を見渡せるようになった。十中八九埋まっている席の全てが女性客で占められていると、わかった。
 ヒノが言う。
 ドトールにしては珍しいよね。女の人ばっかりって。
 このドトールにははじめて来たぼくだった。数多のドトールの中でも、雰囲気がいいな、と、感じられた。入口が西向きで、傾いてきた陽の光が自動ドアから差し込んできている。眩しさにうっとりする。西陽を遮るためのスクリーンが用意されてなくともまだ気にならない、少なくともぼくは、というくらいの季節。陽の光の明るさだけでなく、ぼく以外の女の人たちによってもその雰囲気は醸し出されていたのか? もちろん、たいていのドトールは男性客の比率が高いものだけれど、ぼくはそのことをもはや意識していないくらいドトールに馴染んでいた。
 「男の店、っていうわけじゃないけど、女の店じゃないことは確かかあ」
 だからかな、ケーキにも飾りがないよねっ、と、ヒノは言った。
 レジのほうに目をやれば、カウンターの中に立っているふたりのスタッフも女の人だった。これもまた、珍しいような、単にぼくが注文の際にそれほど先方の性別を意識していたかどうかあやしいもののような。2階席もあるけれど、そこに男性客がいるかどうかはわからないし、たしかめようと階段を上がってみるのは明らかにやりすぎだ。少なくとも、この席から見える範囲だけでいうと、ぼくは黒一点。
 黒一点になる局面は、これまでにもしばしばあった。なりがちな質だとは自負している。特に望んでのことではない、もちろん。お、男ひとりだった、と、自分でも気付かないときもあったり、周りにも、男が混ざっていると気付かれていないにちがいないと確信するときもあったりする。だから、ドトールにおおむね同性客が多いのはぼくにとっての居心地のよさとイコールだったわけではない、はず。
 わたしは紅一点になりがちだったなあっ。
 ヒノは語りはじめた。
 わかるっ、と、しみじみ共感できる相手は男友達ばかりだった。
 女友達に、そうだろうね、という、微温の共感はできる。でも、ぬるたいくらいでそれ以上は上昇しない。
 なぜならば、女同士ならば必ずやわかりあえるはず、と、強固に信じていると出会うことが多すぎた。というか、世の中にはそういう女の人がそもそも多いのかもしれない。それを前提にされるとヒノは引いてしまうという。男の人同士の場合はどうなのかわからないけれど、異性同士だと、わからない、という前提でもって向き合えるから、よかった、と、そのように表明したならば、もててるって自慢したいの? と、返されるだろうし、そういうヒノ自身も、もてているように思い込んで、いい気になって過ごしてやいなかったか。
 しかしあくまでも性的な意味ではなくとも、男友達と一緒にいるほうが楽だった。そうはいっても男になりたいわけじゃなかった。いったん親しくなれたなら、性的に繋がりさえしなければいつまでも交友関係を保てると信じていた。あくまでも仕事の上とかお金のことでもめたりしなければ、ずっと。
 しかし、そんなはずはないと気付くのが遅かったヒノだった。四十路をこえてから、ということはほんの2、3年前である。
 ヒノは、ドトールは、喫茶的チェーン店でも同性ばかりに囲まれないで済むから好き、そうも言う。でも、このドトールにいる女の人たちはそんなにいやじゃない。とも。どうしてだろう。ヒノは言葉を切って、女性客たちをしばらく眺めていた。そして言う。
 見た感じ、みんな、わたしより年下だよねっ。
 「そうかな」
 ヒノはぼくのほうに視線を戻し、それって、わたしに気を遣ってるの? と、訊くのだった。否、他意はなく、単純に、よくわからないなというだけだった。それよりも、ヒノにしては珍しい問いかけだなあとは思う。
 ヒノは言う。はたちの頃のわたしの将来の夢はねっ、“若い子はいいわよねー”という女だけにはなりたくないってことだったな。
 「小さな夢だね?」
 大事な夢だよっ。
 「ん、そうだけどさ」
 小さな夢といえばいろいろあったけど、叶うとそう願ってたことを忘れちゃうし、叶わなくてもいいやってなったらやっぱり忘れちゃうし、おぼえてるのはその夢くらいだね。
 夢、というのではなくて、目標なんじゃないかな。無期限だし。ともかく、ヒノははたちの頃の自分自身を裏切ってはいないんだな、と、その頃のヒノのことはヒノ自身の昔語りの中でしかぼくは知らないけれど、妙にほっとした。

※2026年5月現在