しるものひと口 / 木村衣有子

誰かと囲んだ食卓のなかにあった「しるもの」をひと口飲めば、その時の記憶が蘇る。 時に優しく、時に苦味を伴う、そんな「しるもの」のお話。 著者の意欲作『しるもの読物』の続編が、連作短編として登場します。

冷やしコーンポタージュの味を思い出すとき

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 たしかに、思い出の中にあった、ひんやりしたコーンポタージュ。
 繁華な街のはじっこにある、ハンバーガー系のチェーン店の前を、陽が落ちてもちっとも涼しさなどない晩にひとり通りすがった。店のガラス扉に貼ってあったとうもろこしの写真の明るさに惹かれ、買ったのだった。とうもろこしの黄色は暑苦しさとは別種だ。とうもろこしを、きみ、と言い慣わす土地から自分が出てきたことをぼくはもう忘れている。というよりむしろ、思い出すにはこの街の夏は暑すぎるし、冬は寒くなさすぎる。
 ポタージュだけ買った。カップひとつ入れて渡された茶色のクラフト紙の袋の、がさがさしたような香りはおぼえている。たしか一昨年の夏の思い出のはず、いや、そのさらに前の年だったかもしれない。
 チェーン店、といっても、どこの駅前にだってあるわけじゃない。それこそ近年のドトールじゃないけれど、日本地図の上には空白地帯も少なくないようなチェーン店だった。また買おう、買おう、と、思いながらその夏は遠去かっていっていた。
 この夏、お昼ごはんのタイミングを完全に逃したまま日暮れを迎えた、ひとりでいた休みの日、それほど頻繁には来ないエリアの、馴染みのない大通りを横切っていて、ふと、あのチェーン店があると、はっとした。
 お店は、おもてから見たら空いていた。この店はタッチパネル式じゃない。誰も並んでいないレジカウンターに直進し、学生っぽさのある男、人、というよりも、子、と呼んでしまいたくなるような年頃のスタッフに、ぼくは言った。
 「テイクアウトで、冷やしコーンポタージュひとつ下さい」
 少々お待ち下さいませ。男の子は、戸惑いを含んだ声でそう言って彼はバックヤードに消えた。そちらにいた別の誰かと話しているもよう。
 もしかして、終売?
 Tシャツの背中にしみた汗が冷えていく。
 あらためて、カウンターに置いてある品書きに視線を落とす。期間限定メニューのハワイっぽさのあるハンバーガーの写真が大きくプリントされているだけで、今ある品のラインナップはわからなかった。この裏か、あるいはカウンターの上に記してあるのかもしれない、と、ぼくが視線を上げたとき、奥から先程の彼と、別のスタッフが出てきた。女の人で、ぼくとそう年は変わらないかもという気がする。
 すみません、そういったメニューはご用意してないんですよ。
 女の人はそう言った。
 あっ、そうなんですね、とか言いながら踵を返せばよかったのだ。「前に他の店にはあったんです」、と、ぼくは言ってしまった。そう口に出したとたん、不安になってきた。他の店、というのも、他のチェーンと勘違いしているのかと解釈されてやしないか。
 男の子も女の人も、同じくらい困惑したような表情を浮かべた。当店では取り扱っていないんですよ、もしかしたら店舗限定メニューだった可能性もあるかもしれません、と、女の人は言った。それから、男の子と唱和するように、申し訳ありません、と、言いながら頭を下げた。ふたりの声には申し訳なさというよりも、面倒くささが、にじんでいた。
 何も買わずに、店を出た。
 自分が客である場合、タッチパネルに好感を持ったことはこれまでなかったのだけれど、ほんとに、タッチパネル式の店だったらよかった。画面上に表示されなければそれっきり、残念だなあと引き下がれたのに。タッチパネルの美点、いや、利点って、こういうところにもあったのか。
 そもそも、検索してから店に入っていればよかったんだけれど、これもまた、自分が客である場合でもそうでなくとも、店の前にいるなら、入ったほうが早いだろう、と、扉を開けるほうを選んでしまうにちがいないぼくだった。
 チェーン店には、記憶の味はない。記憶する意味なんかないのだ。

 冷やしコーンポタージュ、あったねっ。一昨年までだけど。
 検索の鬼であるヒノは、iPhoneを手にそう言った。
 自分で検索する気力など湧かないくらいの暑さ、そう言ってみたいものだが、涼しくたって検索しないであろうぼくだった。だからヒノが隣にいると心強い。ちなみにヒノはこのチェーン店に入ったことはないそうだった。
 記憶は間違っていなかった。今はないこともわかった。ヒノ曰く、一昨年まではあったかいポタージュもあったそう。
 スタッフはぼくよりもあの店の少し前について知らないということもわかった。過去を検索するという行為はマニュアルにないことも。
 おいしかったんだねっ。
 虚心坦懐に、そうヒノに言われてみれば、正直言って、味、というよりも、街角で不意に出会でくわした冷たいしるもの、そういうシチュエーションが盛夏のいい思い出として刻み込まれていただけなのかもしれなかった。というよりむしろ、味については思い出せない。甘かっただろうし、クリーミーだっただろうし、冷たかったから前者はそれほど感じなかったのかもしれない、けれど。
 「そもそも味を記憶するのが下手なのかもしれない、ぼくは」
 ヒノはこう返した。
 おぼえてるからまたたべたい、っていうのもあるし、忘れちゃってるからこそまたたべたい、っていう感覚はわたしにもある。
 「でも、そういうところ、飲食業界にいる者としてはどうなんだろう」
 ヒノは、不味かったのを詳細におぼえているのもなんだなとは思うのはわたしがそういう仕事してないからかもだけど、と、前置きして、駅ビルでたべた不味かったざるそばの話をしはじめた。そばは味がしないし、つゆは醤油の味しかしなかった、と。
 ぼくは、かけそばじゃないことに疑問を持った。ヒノは冷たいものを好まないはずだから。
 しかし例外もある、ヒノはこんなふうに語った。
 そのときは不味くてもよかったくらい、冷たくてもよかった。そのとき片思いしてた人とふたりだけではじめてよそでごはんをたべることになって、同じものを注文したかった。おいしかったらどうしようというくらいその人のことが好きだった。
 「!」
 ヒノはにっこりしてこう言う。
 おいしくなくていいくらい君が好きだったよっ、っていう話だよっ。
 たとえば、もしもそのとき、そばつゆをこぼしてシャツの裾にしみがついたとしても、しみを残したいくらいに好きだった、と。
 「実際にはこぼしはしなかったってこと?」
 ねっ、こぼしてたらよかったよ。
 ヒノは、こんなふうに続けた。
 そうは言っても、その人にとっては、ただの不味いざるそばの記憶かもしれないし、そもそもおぼえてもいないかもしれない。あくまでも自分自身がこれだけ心酔していたということが重要で、相手がどう記憶していようがかまわない。
 と、ここまで語るあいだ、ヒノはずっとにっこりしていたが、真顔に戻って、こう言った。
 もちろん、まともな感覚だったら、誰とでもいつでもおいしいほうがいいに決まってるし、片思い中って狂ってるね。狂って候、ってタイトルの曲あったよねっ。
 ヒノの話はたべものから逸れていく。

 程なくして、ぼくは、とうもろこし味のアイスをたべる機会を得て、はっとした。いつぞやの冷やしコーンポタージュの味は、そう、こんなふうだった。さらっとしたおいしさを、思い出すことができた。