シジュウカツ! フリーライター藤谷さん40歳の『〇〇活』記 / 藤谷千明

「婚活」、「就活」、「朝活」、「涙活」……。世の中に存在するさまざまな活動を40歳になったフリーライターが自ら体験し考察する。最近始めた活動や幼いころから今に至るまで続けていること。それらすべてを通して、新しく見えてきたものとは……? ジャンルや枠組みに囚われず、日々を活発的に過ごす著者がおくる実体験型エッセイ。

推し活

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推し活マナー講師への道は不安で舗装されている

 NHKの朝の情報番組で、「推し活」が取り上げられたときは正直驚きました。もはや「推し活」は健康情報と並ぶ存在なのだと。

 この数年、女性誌などでも「推し活」特集が組まれたり、「推し活」や「オタ活」がテーマのドラマや漫画も注目されたり、さらには男性アイドルを応援する主人公の心情を綴った『推し、燃ゆ』が芥川賞を受賞。そして朝の情報番組ですよ。あの手のコンテンツは、健康情報をお伝えしているイメージしかない。つまり、「推し活」は文学的に評価され、ひいては健康にいいことが証明されたのでしょう。こういうことをいうと、薬機法に触れてしまいそうなのでほどほどにしておきます。

 今回のテーマ選びも、本連載担当編集のK氏たってのご希望で「まずは推し活ですよね! 藤谷さんの推し活の話、期待しています!」と、元気のいい文面のメールをくれました。こういうことの嗅覚は、編集者の人のほうが鋭いと思うので、多分世の中的にも「推し活」の話は求められているのでしょう。私の話が求められているのかは別として。
 
 ほかにも、「推し活」が市民権を得たなと感じることがありました。初夏に放送されていた缶コーヒー「ジョージア」のCMの一幕。好きな漫画原作(アニメ化?)を担当することになった会社員女性。喜びを抑えつつ対応するも、その作品の主演を推し声優が担当すると知り、大はしゃぎするという内容です。ウォ、このテンションの上がりよう……、他人事ながらおばさんは不安になってしまいました。いやだってこのテンションのまま、ウッカリ内部情報をプライベートTwitter(鍵アカウント)に投下して、なぜか流出して炎上するみたいな光景を幻視してしまったんですよ。ちなみに、友人のオタク編集者にこの話をしたら「私は“あ〜、ナショナルクライアント1が『推し活』をテーマにする時代になったんだな〜”としか思わなかったですよ」とご返答いただいたので、狂ってるのは多分私です。すみませんでした。

 このCMでいえば、一昔前は、そのときめきは「推し」ではなくて「素敵な上司」だったり「同僚」だったりの職場恋愛的な関係性が描かれていたと思うんですよ。しかし、今や職場恋愛を安易に描くとセクハラ、パワハラ的な描写にも繋がりかねないので、そういう意味では「推し活」は、今や比較的安全な題材なのかもしれません。恋愛の下位互換ではないことは『推し、燃ゆ』を読めばわかることですが、メディアやビジネスの世界に絞ると、気軽に人と会えないコロナ禍も後押ししてか、「推し活市場」は「恋愛市場」の代わりになるのかも? 的な期待の視線も感じます。これも私の気のせいだといいのですが。


 今更ですが、「推し」というのはオタク用語です。ほんの十数年前までは、「オタクはキモいのでバレないようにするもの」という圧力は、世間の中にも自分の中にもあったように記憶しています。以前同じ職場にいたオタクが「アニメイトに行くときは、周りと一緒にされたくないから、いつもより服装に気を使う」と話していて、その気持ちもわからなくはありませんが、まあその自意識過剰さは、どう考えてもオタクである証拠なんですけど。上手く隠せたほうがオタクとして上級者とされ、「美人のオタクほど性癖がエグい(故にカッコいい)」みたいな謎の風潮、ありませんでしたっけ。なんだったんでしょうね、あれ。

 私は学生の頃からヴィジュアル系バンドが好きで、お小遣いやバイト代をかき集め発売日に(※たまに遅れることもある)勇んでCDや雑誌を手にし、地元でライブがあれば足を運んでいました。本州の片隅の山口県のさらに片隅の子供なりに……、いや子供だからこそ「必死」になっている娘の姿を見て、母親は「いとこの誰々も同じようにバンドを追っかけているけど、仲間の最高齢は27歳、それまでには卒業するって言ってたから、あなたはどうなの?」と訊ねてきました。いうて私としても三十路前には、もう少しまっとうな大人になっているのではないかと無根拠に思っておりました。……しかし、無根拠はやはり無根拠でしたね。気がついたらヴィジュアル系が好きなまんま四十路になっていました。なんだかんだで趣味が仕事になっている部分もあるので、母親も「好きなことを仕事にできてよかったわね〜」というテンションで、20年前と偉い違いですわ。

 ちなみに、1990年代〜2000年代のヴィジュアル系のファンの間ではあまり「推し」は使用されておらず、「本命」が主流でした。そもそも、ファンの中にオタクはそれなりにいたはずですが、オタクカルチャーとしては認識されていなかったような……。とはいえ最近は全部一緒くたにされている印象はありますね。世の流れよ……。

 そうなんですよ、世の流れは速いんですよ。世間だって、気がついたら「推し活、イイじゃないですか〜」みたいな空気になっているような。繰り返しますが、それは私が趣味を仕事にしてるからかもしれませんが、それこそナショナルクライアントがテーマにする時代ですよ。ナショナルクライアントがなんなのか、あんまりわかってないですが。世の中の価値観が時代によって変わっていくのも当然ですし、いろいろな要因があるでしょう。ただ、これを読んでいる同年代のみんなたちの中にも、狐につままれた気分になっている人も少なくないのではないでしょうか。

 そうそう、昨年「オタクの経済効果」的なテーマで、ネット配信番組にお呼ばれしたことがあったんですよ。コメンテーターは社会学者の方や経営者の方、元官僚の方など……、そんなそうそうたるメンツの中で、「なんか最近オタクのルームシェア本を出した人」という謎肩書の私、またしても場違い通り越して異世界。コメンテーターの方々は「オタクの経済効果」や「オタクの人はよく働く」と絶賛。オ、オウ……。オタクが電車で人助けしてお礼に高いティーカップもらって2ちゃんねるに相談を書き込んでいた時代2から随分遠くに来てしまったな。そして私、完全に置物。論客さんも、クラス内で自分はアニメやゲーム観てることは隠して、観ているやつをいじめるくらいの勢いだった的なことを言い出して、さすがにそれには震え声でツッコミ入れさせていただきましたけど……。なんかこう、私の知ってるオタクの話じゃなくなってるな……とぼんやり思った訳です。オタク産業をビジネス的に語ることで、オタク文化が広がっていった経緯も確実にあると思うので、それ自体が悪いことだとは思いませんが(しかし、いじめだけは良くない)。ちなみに社会学者の方は先日『推しエコノミー』という本を出しているのをお見かけしました。仕事が速い!


 けれど、このブームもいつかなにかしらの反動が来るんじゃないかとプルプル震えています。だって世間の流れは速すぎるんだもん。たとえば、「推し」を「消費」することは果たして良いことなのか悪いことなのかという話は、私のタイムラインには定期的に流れてきます。結論から申し上げると「程度問題だろ」って話ですけど、再度我々はこの方面で日陰に追いやられる可能性があるんじゃないかな〜とも思っています。自分の中でも「無邪気にやってていいもんかな〜」と感じることも、日々発生していております。

 その一方で日々高まる人権意識のなか、「自分のその応援は、好意は、迷惑かもしれない、相手を傷つけるものかもしれない」という不安は誰しも持っているのでは。すべての好意が歓迎されているものとは限らないというか。「推しは推せるときに推せ」とは近年よくスローガン的に使われるワードですが、ミュージシャン、役者、YouTuberに限らず、過去の人気を振り返って「あの時はその人気が負担だった」みたいなことを言ってたりするのを見かけると、自分のことでなくても天を仰いでしまいます。自分の好意は加害性を帯びているのではないか、うっすらと恐怖を感じている。それは歳を重ねるごとに強くなるような気がしています。


 私には妹がいるのですが、ある日、真っ青な顔で家に帰ってきました。
 手にはなにかの封筒。

 「いま、これ、知らないおじいさんからもらって……。怖い……」

 その手紙はラブレターでした。「あなたは初恋の人に似ています、今度ドライブに行きませんか?」という内容の。なお差出人の名前は「晴天の霹靂」でした。晴天の霹靂氏からしたら、勇気を出してほのかな恋心を開示しただけですが、妹からしたらほぼほぼ誘拐予告です。そのくらい人と人には気持ちに溝ができることはある。一方私は「青天の霹靂て……」と半笑いになっていました。みんなの心はバラバラだ! ちなみにその後、青天の霹靂氏のご家族の方がウチに謝罪に来ました。ご苦労さまです。

 さて、これは極端な例ですが、年齢を重ねた存在は「それだけで脅威」になる可能性があるわけです。それゆえに「年下の推し」に対してどう振る舞っていいかわからないという話。40歳を迎えた今、自分の周囲で、この手の悩みの話を聞くようになりました。なお、同年代や年上の推しを持つ人の悩み事といえば、だいたい「健康」の心配や(それはそれで心配)、「ご本人のお子さんが芸能活動など表に出る仕事を始めた場合の受け止め方」などですね……。  

 小説家の村田沙耶香さんのエッセイ本『きれいなシワの作り方』でも、アラサー女性10代男性アイドルのハイタッチ会に行った時に「万が一セクハラになったらと思うと……」「そうなんですよ!年配の女性から性的な目で見られたことが彼のトラウマになってしまったらって心配で……!」という、切実なやり取りが綴られており、話はセクハラ「される」側から「してるかもしれない」側になっていることへの不安が吐露され、無邪気に応援している女子高生が羨ましいと〆られています。

村田沙耶香『きれいなシワの作り方』(マガジンハウス 2015年)

 私も似たような経験が。以前、友人たちに誘われて「メンズ地下アイドル」の現場に行ったときのことです。この手のイベントは、ステージが終わったら、「撮影会」があるのがデフォルトで、しかも初めてのお客さんは無料とのことで、友人たちに「行って来い」と囃し立てられたこともあり、おずおずとメンバーのひとりと写真撮影したのですが……。一回り、いや下手したら20歳下の初対面の人間……、何話していいかわからん。いや、話すことはライブの感想なのですが、コミュニケーションのとり方がわからんというか。そらセクハラをするつもりは毛頭ありませんが(無自覚なハラスメントもあるから気をつけたい)、何がきっかけで恐怖心を与えてしまうか、わからないじゃないですか。例えば「親御さんいくつ?」とか一瞬聞きそうになりましたもん。うわキッショ、書いてて自分でもびっくり。20年近く前にスナック勤務をしていた頃、こちらの年齢を聞いてオーバーに驚くお客さんを不思議に思っていたけれど、人は話題がないとついつい年齢の話をしてしまう生き物なのか……と。水商売の接客とアイドルのツーショット撮影は違うだろといえばそうなんですけどね。  
 
 ほかにも年齢差が起こすキショい仕草の余罪は、頑張って記憶を掘り返せばあると思うんですが、あんまりインターネット懺悔室的に公の場で書くのも、自虐というか自傷行為みたいになりそうで……。なんでも書いてしまうのは良くない。  
 じゃあ反対に「若い頃の自分」は、なぜ無邪気な無害だったのか?(無害だと「思っていた」のか?)という話になってきますよね(そもそもヤベ〜〜ファンは年齢性別関係なくいらっしゃるし……)。それは世間的には「無力」とされていたから。先述した村田さんのエッセイにあるように、若い頃は職場ハラスメントの被害者の側であることが多かった女性たちも、年齢を重ねると加害者側になりうる可能性もある。この数年、職場において女性→男性、あるいは女性→女性のハラスメントの話を耳にすることが増え

 「気をつけよう、明日は我が身かもしれない」
 「自分が老害ムーブをやってたら言ってくれ」
 「ひと思いに殺してくれ」

 と同年代で確認しあう日々です。それも言うは易しで、なかなか難しいけれど。

 しかしですね、職場では年齢差=権力の差になることが多いですが、推し活に年齢差はないわけですよ(まれに性別や年齢をわけたイベントが行われたりしますが)。これは、「いい年こいて若い男(or女)に必死になってる自分は周囲から見てヤバいのではないか」という羞恥心を、道徳的な規範に沿った加害者意識で覆い隠しているところもあるんじゃないでしょうか。ある種の防衛本能というか。そして、もうひとつの防御の手法として「保護者ムーブ」があるのかな、とも。これもよく周囲から聞くんですよね〜!

 若いファンの中に年長者がいると、知らないうちに「姉さん」的なポジションになっているのも「あるある」ですが(あれはあれでなんだろうねと思いますが)、アラフォーど真ん中にもなると、それが「お母さん」になっているという話を先日聞きました。産んでねえ〜! ただ、コミュニケーションとは潤滑油でもあるので、そこで逐一否定してても角が立ちますしねえ……。実際、推しを「親のような」目線で見てしまうことも少なくないでしょうし。いい推し親気分。
 
 そして、「ファンがどこまで推しに対して干渉する発言をしてもいいのか」も、難しい話ではありますな。これは些細な話なのですが、同年代で若いアーティストやアイドル、俳優を応援している友人数名から、偶然にも同じ悩みを打ち明けられたんですよ。それは「推しがひろゆき3を尊敬しているのがいたたまれない」ということ。あ〜〜〜、それはありそう〜〜! でも、たしかに、これは厳しい、厳しいが「悪事」ではない。こういうことを逐一DMしたら、それこそ「ファンのおせっかい」になってしまう。そして、これも一種の「保護者ムーブ」なのかもしれません。しかし、親がすべて善良ではないように、おせっかい通り越して「毒親ムーブ」になってないかしら……と。

 まあね、例えばですけど、推しが変なインフルエンサーの話をしているレベルならまだいいですよ(あんまりいい気分ではありませんが)。「推しがなにかとんでもないことをしてしまった場合」についても考えてしまいます。過去のことやプライベートの炎上ごとならまだしも、「誰がどう見てもアウト、当然自分から見ても許されない」ケースです。具体的なことを書くと現実に起きたらイヤなので曖昧にしてしまいました。言霊とかわりと信じちゃうタイプなので。なんでも書いてしまうのは良くない(2回目)。盲目的に応援し続けるのは果たして本人のためなのか? とはいえアッサリ切り捨ててしまうのも心が痛む……。起きてないことを幻視するなって話ですが。

 これは「推し活」が「良いこと」とされるようになったからこそ出てくる悩みなのかもしれません。
 
 推し活は人生を楽しくしてくれたり、辛いことを乗り越える糧になったりもします。とはいえ、たかが趣味、されど趣味。とはいえ、最終的には自分の心の問題でしかないわけで。あんまり不安ごとばかり書いていても、そのうち「正しい推し方」を勝手に提唱する「推し活マナー講師4」みたいになってしまいかねないので、「推し活は、お気に召すまま、気の済むまで」というスタンスでいきたいと思っています。

 

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。

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  3. ひろゆき:最初にメディアに登場したのは、アングラ匿名掲示板2ちゃんねるの管理人として……だったと思うのですが、気がついたら書籍が売れ地上波に登場し、YouTubeの切り抜き動画がバズる「論破芸」の人に。「ニコニコ動画に出るのはまだしも、地上波はアカンのでは……」と謎の線引をしながら眺める昨今。
  4. マナー講師:きっと、真っ当なマナー講師の方もたくさんいるのでしょうが、市井の人々の不安につけこみ、存在しないマナーを創作して商売するというイメージが独り歩きしている気が。ここでいう「マナー講師」は後者の意味です。なお、「推し活マナー講師」で検索したところ、まだ存在していませんでした(※2021年10月現在)。