スノードーム / 香山哲

ある雑貨店の片隅に、古いスノードームが佇んでいる。 その中に住む者たちは、不安に駆られ、終末についての噂を交わしていた。 天空に、ある不穏な兆しがあらわれたのだ。 果たして「その時」は本当にやってくるのか? それはどんな風にやってくるのか?  小さな小さな世界の中で、静かに近づいてくる終末の記録。

フレーク

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 雪の降る日があった。この店がある地域では毎年3回ほど、積もるほど雪が降るような日がある。この店に来る客たちも、雪が積もれば大体その話をしているのでわかりやすい。人間たちは日頃から天候を気にして生きているな、という印象がある。


 スノードーム頂点の傷に変化があると自分が感じてから、しばらく考え込む日々が続いた。自分だけではなく、シフトもマーズもカルラもそうだった。「なんとなく傷に変化が起こった気がする」なんて、確かめるのが難しそうに思えた。


 それでも自分たちは、色んな仮説を出し合った。数日間とか数週間とか、ある程度まとまった時間を使って傷を眺めていると、色んな可能性を思いつく。もしかすると「自分の気のせい」みたいな可能性もあるし、「1日の中で傷が動いて、次の日までには元の位置に戻っている」みたいな奇妙な可能性も、無いとは思うけどゼロではない。そうして時間が流れていって、自分は1つのことに気付いた。


 傷の変化について自分がみんなに打ち明けた時から、傷の変化そのものとは直接関係ないようなぎこちなさを感じた。それは最初、原因不明なぎこちなさだったけど、みんなと仮説を言い合ううちに少しずつ判明してきた。そのぎこちなさは、傷の変化についてみんなに打ち明けたのが「自分だった」ということから起こっているようだった。


 シフト、マーズ、カルラ、自分。4者みんなの普段の調子を考えると、自分ではなく他の誰かが先に傷の変化について言い出しそうなものだった。自分はそういう時、変化があったように感じてもなかなか言い出さずに、誰かが言い出すのを待つことが多い。だけど今回は、不思議と誰も言い出さなくて、自分はしばらく待ってからようやくみんなに切り出そうと思った。この、普段通りではない順序によって、ぎこちなさを感じたのだろう。


 そして、このぎこちなさについて考えたことで、自分は1つのことに気付いた。


 シフト、マーズ、カルラ、自分。4者はこのスノードームの中で、異なる位置や高さにいる。だから、同じ傷を見ていても、完全に同じようには見えていない。これまで毎日みんなで確認してきた傷の形や大きさなどについては4者同じ確認結果が得られていたが、他の部分で自分にしか見えていないこともあったのではないか。


 たとえば、4者がそれぞれ異なる位置や高さにいることによって、各自と傷との角度に差がある。具体的に何度なのかはわからないけど、大きな差だ。すごく遠くにある物、太陽のような物との角度なら、太陽と4者それぞれは同じような角度だ。夕方に4者の根本から伸びる影を見れば、ほぼ同じ方向に伸びている。一方、傷は近くにあるので、各自と傷との角度が数十度のレベルで違っている。


 傷との角度の違いによって、自分にしか気づけないことがあったのかもしれない。だとしたら、考えてみる値打ちがありそうなのは反射についてだった。反射という現象にとって、角度は重要な要素だからだ。


 このスノードームの傷がある部分は、ドームの頂点付近で、その部分はガラス面が水平に近い。自分の視点から傷を直線で結び、反射する先がどこかと考えると、カルラの背後あたりのような気がする。他方、カルラの視点から見た場合は、ほとんど傷が真正面であり、鏡を見るようにカルラ自身が反射しているかもしれない。また、シフトとマーズは、大体ちょうどお互いが反射しているような位置関係だと思う。


 今、自分からガラスの傷付近を見た時、傷の中心から3時の方向と5時の方向に、ちょっと目立つ薄い紫色の反射像が見える。今までずっと、これは何が反射しているものなのか、特別気になってはいなかった。しかし、これはフレークだと思う。


 自分の視点からは傷の位置に、カルラの背後の地面が反射して見えているような感じだ。だから、その地面にあるフレークが見えているのだと思った。


 フレークはこのスノードームに封入されている小さな紙吹雪のようなもので、スノードームを振ると雪のように液中を舞う。フレークには白色のもの、銀色のものが多く、わずかに薄い紫色のものが混ざっている。その薄紫色のフレークが、ガラスに映っているのだと推測した。


 それで、数週間前から、傷の様子とは別に、傷付近に映るフレークと思われる像を観察していた。すると、像の観察を始めた日には6時の位置に見えていた薄紫色の像が、数週間かけて今、5時の位置に見えるようになった。像の輪郭の明確さも、すこし見え方が変わっている気がする。


 そのことをみんなに説明した。マーズは「1つだけ?」と聞いた。動いて見えるフレークの像が1つだけかということだ。自分は「わからない。見えている2つの像のうち少なくとも1つが、動いたように見える」と答えた。シフトとカルラは、黙って聞いていた。