スノードーム / 香山哲

ある雑貨店の片隅に、古いスノードームが佇んでいる。 その中に住む者たちは、不安に駆られ、終末についての噂を交わしていた。 天空に、ある不穏な兆しがあらわれたのだ。 果たして「その時」は本当にやってくるのか? それはどんな風にやってくるのか?  小さな小さな世界の中で、静かに近づいてくる終末の記録。

大寒波

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 建物の外では秋が始まろうとしていたが、雑貨店内で今聞こえている会話は大寒波についてだった。店からすこし山のほうに行ったところにある学校の生徒が2人来ていて、この店内のコピー機の前で話している。大寒波は、寒波とは違うらしい。



 2人は何度もこの店に来たことがある。この店は周囲に比べてコピーが安いからだ。そのかわり雑貨店のコピー機は古い型で、印刷結果もすこし汚い。充填されている紙も店主が安物を選んでいて、この機種に適していないのかもしれない。とにかくそういう質で、印刷動作も速くない。2人は印刷を待ちながら大寒波について話している。



 聞いている限り、たしかに寒波と大寒波は人間たちにとって異なるスケールのものだった。まず、寒すぎて人間たちの文明の中にある機械類が止まる。その機械類には自動車や発電施設なども含まれるので、物資の流通や電気の供給が止まってしまう。人間の文明は、ある域から気温が少し下がるだけで急激に動作しなくなる。寒波を超えた、大寒波と言えるような寒さになることを想定していない。その脆さについて、コピーを待つ2人の学生は興味があるらしかった。



 2人は学校でサバイバルクラブというクラブ活動をしている。以前この店の店主が2人に何を印刷しているのか話しかけた時に2人はクラブについて説明していた。2人はクラブ活動として、共同で冊子を作っているのだという。最近の冊子において大寒波は大きなテーマだった。発電所が止まったときのための予備電力や自前で発電するための装置、その電力を何かに使うために電圧や電流を整える手段、安全に使う方法。あるいは、保存食や自分の健康維持について、移動手段や交信手段について。大寒波から派生する、調べることや考えることは無限にあった。



 大寒波は天罰や自業自得ではないという。つまり、人間たちが今までどう生きてきたかとか、何をしてきたかとは関係なく、宇宙の諸活動の都合で起こるのだ。サバイバルクラブの2人の学生が知っている説では、太陽や他の星の位置関係や衝突などが組み合わさって、極端に地球への日照が減ることで起こるらしい。その宇宙の都合で、ほとんどの動植物が滅びるのだという。寒く、暗い時間が続き、静かな星になるのかもしれない。何か、こう、命のない静かな星の様子は、穏やかさも感じさせると思った。それらの生物たちは、元々は大昔に宇宙の都合で湧いたものだっただろうし。



 とはいえサバイバルクラブの2人は、サバイバルしたいという前提で冊子を作っている。可能な限り寒さを防ぎ、食料を確保して、1日でも長く生きる。資材の節約、エネルギー効率の最大化、1%でも事故率の低いロープの結び方、それら知識の積み重ねで、生きられる日数は変わるかもしれない。1日長く生き残るだけで、大寒波が去って機械の文明が復旧する日に間に合うかもしれない。そういう気持ちに動かされて、2人は冊子に書く内容を選定したり検討したりして、まとめていた。