「フレークが動く」ということは、みんなにとって受け入れやすいことだった。そもそも、スノードームのフレークの形状や素材は、舞うように設計されているものだ。また、スノードームの液体のほうも、スノードーム本体が持ち上げられたり揺られたりした時にフレークが長い時間動き続けるよう、工夫されている。
カルラは「冬のほうがフレークは動きやすいのかもしれない」と言った。「液体の温度が、夏よりも冬のほうが大きく変動するだろうから」とカルラが続けた。「店内の気温は、夏の場合は最高で摂氏25度ぐらいだ。そこから夜中を経て明け方まで、せいぜい20度ぐらいまでしか下がらない。その場合、店内気温の高低差は5度ぐらいしかないことになる。いっぽう、冬はストーブで22度ぐらいまで上がるけど、夜中は9度ぐらいまで下がる日もある。上下幅は13度だ」。
この次にカルラが言うことを予想して、シフトが言った。「気温差が、対流みたいなものを生むってことだよね」。スノードーム内の液体に温かい部分と冷たい部分が生じると、均一になるように液体が動く。それがフレークを動かすほどの強さになりうるのかはわからないが、液体が動くのは納得できる。スノードーム本体が直接持ち上げられたり揺られたりすることだけではなく、熱が伝わることもエネルギーの刺激だ。
「そうか……」。自分は、フレークが動いた原因についてアイデアがなかったので、すこし安心した気持ちで聞いていた。液体が動くことは、スノードームであれば日常的に起こる。人が振ったり、置かれている家具が揺れたり、色々な理由がある。そしてそんな日常的なことでガラスが傷付くということは無さそうだ。だから、「それじゃあ、まあ、このことは傷に関係あるわけじゃ無さそうかな」と、自分はみんなに言った。
その冬はずっと、フレークの観察がみんなの間で流行っていた。よく見れば数日かけてゆっくりと位置を変えるものがあった。たまたま自分が発見した時はガラスに反射したフレークの姿を見ていたが、今はみんな、地面にあるフレークそのものを観察している。
みんなで同じフレークについて話す時などに便利なよう、スノードームの絶対的な位置を決めた。ガラスの傷の両端のうち、レジに近いほうが12時で、店外に近いほうが6時だ。4時とか9時とか、その他は目分量で言っていくしかないが、ドームの中心からの距離などの情報を加えれば、同じものを見つけやすかった。中心からの距離については、ドームの中心を0、ガラスに接する周縁を1とした数値で表現した。フレークたちのある地面部分は平面なので、高さに関する情報は必要ない。「7時の方角、中心からちょうど0.5あたりにある薄紫のフレークを、今日から観察しようと思う」「それって、反時計方向に2つ銀のフレークと接してるフレーク?」「そう!」という感じで指示しあった。
最初に自分が見つけた薄紫のフレークの位置も、なんとなく判明した。当初そのフレークは「あの動いたフレーク」と呼ばれていたけど、そのうち「うご」というニックネームで呼ばれるようになった。うごの周りには白と銀のフレークが多く、目印として使いやすかった。
その後、同じように、「うご11」というフレークも目印に使われるようになった。このフレークは、動いたところが観察されたわけではないが、うごと同じように、周りに同じ色のフレークがあまりない薄紫のフレークで、11時の方角に位置している目印として呼ばれていた。「うご11のすこし外側って、銀色フレークが多い気がする」「似たフレークが多いと、動いてても気づきにくいな……」といった会話がなされた。
見つけやすい、目印として役立つフレークがどんどん名付けられていった。このあたりから色んな名前が付けられるようになった。うご11と同様に、方角の目印として名付けられた「うご5」、「うご8」。ドームの中心点0から周縁のガラス面1までの内外位置の目印として名付けられた「めじ0.25」、「めじ0.75」。
その他にも、方角や内外位置とは関係なく、見つけやすくて目立つフレークに固有の名前が付けられていった。アイ、イザザ、ウネ、エキュ、オク、カイ、キーラ、クエノ、ケソ、コルゴ、ガラン、ギシ、グーア、ゲウイ、ゴコ、サーサ、シキン、スクア、セキ、ソン、ザスイ、ジンカ、ズグ、ゼテン、ゾコウ、ターグ、チッザ、ツク、テエン、トウカ、ダトン、ヂシキ、ヅウー、デテノ、ドンエ、ナドア、ニシリ、ヌンジ、ネカー、ノソン、ハキ、ヒジク、フハブ、へネン、ホエト、バリイ、ビミ、ブー、ベヘン、ボスジ、パチ、ピオン、ププ、ペシュン、ポク、マキイ、ミシキ、ムーエ、メニ、モルカ、ヤゾ、ユン、ヨシタ、ラウト、リアグ、ルーフ、レチェ、ロボン、ワウア、ヲトギ、ントス。
「もう使える頭文字がない」と自分が言うと、「2周目に入ろう」とシフトが言った。アトン、イス、ウリク、エメダ、オウタ。次々と名前が決められていった。