スノードーム / 香山哲

ある雑貨店の片隅に、古いスノードームが佇んでいる。 その中に住む者たちは、不安に駆られ、終末についての噂を交わしていた。 天空に、ある不穏な兆しがあらわれたのだ。 果たして「その時」は本当にやってくるのか? それはどんな風にやってくるのか?  小さな小さな世界の中で、静かに近づいてくる終末の記録。

名前

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 スノードーム内の地面に積もっているフレークたちに呼び名を付けていったとしても、そのフレークたちと意思疎通できるようになることはない。だけど、位置や動きやすさなどによるフレークの個性が呼び名と重なって、自分はフレークたちに愛着を感じるようになった。同じスノードームの中に住む者だし、滅亡が起こるとしたら、その運命も共にしている。


 シフトが「まだ名前が無いフレークがかわいそうに思えてきちゃうな」と言った。マーズはそれに対して「シフトの羽にも、名前は無いよ」と言った。シフトは「え?」と、すこし驚いて、「マーズの角には名前がある?」と質問した。



 マーズは「無いよ。このスノードームには、フレーク以外にも名無しのものはたくさんある……ってことが言いたかったんだ」と言った。そこでカルラが「シフトは、全部の物に名前を付けていきたい?」と聞いた。シフトはちょっと考えた。


「まあ……すぐにじゃなくても、名付ける機会があったら名前を付けるようにしていきたいかもしれないな」とシフトは答えた。カルラは「そのぐらいでいいかもね。必要になった時とかにその都度名付けていけば」と言った。たしかにそうだ。スノードームの地面にも名前は無い。ガラスにも名前は無い。液体中には、フレークだけではなくて、目に見えないだけで小さなチリや粒子が漂っていて、それらにも名前は無い。自分たちがたくさんの名前を付けたように感じても、このスノードームのごく一部に注目したに過ぎない。


 そういうことで、ひとまず自分たちにとって便利なフレークに名前を付けることは一段落した。今後も都合によって名付けが行われることもあるだろう。もしかしたら自分たち4者も過去に、呼び合う必要性が出てきて呼び名が決まったのかもしれない。物心がついた頃には既にみんな名前を呼び合っていたので、分からないけど。


 寒い日が続き、年末が近付いても、スノードームには異変が無かった。動くフレークもたしかにすこし観察できたが、ガラスの天の傷には影響が無いと思われた。しかしこういうことは、長期間調べたり観察したりしないと真相は分からない。何百年もかけて、自分たちに気付かないぐらい少しずつ……ということもありうる。


 ガラスの他の箇所に傷が生まれることも、相変わらずなかった。ガラスにはたくさんのすり傷や曇りがあるけど、それらをいくら観察していても、大きくなったりする傷や曇りは観察されなかった。


 毎日夜が長く、外の動物や植物たちの活動は静まっていた。気が付けば、年が明けた。毎年この時期には、店に色んな商品が増える。今日も、お昼を過ぎた頃、後ろ半分が荷台になっている車が店に来た。



 たくさんの荷物を運べそうな車だったが、店内に運ばれてきたのは1つの箱と、はしごの付いた消防車のおもちゃだけだった。



 冬休みには、多くの人が、普段は離れている人たちと過ごす。遠くの街に引っ越した人が、一時的に育った家に帰って来たり、その逆もある。色んな形があるだろうけど、とにかく人が多めに移動する。それで、昔の荷物を整理したり、引っ越すために処分したり、といった用事も起きやすくなって、この店にたどり着く物品も増える。


 店主はこういう荷物を、一応全品チェックはするものの、大体の場合はあまり考えずにまとめて買い取っていた。中古品の買い取りのやり方というのは、店主の性格などによって、店ごとに大きく異なるだろう。多くの店では、汚れがひどいものや部品が足りないものなど、売れなさそうなものは持ち帰ってもらう。引き取っても捨てる手間が増えるだけだからだ。しかしこの店では、そういったものも特に気にせず引き取る。おもちゃでも何でも、意外と人は、壊れていても買う。もしかしたら、壊れたものを店が売り続けていれば、そういう客が集まるのかもしれない。


 実際、その消防車のおもちゃは、はしごを上空に向けて伸ばすことができず、旋回して角度を変えることもできない状態だった。持ち込んだ客はそれを申告したが、店主は「ああ、そうなんですね」とだけ言った。この店主は、厳密に物品の値打ちを見て買い取るつもりはなく、それを売る際も雑な値付けで売っているように見える。店主は箱の中身もすこし確認した後、「まとめてこれでどうですか」と計算機に表示された値を見せた。客もすぐに「お願いします」と言った。


 その2日後には、服の買い取りもあった。服もおもちゃも、古くても意外と売れる。小さな子だと、壊れることを気にせずに遊べるおもちゃのほうが楽しいということもあるだろう。また、あまり生活に余裕がない人でも、余分な服やおもちゃを無理せず楽しむことができる。本もそうだ。暇つぶしのために買って、そのままどこかで売る人にとっては、状態はそこまで関係ない。



 店主は、新たに買い取った物をひとまずレジの周りの床に積んでおくことが多かった。それらを修理・修繕することはほとんどなかったが、表面を拭いたり、古い電池を抜き取ってから店のどこかに並べたり、また箱の中に戻したりした。