自由と不自由のあいだ 拘束をめぐる身体論 / 逆卷しとね

自由、自立、自己決定。「個人」という言葉にはそんなイメージがつきまとう。だが、私たちはむしろ、様々な物事との関係に拘束されながら生きているのではないか? だとすれば、思い通りにならない〈生〉をデフォルトととらえることで、おもいがけない世界が見えてくるかもしれない。在野の研究者による、人間観と身体観を問い直す哲学的試み。  

囚われを生きる(2)

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偶然に曝された《この生》

 《個人》による所有とはく奪から世界の中の住処について考えるのはとても大切なことだし、僕も個人の次元を欠いていたら今のこの状況で生きていくことはできない。前回触れたように、人間の世界で生きていくためには、人権の宛先となる個人は欠くことのできないフィクションだからだ。

 けれども、どれをどれだけ所有しているか、どれだけのものがはく奪されているのか、ということばかり考えるのはどうにも気が滅入る。自由な個人は嫉妬、憐憫、陰口、闘争を繰り返すものだと相場が決まっている。利害を一致させた個々人はしばしば階層や集団を形成する。集団を代表する個人はしばしばカリスマとなる。持てる者はできるだけ所有しているものを手放さないように心を砕き、さらにはより多くを所有できるように力をふるい、持たざる者もはく奪に抗議するなかで、仲間を増やすことはあっても、たいていはやがて仲間割れに陥る。
 
 個人と個人の集合である集団の次元には、至るところに断層がある。本島と離島、海の民と農の民、異性愛者と同性愛者、恋愛結婚の信奉者と恋愛に無関心な層、労働者と生活保護受給者、などなど……。互いに近接したまま摩擦を繰り返す断層は、エスタブリッシュメントとその他という大雑把な枠組みにはとどまらず、有形無形大小貴賤の権利や既得権益の所有を争う場であればどこにでもある。未だ発見されていない亀裂も無数にあるだろう。はく奪を耐え忍ぶ者たちのあいだにも闘争は生じるのだから、はく奪されている者たちとはく奪する者たちとのあいだの連帯まで考え始めると気が遠くなる。はく奪されている者たちも別のある局面においてははく奪する側に立ってしまう、という普遍的な事象が、連帯を理念のままに留め置く。
 
 「世界の中の住処」はさまざまな断層を跨いで存在している。連帯を掲げる美しい物語は、所有とはく奪をめぐる個人たちの紛争の歴史に他ならない。

 けれども連載第1回冒頭で挙げた《この生》は、個人間や個人を最小単位とする集団間の闘いからは一線を画しているように思われる。《この生》は自由意志や自他関係を前提とはしない。《この生》は常に他人の意志や働きかけが混ざった不純な状況を所与としているし、所有やはく奪の主体となる個人を欠いているから、所有の対象をうんぬんするには適していない。

 《この生》が所有に馴染まないのは、この世に生を享けた瞬間から《この生》はとりとめなく不可逆的に流れているからだ。
 
 まず生誕からして自分の思い通りにはならない。僕が「よし、この家の次男として生まれよう」と自分で決めたわけではない。言葉を僕は選べない。母親や父親、近所のおじさんからかけられた言葉が僕の言葉になる。それがたまたま日本語だったり、チェコ語だったりするだけだ。カマキリを踏んだり、蟻を潰したり、ミツバチに全身を刺されたりした経験がそのまま身体の強さや弱さの限界として身につく。麻疹に罹ればもう麻疹には罹らない身体を得ることになるけれども、風邪は引くし、骨は折るし、捻挫だってする。行き当たりばったりだ。
 
 このとりとめなさに良し悪しはあまり関係ない。悪口雑言あっこうぞうごんと暴力が飛び交う環境で育ったとしても、それによって痴漢を撃退することができるかもしれないし、致死性の感染症に侵されたとしてもそれが来るべき新感染症の抗体をつくるきっかけになるかもしれない。裕福な家庭に生まれたせいでまったく肌に合わない私立の進学校に放りこまれるかもしれないし、貧しい家庭で育ったおかげでモノを大事に扱うようになるかもしれない。なにがどのように役に立つかはわからないし、なにが良くて悪いかも長いスパンで見るとわからない。
 
 事前によく把握できない《この生》は、厳密には二度とやり直すことのできない、はかないものだ。盆に返らないのは覆水だけではない。生を生きるとき、流されていないつもりでもいつの間にか後戻りを知らない奔流に流されてしまう。だから、生きていることの根拠について真剣に考え始めると、所有できないものであるがゆえにその無底に心底震えることになる。


 小学校低学年の頃のある日、僕は震えていた。生きていて、死んでいくことの意味がまったくわからないことに震えていた。きっかけは身内の死ではなく、フィクション世界のなかの死だった。たぶん『子猫物語』と『はだしのゲン』だったと思う。自分がいますぐにでもこと切れて、いなくなってしまうかもしれない。自分は今なぜここに存在しているのか。なぜ毎日ご飯を食べ、学校に行き、友だちと遊んでいるのか。その日々はいつか突然終わってしまうのに、なぜその日々を生きなければならないのか。もしかしたら、僕のなかに僕より高次の存在がいて、僕が死んだら別の生を生きるのだろうか。僕のなかには本当の僕がいて、それは宇宙人か神様なのかもしれない。震えながら意識を集中して双眸そうぼうの奥に分け入って、中枢にいるかもしれない「それ」を探した。寝入りばなに意識を少しずつ奥へと沈めていく要領で。けれども「それ」はいくら探しても見つからなかった。自分探しは終わった。わからなかった。きっと僕が存在しているのはただの偶然であり、答えなどないのだろう。そのわからなさがわかりようのないものであることを引き受けたとき、震えはおさまった。
 
 《この生》は偶然の連続なのだから、わからないことにしか興味がない、という僕の性向は、いたってふつうのものなのだろうと思う。それが生きているということだ。

ジュディス・バトラーの「わたしたち」

 ジュディス・バトラーの「不安定性」についての議論が、《個人》と《この生》の違いを考える上で便利な勝手口になるかもしれない。
 
 ジェンダー/セクシュアリティの理論家として第二波フェミニズムの舌鋒を体現していたバトラーが生の問いに向かったのは必然だった、と僕は思う。言語と身体を固定されたものとして図式化するのではなく、所与の規範に揺さぶりをかけ続ける行為として考えてみる。僕たちの存在を自然科学や歴史学の事実に基礎づけるのではなく、基礎づける行為そのものの偶然性を問い続ける。そのようなバトラーのクイアな思考は、やがて《この生》の無根拠と偶然性に行きあたった。とりわけ『生のあやうさ』1 や『アセンブリ』2 では、労働の流動化や災害、戦争が常態化する現代における生の不安定性(precarity/precariousness)が焦点になっている。僕の幼少期の震えの震源をバトラーは哲学してくれている。
 
 バトラーによれば、すべての人間の生は潜在的に不安定であり、誰もが安定的な生を保証されていない。生の不安定性を《個人》の相に置き換えると、僕たちは誰しもが多かれ少なかれ生の安定性をはく奪されている、というふうに言い換えられるかもしれない。誰もがいつでも失職しうるし、なんらかのマイノリティになって迫害されるかもしれないし、差別の対象となりうるし、住居を失い、食糧へのアクセスを失い、不当な拘留を受ける可能性はある。わたしたちの生は、たとえ今この瞬間確実な未来へとつながっているように見えたとしても、その想定は常に裏切られうる。安定を盤石にすることが原理上不可能だからこそ、《この生》における不安定性は、《個人》にとっての根源的なはく奪として浮上する。
 
 《この生》の確実性の不足を焦点とすれば、それは不安の源であると同時に、不安であるがゆえに必要不可欠となる相互依存を喚起することになる。実際に難民になったり、強制収容所に入れられていたり、食べものや住居を満足に得ることができなかったりする不安な人たちと、そのような不安とは無縁の比較的恵まれている人たちのあいだにさえ、生の不安定性を条件とした相互依存が理論上存在する。3 所有に根ざした《個人》のフィクションでは決して埋めることのできないこの不安定性が、《この生》の問いにアクセスするための糸口となる。

《この生》というネットワーク

 ためしに『アセンブリ』につながっている糸をいくつか追ってみよう。個人主義に依って不安定性の解決を図るのであれば、よい生を生きるために、「生を保持している、生を生きているという感覚、〔中略〕生を送る力を持つ」という所有の論理が使えそうだ。4しかしながら、「私が生きている生――明らかにこの生であって、何か別の生ではない――は、既に生のより広範なネットワークに結び付けられているし、もしそうしたネットワークに結び付けられていないとすれば、私は今生きることができないだろう」。5 《この生》は、個人には所有できない「より広範な社会的、経済的組織化」6 とつながらない限り、生きることはできない。《この生》は、ロックが自由の基礎となった私有された身体に収めることはできないし、アレントの私有財産からもはみ出てしまう。
 
 バトラーは生のネットワークを次のように語る。

わたしを凌駕する生の一部として了解される、わたし以外のさまざまな生は、わたしがわたしであるということの条件となる。そのため、生を独占するような要求をわたしの生がすることはできないし、わたしが持っている生(my own life)は他のどの生とも同じではなく、同じだということはありえない。換言すれば、生きているということは、わたしという自己(myself)はおろか、わたしが人間であるということまで超えたところで生きているなにものかとすでにつながっており、ヒトという動物の領域を凌駕する、このような生の生物学的ネットワークとのつながりなくして、いかなる自己も人間も生きることはできないということなのだ。7

 僕の言葉に置き換えてみる。僕が僕として存在しうるのは、僕以外の生が存在してくれているからである。僕以外の人が僕を生きている存在として扱ってくれなかったら、茶碗やちびまる子ちゃんとは異なる存在としてここに生きているという僕の主観は、たちまち立ち行かなくなる。それに僕が殺されないのは、僕だけが貴重な存在だからそうなのではなく、僕以外の人も同じく殺されるには値しないはずだからだ。だから僕は、自分だけが生きている、自分だけが生きるにふさわしいというような、生を占有し自らの身体に限定するような主張はできない。僕が世界の中で生きていられるのは、《この生》が僕の範疇や人間の範疇を超えたところで生きているからであり、僕には把握することが完全にはできないものと勝手につながってしまっているからだ。
 
 特に難しいことではない。他の人たちの生がなければ、僕は自分の生が脅かされているときに、そのことを訴える場を失う。他の人たちの生に支えられなければ、僕は自分の生の苦境を訴えることはできない。訴えたとしても、誰も聞いてはくれないだろう。
 
 つながりが及ぶのは人間だけではない。僕は僕のものではない酸素を吸って生きているし、僕のものではないキャベツや鶏肉を食べて生きているし、僕のものではない水を飲んで生きている。けれども、酸素もキャベツも鶏肉も水も、僕ひとりでコントロールすることはできない。《この生》は僕個人には到底収まらない。僕が人間であるという常識とも関係がない。前回冒頭で語った僕の生の実感は、このようなバトラーの哲学的考察によくなじむような気がする。

「わたしたちの具体化」

 ネットワーク状に編まれた《この生》の身体もまた、バトラーの手にかかれば《個人》の身体とは異なる様相を呈しているように見えてくる。

さまざまな身体は生存し繁栄するために、揺るぎない社会的な関係や制度にいつも依存している、という一般論を理解する上で他にどういう方法があるだろうか? そのような一般論を唱えるのなら、わたしたちは、さまざまあれども身体とはこういうものだという結論をはっきり述べていることにならないだろうか? あるいは、身体性(the body)の一般的な存在論を提示したことにならないだろうか? さらには、一般論が優先される要因は傷つきやすさ(vulnerability)にあると考えていることにならないだろうか? 逆である。まさしく、インフラとなる支持体(もしくはその不在)との関係、そして社会的・技術的な関係のネットワークや網の目との関係においてさまざまな身体が形成され、維持されているせいで、わたしたちは身体性(the body)を構成する関係から身体性を抜き出すことができないのだ――さらにそのような関係は常に経済的・歴史的に固有のものである。だから、身体というもの(the body)は傷つきやすい、と口にするときには、経済や歴史に対して身体というものが傷つきやすい存在である、と言っていることになる。つまり、傷つきやすさにはいつもその対象となるものがあり、身体そのものの外部にありつつもその一部でもあるような一連の条件との関係において、身体はいつも形成され、生きられているのである。そのときの身体は、身体に備わっていることもあれば、身体の側から求めなければ手に入らないこともある支持の条件と、脱自的な関係を結んで実存している、と言い表すことができるだろう。だが、ということはつまり、身体というもの(the body)が歴史的状況からはっきりと区別された存在論的様態をとって実存することは決してない、ということだ。8

 身体は、普遍的に通用する概念なのではなく、歴史的・経済的に固有のさまざまな関係のネットワークに埋め込まれた具体的な構築物である。だから身体を考えるときには、それが埋めこまれているネットワークごと見なければならない。《この生》の身体がネットワークに依存している、という一般論を語ったとしても、《この生》の身体を一般的な水準で定義したことにはならない。身体と分かちがたくつながってしまっている関係はそれぞれ特殊であり、一般化することができないからだ。だからこの身体依存の一般論は、「歴史的状況からはっきりと区別された存在論的様態」に閉じることはなく、それぞれの身体と骨がらみになっている、さまざまな関係の歴史的特殊性の考察へと開かれていることになる。
 
 たとえば、縄文時代に生きていた人間の身体と現代に生きている人間の身体は、気候・植生・食生活・技術的条件・人口密度などの歴史的条件と切り離されて存在することはない。僕の身体ひとつとってみても、南カリフォルニアのログハウスでのんびり暮らす場合と、インドネシアの熱帯雨林でサバイバルする場合とでは、まったく異なる身体を生きることになるだろう。僕の身体が曝されている物理的・言説的ネットワークが異なるからだ。だから、身体はそれ単独で自己形成する自律的な存在ではなく、ある状況に特有の関係のなかで「形成され、生きられ」る。受動態で表現される《この生》の身体は、意志や自由の身軽さよりも、具体的なネットワークに絡めとられた制約の重みに囚われている。

 とはいえ、具体的な関係のネットワークによって縛られているこの身体が、柱やハンモック、絞首台に縛られているときのように安定しているわけではない。身体を囚われの状態に置いている「一連の条件」は、《個人》の次元で考えるときに確保できている日常的な安心を与えてはくれず、どうなるかわからない生々流転の恐ろしさを喚起する。それが「傷つきやすさ」の内実である。

ひょっとすると、次のように言い換えたほうがピンとくるかもしれない。つまり身体は、歴史、不安定性、力だけではなく、受難(passion)と愛、突然の友愛のように、自発的に求めてはいない喜ばしいことにも(what is unbidden and felicitous)、あるいは不慮の、もしくは予期せぬ喪失にも曝されているということだ。なるほど、喪失にまつわる予期せぬことは、わたしたちが前もって予測も制御もできない、持ち前の傷つきやすさとひとつ残らず関連していると言えるかもしれない。その伝でいくと傷つきやすさとは、前もって予知できない、あるいは予測できない、制御できないものから成るなんらかの次元の名称である。その予測できないものは、偶然同じバスに乗り合わせた誰かからあなたにもたらされた本筋とは関係のないコメントかもしれないし、爆撃によるひとつの生の暴力的な抹消かもしれない。このふたつは同じものごとではないが、わたしたちはたまたま生じるものごとに対して開かれている。だから、生じるものごとを前もって知ることが常時できるわけではない状況にあるときのわたしたちは、生じたものごとに対して傷つきやすい存在である、とひょっとしたら言えるのかもしれない。傷つきやすさは、わたしたちの彼岸にありつつもわたしたちの一部であるものの中にわたしたちを巻きこむ。そのときその傷つきやすさが、わたしたちの具体化(our embodiment)と暫定的に呼べそうなものから成る、ひとつの中心となる次元を構成するのである。9

 身体は、予知できないものや制御できないものに開かれている。つまり、僕がどんなにひしと抱きしめ、所有している気になっていたとしても、僕の身体は突発的な出来事が生じる可能性にいつも曝されている。どこからかナイフが飛んでくるかもしれないし、突然抱きしめられるかもしれない。瞬間接着剤をかけられて耳朶がくっついてしまうかもしれないし、外れていた肩関節がすぽっとはまってしまうかもしれない。健康保険制度が前触れなく廃止になればたちまちすべての病気が脅威となるし、50歳で姥捨て山に捨てられることが閣議決定されたら、それまでのあいだに野でもがく能力を身につけてしまうために今すぐにでも姥捨て山に修行に行くことになるだろう。


 僕《個人》の外部にあるはずの出来事と不意に関係を結んでしまう《この生》の身体の性質は、僕にはどうしようもないことだからこそ、僕の身体にとって決定的な意味をもっている。この傷つきやすさのせいで、僕の身体は《個人》としてはまことに不本意ながら自閉することはできない。なにかを蒙る可能性それ自体に曝されているということは、僕の意志や所有欲を超えたところで、僕の身体が勝手に得体の知れない関係を結んでしまうということ、なにかを「巻きこむ」ということでもある。この不意の巻きこみを《個人》が完全に御すことはできない。
 
 だから、僕の思い通りにはならない《この生》の問題に取り組むには、《個人》や個人を整然と並べた集合とは別様の身体を具体化すること、つまり「わたしたちの具体化」(our embodiment)について考えなければならない。10 「わたしたちの具体化」に組みこまれているときの僕は、動的な糸状体に次々と拘束されるのが所与なのだから、《個人》が所有し自己決定できる身体とはとても言い難い。きっとこの身体性が、不意に変わってしまう不本意な僕の気分を縛っている、あの糸の一端なのだろう。

 スクリーンのなかでは無敵を誇るスティーブン・セガールなら耐えられるかもしれないが、《この生》は根源的に不安定だから常人にとっては不安なものだ。だから《個人》というフィクションが、近代化とグローバリズムにつきものの不安定性をある程度忘れておくために有効な道具として発明されたのかもしれない。この身体は僕のものなのだから変わりようがない。この身体を使って獲得したものは全部自分が確保できているから老いて朽ちるまで失われない。もし部分的にでもはく奪されたならば、それは自由の侵害である。そう思うことは、ある局面では大切なフィクションなのかもしれない。
 
 けれども《この生》は、所有とはく奪をめぐる個人としての《わたし》には閉じることなく、生物/非生物が混在するさまざまな関係のネットワークを構成する《わたしたち》の次元へといささか暴力的に開かれてしまっている。だからこのしもべはいつも囚われているのだろう。
 
 単独の個人や個体は法権利上存在しても、単独の生は存在しない。《この生》はいつも、得体の知れないものたちとの煩わしく胡乱うろんな、そして良くも悪くも偶然に蹂躙された、強制的な共生なのだから。
 
 それでもこの不安定な生は、ただ悪い生なのではない。今この瞬間に《この生》がどうしようもなく悲惨なものだったとしても、それが不安定性を所与としていて、あらゆる関係性に対する傷つきやすさに開かれた身体を備えている以上、なんらかのかたちで変わらざるを得ない。よきにつけ悪しきにつけ、実践に左右される《この生》が不可逆的になんらかの変化をこうむることだけは、その根源的な不安定さによって保証されている。「わたしたちの具体化」の実践は、その宿命づけられた流転を少しでもよい方向に向けるためにある。

 いずれにしても《この生》につきものの、まるで予期できない《わたしたち》の殺到が、このしもべの自発的な気分転換を難しくさせていることはわかった。わかったのだが、ここまで手が書いた文章を読んでみて、厄介な問いを背負ったことに重いため息をつく。無数の糸につながれている「わたしたちの具体化」を肌に感じる。自発的な気分転換は遠のいた。気が重い。厄介だ。11

 

 

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。

  1. ジュディス・バトラー『生のあやうさ 哀悼と暴力の政治学』(本橋哲也訳 以文社 2007年)
  2. ジュディス・バトラー『アセンブリ 行為遂行性・複数性・政治』(佐藤嘉幸+清水知子訳 青土社 2018年)
  3. 生の条件である不安定性は平等だとしても、それぞれの身体に割り振られた傷つきやすさには歴然とした格差がある。その不平等の具体性を問うことが、バトラーの仕事の中心になっている。
  4. バトラー276頁
  5. バトラー278頁
  6. バトラー278頁
  7. Butler, Judith. Notes Toward a Performative Theory of Assembly (Harvard UP, 2015)、43頁の拙訳。邦訳『アセンブリ』初版60頁を参考にしている。以降の訳文も同様。
  8. Butler, 148頁: バトラー191-92頁。
  9. Butler, 148-49頁: バトラー192-93頁。
  10. 「わたしたちの具体化(our embodiment)と暫定的に呼べそうなものから成る、ひとつの中心となる次元」というときにバトラーの念頭にあるのは、街頭に出た身体が集まってできる群れ、つまりデモとそれを可能にするインフラである。これが議会(the assembly)とは異なり、個人の身体の傷つきやすさに発して生の不安定性と戦う、集合的な身体によるアセンブリの政治である。
  11. 「わたしたち」とは何か、という問いは、僕がこれまでに書いてきたすべての文章を貫く問いである。本連載ではこれを先鋭化させたい。だがすでにこれまでの「わたしたち」の過程は、さまざまな本や論文、人々、有機体・無機物に巻きこまれていく経験と共にあった。「わたしたち」の個体識別を始めればきりがないが、とりわけここでは、宮野真生子というひとりの哲学者とその出会いの哲学を挙げておきたい。宮野真生子『出逢いのあわい 九鬼周造における存在論理学と邂逅の倫理』(堀之内出版 2019年)、宮野真生子+磯野真穂『急に具合が悪くなる』(晶文社 2019年)、『急に具合が悪くなる』の拙評「死を掴み私を手放す 自己(責任)の物語の彼岸」(『社会と倫理』(『倫理と社会』35 2020年 245-47(http://rci.nanzan-u.ac.jp/ISE/ja/publication/se35/35-17sakamaki.pdf)を参照。