日々是ラーメン
いま、ラーメンは「美味しい革命」進行中である。この半年間、東京はじめ全国のラーメン専門店を含めて100軒近くを食べ歩いての実感である。
1982年に上梓した『東京・味のグランプリ200』は、東京の郷土料理として「すし、そば、てんぷら、うなぎ、洋食、ラーメン」の6種の料理を取り上げ、当時まだほとんど知られていなかった『ミシュラン』方式の星の格付けをしたガイドブックで、ラーメンでは荻窪「丸福」1軒のみ3つ星を献上した。そして、「丸福」のある青梅街道を「ラーメン街道」と呼んだりして、エッセイやテレビ、ラジオなどで店の紹介をよくしたものだった。
1986年、月刊『現代』では「ラーメン一筆書き紀行」として、朝の飛行機で札幌へ飛び狸小路にあった「富公」でさっぽろラーメンを食べ、すぐに東京へ取って返し、そのまま羽田経由で福岡へ飛び、夕方、長浜で豚骨ラーメンを食べ、さらに東京へ舞い戻り、深夜に恵比寿の「恵比寿ラーメン」を食べるという、バブルならではのラーメン・ルポを敢行したのだった。
このバブル期以前にも、高田馬場に「えぞ菊」という味噌ラーメンを看板にした専門店があったり、新宿には熊本の「桂花」の支店があったりしたのだが、バブル期に「ご当地ラーメン」「豚骨ラーメン」に火がついて、若者たちの間でラーメンがブームになっていった。拍車をかけたのが、テレビ東京のグルメ番組で、番組制作費を贅沢にかけずに視聴率が稼げることから、1990年代はグルメ番組花盛りとなり、料理の食べ歩きなどが連日、テレビ画面をにぎわせた。
「一風堂」や「麵屋武蔵」と言ったラーメン店のチェーン展開がはじまったのもこのころではなかろうか。そうして、いまや、ラーメンはグローバルとなり、パリ、ロンドン、ニューヨークで人気の的となっているのは、ご存知の通り。こうした歴史的背景をもとに、今東京のラーメン界がとても熱くなっているのだ。
インターネットの映画館ともいうべき「NETFLIX」が、昨年夏、東京の「食」シーンを取材撮影することになり、私にフランス料理とてんぷらとラーメンの取材担当の依頼が舞い込んできた。
ならばと、これを機に東京のラーメンを徹底的に食べ歩いてみようと考え、2020年9月から21年2月までの6か月間、週4回ラーメンを食べ続けた。
こんなペースでラーメンを食べ続けると、体を悪くしたり、飽きたりするに違いないと考える方がおいでだろうが、答えは正反対で、優れたラーメンはまず化学調味料を使わず、スープは上質の食材から取るから、端麗な味わいで、食後感が爽やか、塩味も残らない。スープにパスタに肉にメンマ、青味と、言ってみれば現代のラーメンは一杯の完全食品と言ってよく、優れたラーメンであれば、ヴァラエティに富んで、毎日食べても飽きがこないのである。
ラーメンの郷愁派・古典派の醤油味でいえば、三ノ輪「トイ・ボックス」大森「Homemade Ramen 麦苗」仙川「しば田」、塩味なら神田和泉町「饗くろ㐂」茗荷谷「生粋花のれん」、煮干し味なら上北沢「らぁめん小池」、とんこつ味なら中板橋「愚直」などが、東京の最高峰のラーメンと言って差し支えないのではなかろうか。
ビストロのシェフが生みだすラーメン
話を戻すが、「NETFLIX」が指名してきたラーメン店が銀座「八五」だった。店名は、店が8.5坪であるところから、名付けられたという。
店主は松村康史さん。1959年10月、京都生まれ。地元の調理師学校を出て、1986年京都全日空ホテルに入社。最終的にホテルの総料理長となり、退任後、京都でビストロを開くが、ラーメンに魅力を感じて、ラーメンならば京都より東京と、2014年秋、上京する。

「八五」の松村康史さん
そして、翌15年春、水道橋に「勝本」を開いた。目指したのは、醤油・煮干しがベースのラーメンだった。店を開くにあたり、東京の名だたるラーメンを食べ歩き、新宿御苑の「金色不如帰」や神田和泉町の「饗くろ㐂」のラーメンに感銘を受けたという。東京の食べ物にはほとんどなじむことができたが、豆腐とお揚げだけは、今でも違和感を感じるそうである。
水道橋「勝本」が順調な滑り出しで、神田猿楽町につけそば専門の「勝本」2号店を開いた。
そうして、満を持して、東銀座に「八五」を開く。2018年12月8日の開店だった。「勝本」で常々考えていたのが、「タレ」を使わないラーメン。フランス料理のフォンのように、出汁がそのままスープになるラーメンができないものか。スープが美味しければ、「タレ」は要らないのではなかろうか。試作に試作を重ねた末に生み出したのが、いまの「八五」のラーメンである。

「タレ」を使わない中華そば
松村料理長が言う。
「試作の段階で、はじめは金華ハムを使ってスープをとったりしました。しかし、いくらなんでも金華ハムは高価すぎて、ラーメンには使えません。そこで、まず、丸鶏、鴨がら、ドライトマト、椎茸、九条ネギ、昆布、いたや貝などで時間をかけてスープをとり、それを翌朝5時から、プロシュート(ハム)を加えて、味の最終調整を図るんです。タレを使わないラーメンは、今までなかったのではないでしょうか」
この中華そばがすぐさま話題となり、行列ができ、翌年秋に出版された『ミシュランガイド東京2020』で、廉価で美味しい店「ビブグルマン」として掲載されたのだった。
さらに、2020年秋に出版されたラーメンの権威雑誌『ラーメンWalker』で、東京ラーメンの第1位に選ばれた。
これこそ、「小さな奇跡」というにふさわしい快挙ではなかろうか。
*営業時間・定休日などの記載は執筆時のものです。
*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。