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LISTEN.
聴いて 感じて 浸る
未来へ紡ぐ「音」のタイムカプセル
美しい音にいざなわれ、2010年から10年をかけて26カ国を巡り、250曲を収録。
50時間を超す音源と20,000枚の写真を記録し、31の映像物語が生まれた。
最初の5年間のエピソードをまとめた、
映画版「THE LISTEN PROJECT ~THE FIRST FIVE YEARS~」は、
世界の映画祭で上映され、日本公開企画中。
https://the-listen-project.com/jp/
LISTEN.初のアルバム”IN A QUIET PLACE”
(iTune Store、Spotify、amazon music、bandcamp アイコンをクリックしてください)
https://the-listen-project.com/jp/music/item/520-in-a-quiet-place-music-from-the-listen-project-vol-1-j
「宇宙へ旅立ったポリフォニー
さて、今日の旅はジョージアから。缶コーヒーじゃありませんよ(笑)。私もLISTEN.のために調査を開始するまで、全く未知の国でした。最近になって「ジョージア」という国名に統一されましたが、以前は「グルジア」とも呼ばれていました。ロシア、トルコ、アルメニア、アゼルバイジャンに囲まれた黒海の東岸、日本の四国ほどの小さな国です。最古の文明発祥地の一つとされ、紀元前6000年頃に高度な文明集団が北方からコーカサスにやって来て、さらにエジプトや地中海へと移動しヨーロッパに広まったと言われています。このAsianicと呼ばれた集団の子孫が、ジョージア人なのだとか。
ワイン発祥の地とも言われ、ヴィノ(Vino)という言葉は、ジョージアの言葉gvinoに由来するという説も。大きな土器の壺を地面に埋めて熟成させる、8000年前と同じワイン製法は今も続いています。
長寿国としても名高く、食文化も素晴らしい。発酵食品であるチーズをどっさりかけて焼いた肉厚ピザみたいな「ハチャプリ」が最高! 「ヒンカリ」という巨大な小籠包も美味しくて、滞在中ほとんど毎日食べていました。肉まんや氷嚢くらいに大きいものもあって、皮を上部でぎゅっと閉じた乳首みたいな出っ張りをつまんで、中の肉汁が溢れないようにかぶりつく。口に広がる肉汁が美味しくて、皮袋で携帯できるスープというイメージ。ネパールにも「モモ」という、チベット文化圏ルーツの小籠包風なものもありますね。美味しい記憶がどんどん呼び覚まされて止まらない(笑)! 音楽の旅と同じく、行き交った美味しいものの旅に、思いを馳せるのもオツなものです。
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―やはり美味しい食文化から、美しい音楽文化も生まれるわけですね?
まさにジョージアは、「ハチャプリ」や「ヒンカリ」に育まれた強靭な肉体と健全な精神の賜物。
「黒海」というジョージア出身の力士が有名ですね。日本の相撲界にも素晴らしい才能を送り出しています。初めてジョージアの空港に降り立った時、現地の男性たちがみんな立派な体育会系の体格で、しかも角刈り的な短髪が多く、「厳つい」という言葉がこの国の第一印象でした(笑)。
もともと私がジョージアに興味を持ったのは、白銀の山頂で踊られるアクロバティックな民族ダンスの映像をYouTubeで発見し、その跳躍力や強靭なバネや回転のパワー、力強く美しい身体能力に圧倒されたことがきっかけです。「カズベグリ(kazbegri)」という山岳地方の舞踊で、山の男の強さを表したもの。クラシックバレエのエレガンスに大地の野生と古代戦士のような高貴な闘志を、さらに加えたような超絶技。
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そしてYouTubeを駆使して巡り巡って出会ったのが、ジョージアの男たちによる“ポリフォニー”(多重合唱)。健全なる肉体から発せられる逞しい声と、その強面の印象からは想像もつかない、まるで天上界の天使のような繊細な麗しい美声。それぞれの声を重ねて織りなす、アカペラの“ポリフォニー”の結束の波動は、心の深層に染み入ります。
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敵には剣を、友には杯を
東西の文明が激しく交錯する地として、数々の異民族からの侵略の中で、愛する者を守るために戦わざるを得なかった厳しい歴史は、ジョージアの民族衣装にも刻まれています。腰には剣を差し、胸元に並ぶのは弾丸用のポケットという戦士の出で立ち。
しかし一方で、ジョージア人のモットーは、「敵には剣を! 友には杯を!」という言葉です。遠路はるばる訪れる旅人や客人を、心から歓待するもてなしの文化があります。侵略者に対しては、命をかけて立ち上がるけれど、友としての客人は神からの賜りものとして、温かく迎え入れる。その精神を表す伝統が、「スプラ」という宴です。皆でテーブルを囲み、感謝の言葉と共に杯を掲げながら、延々と歌い続ける儀式。
首都トビリシで初めてバジアーニのリーダーと対面した時、「ジョージアを知りたければ、まず『スプラ』を体験するべきだ」と言われました。そして、仲間を招集し、私たちLISTEN.のためにスプラを催してくれました。
スプラには、食卓の長として「タマダ」という役割がとても重要です。タマダをうまく成し遂げられるかどうかで、みんなの尊敬を集める人格者としての力量が試される。スプラの成功の鍵を握る「タマダ」が先頭に立ち、様々なテーマで心に残るスピーチを語り、乾杯の声を発して、皆でグラスを掲げる。そして、歌い、踊る。それが一晩中でも延々と続くのです。
「日本から遠路はるばるここへきてくれてありがとう! 世界の友たちが幸せであるように! 乾杯!」と。スプラで私たちを迎え入れてくれた感動は忘れられません。
―日本でも宴会や乾杯の伝統はあるけど、心に残るスピーチをするのはなかなか難しいですよね。書いてきた文を読み上げるなんて、もっての外ということですね……。
本当に心のこもったリアルな「スプラ」の宴をLISTEN.に収めるために、バジアーニのメンバーの故郷へ向かい、町の皆さんに協力を仰ぐことになりました。数々の歌の名手を輩出する地であり、歌の匠の古老も参加してくださるということでした。
黒海を間近に臨むグリア地方へ向け、車で5時間走りました。
ちなみにこの大移動ロケの裏話ですが、本来は小規模なメンバーに絞って現地入りし、現地の皆さんに多く参加してもらう計画を立てていました。制作の立場から見ると、どう考えてもバジアーニのメンバー15名の移動と宿泊には、大型バスや宿の手配が必要ですし、そうすると少々予算オーバー。バジアーニのメインの歌は既に収録を終えていたので、グリア出身の数名のみ同行を願うロケをリーダーに提案しました。しかし答えはNO。「誰ひとり欠くことができない」と頑なに断られました。結局、かなりの大所帯でグリアに向かいましたが、実際にメンバー全員でスプラを撮影できたことで、素晴らしい結果となりました。私が大大大感動したこのスプラの映像は、LISTEN.映画版の最終シーンとして使わせていただきました。声を合わせながら瞳を交わし、歌と共に互いの肩に腕をまわしてスクラムを組む。男たちの心の結束の瞬間に心震えました。尊敬し合う絆から生まれる声の文化こそ、この国を強く支えてきたのだと、まさに地球の秘宝を間近に目撃した感動でした。
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ジョージアでは、歌の中に民族の知恵すべてが入っていると言われています。だから、良い歌い手は、同時に知恵ある者として尊敬される存在です。
スプラの撮影に協力してくれたグリアの町長さんは、まさに素晴らしい歌声の持ち主。もちろん町長さんが今回の「タマダ」。スピーチも素晴らしかった。ジョージアの言葉はわからなくても、彼の声の力と温かさをその場で共にすることに感動しました。笑い話や伝統の詩を交えながら、粋な言葉でみんなの心を一つにまとめ上げる。杯を掲げながら声を重ねていくと、それぞれの心の中に人生への喜びが沸き起こる。
「ここに出会えた友たちに感謝を贈ろう。互いに心を開いて、今を分かち合おう。心を合わせれば、豊かな実りが生まれるだろう。親愛なる仲間に、乾杯!」
「遥かな地からここに来てくれてありがとう。あなたたちの故郷と、私たちの故郷のために、そして世界の平和のために、乾杯!」
乾杯を延々と繰り返し、皆で酒を酌み交わしながら、声を合わせて歌う。そしてまた、タマダの新たなスピーチに耳を傾ける。山羊の角でできた大きな盃も登場して、なみなみと注がれた古代製法のワインを順番に飲み干していく。
「友情に乾杯!」、「家族に乾杯!」、「素晴らしい歌を遺してくれた祖先に乾杯!」
そして、
「この宴を準備してくれた女性たちに心からの感謝を捧げよう。妻よ、母よ、姉妹たちよ、すべての女性に敬意を表する。我々は、女性に無礼な者たちを許さない。尊敬する彼女たちのために闘うこともいとわない。女性に幸あれ! 乾杯!」
その声に続いた曲は、「浜辺で見初めた美しい女性に、心を打ち明けられないシャイな男心」を歌った、とても美しい歌でした。
ヨーデルのような裏声技を使った、野性的な掛け合いの歌もゾクゾクします。
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カーニヴァルに賭ける男たち
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結束の歌として忘れてはならないのが、スペイン、アンダルシア地方のカディスの合唱文化。年に一度、カーニヴァルの季節に、町をあげての合唱のコンペティションが行われます。
ほとんどの市民が様々な合唱グループに参加していて、毎年ほぼ一年を準備に費やします。その年話題のニュースを取り入れながら、ユーモアや機知に富んだアイディアで歌や仮装に工夫を凝らし優勝を目指します。現地で乗ったタクシーの運転手さんも、自分の所属している合唱チームの話を熱く語ってくれました。
合唱部門は、特にユーモアのセンスを競う「チリゴタ」、50人近い大人数構成の「コロ」、10数名構成で芸術度を競う「コンパルサ」などに分かれています。歌だけでなく衣装や舞台芸術も重要な審査のポイントです。
予選を勝ち抜いたチームは、カーニヴァルの最初の金曜日に由緒ある劇場で行われるグランフィナーレで最終決戦に臨みます。日本の年末の紅白歌合戦みたいに町中が盛り上がり、その熱狂は翌朝まで続きます。
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レディー・ガガが地味に見えてきますよね (笑)
カディスは、紀元前11世紀頃、フェニキア人が「幻の港」を探してたどり着いた地と言われています。大航海時代には、ここからコロンブスが2回アメリカ大陸へと船出しました。カディスは、新大陸から持ち帰られた新しいものが集結する、最先端のインターナショナルな港でした。
冒険と自由を求める気質から、ナポレオン軍侵略の猛攻撃の折には最後まで抵抗し、スペイン史上初の、民主的憲法が発布された町でもあります。市民の意識が早い時代から確立されたこのカディスで、カーニヴァルの合唱文化が生まれました。
―カーニヴァルといえば、ブラジルのパレードやヴェネチアの仮装が有名ですが、カディスのカーニヴァルとの関係は?
港として繋がりが深いヴェネチアのカーニヴァルから、多大な影響を受けています。そして、スペインによりカーニヴァルは新大陸へと運ばれ、今やラテンアメリカは盛大なカーヴァルで名高い。
ところで、カーニヴァルって、「ただ仮装して、どんちゃん騒ぎする祭り」だと思っていませんか? 仮装して渋谷に集結する若者たちのハロウィンみたいに(笑)。ケーキやデートでクリスマス気分を遊ぶのも日本独特の模倣文化ですよね。それはそれで日本人ならではの逞しさでもあるとは思いますが、祭りや儀式の表層だけではなく、その本質と起源を知った上で楽しんだらもっと面白くなるのでは? 「なぜ仮装するのか? なぜ熱狂するのか?」。古代から続く祭儀には、深~い真理が潜んでいる。
カーニヴァル(謝肉祭)の語源は、「carnem(肉を)levare(取り除く)」。肉を断って、贅沢を断って、身を清める期間を設けること。今流行りの「ファスティング(断食)」みたいなものですね。うちの夫も仕事に臨む前にはファスティングをしていますよ。普段の飽食で溜まった毒素が浄化されて、身体がリセットされるのだそうです。しかも、よく眠れて目覚めもすっきり。脳も冴え渡ってセリフ覚えも良くなると言っています(笑)。
キリスト教世界では、四旬節(復活祭の前にキリストの40日間の断食行を追体験する禁欲の期間)を迎えるにあたり、その直前に飽食と笑いの祝祭が行われるようになり、カーニヴァルとして定着しました。
―イスラム教にも、日の出から日の入りまで飲食を断つラマダンがありますね。
慎みの期間を設けることで、日々の恵みへの感謝を新たにし、世俗の中で淀んだ活力を再び蘇らせる。心身共にリセットして再出発する号令をかける祭儀ですよね。その源を辿れば、古代ローマの農神祭「サトゥルナリア」に遡ります。一年で一番太陽が弱まり、自然の生命力が衰える冬至の頃に、冬から夏へと季節を巡らせ、大地の生命力を蘇らせる大転換の儀式として、奇抜な仮装や振る舞いで、冬の悪霊を追い払ったとされています。
この日だけは無礼講が許され、男と女、王族と乞食、子供と大人、奴隷と主人など、両極が逆転する仮装をしました。悪霊や精霊の仮面をかぶることは、自然の根源と一体化し、その神秘に近づきたいという人間の願いの現れであり、また、政治や社会への風刺を込めた道化の仮面をかぶることで、現実の自己を解放し、形を変えた立場で自分を見直す。この逆転の祭儀は、社会全体の在り方を問い直し省みる時間であり、暮らしや精神を活性化する起爆剤でもあった。
太陽の巡りとともに弱まる生命力を、再び元気に蘇らせる。心身の衰退に対抗する知的な攻略法でもあった仮装の起源。命の存続に深く関わってきたその歴史も心に留めつつ、新しい仮装文化に向けて、ユニークな批判精神あふれる装いと笑いで、日本を元気に大変身させていきたいですね。そういえば、欽ちゃんと慎吾くんの全日本仮装大賞も、楽しくて元気が湧いてきます(笑)。
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かつて政権から圧力がかかり、スペイン全土にカーニヴァル禁止令が出された時も、カディスの人々は居酒屋に集まり、歌う活動を続けたのだそうです。
カディスのカーニヴァルでは今も、社会への批判精神が生きています。風刺やユーモアが込められた歌と仮装を通して、停滞した社会の活力を復活させ、年に一度、自分たち自身の在り方を問い、人生に気合いを入れ直すチャレンジでもあるのです。
今回、コンペティションまでの舞台裏に密着撮影させていただいたのは、アントニオ・マルティネス・アレスという芸術監督が率いる、過去に数々の優勝を勝ち取ったグループ。
アントニオは、その年のテーマを決め、大衆の心を掴む歌の詩や、衣装や舞台美術の策を練り、メンバーは猛練習を重ねていきます。
私たちが最初に訪ねた頃は、予選の半年ほど前で、ちょうど週3〜4回の歌の練習を開始した頃でした。いかに社会情勢とマッチした、面白く感動的な歌詞を組み込むかが審査のポイントでもあるので、夏の終わりのまだ暑い頃でしたが、他のグループに情報が漏れないように練習場のドアをしめ切って、窓には幕やテープを張って練習していました。
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―メンバーはどういう人たちなんですか?。
みんなそれぞれ仕事を持って働いている人たちです。航空技師、造船、家具職人、ベッドマット販売、不動産業……仕事が終わった後、夜に集結します。みんな時間厳守で、遅刻する人なんて誰もいない。中には、かなり遠方から車で1時間半も運転して駆けつける人もいます。彼に、「なぜそれほどエネルギーを傾けるのですか?」と聞いてみましたが、「このグループに属していることが誇り。はるばる時間をかけてでも、このグループに参加する価値がある」と語ってくれました。
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この年の彼らのテーマは「永遠(Eternity)」でした。
骸骨のようなメイクは、メキシコの「死者の祭り」からアイディアを取り入れたのだそうです。メイク学校の生徒たちが、一人一人に何時間もかけてメイクし、キラキラのスパンコールを丁寧に顔に貼り付け、死の船で永遠に彷徨う亡霊たちへと変えていきます。衣装もとても手が込んでいて、胸元に何百個も縫い付けられたコインは、三途の川の渡し賃。つまり六文銭ですね。帽子の裏に、愛する家族やマリア様の写真を貼って、勝利を祈願するメンバーもいます。
普段はいたって普通のおじさんたちなのに(私より年下ですが)、いざ歌の世界に突入すると全員が、豊麗な美声でその名を馳せたルチアーノ・パヴァロッティに見えてくる。もしかしたら、熱い心の表現という点からいえば、パヴァロッティの上をいっているかもしれない。全員が燦然と輝くオーラを発して、大衆の声を世界に届けるヒーローへと大変身する。
歌詞も胸にグッときます。
愛しい人よ どんな時も君のために詩を纏う
僕は歌う 光をくれた母なる故郷
友よ 命を生きよう
怒りの叫びで血を汚すな
僕は歌う 愛する歌を
君が笑えば支配者も怖じ気づく
僕は歌う 古の詩人のように
忘れ得ぬ言葉が痛みを癒やすまで
歌こそ我が運命
今宵 魂の静寂から歌おう
気高い君の心に届くまで
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「僕たちはメッセンジャーだ」という、アントニオの言葉が心に残りました。
今という時代、人生のすばらしさを伝えるメッセンジャー。
彼らが輝くのは、華々しい舞台の上だけではありません。
コンペティションを終えると、勝者も敗者も全てカディスの町に繰り出して、路上や街角での大合唱が始まります。狭い路地や石造りの建物の前は、声が反響するから最高の音響効果。歌う者も聴くも者も町中が一つになって、一年の垢も停滞も一掃する大逆転を巻き起こし、命の炎をメラメラと蘇らせるのです。
“生きている文化”って、こういうことなのだと思います。
次回は、古代の音が今も生きる超ユニークな島。イタリアのサルディニア島へ。
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LISTEN.初のアルバム”IN A QUIET PLACE”
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