音で世界を感じる旅 LISTEN. 千年後に伝えたい音を求めて / 山口智子

地の果てのように感じられる遠い地に響く音が、なぜかとても懐かしく感じられることがある。世界の民族音楽を伝える映像ライブラリー「LISTEN.」を自らディレクションする俳優の山口智子。大地に根づいた音楽から感じる「生」のエネルギー、心に残った人々との出会い……。旅によって生まれた音と魂との共鳴を、かつて『掛けたくなる軸』(朝日新聞出版)を共に著したノンフィクション作家・神山典士との対話によって綴る、音の千夜一夜。

音を巡る旅の始まり

share!

© Twin Planet

LISTEN.

聴いて 感じて 浸る
未来へ紡ぐ「音」のタイムカプセル

美しい音にいざなわれ、2010年から10年をかけて26カ国を巡り、250曲を収録。
50時間を超す音源と20,000枚の写真を記録し、30の映像物語が生まれた。
最初の5年間のエピソードをまとめた、
映画版「THE LISTEN PROJECT ~THE FIRST FIVE YEARS~」は、
世界の映画祭で上映され、日本公開企画中。
https://the-listen-project.com/jp/

LISTEN.初のアルバム”IN A QUIET PLACE”

(iTune Store、Spotify、amazon music、bandcamp アイコンをクリックしてください)

https://the-listen-project.com/jp/music/item/520-in-a-quiet-place-music-from-the-listen-project-vol-1-j

美しい闇に耳を澄まそう

―確か2005年から2010年頃にかけて、智子さんは全国各地の職人技を追いかけていましたが、ここ数年は世界の民族音楽を採集しているとか?

 はい、2010年から「LISTEN.」という映像プロジェクトを立ち上げて、世界の音楽を追っています。毎年BSで放映してきたエピソードは今年で31本になり、最初の5年間の映像をまとめた映画版も日本での上映を企画中です。
 今、世界は大転換期を迎えていますが、たとえ人々の交流を阻む苦難が立ちはだかろうと、今こそ世界が心を一つにするために学ぶ時です。猛進するスピードを少し緩めて、心の翼で大きく羽ばたいて、今まで見過ごしてきた世界を味わってみるグッドチャンスでもあると思います。「継続は力なり」の言葉の通り、10年かけて集めた映像には、今の時代を生き抜くための力が詰まっています。この連載を機に、みなさんにLISTEN.を再発信する計画を練ろうと思っています。

―職人の“ものづくり”への探求が、音の旅へと繋がったのはなぜ?

 まず、なぜ職人さんを追いかけたかといえば、とにかくカッコいいから! 憧れの映画スターを追いかけるようなときめきです。そのカッコよさとは、言い訳のきかない「形」という結果で勝負していること。使う人々の幸せのために、心を込め時間をかけて、長く愛でていけるものを生み出す職人さんの精神です。それは、私が属するエンターテイメント界にも通じるものだと思います。様々な地で職人さんのお話を聞くうちに、私も彼らのように、映像を見てくださる皆さんの笑顔のために、嘘のない仕事を貫けているだろうかと、自分自身へ問うようになりました。「私もいつか、夢を発信するエンターテイメント界の一人の職人になりたい!」と(笑)。

―いろいろな地方の職人さんの取材を智子さんとご一緒しましたが、確かに、ものづくりへの熱い想いを語ってくれる職人さんの話に引き込まれましたね。まさにエンターテイメント。

 それと同じ頃、私は「美しい“闇”復活委員会」というものを、自分の中で立ち上げていました。メンバーを募るわけではないのですが、「闇」について心に芽生えた思いを、話をするみなさんに熱く語っていました。私が仕事とするテレビ界において、「見えすぎる」ことへの疑問が、フツフツと湧き上がってきたのです。もちろん画質の進化は必要だと思いますが、隅々まで照らし出す過剰な照明は、本当にそこまで必要なの? 日常の暮らしも同じことで、町中24時間ギンギンにライトアップする意味って何? 灯りの問題だけではなく、何でもかんでもテロップを出して、過剰説明しすぎるテレビの風潮に対する疑問でもありました。思いを馳せるための影や闇、耳を傾け、心を開いて受け止める時間というものを、あまりに忘れてはいないだろうか? 
 その思いは、職人さんが心を込めて作った品々が、大型百貨店などで無機質な過剰照明の下に陳列されているのを見る時も、ずっと心に引っかかっていました。もちろん多くの人の目に留まることも大事だとは思いますが、漆や和紙や陶器など、自然から授かる素材を生かしてきた、日本ならでの美の本質が、照らし出しすぎることで全く見えなくなっている。トゥーマッチな照明は、エネルギーの無駄遣いであるだけでなく、陰影の中に潜む物語もかき消し、私たちは心で感じるセンサーを日々失っていくばかり。
 文句ばかり言っても始まらないので、自分にできることの第一歩として、職人さんの手仕事の形を、美しい陰影ある空間の中で手に取り、その感動とともにご購入いただける場として、自分の店を開きました。「美しい“闇”復活委員会」所属第一号として、最初のチャレンジでした。

―「LISTEN.」は、耳を澄まして闇に想いを馳せて、世界を受け止めようというメッセージなのですね。……闇から音への探求……音楽はもともと好きだった?

 私はテレビの歌謡曲で育ったので、世界の音楽については無知の素人。でも、音楽知識はなくても、夜の闇が美しい古都に惹かれて異国を旅するうちに、街角や路地から聞こえてくる、庶民の歌声や爪弾くギターの音色に魅了されるようになりました。例えば、ポルトガルのリスボン。更け行く夜の港の盛り場から聞こえてくるファドの歌声は、切なく美しく深く心に沁みました。日本の演歌にも通じる郷愁ですよね。
 そして、夜が美しい都の一つ、ハンガリーの都ブタペストを訪れたことがきっかけで、「LISTEN.」の旅が始まりました。ドナウ河のほとりで恋に落ちたのです! 夜の帳から聞こえてきた音楽に。

ブダペストに残る陰影が美しいパッサージュ。

© Tomoko Yamaguchi

―そうやって泥沼にはまっていくところが智子さんらしい(笑)。恋に落ちた音楽は、その土地に根づく音楽だった……その魅力とは?

 音楽の素晴らしさは、互いに喋る言語は違っても、一瞬で共感し合えること。説明や解説がなくても、異国で出会う初めて聞くメロディやリズムに心が沸き立ち、無性に懐かしささえ感じる不思議。「LISTEN.」で出会ったある音楽家は、「地球で唯一の共通語は音楽だ」と語ってくれました。もう一つ、音楽の魅力は、そこの風土と暮らしに育まれる、唯一無二の「形」だということ。職人さんのものづくりと同じだなと思います。木や土や水、その土地の自然から授かる素材を生かし、そこに生きる人々の暮らしの中から、職人さんの手わざにより美しい形が生まれる。同じように、その風土と暮らしの中から、日々生きる力となる歌やリズムやダンスが生まれる。
 そして音の中には、人間が旅して出会い、融合し、どう生き抜いてきたか、壮大な物語が潜んでいる。歴史書を読み解く以上に、音楽を“聞き解く”ことで、時空を超える壮大な旅路へと誘われるのです。

ブタペストで出合った民族衣装のパレード。

© Tomoko Yamaguchi

―職人、闇、音楽……人生で出会うものが続々と繋がって、智子さんの形となってきたわけだね。職人さんにハマるきっかけは、確か、アートのドキュメンタリー?

 印象派絵画を探る番組です。西洋美術の代表みたいなモネもドガもゴッホも、みんな北斎や広重などの日本の浮世絵に猛烈に憧れて、名作を生んだという事実が衝撃でした。東洋と西洋の行き交いの物語を知ることで、錦絵の版木の彫師や刷り師、日本の素晴らしい職人の存在を、初めて知ることができました。それ以来、「東と西の憧れ合い」というキーワードに導かれ、旅を続けてきました。そしてついに、東洋と西洋のクロスポイント、ハンガリーに出会えた。

―ハンガリーって日本ではあまり馴染みがないですよね。クラシックならばヨハン・シュトラウス二世の「青き美しきドナウ」のイメージかなぁ。

 まさに、オーケストラが奏でるドナウの調べを聞くと、「豪華絢爛な西洋文化が花開く都」というイメージですよね。初めてブダペストを訪れた時、華麗なザ・ヨーロッパのイメージと同時に、猛烈に我が故郷「東洋」を感じたのです。「この懐かしさは一体なんだろう?」と。そこでハンガリーの歴史を調べてみたら、民族のルーツは、なんとアジア! 古に東を旅立ち西へと進んだ遊牧騎馬民族! ハンガリーの赤ちゃんのお尻には、日本人と同じように、モンゴロイド特有の蒙古斑もあるのです。
 ハンガリーの人々は自分たち民族を、誇りをもって「マジャル」と呼びます。日本の「大和民族、大和魂」に近い感じでしょうか。マジャルと自称する皆さんの、東方への強い憧れや、日本を兄弟のように思ってくれていることにも感動しました。日本語の授業がある学校も多く、私は滞在中に、小林一茶の俳句をすらすらと諳んじるマジャルに3人会いました(笑)。

―ハンガリーでは、姓名も日本と同じ順番で表すらしいね。智子・山口ではなくて、山口・智子というように。温泉王国でもあるしね。日本と共通点も多い「マジャル」について、もっと知りたくってきたな。

 そもそもマジャルの名を私が初めて知ったのは、ハンガリーの建築家レヒネル・エデンを探るドキュメンタリーの仕事でした。

東方の美意識や、自然由来の形を取り込んだレヒネル・エデンの建築。

© Tomoko Yamaguchi

 19世紀、レヒネル・エデンは、ハンガリーの大地の土から作られるセラミックを使って、マジャルの民族衣装の刺繍や、遊牧民のゲルや絨毯の動植物模様などを建築に生かして、スペインの建築家ガウディのサグラダ・ファミリアみたいな、増殖する細胞のように生命力溢れる建造物を生み出しました。そんな彼の建築による都市づくりのスローガンは、「ハンガリー人よ! 東へ!」だったのです。

―なんで「東を目指せ」なんだろ?

 ちょうど、マジャルがヨーロッパに定住して1000年という節目に、東方起源の自分たちの魂の故郷を求める気運が猛烈に高まっていたのです。自分たちらしさとは?と自問したレヒネルは、マジャルの故郷である東方の美術を学び直して、ヨーロッパ的な石材ではなく、自国の土から作るセラミックで建築を彩りました。今もブダペストの町を歩くと、アジア人として馴染み深い陶器の釉薬の質感の建築に、無性に郷愁を感じます。それは、ベルリンやウィーンという西洋の都にはない深い翳りや深みで、自国の風土を基に育んだ美しい陰影です。戦いや融合の歴史の波の中で、隣接する西欧文化と共存するために、かつてはハンディでもあった東方起源の民族性を、マジャルは自らの心に取り戻し、誇り高く立ち続けてきたのです。

大平原の祭典“クルルタイ”

―9世紀、ハンガリー平原に定着した遊牧騎馬民族は、約1000年にわたり繁栄する大帝国を築いた。現在は、ルーマニア、セルビア、クロアチアへと分割されていますね。ソビエト支配下では、東方ルーツを口にすることも阻まれた歴史もあったのでしょうね。

 たとえ国名は変わっても、国境を越えてマジャルとしての強い心の結束があります。その強い絆を表すものとして、「クルルタイ(Kurultáj )」と呼ばれる民族の祭典があります。2010年、ハンガリーの大平原で開催されたこの祭典に参加したことから、私の音楽の旅が始まりました。中世モンゴル語に由来する血の絆の“大集会”という意味だそうです。古代においては、皇帝の元に部族の重鎮が集結し、政治会議や大祝宴を開いたそうです。まるで千年前の古代に、タイムスリップしたような衝撃的な感動でした。

―「クルルタイ」の感動って、どんなものだったのかな?

 会場となった大平原には、遊牧民族のゲルが立ち並び、マジャルに縁のある様々な国から集結した人々により数日間続く祭典です。古代から今に至る色々な民族衣装を纏った人々が、颯爽と馬に跨り大平原を駆け巡る姿は、まるで黒沢明監督の戦国ものの映画のようでした。今まで私が日本の映画などで見てきた、武将の鎧や旗や武術など、日本発祥だと思ってきた文化は、実はここに由来していたのだというショックでもありました。ユーラシア大陸の古の文化が、馬や海流に運ばれ日本という島に渡来して、我が故郷の風土の中で花開いたわけです。
 騎馬民族としての伝統……流鏑馬やぶさめとか、馬をアクロバティックに乗りこなす技、男たちが上半身裸で馬に跨り旗を奪い合う騎馬戦のルーツみたいな競技、鷹匠まで……。クルルタイで繰り広げられた様々な伝統文化は、遥かな魂の故郷と巡り会えたような感動でした。

「クルルタイ」は騎馬民族伝統の祭典。ハンガリー東の大平原には、
今も馬をアクロバティックに乗りこなす高度な馬術が受け継がれている。

© Tomoko Yamaguchi

―ほほう、遠く離れた異国の地で日本的な世界を発見する! 面白い体験だよね。そこで出会った音楽とは?

 東方から集結した音楽家たちのコンサートが続々と披露されました。その中でも、私が恋に落ちたのは、「トゥラン(TURAN)」というカザフスタンの若者たちのグループ。彼らの演奏に血湧き踊り熱狂しました。自分たちで古代の資料をもとにデザインしたという民族衣装も素敵でしたし、ホーミー(一人で複数の音を発する歌唱技法)とか、鼻で息を吹き込む笛とか、弦楽器に糸を仕込んで山羊の人形を操る演奏法とか、見ても聞いても楽しめる伝統芸能に心ときめきました。
 古から今に続く音楽の宝をしっかりと受け継ぎ、今の時代に燦然と輝かせるTURANと出会い、私は心に決めました。「彼らの最高にカッコいい音楽を、美しい陰影とともに、多くの人に伝えたい!」と。職人さんのものづくりに感動した時と同じように、私は早速自分にできる行動として、「LISTEN.」という音楽映像シリーズを立ち上げました。「音楽という分野の美しい職人技を、自分の納得のいく夢ある形で伝えたい!」と。

LISTEN. episode1 のオープニングを飾るTURAN。

© Twin Planet

―お、いいですねぇこの曲。草原を馬で走り抜ける感じの壮大な曲。

 音楽の中に、馬が疾走するリズムやときめきを感じますよね。音に隠された人間の営みの、壮大な時間を感じることができる。ペルシアやトルコの吟遊詩人が奏でた弦楽器に、こんな伝説があります。「荒野に朽ちた馬の頭蓋骨にタテガミが絡みつき、風に吹かれて音を奏でた」。そうして生まれた弦の音は、時を経て様々な土地の文化の中で形を変えながら、西洋音楽のヴァイオリンにも繋がっていくわけです。ヴァイオリンの弓は、馬の尾の毛から作られてきましたよね。ちょっと敷居が高いと思える西洋のクラシック音楽も、古の大地を駆け巡る野生のリズムに繋がっていると思うと、一気に親近感が湧きます。   
 遠い存在だと思っている異国を知れば知るほど、魂の故郷に出会える。それが旅の醍醐味です。

民族音楽収集の旅を続けたバルトークとコダーイ

―いよいよ、音楽の旅の核心に入ってきましたね。東西文化が交錯するハンガリーの音楽って、どういうものなのかな?

 ハンガリーは、民謡の宝庫です。ハンガリーでは国をあげて、民謡やわらべ歌を幼い頃から学校で積極的に教える土壌がありますが、1970年代から「ダンスハウス運動」という、一大ムーブメントが沸き起こりました。自らのルーツを求める若者たちが、伝統音楽を再発見しようというフォーク・リバイバルです。
 1972年を皮切りに、ブダペストに続々と若者たちが民謡を歌い踊るダンスハウスが現れ、足をパチパチと叩く伝統のステップや歌を学ぶために、地方の村を訪れる若者が続出しました。伝統保存という使命感でもなく、誰に強制されるわけでもなく、学生たちは純粋な熱意で、ディスコに行くよりも、嬉々として農村に向かったのです。欧米文化に染まらない自らのアイデンティティを、強烈に求めていたのです。

トランシルヴェニアの夏合宿に集まった若者たちは、土地の古老たちから踊りのステップや民謡を学ぶ。

© Tomoko Yamaguchi

 私が訪れた10年前のブダペストでも、週末になると、人々が体育館のような会場に集まって民謡を歌い踊り、ステップや振り付けを覚える集会がたくさんありました。昭和の日本の歌声喫茶のように、歌やダンスで心を合わせる一体感。心から羨ましいなと思いました。
 そして若者たちは、夏休みになると現在ルーマニア領になっているトランシルヴェニア地方を訪れます。トランシルヴェニアは、元ハンガリー王国の一部で、「森の彼方」という意味。若者たちはここで合宿しながら、地元の歌や踊りを教えてもらうのです。公民館に集まって地域の皆で歌い踊るのですが、そこでモテモテなのはやはり、おじいちゃんやおばあちゃんたち。長い年月踊り込んだ技は、若者たちには到底真似できない味のあるカッコよさ!
 さかのぼれば、トランシルヴェニアに残る古の民謡の素晴らしさを発掘し、世界に伝えた人物がいました。それが、バルトーク・ベーラです。

―バルトークといえば19世紀末に生まれてニューヨークでも活躍した作曲家でピアニストでしょ。オペラ「青髭公城」とかピアノ曲で有名だけど。

 バルトークは、ある日偶然耳にした、少女が歌うトランシルヴェニアの歌に心奪われました。かねてよりハンガリー的な音楽を生み出したいと渇望していたバルトークは、同時代の音楽家コダーイ・ゾルターンと共に、魅せられた民謡を求めて歌の採集の旅に出ました。彼らが目指したトランシルヴェニア地方は、伝統的な風習や祭りや民族衣装や舞踏、農民文化が色濃く残る宝の山だったのです。エジソンが発明して間もない蓄音機を担いで、家々を訪ねて録音して廻る旅は、膨大なエネルギーを必要としたと思います。でもきっと、その苦労を上回る素晴らしい感動の旅であったに違いありません。何年もかけてハンガリーだけでなく、ブルガリア、セルビア、北アフリカまで出向き、コダーイは5000曲、バルトークは1万曲も収集したと言われています。
 コダーイはこんな言葉を記しています。「ハンガリーの民族音楽は、樹齢数千年のアジア文化という大木が伸ばした枝のうち、最も西に離れた枝のひとつ。その木は、東アジアから黒海にまで根を張り、それぞれの民の心に繋がっている」

―本来の意味での「フォーク・ミュージック」がいまでもハンガリーの人々の心に響くものとして残っているのは、バルトークらの業績が大きいね。

 レヒネル・エデンは建築で東を目指しましたが、バルトークやコダーイは、音楽でマジャル文化への回帰を願いました。
 その種は、今も見事に花を咲かせています。ダンスハウス運動が生んだ人気グループ「ムジカーシュ」出身で、トランシルヴェニア地方の民謡を継承する国民的な歌い手に、セバスティアン・マルタ(Sebastyen Marta)がいます。「LISTEN.」では、レヒネル・エデンの美しい建築の中で歌っていただきました。彼女の言葉も心に残っています。
 「民謡には、生と死、喜びと悲しみ、愛、深い思いを表す力があります。暮らしの中から生まれる歌は、楽譜から学ぶことはできません。人生を生きることで学ぶのです。一人一人の人生から生まれる音が、世界を彩るのです」

LISTEN. episode2 セバスティアン・マルタ。「川の水は流れ、岸はいつもそこにある」という歌の言葉は、
変わらず受け注がれる自分たちの伝統を表すと言う。

© Twin Planet

 ライコ・フェリックス(Lajko Felix)も、大好きなミュージシャンです。ダンスハウス運動を今に継承するブダペストのライブハウスで、初めて彼の超絶技法のフィドル(ヴァイオリン)の演奏に出会い、またしても恋に落ちました(笑)。「LISTEN.」では、セルビアの彼の自宅を訪ね、フィドルだけでなく、ツィテラという日本の琴を小ぶりにしたような、ハンガリー楽器の素晴らしい演奏を撮影させていただきました。
 「LISTEN.」では、参加してくださる皆さんに、同じ質問を投げかけています。それは「1000年後に開けるタイムカプセルに、あなたは何を入れたい?」。この質問は、職人さんを追いかけていた頃に芽生えた、自分への問いでもあります。100年1000年後も色褪せないものを目指す、職人精神から学ばせていたことは、時間をかけることの大切さです。例えば…年度末までの売り上げとか、テレビの視聴率とか…早急なとりあえずの指標的数字とはまた違う視野を持つことです。職人さんが何年もかけて素材から吟味し仕事に臨むように、時間をかけて、ずっと愛してゆける良いものを目指したい。その思いを込めて「LISTEN.」を作りながら、タイムカプセル・クエスッションを出会う人々に問いかけてきました。ライコ・フェリックスは、少し照れながら答えてくれました。
 「今、この瞬間が“タイムカプセル”だよ。何を入れるか…その答えは、一生をかけて見つけてゆかないとね…… まずは、今を精一杯生きることだ」。

LISTEN. episioode1 ライコ・フェリックス。

© Twin Planet

遠くへと、自分の故郷を探しに行く

―「俳優・山口智子」っていうのは、一般的にはものすごく光の中にいるイメージじゃない? でもその裏にいるもう一人の山口智子は、常に何かを求めて流離っている。ここではないどこかへ? という感じ。どこだどこだと手さぐりして、ハンガリーまでも行ってしまう。その「手さぐり感」はどこからくると自分では思っていますか?

 「故郷の喪失感」に近いものかもしれない。東京に出たい一心で生まれた土地を飛び出して以来、いまだに反抗期が続いて流離っていますが(笑)。でも、何県何町という地理的な所属地ではなくて、何千年もの時間の中で、前世や前前世に関わる魂の故郷… 今の自分に繋がる深い「根」の在り処を猛烈に求めている。自分とは? 日本人とは? 地球人とは? この星に生まれた一人の人間として、故郷の素晴らしさや美しさを、もっともっと知りたいという思いでいっぱいなのです。

―確かに智子さんて常に旅人なんだよね。遥かな異国へと道を進みながらも、実は自分の魂の根の在り処を探して、足元を深く深く掘り続けている。

 日本から飛行機で24時間以上かけて、地球の反対側の南米を訪ねた時、チリやアルゼンチンやパタゴニアの奥地で出会う人の顔が、長野県の親戚のおじちゃんにそっくりで(笑)、不思議な感覚でした。かつてモンゴロイドは、ベーリング海峡を越えてアジアから新大陸へと、こんなに遥かな旅をしてきたのだという実感で心震えました。
 コダーイの言葉に、「根を深く広く伸ばす木ほど、葉が茂る」とありますが、音に導かれて「根」を辿ることで、まだまだ知らない感動に出会いながら枝葉を豊かに生い茂らせて、人々に憩いの影を落とせるような、美しい大木へと成長したいですね。

―いいねいいね、楽しくなりそうだね。智子さん、LISTEN.の旅、これからもよろしくお願いします~。

 次回は、旅をして音楽を伝え育んだ、流浪の民“ロマ”の音楽世界です。お楽しみに!

© Twin Planet

https://the-listen-project.com/jp/

LISTEN.初のアルバム”IN A QUIET PLACE”

(iTune Store、Spotify、amazon music、bandcamp アイコンをクリックしてください)

https://the-listen-project.com/jp/music/item/520-in-a-quiet-place-music-from-the-listen-project-vol-1-j