音で世界を感じる旅 LISTEN. 千年後に伝えたい音を求めて / 山口智子

地の果てのように感じられる遠い地に響く音が、なぜかとても懐かしく感じられることがある。世界の民族音楽を伝える映像ライブラリー「LISTEN.」を自らディレクションする俳優の山口智子。大地に根づいた音楽から感じる「生」のエネルギー、心に残った人々との出会い……。旅によって生まれた音と魂との共鳴を綴る、音の千夜一夜。

サルディニア、生命の火祭り

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© Twin Planet

LISTEN.

聴いて 感じて 浸る
未来へ紡ぐ「音」のタイムカプセル

美しい音にいざなわれ、2010年から10年をかけて26カ国を巡り、250曲を収録。
50時間を超す音源と20,000枚の写真を記録し、31の映像物語が生まれた。
最初の5年間のエピソードをまとめた、
映画版「THE LISTEN PROJECT ~THE FIRST FIVE YEARS~」は、
世界の映画祭で上映され、日本公開企画中。
https://the-listen-project.com/jp/

LISTEN.初のアルバム”IN A QUIET PLACE”
(iTune Store、Spotify、amazon music、bandcamp アイコンをクリックしてください)
https://the-listen-project.com/jp/music/item/520-in-a-quiet-place-music-from-the-listen-project-vol-1-j

4000年前の美しき響き

 これまでジプシー音楽など、遥かな道のりを旅した音楽について思いを馳せてきました。今日は距離的な旅というよりも、壮大な時間の旅です。イタリアのサルディニア島に何千年という歳月、変わらぬ形で受け継がれてきた古代の音を探ってみましょう。



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 まるで中央アジアのホーミーのような独特の発声法で織りなされるポリフォニーは、「カント・ア・テノーレ(Cantu a tenore)」。約4000年も前に起源を持つと言われています。1人がメロディラインを歌い、他の3人は高低差のある「バンバラボンビンボン……」というような伴奏音を口で奏でます。それぞれの声で表される音は、この島の羊飼いたちの日常にある風の音や動物たちの声など、様々な自然界の音に由来するのだそうです。歌う時に纏うサルディニア独特の民族衣装も、時を超越した美しさ!


© Tomoko Yamaguchi



―空気を震わせ伝わる歌声に、神秘的な力を感じますね。

 サルディニア島は、一般的なイタリアのイメージとは全く違う、独特のユニークな文化が息づいています。西欧というよりも、古代の東洋文化を感じるような……。
 古代フェニキアやローマの人々が島に入ってくる以前から住んでいた島民が、東部山岳地方へと逃れ潜んで抵抗した歴史があり、この難攻不落の山深い地は、「バルバジア(野蛮の地)」と呼ばれ、入植者たちから恐れられました。「バルバジア」のビッティ村を代表するグループが、「テノーレス・デ・ビッティ(Tenores di Bitti)」です。
 メンバーは、普段はガソリンスタンドを経営していたり、革職人だったり、普通の仕事を生業としている方々。バルバジアでは、一般の普通の男性たちがテノーレスのグループを作ってポリフォニーを奏でる伝統がしっかりと生きています。たくさんのテノーレスのグループが歌を競う祭りもあります。

 古代の神秘として、島に残る不思議なものがあります。「ヌラーゲ」と呼ばれる巨石で作られた建造物。四国より少し大きい面積のサルディニア島ですが、巨石で築かれた古代ピラミッドのようなヌラーゲが、7000~8000個も残されています。島には巨人伝説が言い伝えられ、巨人たちがヌラーゲを作ったとも言われていますが、未だに誰がどんな目的で作ったものなのか、その謎は解明されていません。
 ヌラーゲの中に入ると、映画『エイリアン』の映像のような、異星の宇宙基地内部みたいな世界です。


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―東洋でもない、西洋でもない。まさに宇宙的な、どこにも属さない不思議な佇まいですね。

「カント・ア・テノーレ」が4人で円陣を組む形も、ヌラーゲの形を真似ているとも言われています。
 私は『古代の宇宙人』というドキュメンタリーシリーズの大ファンなんですが (笑)、ヌラーゲのような、現代の科学で説明のつかない古代遺跡に出会うと、『古代の宇宙人』が唱える説がとてもリアルに感じられます。その説とは、「すでに何千年も何億年も前から、人類の進化に宇宙人たちがずっと関わり続けてきた」というものです。古代エジプトやシュメールやマヤ文明など、天体と深く関わった証が刻まれた文明の起源には、宇宙より飛来した者たちが大きな影響を与えているという説です。神や天使、神話で伝えられている物語は、実際に目撃された事象かもしれない。
 そのシリーズの中で、サルディニア島のヌラーゲも登場しますよ。特に、地底から湧き出る泉に作られた「サンタ・クリスティーナ」の聖なる井戸の建造方法はいまだに謎です。その巨石の壁面は、まるで現代のコンクリート建築のように滑らかに磨かれていて、高度な未知の技術が存在したとしか思えない。水が湧き出す地下の壁に積まれた石の湾曲も、高度な計算と技で築かれたもの。こういう古代建造物に実際に接すると、「古代は、現代より遥かに進化した文明が繁栄し、その進化を導いたのは、宇宙からの知的生命体では?」という説が、とてもナチュラルに感じられるのです。

―そういえば、テノーレスの響きも、どこか宇宙的なサウンドですよね。どういう時に歌われるのですか?

 地域社会の中で、テノーレに属し歌うことが、一人前の大人の男性のたしなみでもあります。人々が集う祭りや宴や結婚式で、自然とテノーレが歌われます。日常の中に生きています。彼らに「どうやって歌を覚えたの?」と聞いてみると、
「言葉を覚えるのと一緒。子どもの頃から当たり前に歌ってた。コミュニケーションのひとつで、愛の告白も歌で伝える。昔、若い頃は日が暮れると、大好きな女の子の家の窓の下でセレナーデを歌っていたよ」


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アジアからサルディニアへ

 サルディニア人の起源は、実は、中央アジアの遊牧民族だと言われています。その昔、アルタイ高原の民族が、6000年前頃に馬に乗ってメソポタミアに至り、エジプトやトロイを経由しながら、この島に渡ってきたのではないかという説があります。
 確かに、サルディニア島では伝統的騎馬文化が盛んで、アクロバティックな馬術を競う盛大な祭りもあります。「馬といえばサルディニア」と言われるほど、素晴らしい乗り手や操り手が生まれることで名高い地。騎馬文化もそうですし、カント・ア・テノーレの声も、まるでアジアの喉歌ホーミーのようで、何千年もかけて伝えられてきた、遥かな音の旅を感じさせてくれますね。

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 サルディニアの人々の顔つきも、どこかオリエンタル。黒髪で性格も実直でシャイ。底抜けに陽気なイタリア人のイメージとはだいぶ違う。
 男気というか、任侠みたいな精神にも重きがおかれて、旅人をものすごく歓待してくれる。アジア人なら理解できる、粋なもてなしの美学を感じました。

―以前登場したジョージアの、乾杯しながら旅人を歓待して歌う文化と、ちょっと近い感じがしますね。

 ジョージアも、アジアとの関わりは密接ですものね。豊かな地であったからこそ様々な侵略も受け、その苦難の歴史を経ながらも、歓待の心を忘れない彼らに感動します。
 ジョージアでは、「敵には剣を、友には盃を」という言葉がありましたが、サルディニアの山深くに行くと、わかりやすく誰にでも門戸を開く開放的な気質ではありませんが、誠意を持って訪れると心から歓待してくれる温かさがある。異民族の到来を受けながら山深くに潜伏した歴史をくぐり、愛する故郷の喪失の危機を知る民族だからこそ、歌で心の結束を築いてきたのかもしれません。
 テノーレを歌う秘訣は何かと問うと、「ひとつの体であろうとする想いだ」、という答えが返ってきました。

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 また、古代が今も息づくサルディニア島には、3本の葦笛を同時に口に含んで奏でる「ラウネッダス(Launeddas)」があります。何本も長い笛をくわえて、頬を大きな風船のように膨らませて奏でる姿に、ちょっと吃驚します(笑)。発祥は紀元前3世紀ごろに遡ります。吸いながら吐き、吐きながら吸うという循環呼吸で、途切れることなく音を出す高度な技。山岳地帯の羊飼いたちが野で孤独を癒したり、離れた者同士が音でコミュニケーションをとる手段でもあったのでしょうね。
「LISTEN.」では、ヌラーゲの傍らで演奏していただきました。



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 サルディニア島で古代から続く伝統の一つに、季節と季節を結ぶ春迎えの祭りがあります。冬の寒さが一番厳しい1月の初旬、聖アントニオ・アバーテが殉教した日に、山深くの村々で巨大な火を焚く祭りです。聖アントニオ・アバーテは、悪魔から罪人の魂を救うため地獄へ乗り込んで火を持ち帰り、人々に与えたという聖人です。

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 町の一角に、木の枝葉を山のように積み重ねて火をつけて、巨大な炎の山を出現させるのですが、その炎の大きさと迫力に圧倒されました。炎は、ビルの3~4階ぐらいの高さにまで及びます。炎はまるで猛り狂う巨大な恐ろしい生命体のようで、自然の計り知れない力を感じます。また、恐怖と同時に、炎が内在する命の聖なるパワーにも心が震えます。
 周りにはビルも建ち並ぶ、町の交差点の広場で執り行われるので、周りに火が飛び移らないかと、ヒヤヒヤしながら見守り続けました。火の粉が雪のように降ってくる中で(笑)。消防隊も万一に備えて待機していますが、毎年執り行われるこの祭りは、火を扱う術の訓練でもあるのでしょうね。正しく恐れながら、火を崇める精神がしっかりと人々に根付いていると思いました。
 枝葉の山に火をつけると、火が燃え広がる前に勇者たちがよじ登り、山のてっぺんに飾られた、豚を象ったパンを取る競技が行われます。一番乗りで勝ちとった人が、その年の福男。日本にも、同じような自然信仰に基づいた火祭りがありますよね。
 クリスマスも今は祝祭的な面が強調されがちですが、本来はこのように、命の危機に直面する冬から、命が力を増す春へ向けて、根源的な生命力を沸き立たせ再生させる、大自然への畏敬の念を込めた祀りであるのだと思います。この島で目撃した目あげるほどの巨大な炎は、命のパワー渦巻く巨大なクリスマスツリーにも見えました。


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 火祭りの火を囲んで、人々は手に手を取って民族ダンスを踊ります。手をつないで長い横並びの列や円を描いて、「花いちもんめ」のように、列同士で対面して歩みあう動きもあります。男女混合が基本ですが、「LISTEN.」では、男たちだけで構成された手繋ぎダンス「カンバーレス」を撮影させていただきました。
 彼らが纏うサルディニアの民族衣装もめちゃくちゃかっこいい! 風に飛ばされにくい機能的なベレー帽に、光沢のあるベロア生地のベストと上着、騎馬用の黒いブーツ。ベロア素材は、イタリア本土から島に入ってきもので、雨に強くて暖かい機能が、野外で働く羊飼いや農夫に重宝されて、正装として定着したそうです。おしゃれなファッションブランドも到底叶わない、暮らしから生まれた美ですね。

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 結火祭りと共に、仮面を纏う非常にユニークな祭りも町ごとに行われます。
 前回、カディスの話でカーニヴァルの仮装の起源について触れましたよね。太陽が衰弱する冬から春にかけて、死から生へと導く生命の転換の儀式がカーニヴァル。
 貴族が乞食に、男が女に……仮装は逆転を呼び起こすアクションであり、対極の存在に変身することは、死から生へ、冬から春へ、生きる力を再び呼び起こす祈りであると。




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 島中東部の町、マモイアーダで行なわれる火祭りでは、「マムトネス」と呼ばれる黒い仮面を被った魔物が登場します。「マムトネス」の語源は、古代シュメール語と言われています。野生の力を表す獣の毛皮を纏い、背中には全部で40キロにもなるいくつもの巨大なベルを担ぐ。この巨大なベルをガランガランと響かせて町を練り歩き、いたるところで燃立つ焚火の周りを巡り、ジャンプをしながらさらに音を響かせる。
 黒い仮面に対して、春や喜びを象徴する白い仮面の者たちは、命の象徴である花の刺繍の布を腰に巻き、ロープで作った投げ縄を群衆に投げて、豊穣と多産のシンボルである女性を捉えるアクションをします。
 たとえば、「日本の正月で獅子舞の獅子に、赤ちゃんの頭を噛んでもらうと元気に育つ」、みたいな呪術的祈願のようなものでしょうか。
 仮装は村によってそれぞれ特色があります。動物の毛皮をまとったり、顔に煤を塗って真っ黒にしたり、ベルの代わりに動物の骨で音を出したり……。魔を除けるために、音が大事な役割を果たします。

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 こういう仮面や仮装の祭りは、他にもヨーロッパの山深い隠れ里にも、非常にユニークなものが脈々と受け継がれています。オーストリアでは、ツノが生えた不気味な魔物の仮面と鈴をつけて練り歩く「クランプス」。ドイツでは、藁で作られたとんがり頭の「シュトローマン」。スイスでは、大量の木の枝葉をムクムクの毛皮のように纏う「ソバージュ」。「原始人のような」という意味だそうです。ヘアスタイルとしてのソバージュのルーツかも(笑)?
 日本では「ナマハゲ」が有名ですね。岩手の「スネカ」とか、鹿児島の「トシドン」なども。やはり自然界の生命力が弱まる厳冬の季節に、異界から訪れる神を、日本では「来訪神」と呼びます。ナマハゲは、「泣く子はいねが〜」と恐ろしい奇声を発しながら訪れますが、他には、貝を腰にぶら下げてガラガラ音を立てたり、色々な「音」で魔を払うことは東西文化で共通していて面白いですね。厳冬の頃に夜を徹して行われる日本の神楽舞も、ヨーロッパに残る原初の舞と同じ祈願が秘められているのではないでしょうか。
 日本神話では、天照大御神の岩隠れの折に、アメノウズメノミコトが舞い踊り、岩戸を開かせて太陽の光をこの世に取り戻しましたよね。踊って歌って神様を喜ばせる行いは、「俳優(わざおぎ)」と言って、「俳優(はいゆう)」の語源なのだそうです。
 大自然の荒ぶる力を、いかに神聖な生命力へと転換させていくか。この宇宙で地球が自転する回転力は、実はこういう、「時の刷新」への人間の切なる祈願と絶え間ぬ働きかけによって、生み出されるのではないかと思えてくるのです。


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  サルディニアに積層する、宇宙のように果てしなく深い音楽や芸能は、まだまだ語りつくせません! 山里で育まれる男性合唱、アコーディオン文化、ギターの伴奏で繰り広げる歌合戦、華麗な民族衣装で舞うダンス、古代から続くユニークな数々の祭り……、探れば探るほど、まだ見ぬ大感動の扉が開く不思議な島、それがサルディニアなのです。

 次回は、ヨーロッパから大西洋を越え、コロンブスが大航海の末に出会った新大陸。まずは、南米アルゼンチンのガウチョ文化から。



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