ピーマンの種って捨てていいよね?
ヒノに訊かれた。
ぼくが返事をする前に、ピーマンのレシピについて、ヒノは語り出した。
種をとらなくてもいい、そういうふうに明記されたレシピを見かけるようになった。理由としては、無駄にならない、白胡麻と一緒に調理すれば気にならない、甘長とうがらしの種と同じはずだから大丈夫、というもの。種をとらないほうがおいしいというけれどそんなに劇的な違いがあるのだろうか。そもそもピーマンには苦いのもあって、見た目じゃわからない。切りかたにもよる、とかなんとか書いてあるサイトがあるけれど、それで払拭できるとは思わない。軽減される、とか、やわらぐ、とか書いてあるわけで、なくなるとは言ってないから、嘘じゃないんだろうけれど。だいたい、横に切るといい、って書いてあるよ。コピペかってくらい。でもたまに縦ってあるサイトもあって、混乱する。
そもそも、ヒノの女友達の話をしていたのだった。
「こないだドトールで、よく紅一点になってたって言ってたけど、ヒノって女友達いっぱいいるんだと思ってた」
いない。
ヒノは即答した。
「でも、いろいろなエピソード聞いてるから」
同じ女友達のことだったりするからねっ。
ヒノは軽く返してから、いくぶん間を置いて、こう言った。
紅一点になりがちだった人たちとは小規模に寄り合えるのがわかってきた。それより前から、ぽつぽついた仲良い人もあらためてそうだったって知ったりして。紅一点同士だと、気を使い合う甲斐もちゃんとあったりする。あったりするんだよっ。
ヒノはいかにも大事なことを言うように、そこだけ繰り返して言った。
以前、ヒノに、女友達の部屋に居候していた話を聞いたのをぼくは思い出した。
転がり込み系だった、と、ヒノは言う。わたしは同性同士で、一から、一緒に暮らした経験はないなっ。いつも転がり込み系で、と。
ヒノは、そういえば前にも聞かされた2LDKの部屋の周りの環境について、語った。
向かいに、なんらかの由緒のある庭園があったという。入場無料だったし、池の周りを一緒にぐるっとまわって歩いたりしたという。その頃、一緒にいると他の誰よりも楽しいいっときがあった。そうはいっても、別々の部屋に帰りたくないから一緒に住んでいるという情動に突き動かされた同居とはまた違っていた、という。
ヒノはしんみり言う。
定期的に通える勤め先があるわけじゃなくて、家内制手工芸的な仕事するようになると、よっぽど広い物件でもないと、もう長くは保たないよ、居候生活はねっ。恋愛感情がないと許せないことは多い。恋愛感情があると許せないことも多いけど。
同居人について、ヒノは人となりより先に、大の塩昆布好きだった、と、言う。調味料として、醤油とかぽん酢を使うみたいに塩昆布を使ってたという。なんとはなしに前にも聞いたような気がしてきた。
ヒノは、たべさせてもらったものの中では、茹でたきのこを和えたのと、たきこみごはんが存外おいしかった、と言った。
「ああ、その女友達のところにいたのは寒い季節だったんだよね」
背景を、ぼくはおぼえていた。
親しい人の口から、ぼくの見知らぬ人の話を語られるとき、ぼくがその場面には居合わせなかったことを思い知らされて寂しくなることもあれば、あたかもぼくも傍から見ていたような錯覚をおぼえることもある。どのみち、知らないのはほんとうなのだったら、後者のほうが、人の輪に迎え入れられているような気がするだけ、お得じゃないか。言わずもがな、ヒノの話はたいてい後者の色合いを帯びていた。
塩昆布のレシピは世の中にあふれている。
検索の鬼であるヒノ曰く、たとえば「オレンジページ.net」には「塩昆布の人気レシピ!うまみ引き立つ人気副菜47選」っていうページがあるよ。小鉢が47種類並ぶ勢いだよっ。
いっときの同居を経たからといって、ヒノ自身は塩昆布のヘビーユーザーにはなりはしなかった。塩昆布を契機に当時の暮らしを思い出すことはあっても。たとえば、塩昆布を使うしるもののレシピを見つけたときなど。ちなみに、塩昆布の他の材料は、ピーマン、油を少し、味が足りなければ塩を少々、というミニマルなもので「種ごとピーマンのスープ」と名付けられていたという。
そして冒頭の問いに戻る。
ピーマンの種って捨てていいよね?
種をとらなくてもいい、というのではなくて、むしろ残すことをアイデンティティにするという方向性の是非にヒノはこだわる。
ずうっと一生懸命とってきたのに、今更(言われても/やだ)。全然、繊細なおかずをつくってないのになんなんだけど、種はやなんだよなっ。
ぼくもピーマンの種は無心にとり除いてきたものだけれど、あの手間を省いていいのなら、と、レシピに流されてみたくなるのはほんとうだった。
そうだ、意外なところで貧乏性を発揮しがちなヒノならば、もしかしたら聞き入れてくれるかもしれないアイデアを思い付いた。
「種、新たな具になる可能性があるかもよ」
どういうこと?
しかしヒノは、素早く鍋の中を空想したようで、訝しげな表情から一転、種が実から外れて浮き上がってきてきれいに見えるかもしれないってことかっ、と、言った。
「騙されたと思って」
ぼくはそう言いつつも、それほど大それた挑戦でもないのに、かける言葉としては大袈裟やもとも思った。ただ、ヒノとはなんでも大真面目に話せるからいいのだということを忘れてはいけない。
「種ごとピーマンのスープ」、こわいものみたさっていう気もしたけどつくってみたよっ。
ヒノはうれしげに言う。
そこまでの思い切りが必要だったのか。
トマトの皮みたいでもあるねっ。
「?」
ヒノは、トマトを煮炊きする料理をするとき、皮を剥かないらしい。むしろ湯むきしたりして捨てたほうが、さみしかった、と言う。トマトの皮を具と見做していた時点で、すでにヒノは自分で自分を騙すことに成功していた。
味はというと、鍋の中で柔らかになった昆布の出汁そして塩気はしるに溶けて、色は麦茶とかほうじ茶みたいになって、さっぱりしたしるものだという。ヒノは、あんまり人の出歩いてない真夏の午後の日陰みたいな味、と表現してから、ぼくの言い回しを真似したのだと付け加えた。それから、ヒノはこうも言う。
自分で塩昆布を料理に使うと、転がり込んでた時代の記憶がちょっと薄れていっちゃうな。上書きされるっていうか。
ぼくがヒノのiPhoneの画面を覗くと、「塩っぺ」というネーミングもデザインも強烈なインパクトのあるロゴが見えた。ヒノの女友達が常備していた塩昆布はたしかこれだったという。ヒノが使ったのはというと「さざなみ」。こちらのパッケージデザインはサイケデリックだった。
「塩昆布ってみんなこういうふうな袋に入ってるの? あっ、中身が地味だからか」
あっ、自分で答えを言う前に、ヒノがどう返すのか待っていればよかった、と、ぼくは思った。
※作中に登場したレシピ「種ごとピーマンのスープ」は『スープ・レッスン』(有賀薫/プレジデント社 2018)より。


