無垢の歌 大江健三郎と子供たちの物語 / 野崎歓

大江健三郎の文学において、子供はときに危機にさらされ、不条理な世界を一身に受けとめる存在として描かれる。なぜ物語の少年少女たちは、かくも鮮烈な印象を残し、ひときわ輝きをはなつのか。大人が失ってしまったものと、“チャイルドライク”な作家の本質にせまる、まったく新しい大江健三郎論。

「ただいま」と「お帰り」

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敷居をまたぐとき

 短篇連作で自らの家族を直接、題材とするにあたり、作家は一つの重要なアプローチ法を選択した。家の敷居に立って家族を見つめ直すというやり方である。

 長旅から戻ったとき、家の中はどうなっていたか。家族にどんな変化が起こり、家庭に向けた自分の目にどのような違いが生じたかを描く。そうすることによって外からの視点を導入し、非日常的な感覚とともに家をとらえ直すのである。そのとき、玄関から家に入ったり、敷居をまたいだりといった単純な動きが、新たな発見や体験の契機となる。

 七つの短篇を収めた『新しい人よ眼ざめよ』(1983年)の最初の作品「無垢むくの歌、経験の歌」では、冒頭から、家に戻ってきたときに感じた違和や不安がなまなましく提示される。「僕」は「テレビ・チーム」とともにヨーロッパに出張しての仕事を終えて帰国したところだ(1982年、大江はヨーロッパの反核運動をめぐるテレビ番組の取材で渡欧している)。仕事面では充実感を味わいながらも、「僕」は息子とのあいだに「危機的な転換期」が訪れようとしているのではないかという暗い予感を抱いてもいた。成田に着くなり「僕」は、迎えに来た妻から、自分のいないあいだ「イーヨーが悪かった、本当に悪かった!」という報告を受ける。イーヨーは父親の留守中、母親に足払いをかけたり、弟を羽がいじめにして小突いたりと突如、暴力的になった。家族が彼と距離を置こうとすると「朝から晩まで大ヴォリュームで再生装置をならしつづけた」。夕食後に台所から包丁を持ち出し、「両手で握りしめたそいつを腕の前にささげるようにして」カーテンの脇に立ち、「暗い裏庭」を見つめていたこともあった。

 そうした情報自体、旅から戻ってお疲れの父親にとってのみならず、読者にとっても衝撃であることはいうまでもない。イーヨーとは「無垢むくな魂を持つ者」であり、「いつまでも幼児の心を持った」存在であるはずだ。善の化身でこそあれ、悪は彼には似合わない。それが一転してなぜ憎々しいヒールになってしまったのか? 

 「イーヨー、パパは帰ってきたよ、相撲はどうだった、朝汐は押したか?」

 父のただいまのあいさつを無視し、おみやげのハーモニカを渡されても気のない様子で放り出す。何よりも「僕」は、息子が自分に向けた眼つきにぎょっとし、震撼させられる。

 「発熱しているのかと疑われるほど充血しているが、黄色っぽいヤニのような光沢をあらわして生なましい。発情した獣が、衝動のまま荒淫のかぎりをつくして、なおその余波のうちにいる。(……)息子はいわばその情動の獣に内側から食いつくされて、自分としてはどうしようもないのだという眼つきで、しかも黒ぐろとした眉と立派に張った鼻、真赤な唇は、弛緩して無表情なままなのだ。」

 異様な凄まじさを帯びた描写である。父としての「僕」は、思春期というべき年ごろになったイーヨーが自分から離れていくのではないか、イーヨーのうちにそれまで眠っていた性的欲望が頭をもたげてくるのではないかという恐れを抱いていた。別人のようになった息子と再会して、父はてっきり自分の恐れが現実となったものと思いこむ。

 そうしたなりゆきが、たんに一家の特殊事情というのではない、だれしも思い当たるような出来事として実感されるのは、旅からの帰還という設定のもたらす効果ゆえだ。久しぶりに戻ったとき、われわれは、少しばかり他人となった家族を見出してかすかに戸惑いを覚えはしないだろうか。家族の側でも、やや応対がぎこちない。そうした違和は、日常生活のリズムが戻るとともにたちまち消え去ってしまうものだとしても。

 フランス語には「デペイズマン」という単語がある。日常からの離脱がもたらす気分転換を意味するとともに、場所が変わったがゆえの馴染めなさや居心地悪さをも表す、味わい深い一語である。大江の短篇は、久々に自宅に戻った者の「デペイズマン」を核として、家族を描く小説という形式そのものにゆさぶりをかけている。

出たり入ったりする運動

 形式という点からは何といっても、私小説プラス文学研究という構えを打ち出した点に『新しい人よ眼ざめよ』の大きな特徴がある。文学研究とはすなわち、大江が愛読する詩人ウィリアム・ブレイクの詩をめぐる考察である。

 何しろ『個人的な体験』(1964年)においてすでにブレイクの詩が引用されていたのだから、イギリス・ロマン派の詩人と大江のつきあいは長い。『新しい人よ眼ざめよ』の連作は、ブレイクを読み続けてきたことの一つの総括という意味をもつ。書名も各章題もすべてブレイクの詩から採られたものだ。そしてこれまでの人生の折々で、自分がどのように彼の詩句を受け止めてきたかが辿られている。


 
 大学入学早々、図書館で隣人が開いていた本のページに見て取った予言的な響きをもつ言葉「そして帰ってゆかなければならぬ/そこからやって来た暗い谷へと」は、ブレイクの長詩『四つのゾア』(1797年)の一節だった。『個人的な経験』の中で引用されていたのは、「赤んぼうは揺籠ゆりかごのなかで殺したほうがいい。まだ動きはじめない欲望を育てあげてしまうことになるよりも」という『天国と地獄の結婚』(1793年)の衝撃的な一節だった。その一節をかつての自分は誤読していたのだと『新しい人よ眼ざめよ』の「僕」は自己批判する。とはいえ、「障害のある息子の誕生という経験に引っぱられ」て、ブレイクの晦渋な表現を自らの状況に重ねて受け止めようとするのは、切羽つまった父親としてはやむを得ない読み方だったとも思える。ブレイクの作品にはそうした読者に応える要素、彼を支えてくれる力があった。壮大でも破天荒でもあるその神話的な詩の世界は、全体として、現世を超えて「世界家族のすべて」が統合されるような「霊的な宇宙」のヴィジョンを描き出す。「僕」はイーヨーと自分とがその宇宙の一員となることを希求したのである。

 はるか昔の異国の文学作品と自分の人生とをこれほどまでに真剣に、熱烈にぜにすることができるのか――そんな驚きを禁じ得ない。連作冒頭で「僕」は、ヨーロッパへの旅の途次、「駅構内の書店」で「『オクスフォード・ユニヴァーシティー・プレス』版のウィリアム・ブレイク一冊本全集」を見つけて購入し、それ以来「集中してブレイクを読みはじめた」のだと説明している。何気なく書かれているが、くだんのOUP版とは約1000ページ近くもあるずしりと重い一巻で、旅先で気楽に手に取るような本ではない。「僕」はかつて赤んぼう殺しへの唆しをそこに読みとったブレイクの作品にすがりつくようにして、息子との「共生」のための導きの糸を求めようとした。

 その結果、「僕」ら親子の暮らしと、ブレイクの長篇詩に描かれた「神人」の世界のあいだにはしばしば、通路が開き、相互の照らしあいが生じる。ブレイクとイーヨーのあいだに「唱和」が感じられる瞬間さえある。鶴見俊輔は両者の言葉を引用してこう解説している。

 「落ちる、落ちる、無限空間を、叫び声をあげ、怒り、絶望しながら――ブレイク
 僕は沈みました。これからは泳ぐことにしよう。僕はもう泳ごうと思います――イーヨー
 この作品の中でのブレイクの詩句と主人公の息子の日常生活の語句(行動)とは見事に唱和する。ブレイクの「無垢の歌」は、この唱和を経て、二百年後の日本に生きる。」(鶴見俊輔『新しい人よ眼ざめよ』講談社文庫版解説。なお大江の本文ではイーヨーの言葉はゴチックになっている)

 的確な指摘である。しかし読者としては別の感想もありうるだろう。ブレイクの読解と、イーヨーをめぐる物語のあいだには、連続と同時に断続もある。それがむしろ、作品にたえず新鮮な展開を与える結果となっているのではないか。

 ブレイクの作品に関係する部分と、イーヨーを主語とする部分とでは、明らかにトーンが異なる。六番目の短篇「鎖につながれたる魂をして」には「ブレイクを介して、僕はすぐにも自分の息子を語る所へ戻ってゆかねばならぬのだから」と記されている。小説としての本筋がイーヨー物語のほうにあることを語り手自身が意識しているわけだ。たとえば冒頭の挿話であれば、なぜ父の不在中、イーヨーの態度が悪くなったのか。その謎をめぐる展開に読者の興味は何といっても引きつけられる。しかし、「僕」とイーヨーの話だけにもっぱら終始するとしたら、やがて単調さや平板さが避けられなくなっただろう。そこにブレイクの「預言詩プロフェシーの神話的叙事詩の世界」や、さらには画家としても異才を発揮した彼の幻想的にして美しく、奇怪でもある「幻像肖像画ヴィジョナリー・ヘッド」をめぐるウンチク(などと簡単に片づけるべきものではないのだが)が割り込むことで、記述に断絶や飛躍が生じるのである。


 一方では、英米のブレイク研究者や注釈者の業績を参照しながら本格的な考察が展開されている。他方では、「イーヨーが中学校の特殊学級二年にあがった春から、夜尿症をなおす試みのひとつとして、真夜中に一度、僕がかれを起してトイレットに連れてゆく仕組みを採用した」といった記述がなされる。前者は高度に学術的で、知的な刺激に富む。後者はぐっとリアルで日常に即し、具体的だ。後者だけでも作品は成り立ったはずだ。しかしブレイクを読み解くパートが加わることで、小説は重層性を獲得する。私小説の「家」の隣にブレイクの「家」が建っているとでもいうべきか。語り手とともに読者も、その一方からしばし抜け出て他方に入ったり、また戻ってきたりする。つまり作品内部にも「敷居」が作られ、デペイズマンの異化作用が働く。そうやって、ともすれば息苦しくなりかねない父子密着の物語に風をかよわせているのだ。

 そしてまた、ブレイクの詩とイーヨーの名文句の数々は、唱和しつつもまったく異質なものとして並び立っている。言葉の調子として、ブレイクの詩は(とりわけ「預言詩」の場合)、聖書を踏まえた宗教的な荘厳さと雄弁さを帯びる。

 「樫は斧によって伐り倒され、仔羊はナイフによってほふられるけれども、/それらの形式フォームズは、永遠に存在する、アーメン。ハレルーヤ!」

 それに対し、イーヨーの言葉は舌足らずだが、可憐であり、思わず微笑を誘うような優しさと愛嬌がある。

 「パパ、よく眠れませんか? 僕がいなくなっても、眠れるかな? 元気をだして眠っていただきます!」

 これら二つのまったく異なる言語の共存がなんとも面白い。その一方から他方へと出入りする動きが作品をいきいきと引っ張っていく(各短篇のしめくくりには、ブレイク、あるいはイーヨーいずれかの言葉が交代で引用される)。そしておそらく多くの読者は、ブレイクの言葉以上に、一見まったく非文学的なのにそれ自体不思議な「詩」のように輝くイーヨーの言葉を待ち望む気持ちをかきたてられてしまうことだろう。

「死んだ人間もまた帰ってくる」

 もう一つの重要な動きは、「僕」が子供のころや青春時代の記憶を呼び覚ますときに生じる。現在と過去の往還も、作品をつらぬくダイナミズムをなしている。とりわけ強い印象を残すのは、戦争末期、「国民学校の四年」のときに溺死しかけたという話(第二篇「怒りの大気に冷たい嬰児えいじが立ちあがって」)である。

 「僕」の家の裏を流れる川をさかのぼったところに、ウグイのむらがる淵があった。岩のはざまの空洞が「ウグイどもの巣」になっているのだが、空洞に頭を突っ込んで魚をヤスで仕留めようと夢中になりすぎると、頭が抜けなくなる恐れがある。現に最近、少年が溺れ死ぬ事件が起きたその場所に、「僕」はある朝一人で向かい、岩穴に頭を潜り込ませる。

 「(……)まっすぐに起こした顔のすぐ前に、夜明けがたの微光のみちた清らかな空間があり、数十尾のウグイの群れがいた。(……)光をはらんだ萌黄色の魚体にこまかな銀の点がびっしりと並び、それらも光っている。そしてウグイの群れのすべての個体のそれぞれの、墨色の丸い小さな眼が僕を見かえした。」

 魚取りに夢中になる子供が目の当たりにした、まさに夢の光景だ(これまで流布していた文庫版では「数十尾」ではなく「数知れぬウグイの群れ」となっていて、より興奮があらわだった)。まるで異界をのぞき込んだかのような光と色の鮮明さである。「僕」にとってそれは一種の永遠の啓示でさえあった。自分もまた「このまま、谷間の川の中心の、どこから見ても卵のなかのような、まんなかの空洞に入りこんで、エラ呼吸をしながら生きつづけるのだ」と「僕」は感じた。

 底流に押し流されまいとウグイたちは流れに抗して泳ぎ続けている。そのせいで、位置は変えずにその場に留まっているように見える。運動と停止の一致がささやかな奇跡のように実現している。大江作品に描かれた情景としても際立って美しい、瞬間と永遠が重なりあう一瞬だ。

 「事実、僕はいかにも永く水の底にとどまっていたような気がする。現にいまも自分はそこにとどまりつづけているのであり、これまでの僕の生はすべて、ウグイの群れがわずかに位置を交換しつつ間断なくつくりだす文様を、読みとった内容にすぎなかったのだと、そのような気もするほどだ。」

 『同時代ゲーム』で描かれたかくれんぼ=神隠しにおける、「硝子玉のように明るい空間」へのトリップと共通する体験である。そしていずれの場合も少年は、異次元から無理やり引き離される。ウグイの巣の話では、「僕」は頭を「岩の隘路あいろ」に挟まれて溺れかける。だがそのとき、何者かの「巨大な力」によって水中から引き揚げられ、死を免れた。その際に負った「後頭部の傷あと」はいまも「左手の指の腹ですぐさまさぐりあてることができる」のだという。

 「僕」みずからも「出生」の比喩で語っているとおり、このとき子供は生と死のあいだ、あるいは生と未生のあいだを行き来したのである。さらに「僕」はその挿話を、ブレイクが子供の誕生を描いた詩――「幼い者の悲しみ」――を介して、イーヨー誕生時の危機へとつなげていく。イーヨーが頭蓋骨に負った「欠損ディフェクト」は、「僕」にとってはウグイの巣で自分が負った傷と「まっすぐつながるように思われ」る。さらにイーヨーは、脳の手術の影響によってか、「癲癇」のような発作を起こすようになった。それは本来、岩の隘路で頭を傷つけた自分が抱えるべき症状を、息子が「引きうけてくれて」いるのかもしれないと「僕」は考える――「これはすでに神秘趣味の夢想というほかにない」とみずから認めながら。

 『ピンチランナー調書』で見たような、父子は「同一の光源」に発するものだという考え方が引きつがれている。父が子の面倒を見るだけではなく、同時に子が父のケアをしてくれる存在なのだという発想も窺える。それ以上に重要なのは、父と同じく子も、生の外側に、冥府や、あるいは未生以前の領域が広がっていることを感じ取っていることである。冒頭で示されていたようにイーヨーの態度が悪くなり、荒れた様子になったのはひとえに、父の不在を父の死として受け止め、絶望的になったせいだったと考えられるのだ。


 乱暴なふるまいに及ぶようになったイーヨーに、母である「僕」の妻は、父親が帰ってきたら言いつけるといって諭そうとする。

 「ところが息子は、その時もFM放送で大ヴォリュームを響かせていた、ブルックナーの交響曲をものともせぬ大声で、
 ――いいえ、いいえ、パパは死んでしまいました! と叫んだというのである。」

 「僕」はイーヨーが愛読するFM番組の雑誌を開いて、それがブルックナーの「第八番ハ短調の交響曲」だったことを確かめる。絶妙のチョイスではないか。壮大きわまるシンフォニー芸術の極致というべきこの雄篇は、「死に憑かれた交響曲」(田代櫂『アントン・ブルックナー 魂の山嶺』)でもある。イーヨーがここぞとばかり鳴らしていたのは第一楽章、トランペットとホルンによる「死の告知」のくだりか、それとも最終章の「葬送行進曲」だったろうか?

 イーヨーの口から発せられた父の死を告げる言葉は、ブルックナーの金管の咆哮のごとき迫力を備えている。さらに続く短篇では、「わが国の音楽界の老大家の死を報せる」ニュースを耳にしたときのイーヨーの、「あーっ、死んでしまいました、あの人は死んでしまった!」という大声の叫びや、初めて癲癇の発作を起こしたのちに口にした、「大丈夫ですよ! 僕は死ぬから! 僕はすぐに死にますから、大丈夫ですよ!」との「沈みこんだ声音の言明」が紹介される。それらの響きあいが、イーヨーにおける死のモチーフを際立たせる。本人にとってはその都度、心底から動揺させられる痛切な経験、「胸につき刺さるほどの哀傷」の経験だったことだろう。

 しかも、いったん悲嘆の淵に突き落とされはしたものの、父親は無事帰ってきた。つらい発作をやりすごせばイーヨー自身、「陽性」の元気を回復する。「イーヨーが、死んだ人間もまた帰ってくる、と考えているらしい」ことを父親の「僕」は察する。それは谷間の村で過ごした少年時代に「僕」自身が折に触れ感じとめていたことであり、またかつてのウグイの巣での臨死体験に通じる事柄でもあった。イーヨーもまた、死を内側に抱え込み、生と死の出入りによって成り立つものとしての人生を、彼なりにたくましく歩み出している。

帰還する子供

 子供が成長するとは、子供にとっては家の外での暮らしが広がっていくことであり、親にとっては子供が不在である時間が長くなっていくということである。そしていずれにせよ子供は、まだ子供であるかぎりにおいて家に帰ってこなければならない。その帰宅を心の中で待ち続け、子供の帰る場所を守り続けることが、親としての最も基本的で重要な仕事であるかもしれない。とりわけ「僕」のように終日、家で仕事をしている人間にとっては、子供が帰ってくる瞬間に居合わせ、玄関から聞こえてくる音に耳を澄ませることが日々の大切な勤めとなる。『新しい人よ眼ざめよ』の巻末に置かれた表題作には、親の耳はどのように研ぎ澄まされているか、その目は子供の表情をどのようにとらえるのかをよく示す一節がある。

 「門の木扉が、他の家族の誰の開き方でもない、ガクッという音をたてて開く。大きい靴底を地面にひきずりながら歩いてきて、玄関のドアをやはりガクッと開ける。三和土たたきに仁王立ちしたまま、片足ずつ振りまわして運動靴を脱ぐ時間があって、居間への入口をいっぱいに埋めつつ、学生服と鞄でかさばっているイーヨーが、舞台に登場するように機嫌よくあらわれる。それが月曜から土曜まで午後遅く僕が心待ちしては、日々期待をみたされてきた、ほとんど儀式とでもいうものであった。」

 扉が開く音や靴音を聞きつけるだけで、親の心には「帰ってきた!」と少しばかり弾む思いが兆すものである。幼児のころから栄養状態のよかったイーヨーは、いまや足も大きく体も大きい。靴の脱ぎ方はいかにも不器用だが、しかし父の胸中にはとにかくよく育ったという嬉しさもにじむ。「学生服と鞄でかさばっている」という表現に説得力がある。日本の学童、学生は荷物が多くて大変なのだ。通学してくれるだけで親としては御の字であり、子供をほめたくなる。しかも帰ってきた子供が「機嫌よくあらわれる」ならばこんなに嬉しいことはない。父はただ、「お帰り、イーヨー、よく帰ってきたね」といって「儀式」をしめくくるのみである。

 もちろん、それは形だけの儀式ではない。そこには今日も子供が無事に帰ってきたことへの安堵と感謝がこもっている。連作に盛り込まれているイーヨーのさまざまな受難や、通学時に持ち上がる試練の話を読んできた読者であれば、「よく帰ってきたね」の一言に感動を禁じえない。何しろ帰宅するはずのイーヨーが、いつになっても帰ってこないという深刻な事件も語られていたのである(第六篇「鎖につながれたる魂をして」)。これはすぐに警察に通報してもおかしくない悪質な誘拐事件で、すでに『ピンチランナー調書』にデフォルメした形で描かれていたことを思い合わせると、恐らく大江親子が現実に経験させられた、許しがたい事柄にもとづく記述なのではないか。

 父親が有名作家であり、また進歩的知識人として発言を続けていたがゆえにイーヨーは標的となった。しかし「子供が帰ってこない」ことへの恐怖は、恐らくどんな親のうちにも潜在的に巣食っている。不在が刻々と長引いていくときの焦燥はあまりにリアルな悪夢に転じ得る。だからこそ、あらゆる帰宅は祝福されるのである。

 そのことは、境界を越え、異界に身を投じようとする少年たちの姿が大江作品において繰り返し描かれてきたことと鋭くコントラストをなしている。子供のうちには家からの独立を願う気持ちや、家に帰りたくないという反抗心さえ少しずつふくらんでいく。それに対して、親の日常は帰還する者としての子供への想いに支えられている。『新しい人よ眼ざめよ』では、それが一種の祈りのようなトーンとなって表れている。子供との「共生」とは、ただべったり一緒にいることではない。子供はつねに出発し、しばし姿を消す。だが幸いにもまた戻ってきてくれる。

 「イーヨーは、もう居ないのですから、ぜんぜん、イーヨーはみんなの所へ行くことはできません!」

 そんなことを息子が言い出すこともある(巻末に収められた表題作)。だがそれでも彼は帰ってくる。そのとき、「僕」はブレイクの詩を介して、「再生した僕自身」の姿を思い描く。「共生」とは「再生」にほかならない。「よく帰ってきたね」の一言を発するそのたびごとに、親は再生し、家庭も息を吹き返す。一見単調きわまる、しかし考えてみれば何とも危なっかしく僥倖の連続ともいいたくなるようなその反復によって、われわれの日常生活なるものは成り立っている。

 

 

*本連載は、初回と最新2回分のみ閲覧できます。