© Twin Planet
LISTEN.
聴いて 感じて 浸る
未来へ紡ぐ「音」のタイムカプセル
美しい音にいざなわれ、2010年から10年をかけて26カ国を巡り、250曲を収録。
50時間を超す音源と20,000枚の写真を記録し、31の映像物語が生まれた。
最初の5年間のエピソードをまとめた、
映画版「THE LISTEN PROJECT ~THE FIRST FIVE YEARS~」は、
世界の映画祭で上映され、日本公開企画中。
https://the-listen-project.com/jp/
LISTEN.初のアルバム”IN A QUIET PLACE”
(iTune Store、Spotify、amazon music、bandcamp アイコンをクリックしてください)
https://the-listen-project.com/jp/music/item/520-in-a-quiet-place-music-from-the-listen-project-vol-1-j
ガウチョ—大平原の吟遊詩人
今回は、私が心から憧れる最高にカッコいい“ガウチョ”の世界です。
© Tomoko Yamaguchi
南米大陸で牛を追う牧童を、“ガウチョ”と呼びます。
アンデス山脈を挟みチリとアルゼンチン両国にまたがる広大な“パタゴニア”や、ウルグアイやブラジル南部のパンパ(草原地帯)に生きるカウボーイ。
17〜19世紀、新大陸にやって来たスペイン人移民と先住民の混血により新しい世代が生まれ、入植者が持ち込んで大繁殖した野生馬や牛を追って生きるようになりました。
“ガウチョ”は、先住民の言葉で「放浪者」という意味。社会や時代の理不尽に背を向け、大自然の中で我が道を行く孤高の“ガウチョ”の生き方は、今も人々から尊敬を集めています。
ガウチョの魅力は、ただの荒くれ者ではない、知性と野性が共存するカッコよさ。ガウチョは、“パジャドール”と呼ばれる吟遊詩人でもあり、馬に跨り旅をしながら、人生の辛苦や喜びを歌にしてギターをつま弾き、人々に愛されてきました。差別や貧困や戦争という逆境の中で、学校教育とは無縁でありながらも、哲学的でさえある深い詩を生み、人々の心を癒し、自然とともに生きる人生道を伝えてきたのがガウチョです。
社会の中で最下層であったガウチョですが、「あの人は、“ガウチョ”だね」という言葉は、今もアルゼンチンでは最高の褒め言葉です。昔の記録にこんな記載も。
「ガウチョは、親切で気前がよくて、客をもてなす精神を持っている。無礼な者、不親切な者は見たことがない。自分について話すときは謙虚で控えめだが、同時にとても無鉄砲で勇敢だ」
© Tomoko Yamaguchi
アルゼンチンのガウチョの皆さん、味わい深い良いお顔ですよね。生き方が顔に表れている。自然体で、誇り高く大らかで、生きる知恵に長けた強さと知性を感じる。ガウチョのシンボルでもある大きなナイフを腰にさして馬に跨る姿は、生と死の間で生きる美学を漂わす日本の戦国武将にも見えてきます。
私の人生で忘れられない最高の美味の記憶は、ガウチョが焼いてくれた羊肉です。野営して火を焚き、ホッケの開きみたいな感覚で、巨大な羊の開きを焼いてくれました(笑)。もう20年以上前、LISTEN.の前身ともいえるLETTERSという作品でチリ側のパタゴニアを訪れた時の体験です。3時間以上じっくり時間をかけて焼いた羊を、ナイフでガシガシと削いで、そのままかぶりつく。臭みなど全くなくて、ジューシーな滋養が体中に染み渡り、広大なパンパの恵みをズシリと受け止めるような力強い感動でした。何気ない日常の中で、こんなにも力に満ちた恵みを味わうガウチョの人生。そのとてつもない豊かさに、頭をぶん殴られたくらいの衝撃を受けました。経済先進国と言われる社会の豊かさなど足元にも及ばない。ガウチョを育む大自然の威力を心底感じました。
© Tomoko Yamaguchi
© Peter Rakossy/Twin Planet
アルゼンチンでの撮影で、手伝ってくれた現地スタッフは、まさに自然の中で生きる術に長けたガウチョ精神を引き継いでいて、とても頼りになる存在でした。ロケの最中に小さいものを見るために拡大鏡が必要になった時、手の甲にペットボトルの水を垂らして水滴を作り、即席の虫眼鏡を作ってくれたり……。撮影が終わり、別れ際に彼は首に結んでいたネッカチーフを、この出会いの記念にとプレゼントしてくれました。
© Tomoko Yamaguchi
© Peter Rakossy/Twin Planet
ガウチョの逞しく粋な人生道は、『マルティン・フィエロ』(ホセ・エルナンデス 著、大林 文彦・玉井 礼一郎 翻訳 たまいらぼ)という本に記されています。アルゼンチンの聖書と言われ、その朗読は小学校の正課にもなっている。一家に一冊はある本で、国民皆がその詩を諳んじられるほど愛されている名著です。本の帯の言葉もかっこいいですよ。
「滅びゆくパンパス大草原をさすらう野性の男・ガウチョ。男が真に男であり得た時代のロマン」
著者ホセ・エルナンデスは、心優しく崇高なガウチョたちが、社会から虐げられ、理不尽な戦争に駆り出され、あまりにないがしろにされている現状に異を唱え、この作品を世に送り出しました。マルティン・フィエロはパジャドールであり、ギターを弾きながら旅をして、人生の喜びや悲しみを即興詩で歌いました。
『マルティン・フィエロ』から、いくつか素敵な詩をご紹介します。
人生苦しみ泣きぬいて
過さにゃならぬ者たちは
人に貸したりできるほど
経験積んでいるもんだ
痛い思いや涙ほど
よい先生はないもんだ*******
度胸ひとつが頼りがい
用心だけが身を守る
救いの神はウマだけだ
青天井を屋根として
話し相手はこのドスで
夜もぐっすり眠られぬ*******
そういうわけである宵に
星をじっと見つめてた
不運の中で見る星は
より美しく見えるもの
ひとを慰めるために
神が造りしものなのか*******
博士もここでは通じない
経験だけが値打ちもの
どんな名僧知識でも
ここでは知らないことだらけ
ここでは別の学がいる
ガウチョはそれを持っている*******
だれのまねすらしたくなく
だれのさしずも受けないぜ
おもうがままに語るだけ
なりゆきこうと決まったら
唄うときにはありたけの
声をかぎりに唄うのだ*******
あたまのなかを学問で
いっぱいにしたひともある
学者といってもいろいろで
早合点かも知れないが
たくさん学ぶことよりも
よいことおぼえたほうがよい***********
失うものは多いが
手もとにもどるものもある
だがこのことはしっかりと
言うからおぼえておくんだぜ
恥はひとたび忘れたら
二度とは感じないものだ*******
まず第一にまもるみち
兄弟仲良くすることだ
どんな時でもしっかりと
手と手をつないでいることだ
もしも兄弟喧嘩すりゃ
他人にやられてしまうだけ*******
コウノトリはとしとると
眼が悪くなるものだから
その子どもらが協力し
みんなで世話をやくという
この愛情のお手本の
コウノトリから学ぶのだ
-ちょっと任侠道的な男の道に通じる人生訓でもありますね。日めくりカレンダーにしたいぐらい(笑)。確かに武士道の精神世界と、ガウチョの人生道って通じているかもしれません。
厳しい自然や時代の波の中で、一日一日を生き抜く覚悟と、達観した禅僧のような静謐な精神世界。ガウチョたちの中で、歌でいかに人の心を魅了するかという、崇高な知性の決闘もありました。パジャドール同士が即興の四行詩を競う、「コントラプント」という歌の対決です。刀を歌に代えた、武蔵と小次郎の一騎討みたい(笑)。
-まるでヒップホップのバトルですね! それこそ学校で得る知識じゃなくて、その地に根を張った知性ですね。
その昔、サニトス・ヴェガという伝説のパジャドールがいたそうです。ある日彼は、大木の下で黒づくめの衣を纏ったパジャドールと出会い、歌の対決をしました。しかし完敗。そしてサニトスは死を選んだ。黒づくめのパジャドールは、硫黄の匂いを残してその場から消えたそうで、悪魔だったのでは?と言い伝えられています。ブルースにも、そんな伝説がありますよね。十字路で悪魔と出会ったという。
-ロバート・ジョンソンが「悪魔に魂を売る代わりにギターテクニックを身につけた」という『クロスロード』ですね。詩の対決は言葉の勝負でもあるわけで、呪文や言霊のように、言葉には目に見えない不思議な力が宿るのでしょうね。
大平原を自然とともに生きる日々の中で培われたガウチョ文化ですが、先住民とヨーロッパとの出会いから生まれたガウチョの血には、フラメンコの発祥の地であるスペイン・アンダルシアの詩心が潜んでいるとも言われています。
© Twin Planet
逞しいガウチョではあるけれど、愛に傷つく繊細な男心を歌った歌が切なく胸に沁みます。
私たちの撮影で、焚き火を囲みたっぷり時間をかけて歌ってくれた、あるガウチョの物語とは……美しい詩で、このストーリーが進んでゆきます。
牛追いから我が家に帰ってみると、家の中に見知らぬ二つの影。つまり、奥さんの浮気現場を目撃してしまうわけです。彼は心の動揺を抑えながら、わざと音を立てて、自分の帰宅を二人に知らせます。そして部屋に入った彼は妻に「来客にお茶も出していないのかい?」と声をかけ、相手の男に妻の無礼なもてなしを詫びるのです。そして相手の男にこう告げます。
「ここから出ていくのは俺だ。お前はここに残れ。今からお前は、この家とこの女、すべての幸福の主だ」
妻は泣きながらすがりつくと、ガウチョは妻に言うのです。
「愛を受け入れるのは、罪ではない」……。
そして馬に跨り、一人荒野へと旅立つのです。
翌朝ひとり目覚めると、女への愛と悲しみの涙で歌います。
人生の幸福は 夜明けの空
燕の訪れは 束の間の喜び
美しい薔薇は 棘を隠す
-なんてドラマチック! 映像が浮かびますよね。人生を深く洞察するガウチョの知性。
ガウチョたちは、口を揃えて言っていました。馬の背に揺られている時が何よりも幸せだと。馬とナイフと知恵を味方に生きるガウチョの暮らしは、何ものにも代えられないと。
「一日じゅう馬に乗り、そして歩く。
都会と違って素晴らしいのは、ここには境界や制約はない。
信号機もない。行く手を阻むものもない。
いつも、さらに遠くを目指せる。
自然の原野、この世界をこのまま未来に伝えたい」
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アルゼンチンは歌とダンスの宝庫
アルゼンチン北部のサルタという町では、ガウチョ文化をエンターテインメントとして深めた歌や踊りを見ることができます。
裾が広がったガウチョパンツを履いて、アフリカ的ドラムのリズムとともに、高度な足捌きで繰り広げられる「マランボ」と言うダンスは、超エキサイティング! 新大陸での先住民との融合のリズムは、きっと故郷スペインのフラメンコの熱いステップにも大きな影響を与えたのではないかと思います。
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他にも、「ボレアドーラ(Boleadora)」という、石の玉と紐でできた、ヌンチャクみたいな原理で動物や敵を射止める、先住民の狩猟用の武器を使ったダンスもあります。体の周りで危険な武器をブンブン振り回してリズムを刻む、まさに命がけのダンスです。
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ハンカチを手にしてカップルで踊る、「サンバ」(ブラジルのサンバとは違う“ZAMBA”)も美しい。昔は愛の表現にハンカチは欠かせないものでした。日本の歌謡曲「木綿のハンカチーフ」では、別れゆく恋人にハンカチをくださいと歌っていましたね。
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「チャマメ」というダンスは、男と女がぴったりと密着して顔と顔を突き合わせて、「人」という字を形作るように踊ります。タンゴの発祥にも関わっているのでは?と思える密着度(笑)。
タンゴの発祥は約130年前。ブエノスアイレスの港町ラ・ボカ地区の酒場で、貧しい移民のフラストレーションのはけ口として生まれたとされます。最初は単身赴任の男たちが、男同士で踊っていたのだそうです。そのうち娼婦を相手に踊られるようになり、バンドネオンもドイツから入ってきた。
ブエノスアイレスの、ミロンガと呼ばれるタンゴのダンスホールにも見学に行きました。出会いの場でもあり、席に座っていると男性が「踊りましょう」って声をかけてくる。
とにかく、アルゼンチンはタンゴだけではないのです。素晴らしい民謡やダンスの宝庫!
味わい尽くすには人生は短く、耐え忍ぶにはあまりに長い
アルゼンチン北部、アンデスの山村に行くと、先住民文化の影響が濃いケーナの響きが美しい。日本の尺八の音色にも重なりますね。
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アンデスの山村では、人々が歌って踊る「ペーニャ」という集いが盛んです。フフイという町の市場で売っていたCDを聞いて出会った、地元で有名なFORTUNATO RAMOSを中心に、「ペーニャ」を撮影させていただきました。FORTUNATOは農民であり、教師でもあり、彼の声の元に仲間が集まりました。アコーディオンの名手ですが、長い物干し竿みたいな伝統楽器エレケ(ERKE)も吹く。巨大な象の鳴き声みたいな音が、遠くまで響き渡る。きっと昔は、谷から谷へと「お昼ご飯だよー!」みたいに響いて、現代の電話やラインみたいな役割もあったのでしょうね。
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ガウチョ精神を引き継ぐ、国民的な歌い手、チャケーニョ・パラベシーノの声が大好き! 私の大好きな日本の歌手・布施明さんとちょっとイメージが重なります。ルチアーノ・パヴァロッティみたいな声量と天に伸びてゆくような美声が素晴らしい。ガウチョの世界を歌い継ぐ彼は、日本でいう北島三郎的な国民のヒーローです。ガウチョを名乗るからには、その生き方も尊敬に値するかを問われます。チャケーノは、もともと長距離バスの運転手で、長い下積み時代を経て、その素晴らしい歌唱力でアルゼンチンの大スターになりました。
野外コンサートを開くときは、よくバーベキューの大会場を自費で提供して、集まる人々にふるまうという太っ腹な企画も。焚き火を囲むガウチョが焼いた肉の忘れられない味の話はしましたよね(笑)。バーベキューは、アルゼンチン人の心の故郷であり、とても大事な文化なのです。
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コプラと言われる無伴奏の歌も渋いですよ。コプラは18世紀にスペインで生まれたもので、ラテンアメリカに広まりました。「カップル、ユニオン、結束、連結」という意味で、韻を踏みつつ詩を構成していく。詩も深いです。
人生は心を惑わせる
苦味と甘さは背中合わせ
味わい尽くすには
人生は短く
耐え忍ぶには
あまりに長い
© Twin Planet
ガウチョの世界は、果てしない美の原野へと続く旅。ああ、ガウチョ愛が止まりません!(笑)
では最後に、いつものLISTEN.タイムカプセル・クエスチョンに、あるガウチョが答えてくれた、その言葉で締めくくりましょう。
―1000年後にの未来に届けるタイムカプセルに、あなたは何を入れますか?―
「種と水。何より大切なものだから」
© Tomoko Yamaguchi
さて次回は、中米のベリーズやプエルトリコに息づく、“アフリカ”のリズム。
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LISTEN.初のアルバム”IN A QUIET PLACE”
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