スノードーム / 香山哲

ある雑貨店の片隅に、古いスノードームが佇んでいる。 その中に住む者たちは、不安に駆られ、終末についての噂を交わしていた。 天空に、ある不穏な兆しがあらわれたのだ。 果たして「その時」は本当にやってくるのか? それはどんな風にやってくるのか?  小さな小さな世界の中で、静かに近づいてくる終末の記録。

学生たち

share!


 もうずっと、商品として陳列されていなかった自分たちが、今は同型のスノードームと並んでいる。商品棚からの光景は、以前と違って忙しいものだった。この店では、わざわざ1つ1つの品に値札が付けられることはないので、自分たちがいくらなのかも分からないが、ここに置かれている以上は、誰かに購入されることもあるだろう。


 例年通り、この年末年始も商品の入れ替わりは多かった。目新しい商品を探す買い物客や、休暇中の暇つぶしで来る人など、色々な人がぽつりぽつりと訪れる。誰だってたまには、生活に役立たないものや余分なものを見たり買ったりする楽しみが、心に必要になる時があるのかもしれない。安い値段で気兼ねなく利用できるこの店には、そういう気持ちで来る人も多そうだ。



 自分たちスノードームを見ていく客も、時々いた。ちょうど今、雪の季節ということも関係あるだろうか。しかし最初に自分たちを持ち上げた客は、知っている人間だった。


 サバイバルクラブの学生たち、帽子の学生と傘の学生と記念写真を撮った時に来ていた学生は、その日久々にこの店にやってきたが、コピー機には向かわなかった。コピーの用事ではないようで、店内の商品棚を見て回りながら、3人であれこれ話していた。


 いくら商品の入れ替わるこの時期とはいえ、店が客で一杯になることはなく、この時も学生たち以外の客はいなかった。店主は久しぶりに来た学生たちを見て嬉しそうだった。



 店主は学生たちに「いらっしゃい」とだけ言った。傘の学生が「こんにちは。今日は買い物に来ました」と、こちらも簡単に説明した。店主は「どうもありがとう、ごゆっくりどうぞ」と、他の客に対する時と同じように挨拶した。


 挨拶を終えた店主がカウンターの奥に引っ込んだのもあって、学生たちはのびのびと店内を見ることができている様子だった。3人目の学生は、どんな基準で選んでいるのかは分からないが、温度計とか、バネのおもちゃとか、ぬいぐるみとか、本や服ではない物を他の学生に見せて、そしてまたそれらを元の場所に戻していた。誰かへのプレゼントか、何か3人で取り組んでいる遊びに使うものか、そういう物を探しているような雰囲気が感じられた。


 学生たちは、分かれたり集まったりしながら店内を巡っていた。その様子を眺めていると、自分たちスノードームの置かれている棚の前に、3人目の学生が来た。そのあと3人目の学生は、帽子の学生と傘の学生を呼び寄せた。傘の学生が「これはいいかもしれない、ちょうど大寒波な感じもある」と言った。帽子の学生は「いくらだろう。高くないかな」と言った。


 シフトは「このスノードーム、大寒波に見える?」と言い、カルラは「解釈は人それぞれだからな……」と言った。マーズは「うん」とだけ返事をして、自分は黙っていた。みんな、学生たちの会話に集中していた。


 3人目の学生が「どっちもちょっと割れてるよ。ほら、ここ」と言って、隣のスノードームの頂点を指差した。いっぽう、帽子の学生は自分たちのほうを持ち上げて、「こっちのほうがヒビが小さいな」と言った。今日初めて見たばかりの学生たちの目にも分かるぐらい、隣のスノードームの傷は大きいらしい。もしかしたら、隣のスノードームのほうが同型だけど作られた年が古い、というような原因があるかもしれない。


 そんなことを考えていたら、次の瞬間には、自分たちは地面に落ちて、ガラスが割れてしまっていた。帽子の学生がスノードームをどう持ち上げてどう動かしたか注意できていなかったが、あっという間の出来事だった。


 自分たちは、横になって床の上に落ちていた。スノードームのガラスの半分以上が割れてしまっていて、割れたガラスは粉々ではなく、大きめの破片として周囲に散らばっていた。そして、スノードームの中を満たしていた液体は、きらきらしたフレークたちを伴って、ほぼ全て流れ出てしまっていた。液体はまだ、床の上にゆっくりじわじわと広がっている。



「しまった」と帽子の学生が声を出し、他の2人も「わっ」と驚いた。スノードームが落ちた音に気付かなかったのか、すぐに店主が飛んで来るようなことはなかった。だから学生のほうから、店主に声をかけに行った。「すいません、商品を落として壊してしまいました」と帽子の学生が店主に言うと、店主は「えっ、怪我は無い?」と言いながらカウンターから出てきた。